迷探偵たちとアイスクリーム

史季

迷探偵たちとアイスクリーム

「たいへんだよぉ~~~!!」
 放課後の部室に、ももかの嬌声が響き渡る。


「お菓子が……お菓子が……」
 振り返ったももかの目はうるうると淀んでいた。
 両手は、戸棚に鎮座している秘密(本人談)のお菓子箱へ入っている。


「溶けちゃってるの~~~~~!!!」


 ずるぅ!
 僕と愛樹と千聖さんが、盛大にずっこける。
 特に愛樹は、文房具セットを巻き込んで派手にこけた。


「ちょっと! アイス溶けたぐらいで大声出さないでよ!」
 愛樹が抗議の声を上げる。
「だって……だって……」


 ももかが手にとったアイスを見る。
 バーアイスの『あたりなし』だ。
 『当たりがでないと不幸になる』という宣伝文句に踊らされた人には定評がある。
 僕は、これをきっかけに「宝くじのはずれは300円分の不幸」という認識が広まればいいと思っている。
 その『あたりなし』も、今はドロドロに溶けてしまって型なしだ。
 このまま袋を破ると型破りになる。


「もぅっ……いつから置いてるの?」
「えと……今日のお昼から、だけど……」
「そりゃ溶けるでしょっ! ……っと、でも保冷剤は入ってるみたいね」


 ビニール袋の中を確認すると、確かに青色の保冷剤が1つ入っている。
 しかもまだ溶けきってない。
 コンビニで貰えるタイプのものだった。
 ……てことは、昼休みに学校を抜け出したのかな? 見かけによらず大胆な行動をする子だなぁ。


「そもそも、アイスは買ってすぐに食べなきゃだめでしょ! 冷蔵庫があるわけじゃないんだから」
「うぅ……ごめんなさい」
 素直に謝るももかに対して、千聖さんがポツリと言った。
「冷蔵庫ならあるぞ」


 ……。
「えええぇぇぇぇーーーーーっ!!」
 またも一同、驚きの声。今日は驚きの唱和がよくおこる。唱和の日だ。


「ど、どこにそんなものあるんですかっ! 校則違反ですよっ?!」
 愛樹が糾弾する。
 確かに、普通の部室なら置いてないだろう。
 ましてウチは幽霊部だからな。
 家庭科部なら持ってるかもしれないが。
 ……他は、美術部とか書道部かな。
 絵の具や墨汁を保存するのに要るかも。
 生徒会も、接待用に持っているに違いない。


「ほら、ここに」
 窓際のテーブルクロスをめくると、机の下から小さめの白い冷蔵庫が現れた。
 千聖さんらしいシンプルなデザインだ。


「因みに、校則では冷蔵庫の持ち込みは禁止されいないぞ」
「こ、校則になくても、常識的におかしいでしょ!!」
 愛樹が丁寧語を使うのを止めた。
 彼女は、相手が尊敬できない人だとわかると、年上だろうが容赦なくこき下ろす性格だ。


「ふ……中身が愛樹の好物だとしても、同じことが言えるかな??」
「……った、たとえ好物だろうと、ダメなものはダメですっ!」
「しかし、もしこれがバレたら、この部は廃部になるぞ」
「うっ……」


 『廃部』という言葉に少したじろぐ。
 人が良すぎてクラスで浮いていたももかを、この部に引っ張ってきたのが愛樹だった。
 この部は真面目に活動していないため、部に来るのはここにいる4人だけ。
 4人だけならももかもうまく馴染めると考えたわけだ。
 だから、部がなくなることは愛樹にとっては非常事態だ。


「ま、これからはみんなで使えばいい」
「あ、ちなみに中身って何であらせられます?」
 モノに敬語使っちゃったよ。だんだん愛樹の敬語が崩壊してきたな……。
「ラブロー○ョン」
「ーーーーーーッ!!」


 愛樹の口元から不吉な音がした。
 同時に、彼女の基本にして奥義を発動させるための握り拳が作られる。
「いつか愛樹と玲が使うときのため……すまん、冗談だ」
 さらに怒張していく剣幕は、いつも相手を言いくるめている千聖さんをも屈服させた。


 ◆◇◆◇


「まぁ、今は冷蔵庫よりアイスの謎を解こうよ」
 これ以上ほうっておくと殺傷沙汰になりそうな気がするので、速やかに話題をそらした。


「そ、そうよっ! ももかのアイスに手を出すなんて許せないわ!
 早く犯人を突き止めて、この竹箒で切り刻んでやるわ!」
 ……あれ? 話題そらした意味なし?


