三題噺『宮本武蔵、ホットカーペット、盆踊り』

史季

三題噺『宮本武蔵、ホットカーペット、盆踊り』

 ……暑い。
 暑すぎる。


 僕は古代人の技術の無さを呪いたくなった。
 浴衣が涼しいなんて出鱈目だ。
 半袖短パンより涼しい服なんて無いに決まってるじゃないかっ。
 (まぁ、この歳でその格好は敬遠したいが……)


 太鼓と笛の音が鳴り響く。
 まるで、楽団が耳の中に入り込んでいるようだ。
 夏真っ盛りのこの町は、大抵の町がそうであるように、盆踊りに夢中だった。


 どこから湧き出たのか想像できないほどの人集り(ひとだかり)。
 そんな人達の動きを真似しながら、僕は盆踊りをしていた。
 関節を死なせたような踊りは、まるでロボットのようだった。


 僕は今年の4月、ここに越して来た。
 転校してきて初めてのお祭りなので、知り合いはほとんどいない。
 セミやコオロギでさえ、他所者に見えてしまう。
 楽しそうに話し込んでる人達を見るたび、前の町が懐かしくなった。


 ただ、今の僕は、昔を思い出すほど気力が無かった。
 暑さのなにが問題かと言うと、人間から気力を奪うことだろう。
 無気力な若者の増加と地球温暖化には何らかの因果関係があると思う。


  『夏の大気には重さがある』と言った人がいたが、
 確かに、全身に薄いコートが張り付いているようだった。
 奇妙に誇張された重さが、僕の心の奥深くまで染みこんでいった。


「ふー、気持ちいいねー」


 僕の気持ちを他所に、妹が言った。
 この空間で、唯一の知り合いだった。
 もしかしたら、二人でどこかの暗闇に迷い込んだのかもしれない。


「この暑さ、なんとかならないかな?」


 そう言うと、彼女が胸の前で握りこぶしを作って力説しはじめた。


「暑さに強くなるには修行だよ!
 宮本武蔵も、部屋の壁や天井にホットカーペットを貼り付けて修行してたんだから」


「使い方間違ってるよ。
 しかも宮本武蔵の時代にホットカーペットなんてないし」


「さらに、冷蔵庫とパソコンの放熱、ファックスの感熱も利用して---」


「中途半端に近代的だな。
 そんだけ電化製品あるんならヒータとかこたつあるだろ」


「それは居着くから、武士としてダメだよ」


 はぁ……疲れる。
 こういう時は芸人さんを尊敬したくなる。
 馬鹿なだけだと思ってたけど、
 体力を激しく消耗するツッコミを連発するのは評価したい。


 それに暑い。
 妹の相手をすると余計に暑くなる。
 徐々にツッコミも鈍ってきた。


 音楽が鳴り止み、また別の音楽が始まった。
 それとも続きなのだろうか?
 僕はその境目を、うまく認識できなかった。


 盆踊りのようなものだ。
 どこにも始まりはないし、終わりもない。


 ーーーぎゅ。
 不意に手を握られ、心臓がトクンと跳ねる。


「冷たくて気持ちいいー」


 僕とは対照的に、妹が無邪気な微笑みを向けてくる。


「……やめろよ、人が見てるんだから」


 彼女のそんな態度を見てると、自分一人が浮ついているのが変に思えてきて、
 ついそっけない返事をしてしまう。


「何言ってんのー、周り見てよ。
 誰も気にしないよ?」


 周りを見る。
 確かにみんな、僕の方なんか見ちゃいない。


 それに、殆どの人が手を繋いで踊っていた。
 友達、家族……そして恋人。
 様々な人達が、思い思いに体を振り出している。


 なぜ僕は今まで一人だったのだろう?
 そう思ったのと、妹の手を握り返したのは同時だった。
 小さな手を握りしめると、どこか違う場所との繋がりが感じられた。


 それに合わせるように、今まで形を持っていた暑さが不明確になった。
 暑さの元が拡散し、もとに戻らないことが確認された。


 一体僕は、どこから来てどこへ着いたのか。
 それは、地図を見渡しても見つけられないだろう。
 特別な瞬間だけが、特別な地図を浮かび上がらせるのだ。



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