アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第1章 一年越しのラブレター

 
 パラパラと、雪の日記をめくる修二。


 日記には、こう書かれていた。


 ◯月◯日。


 今日は千尋社長から、初めてマネージャーを紹介された。ちょっと目つきの悪い、年下の男の子。


 多分、性格は最悪だ…だって、初対面の私に対して、服装が変だと笑ったんだよ?


 そんなに変だったのかな…落ち込むm(__)m


 はぁ…本当に、私の夢は叶うのだろうか。


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 日記の最初は、このように書かれていた。


 雪が初めて修二と出会った日。


 千尋に雪を紹介された日の事を、今でも俺は覚えている。


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 ◯月◯日。


 芸能活動の初めての仕事が、写真撮影からだなんて聞いていないよ…女の子には色々準備があるんだから、前もって言っておいてほしい。


 霧島マネージャーのバカ!


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 芸能活動の初仕事は、宣材写真を撮る事から始まるのが普通である。写真を撮っておかないと、俺の仕事がないからであり、俺の仕事がないと、雪の仕事がない為でもあった。


 宣材写真とは何か?


 簡単に説明するのであれば、タレントの履歴書みたいなものだ。


 マネージャーである俺が、ウチの事務所の娘を使いませんか?と、売り込む場合に必要になってくる。


 また、よくテレビなどで使われる写真でもある。


 例えば他のタレントの方が、神姫雪さんって可愛いんです!と、話したとしよう。


 有名な人なら、写真がなくても直ぐに顔が浮かぶだろうが、あまり知られていない人、つまり雪の場合は、誰?とならないように、写真を使って視聴者に共感を求めるのだ。


 有名な人でも、写真を使われる事があるのだが、使うか使わないかは、プロデューサーが決めているのだと思われる。


 使う時と使わない時の差は何ですか?などと、マネージャーである俺が聞ける訳がないだろ?


 全く…


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 ◯月◯日。


 テレビに映れる!


 そう霧島マネージャーから言われた時は、涙が出るぐらい嬉しかった。


 実際、嬉しくて、嬉しくて、お母さんに直ぐ電話をした。


 エキストラみたいな役だけど、それでもだ。


 私の夢が一歩近づいたのだ。


 頑張れ…私。


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 これも覚えている。


 何故なら雪の仕事を、とってくるのが俺の仕事だからであり、雪の初仕事=俺の初仕事でもあるからだ。


 一定の人気や知名度があれば、向こうからオファーがくるだろうが、無名の新人である雪に、オファーがくる事は無いと言っていい。


 その為、先ほどの宣材写真を持って、各テレビ局に頭を下げてまわり、仕事をもらってくる。


 それが、マネージャーの仕事である。


 芸能人タレントは、マネージャーと二人三脚で歩んでいく。


 タレントが光なら、マネージャーは影。


 そんなバスケ漫画があった気がする。


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 ◯月◯日…◯月◯日。


 それからも、その日あった出来事や、雪の感想などが、色々と書かれていた。


 初めて台詞がある役をもらったり、初めてのロケに、初めての海外ロケ…などなどだ。


 全てを覚えている俺ではない。


 三年だ。


 神姫雪と出会って三年。


 全てを覚えている人など、いないと言っていい。


 しかし、大事な日の出来事といったら、少し変になるかもしれない(一日、一日が大事だと思うから)が、それは覚えている。


 特に覚えているのは、雪が初めて経験する時の日の事ばかりであった。


 初のバラエティー番組。


 初のドラマ。


 初の映画。


 初の雑誌の表紙……どれぐらいそうしていただろうか。


 三年分の日記を、1ページも飛ばす事なく読んでいく俺は、雪の日記から記憶が蘇り、時には笑い、時には涙する。


 ピタッと、ページをめくる手を止めながら、想い出に浸っていくのであった。


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 ◯月◯日。


 今日は修二と喧嘩した。


 今日が何の日か分かる?って聞いたら、分からないって言ったから頭にきちゃった。


 ねぇ、修二。


 今でも、思い出せない?


「覚えているさ。お前が初めてタレントになった日。オーディションに受かった日だろ?けどな、雪。お前がオーディションで受かった日を、俺が知ってると思ったのかよ…ったく」


 まるで、雪と会話をしているようだった。


 余命宣告を受けた雪は、いずれこの日記を俺が読むのだろうと予想し、いや、実際は、雪本人が書いているのだから実戦か?とにかくだ。


 雪は日記を通して、俺に語りかけてくるのであった。


 日記を通しての会話。


 嘘みたいだろ?


 実際、読んでる俺がそう感じるのだから、読んでない人からしたら、分からない事なのだろう。


 交換日記のような、そんな日記。


 読んでいくうちに、この日記には一言も病気の事について書かれていない事に気付いた。


 チラッと目の前に座る母親かのじょを見ると、両目を閉じて静かに座っていた。


 恐らく母親かのじょも気づいているだろう。


 雪の優しさに。


 雪はこの日記を、母親が見る事を考えて書いている。


 病気になった人は通常、怖いとか不安とか嫌だとか、ネガティブになるのが普通だろう。


 しかし神姫雪は、いや、水嶋雪は、産んでくれた事に感謝の言葉しか書いていない。


 きっと、この日記を読んだ母親かのじょが、傷ついてしまわないようにと考えて書いた日記、雪の優しさが伝わってくる。そんな日記だった。


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 ◯月◯日。


 雪が死んでしまったあの日。


 つまり、雪の最後の日記。


(修二へ)


 冒頭の書き出しは、こうであった。


(きっと修二は私に対して、怒っているよね?)