「あ、愛樹ちゃん。そこまでしなくても……」
「いいのよももか。アタシは、ももかが幸せになれたらそれでいいの」
 なんかメロドラマ始まった!!


「とにかく! 中身が食べられてないのなら、犯人は愉快犯に違いないわ!
 きっとどこかで、悲しんでるももかを見てニヤついてるのよ!」
 怒気とともに、愛樹の背後に禍々しいオーラが増していく。
「まぁ、確かに犯人は許せないよね」
「犯人はマンガオタクに違いないわ!!」
 マンガマンガしいオーラの間違いか……?
 って、下らないことを言ってる場合じゃない! とにかく事件を解決しないと。




「まず『なぜ溶けたのか』について話したいんだけど……」


 ももかはビニール袋の中にアイスと保冷剤を入れ、さらに新聞紙でくるんでいたようだ。
 つまり2重の封。この封をどうやって突破したのか、3人で意見を言い合った。
 ちなみに千聖さんは興味を失ったらしく、PCに向かっていた。
 あれは前の部の遺産なのだが、今は完全に彼女の私物と化していた。


 千聖さんは一番推理力があるのだが、やる気がない時が殆どだ。
 なので仕方なく、3人での推理になっている。
 なんとなく、千聖さんは答えがわかっているような気がするのだが。


「誰かが溶かしたとしたなら、どうやって溶かしたの?」
「そんなの、手で暖めるとか、火であぶるとかいろいろあるでしょ!」
「いやいや、手で暖めるとなると時間がかかるし、火であぶったら跡がつくよ?」
「うぅ~、冷蔵庫あるなら教えてくれればいいのに~」


 3人の推理は一向に息が合わず、鼓動も合わない。
 愛樹はとにかく犯人を捜そうとしてるし、ももかは自分の行為の問題点を考えている。
 僕は……冷静に観察して、ありえない可能性をひとつずつ排除しようとしている……と思う。


 僕はこういう事件や揉め事が嫌い……というか苦手だ。
 僕だけが違う方を向いて考えているようで、場から浮いてしまう。
 誰の味方につけばいいのかわからない。


 今回はももかがイケないことをしたと僕は思っているのに、愛樹は断じて認めない。
 まわりのみんなも、認めないだろう。
 僕は自分の思いを仕舞うしかないのかな。
 どうすればこういうとき、上手く振舞えるのだろうか。
 そう考えていると、事件のことはすっかり頭から消えてしまった。


「ちょっと玲っ、聞いてる?!」
「ん……、聞いてる聞いてる」
「じゃあ玲は、この剣山を、犯人が突き落とされそうな場所においてね」
「え?」


 いつの間にか事件の迷宮爆破になったらしい。
 ももかと愛樹の話は、愛樹が100%決めているので、これは必然といえよう。


 しかし困ったな。
 愛樹を止めたいが、僕も事件を解決したわけじゃない。
 「対案を出せ!」と言われたら、専門家でもないのに引き下がることになる。少し考えよう。


 まず、ももかが昼休みに部室に来てアイスを隠す。
 このとき千聖さんが、部室でPCゲームをしていた。
 そして昼休み後、鍵をかけたのは千聖さんだ。


 部屋の鍵の管理は千聖さんだ。
 本来は顧問が管理すべきなのだが、ウチは大会に出ないので顧問は熱心でない。
 愛樹は「言いくるめたに違いない」と言っていたが……(僕も愛樹に賛成)。


 また、この部屋の鍵は古いので、回すのに力がいる。
 窓の鍵もそうだ。内側から開けるのさえ、かなりの力がいる。
 よって、小さいピッキング道具では開けられない。部屋に入れたのは千聖さんだけQED。
 ……あれ? じゃあ犯人って……。


