アイドルとマネージャー
第1章 マネージャーのおしごと!
鳴り止まない電話…というわけではない。
一日中電話が鳴り響く事などまずあり得ないと言っていい。というのも、時と場合、場所など、いわいるTPOで考えるのであれば、電車の中や病院、学校など、電源を切るかマナーモードにしないといけない場所は山ほどあるからだ。
そして…この場所もその一つである。
「本場5秒前!ゴー!ヨーン!サーン!二ー!ィ…」
「さぁー!始まりましたぁぁあ!どっちの問題でしょー!!司会を務めさせていただきます!MCのぉ………」
『ワァー!』
パチパチパチ。
そう、収録現場である。
リハーサルならいざ知らず、本番中に携帯電話が鳴るなど言語道断なのだ。
収録の邪魔を決して、してはいけない。
鉄の掟といってもいいこのルール。
もしも破ってしまったら何がおこるのかなど、想像したくもない。いや、何がおこるかといえば収録が中断されるだけだ。
自分の身に何がおこるのか?と表現するべきだろう。
そんな事を考えていると、ポケットに入れてあった携帯が、ブーブーブーと、震えだした。
いくら本番中だとしても、携帯の電源を切るわけにはいかない。なぜなら、仕事のオファーだった場合が考えられるからである。
腰を低くし、右手をひょっこり挙げながら、通ります!すいませーん。前、失礼しますぅーと合図を送りながら、部屋の外へと向かう。
ーーーーーーーー
部屋を出ると、直ぐに通話ボタンを押した。
「大変お待たせ致しました。霧島修二です。はい。はい。少々お待ち下さいませ」
電話に出るのがどんなに遅くても早くても決していい訳などせずに、絶対に謝罪から始まるのが俺の流儀だ。
今、収録中だったのでぇ(>人<;)などと言ってしまっては、じゃあ後ででいいや。などと言われてしまう恐れがあり…そして、電話がかかってこなくなる。
芸能界とは戦場である。
1分1秒が生死に関わると言ってもいい。
今は空きがあったとしても、5分後にはその空きがなくなっている事などざらにあるのだ。
「大変お待たせ致しました。その日と次の日も空いておりますので、是非!宜しくお願い致します」
次の金曜日、17時から空いてますか?という質問に対し、俺の七つ道具の一つであるペンと、もう一つの道具であるメモ帳を直ぐに開いて答える。
質問は17時からは?だけだが、次の日も空いておりますと付け足して返答する事により、長時間の仕事でもロケでも、時間がおしてしまっても問題ないとアピールするのも俺流である。
ちなみに時間がおすとは、会社で例えるのであれば残業の事である。しかも、ほぼサービス残業だ。だがこれは、暗黙のルールというか、それ込みでギャラが発生しているので、何とも言えないだろう。
「ありがとうございます。では、今度の金曜日の15時に伺います!失礼致します」
復唱してから会話を終わらせると、向こうが電話を切るのを待つのも大事である。また、当然その際は無言を貫くが、息遣いが荒いと不信感を与え兼ねないので、息を止めて待つのも俺流である。
メモ帳に記入しながら念のため、土曜日に(仮)もつけ加えておく。
七つ道具の一つの携帯とメモ帳をそれぞれのポケットにしまうと、七つ道具の腕時計で時間を見た。
「収録が終わるまで後1時間か…よし」
収録は長時間おこなわれる。
30分番組なら2時間。
1時間番組なら4時間。
2時間番組なら6時間ぐらいだと考えるのが一般的だ。
生放送なら30分番組で30分ぐらいだが、今のこのご時世、生放送が極端に減ってしまっている。
理由はいうまでもなく、撮り直しが効かないからだ。
視聴者を一人でも多く増やす為にはどうすればいいか?答えは単純である。視聴者を不愉快な気分にさせてはいけない。視聴者が見て良かったと思える番組をお届けする事である。
その為、不愉快な思いをさせないように、見て良かったと思ってもらえるようにと、たくさん収録をし、編集さんが上手く編集し、プロデューサーのチェックが入ってから初めて世に流せる番組へとなるのだ。と、そんな事よりタバコ、タバコ…と。
ーーーーーーーー
喫煙所に入る前に、右手に持っている可愛らしいブランドバッグをロッカーにしまっておく。
勿論、持ち主は俺ではなく、俺が担当しているタレントのである。
タバコの匂いがつかないようにという配慮。
盗まれたりしないようにという配慮。
二つの理由から、担当しているタレントの荷物を預かる事が多いのだ。
キチンと鍵が閉まっている事を確認し、鼻歌交じりに喫煙所へと駆け込んだ。
「ぷはぁ!はぁ…生きかえったぁあ」
「ハハ。修二君。まだ若いのに、その台詞を聞くとジジクサく聞こえるわよ」
タバコに火をつけ、約3時間ぶりに一服した俺の感想を聞いた人物は、笑いながら話しかけてきた。
「恵理さん…こんちわっす」
「こんにちは。収録中?」
もう気づいていると思うが一応言っておくと、俺はマネージャーだ。マネージャーが休める時間、それが収録時間である。いや、仕事の電話などが鳴るので、実際、休める時間など皆無といっていいかもしれない…ん?ブラック企業ではないよ?ホント…だよ?
