三題噺『マーガレット、三味線、水上バス』

史季

三題噺『マーガレット、三味線、水上バス』

「おかあさん。今日は外がさわがしいね」


普段は波の音やカモメの声が響くこの街も、
今日は人々のドンタカした声でいっぱいでした。


「そうよ。どうやら川が凍っちゃったらしいの
 船が出せなくて、みんな困っちゃってるみたいね
 お母さんも、ごはんの材料が買えないかも」


少女は、お母さんのつくる料理が大好きなので、
「え~?!」と声を上げました。
しかし、そうは言われても、お母さんだって困ります。


「わたし、ちょっと見てくるね」
「だめよ!!」


お母さんが急に大きな声を出したので、少女はびっくりしました。


「外は人が多いから危ないわ!
 そんなことよりお家のことを手伝ってよ。
 いつもお母さんにやらせてばっかりなんだから!」


いつもはやさしいお母さんにどなられて、少女はしばらく固まっていました。
やがて、少女はバタバタと足音を立てて逃げるように飛び出しました。
お気に入りの人形と一緒でした。


その人形は、白の三角帽子にピンクのワンピースを身にまとい、
三味線という楽器を持っていました。
少女は三味線の音をきいたことはありませんでしたが、
かわいらしい音色だと想像していました。


外へ出て、潮の香りを抜けて行くと、
人だかりのできた川のそばにたどり着きました。
そこでは、いつもはやさしいおじさん達が
大きな声でどなり合っていました。


「これじゃ仕事にならんじゃないか」
「つるはしでぶっ叩けば溶けるんじゃないか?」
「いや、いっそのこと軽油をまいて火をつければいいんだ」
「そんなことしたら川が汚れるだろ!!」


少女には話がよくわかりませんでしたが、
この川をどうにかしたいということは、わかりました。
おじさん達の争いはどんどん激しくなっていったので、
少女はこわくなって、この場所をはなれました。


川をはなれても、街では怖い声がたくさん上がっています。
少女は声から逃れるために、たくさん歩きました。
どこまで行っても、追いかけてくるようでした。


すっかり歩き疲れたころには、街のはずれまで来ていました。
少女は川沿いの道にあったベンチで、一休みすることにしました。


「どうしたんだい? 今日は休みだよ」


突然の声におどろいて顔を上げると、青い帽子のおじさんがいました。
少女は怒られると思い、目を伏せてふるえていました。


「ごめんごめん、こわがらせてしまったね。
 おじさんはこの水上バスの運転手なんだ。
 今日はあいにくの氷だから、のんびり本を読んでるんだよ。
 お嬢ちゃん、本は好きかな?」


おじさんは少女の頭をなでながら、そう言いました
ふれた手から、暖かみが伝わってきました。
少女は、なんだがくすぐったくて、おじさんの手を払おうとしました。
そんなことをしようとした自分が恥ずかしくて、またうつむいてしまいました。


運転手さんはそんな少女を見て、こう言いました。


「おや? お譲ちゃん、かわいい妖精をつれてるね?
 ……っと、花がついてないな。
 よし、これをあげよう」


おじさんは少女に一輪のマーガレットを差し出しました。
黄色い光の粒から、ゆりかごのような花弁が伸びた花でした。
こんな風な気持ちになれたら、幸せだろうなぁ……
少女の顔がすこしほころびました。


「この妖精さんはね、春をよぶ妖精なんだよ。
 このマーガレットと三味線をこすり合わせてね、
 冬のピーンとした空気をじんわり暖めるような音を出すんだ」


少女は、自分のお気に入りの妖精をほめられてうれしくなりました。


「ねぇ、おじさん。
 氷っていつ溶けるの?」


おじさんは、少しの間帽子をおさえて、こんなことを言いました。


「うーん……それはおじさんにもわからないんだ。
 ただね、その妖精さんは暖かいところが好きなんだ。
 だから、暖かいところに行けば、妖精さんが氷を溶かしてくれるかもねぇ」


少女の頭には、お母さんのいる家が浮かびました。
お母さんの怖い顔を思い出していると、妖精が笑いかけているように見えました。
やっぱり、家に帰ろう。


「わたし、おうちに帰ります。
 もし氷が溶けたら、バスに乗せて下さい」


「うん、約束したよ」


少女はそう言うと、一目散に家に走りました。
街の様子もほとんど頭に入りませんでした。
家につくと、お母さんが優しくむかえてくれました。


その晩、少女は夢を見ました。
空を走る水上バスの上で、妖精が三味線を弾いていました。
妖精は、茎を弦のかわりにして音を出します。
その度に、花弁から光の粒があふれて、優しい音色を降らせました。
これが冬が溶ける音なんだなと、少女は思いました。



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