「ふ、そろそろ事件を明かそうかね」
 隅っこのPCの向こう側から、役者のような声が上がった。
「犯人がわかったんですかっ?! ゲームの話じゃないですよね?」
 愛樹がひどい相槌を打つ。


「何を言う。今やっているのは推理ゲームじゃなくてテ○リスだ」
「テロリスト?」
「軍事要塞の隙間にミサイルを打ち込むゲームだと考えれば、テロリスでも良さそうだな」
「二人とも落ち着いて。話が逸れすぎだよ」


 ようやく千聖さんが推理してくれるんだ。
 これは百人力だ。
 彼女の論理的思考力は、僕達とは比べ物にならないからね。


「今回の事件の最大のポイントは、ここが幽霊部だということだ」
「……ふん、ゲームじゃなくて幽霊の方ですか」


 推理かと思いきや幽霊話か……。
 千聖さんに期待してた僕としては残念なのだが、愛樹は予想していたらしく、さらりとしている。
 千聖さんの幽霊話は理屈が先行し過ぎて面白味がない。
 僕と愛樹は早々に草葉の陰に退避した。


「今回の犯人は『阿良おややの幽霊火』だ」


 聞いているのはももかだけ。
 ももかは幽霊話が好きで、信じ込みやすい性格だ。
 だから時々、千聖さんにこうして遊ばれている。


 普段はぴこぴこしてるももかも、幽霊話のときは静かになる。
 息をのむ音が聞こえてきそうなくらいだ。


「昔、阿良という女性がいた。阿良は異性と交際をしていて、幸せな日々を送っていた。
 だが、父親がそれを知ると、怒って二人を裸にして大桶に入れて、百足や毒蛇を投げ入れ酒を注いで死なせたそうだ」
 ……絶対、千聖さんの趣味が反映されてる。


「それ以来、阿良の霊が怪火となって現れるらしい」
「ねぇねぇ、今はどこにいるの??」


 話が終わるや否や、質問を浴びせるももか。
 はてはて、アイスの犯人探しは良いのだろうか?


「こいつは阿良の墓の辺りにしか現れないそうだ」
「う~ん……じゃあ、この辺にはもう来ないんだね」
「だが『怨念を持った死人が怪火になって出てくる』ことは言える。
 つまり、無残な死を遂げた人間の骨が学校の下に埋めてあって、
 そいつが怪火になってももかのアイスを溶がふっ!」


 愛樹の投げたアイスによって、女の子にあるまじき声が上がった。
 ドロドロのアイスが、口周りや胸元に垂れてしまう。


「ち、ちぃちゃん大丈夫?!」
 ちょっぴりR指定の教祖様に、迷える子羊が駆け寄って介抱する。


「さ、いまので成仏したかしら」
「ありがたやありがたや」
 貴重なお色気シーンだ。


「気を取り直して、犯人を捕まえましょう」




 ◆◇◆◇




「じゃ、今度は僕の推理をしても良いかな」
 ようやく、まともな方向に舵を切れそうだ。


「この部屋の鍵を持ってるのは千聖さんだから、犯人は千聖さん」
「そっか! 自分が疑われるのは嫌だから、推理に参加せず、幽霊のせいにしたわけね」
「おい待て」
 間、髪を入れずに同意と反対が上がった。


「心外だな。なぜ私を疑う」
 不満そうに眉を動かして抗議する。
「鍵を管理しているからよ」
「失敬な。私が寝ている間に誰かが侵入したかもしれないだろ」
「それ、管理できてないから」
 その通り。こんな人に今まで良く鍵を預けてたものだなぁ。
「つまり、私は鍵を管理していない。よって、犯人は私ではないのだ!」
 開き直った?!


「どっちにしろ、千聖への制裁は確定ね」
 ため息まじりに審判を告げた。


「待て待て、重大なことを見落としてるぞ」
 手のひらを見せて『待て』のサイン。重大なことねぇ……何だろ??