「えぇ。まぁ。恵理さんもっすか?」
彼女の名前は北山恵理(26)で、他事務所なのだが、俺に色々教えてくれたマネージャーの先輩である。
綺麗な顔立ちや綺麗な髪。
美人すぎるマネージャーとして有名な彼女が、なぜマネージャーをやっているのか…不思議である。
「えぇ。ひかりも、もう少し自立して欲しいわ」
「ハハ…まぁでも、ひかりさんはアレがいいといいますか」
「ふー。何が中二病美少女よ」
恵理さんが担当するのは、現役女子高生にしてタレントの結城ひかり(18)という少女であり、中二病っぽい回答が世間に高評で、今やテレビ番組に引っ張りダコである。
「それよりも。ふー。随分と頑張ったみたいね」
「頑張ったのはアイツであって、俺ではありませんよ」
「いやいや。一般の人ならそれで騙せるだろうが、同業者の私が騙されるわけないだろ。2年連続CM女王とか、凄いとしか言えないぞ」
「いや…まぁ…有り難い話しですよ。はは」
俺が担当する女の子は、恵理さんの言う通り、有り難い事に2年連続CM女王として君臨している。
しかしコレは、俺だけの手柄ではない。
通常CMには、今が旬の!とか、話題の!とか、インパクトが!とか、そういったイメージからオファーをされる事が多い。
例えば、好きな女性や憧れの女性と同じ化粧品を使いたいと、一般の女性視聴者が考えたとしよう。
では、誰にオファーするかといえば、女性タレントランキングや街頭インタビューなどによって決まるケースが多い。
それに選ばれる為には、本人の強い意志と努力が重要とされており、俺の担当する神姫 雪(22)は、完璧であった。
街頭インタビューやランキングで、男女部門ともに1位である。まぁ、インタビューの結果がランキングに反映されるのだから、ランキング1位は当然といえば、当然の結果なのかもしれない。
「ふー。じゃあ私はそろそろ行くとするよ」
「はい。お疲れ様でした」
軽く一礼をしてから、2本目のタバコに火をつけ、先ほどのメモ帳を取り出し眺めていた。
スケジュールは、半年先までびっしり埋まっている。
タレントがスケジュールを気にするのと同じように、マネージャーもスケジュールを気にするのが普通だ。
スケジュールは一つのステータスである。
一週間の間にどれだけ仕事があるか。
どれだけ休み無しで働いているか。
駆け出しの頃、売れていない時代はそんなものである。
知名度があがり、人気があがり、仕事が増えるのはとても有り難い事だ。
しかしそれは、忙しくなるということになる。
なるべく毎日埋めないようにして、休ませてあげたい。
お金なんかより大切なものなんて、この世界にはたくさんあるのだから。
だがしかし、一度断ってしまうのが怖かった。
断って、もし次に繋がらなかったら?
もう君の事務所には声をかけないよ。などと言われてしまったら?
それは、恐怖であった。
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