 当たり前だ。


 何故、病気の事を俺に黙っていたんだ。


(病気の事を黙っていた事…本当にごめんなさい。けれど、もしも話していたら、修二はきっと仕事を選ぶに違いない。そう思ったら、言えなかった)


 確かにそうかもしれない。


 いや、きっと選んでいたに違いない。


 身体に負担のかかる仕事を避け、あまり身体を動かさないような仕事を、俺は選び続けていたに違いない。


(それじゃぁ駄目なの。私は、神姫雪は、色々な事にチャレンジしたかった。だから、お笑いというジャンルであるバラエティー番組を、解らないなりに頑張ったりしたんだよ?)


 あぁ。そうだろうな。


 いま流行りのギャグだったり、天丼という業界用語などを、一生懸命勉強していたのを俺は知っている。


 誰よりも近くで雪を見ていたのだから。


 ちなみに天丼とは、食べ物の事ではない。


 同じ事を繰り返して笑いをとる。みたいな事だ。


(ねぇ、修二)


 …あぁ。


(貴方は今、どうしていますか?)


 …どうって、そりゃぁ…な。


(余命宣告を受け、丁度明日がその日です。もしも、もしも、死ぬ運命があるのだとすれば、その運命からは逃げられないのかな)


 ………。


(決められた運命に逆らいたい。死ぬ日は自分で決めたい。だから私は…)


 だから、自らの意思で自殺をしたということなのか?だとしたら、それは間違っている。


 間違っているぜクソったれが!!!


 人はいつか死ぬのだ。


 それは逃れられない運命だろう。


 けれど人は皆、昨日という日を。今日という日を。明日という日を。


 色んな日を大切にしながら生きている。


 運命に逆らいたいなどと、かっこつけたつもりなのか?もしも、もしも本当に運命に逆らいたいと願っていたのだとすれば、病気なんかに負けんじゃねぇ!!負けんじゃ…ねぇよ。


 いや、雪。お前は病気なんかに負けてはいないか…お前は、お前自身に負けたんだな。


 ふざけんな!他に選択肢は無かったのかよ!!


(修二、こんな嘘つき女なんかの為に、今まで色々してくれて本当にありがとう)


 ……仕事だからな。


(ふふ。どうせまた今日みたいに、仕事だからなとか、考えたんでしょ)


 ……あぁ。流石は神姫雪だ。


(最後に一つだけ、私のお願いを聞いてくれないかな?私の妹であるはるかが、もしも芸能界に入るって言ったら、マネージャーは修二が引き受けてほしい)


 …身勝手なヤツだ。


(修二。もしも落ち込んで、塞ぎ込んでしまっているのであれば、どうか立ち直ってほしい。私の所為だっていうのかもしれない、それはそれで嬉しいんだけど…でも、やっぱり修二には笑顔でいてほしい)


 …どっちだよ。


(貴方には、色んな人の夢を叶えるだけの力がある。私は貴方のおかげで夢を叶える事が出来た。だから、次は私の二番目に大切ないもうとの為に、力を貸してほしい)


 …二番目?一番目は母親かのじょか?


(一番目は修二だよ)


 ……え?


(私は、神姫雪かみきゆきは、いえ、水嶋雪みずしまゆきは、世界で一番霧島修二が大好きです。どうか、私の分まで長生きしてね)


 最後は、そう締めくくられていた。


「ば、馬鹿野郎が…し…死んでたらよ…答えてやる事ができ…できねぇだろうがよ」


 溢れ出す涙が止まる事はない。


 いや、止める気などさらさらない。


 もしも、もしもの話しだ。


 もしもお前ゆきが生きていて、今と同じような事を言ってきたら、俺は何て答えていたのだろうか。


 答えは言うまでもないだろう。


 どっちかって?


 身勝手なゆきには、死んでも教えねぇよ。


 震える手で、そっと日記を閉じた俺は、声を大にして泣いたのであった。


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 どれぐらい泣いていたのだろうか。


 いや、どうでもいいか。


「…霧島さん。どうか、どうか…馬鹿な娘を許してほしい」


 タイミングを計っていたのか、そう言いながら頭を下げられた俺は、キチンと返事を返した。


「許しませんよ。俺は一生アイツを許しません」


 許せる訳がないではないか。


 許せるはずがない。


「だから俺は、アイツを一生忘れる事はできないでしょうね」


「……!?」


 俺の答えに、頭を下げたままの母親かのじょの背中が揺れる。


「妹さんの話しをする前に、少し席をはずしてもいいでしょうか?」


「…構いませんが、どちらに?」


「ベランダです。タバコを吸わせて下さい」


 そう言って立ち上がった俺は、一年ぶりにベランダに向かうのであった。


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 季節は冬だ。


 流石に肌寒いな。と、考えながら、ジュッ、ジュッ、と、ジッポに火をつけてタバコを吸う。


「なぁ、雪。ちゃんと見ていてくれよ」


 一年前のあの日。


 月に問いかけたあの日。


 今度は違う。


 今度は雪に問いかけるのだ。


「お前が惚れた男の生き様を見ていてくれ。間違ってしまったら、つまづいてしまったら、どうか俺に教えてほしい。は?無理なんかじゃねぇだろ?夢でいい。夢の中だけでいいからさ」


 もう一度、お前に会いたい。


 会って言ってやりたい言葉があるのだ。


 パラパラと雪が降る月夜の下で、俺は空を見上げていた。


 が溶け心のが晴れた頃、か遠くの、君を思いけり


「ふー。字足らずだったか、字余りだったか・・ま、どうでもいいか」


 タバコをふかしながら俺は、これからの事を考えるのであった。

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