「アイスが勝手に溶けたという可能性だよ」
 ……。
 ……。


「ああっ?!」
 驚きの声が2つ上がる。
 確かに見落としていた。
 おっちょこちょいのももかなら、十分にありえることだ。


「ちょ、ちょっとぉ……わたしはちゃあんと氷入れたよ?」
「ああ、あれは私がすり替えたんだ」
「ええ?!」


 今度は3つの声が上がる。
 そんな中、千聖さんはPCの乗った机の引き出しから保冷剤を淡々と取り出した。


「ほら、こっちが本物」
 3人で近寄って眺め……って顔が近い!
 両横から、二人の女の子の顔が迫ってくる。
 ど、どうしよう。このままこっそり触れても、事故ってことになるのかな……。
 僕はそればかり気になって、保冷剤のことなんて見れなかった。


「うぅんと……わたしのと似てるような似てないような……でもやっぱり似てるかも」
「……どうやって証明すんのよ?」
「かすかにももかの香りがすぶっ?!」


 愛樹の平手がクリーンヒット。
 攻撃のショックで飛んだ保冷剤を、愛樹が手にとって矯めつ眇めつ眺める。


「たしかにするわね」
「って、愛樹も十分ヘンタ……ごめんなさい何でもないです」
「じゃあ、ももかのアイスは保冷剤が溶けたせいで溶けたわけね。
 その後千聖が、冷凍庫にあったものとすり替えたんだわ」


「そう。そして私が種明かしをしたことで事件も溶けたわけだ」
 張本人のくせにまるで反省する気がないなぁ。いつものことだけど。


「……まだムチの入れようが足りないのかしら」
 愛樹も反省する気ないよなぁ……。もう少し落ち着いてくれれば、もっと早く解決したのに。


「ま、見落としてた私達も、どうかしてたのよね」
「まぁ、そうだよね。昼休みに買ったんだから、放課後まで持つわけがないよ」
「ぅ、うん……つぎから気をつけます」


 これで事件は解決……かな?
 若干腑に落ちない点もあるが、時間が解決してくれるだろう。
 ついでに千聖さんの性格問題も解決してくれると嬉しいのだが。




「さ、景気祝いにアイスでも食べに行きましょう!
 なんだか私、アイス食べたくなっちゃったのよね~」


 そうだな。
 実は僕も、さっきまで『溶けたアイスでもいいから食べたい』と思っていたところだ。


「よし、行こうか」
「いつもは愛樹ちゃんとふたりだけど、今日はれいくんも一緒だね」
「って何で付いてくんのよ?!」


 思い出したかのように、磁石のように僕と反発した。
 確かにいつもはこの距離だけど、ここまで嫌がられるとヘコむ。


「え、と……ダメ、かな?」
「んと……ま、今日は玲のおかげで事件が解けたようなもんだし……きょ、今日くらいなら……」
「わぁ、愛樹ちゃんがれいくんにやさし~」
「ちょっと! 別に優しくしてないわ、荷物持ちよ!!」


 騒がしい事件の終わりに3人で帰宅する。
 ももかと愛樹が話をしている間、僕は顔を突き合わせたときのこと思い出す。
 ちょっとドキドキ。


「待て、私を誘う気はないのか?」
「アンタはゲーム世界で食べればいいでしょ? 魔法のアイスでも」
「ぐ……」
 おお、千聖さんが押されている……。


「ま、ゲームのアイスは食べても太らないからな」
「さぁ、行きましょ行きましょ」
「おい待て太るぞ絶対太るぞ2kgくらい太るぞ、今の愛樹の体重がごげふっ?!」




 ーーーその後。
 誰もいなくなった部室から、つぶやきが零れた。
「ふぅ、なんとかごまかせたな。
 ……ま、こうしてアイスを食べれて良かった。
 実は、私がすり替えたのは保冷剤じゃなく、アイスなんだ。
 昨日買ったアイスが溶けてしまってな……
 困ってたら、偶然ももかが同じアイスを買ってきたんで、利用させて貰ったのだよ。
 ……ああ、ももかの匂い? あれはデタラメだ。
 本当にあの子の匂いを手に入れてたら、もっと他の遊びができたんだからな」



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コメント

  • ノベルバユーザー603477

    学園ものです
    学生ならではの楽しそうな雰囲気で進んでいきます
    推理も少し楽しめました

    0
  • 双子っち

    匂いのあたりが読んでてちょっと気持ち悪かったです

    0
  • ★

    確かに迷探偵でした。笑

    0
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