ニートは死んでも治らないっ!

史季

あなたに聞いてほしい

「こんばんは」


 ドアの向こうにいた生徒会長が、ゆっくりと入ってきた。


「私がここに来た理由は、言わなくてもいい?」


 相手の言葉を聞き入れるつもりはないとでも言いそうな表情だ。
 瞳のほとんどが表情のない黒目で占められていた。そこには屈折も反射もなかった。ただ無目的に、辺りの光を吸収していた。


 僕たちは彼女の登場に驚いた。千聖さん以外は。
 千聖さんはおそらく、来るのが生徒会長だと予見してのだろう。


「もちろんわかっている。部を無くすつもりだろ」
「違うわ。なくすんじゃなくて、なくなるのよ。全て世界の意思なの。世界は常に真っ白であろうとするの。だから黒いものはなくなるの」


 まるで当たり前の事実を告げるかのような口調だった。
 放課後、会長がももかに言った心無い言葉を思い出す。無意識にあの時の感覚が蘇り、血が湧き立つのを感じる。


 重苦しい雰囲気の中、千聖さんが口を開いた。


「君たちは白いものとそうでないものをどうやって区別しているのかな?」
「簡単よ。白に混ざれば白、そうでなければ白ではないの」
「なるほど。では最初に白であったものは何かな? 区別するために混ぜられる基準としての白はどこから?」


 ようするに基準の問題だ。
 たとえば「1メートルより大きいかどうかの区別をする際、1メートル定規より大きいかどうか」で判定するのに似ている。その時に「1メートルとは何か」と聞かれれば、メートル原器を示せばよい。
 言葉には対象が必ずある。


「倫理的、道徳的に正しいものは白」
「なるほど。倫理や道徳の問題だと言うわけか。では、正しいとはどうやって決まるのかな?」
「より多くの人が幸福になれるかどうか」
「つまりはトロッコ問題だな。放置すれば5人死ぬ状況の場合、1人を殺してでもポイントを切り替えて助けるのが正しいと」
「勝手に話を広げないで。今は命に関わる話じゃない。部活の問題。世間から離れたところで魔術だとかオカルトだとかにのめり込むから、そんな風に論理が飛躍する」
「別に深山幽谷に籠もってるわけじゃないんだから、世間との接点はあるぞ。それに、魔術は現実に存在する。もし証拠がないというのなら、倫理や道徳が存在する証拠を持ってきてみるといい」


 二人の問答はどんどんエスカレートしていく。
 表情も口調も変化がなく、どっちがどっちを攻撃しているのか、どちらが有利なのかよくわからない。


「あ、あの……」


 二人の会話に、ももかが立ち上がった。少しの沈黙の後、大きく息を吸い込み、続きを言った。


「わたし、部活動ちゃんとやります。この学校にいる人みんなが幸せになれるように、お手伝いしていきます。わたし一人だけじゃ、無理かもしれないけど、愛樹ちゃんもちぃちゃんもれいくんもいます。みんなで協力すれば、きっとこの学校を良くできると思います」


 ももかの決意表明。言った。前回まで生徒会長に言われっぱなしだったのに、ついに反撃した。僕は自分のことのように嬉しかった。
 けど、会長には伝わらない。


「規則」
「お願いします!!」


 ももかが会長に詰め寄り、会長の両手を握って請願する。
 すると、今まで無表情だった会長の顔がわずかに歪んだ。


 そして、会長は忌々しい物でも振り払うかのように大きく腕を動かし、ももかを払いのけた。
 体を完全に会長に預けていたももかは、いとも簡単に飛ばされていまった。




 ◇◆◇◆




 ソファに打ち付けられる。ぼんっと言う空気の音が響く。同時にももかの悲痛な叫び声。僕は、それらの意味するものが何なのか暫く飲み込めなかった。


「ももか、大丈夫?!」


 愛樹がすばやく駆け寄る。痛みに顔を歪めるももかの眉。それは現実の光景に見えなかった。ももかの「大丈夫」という声が、どこか遠い世界の音に聞こえる。


 頭が真っ白になり、僕の右手の拳は爪が食い込むくらいに強く握られていた。僕はその拳を、なすがままに相手へ叩きつけようとした。
 しかし、その手は押さえつけられていた。空っぽの腕を、何か暖かいものが包み込んだ。
 愛樹の手だった。


「だめよ、なぐる相手と場所は選ばないと」


 ……僕をなぐるのは場所かまわずありなのか?


「まずは落ち着いて。手を出しても何も解決しないわ、悔しいけどね。私だって、アンタと同じようにしたいわ。でも、それはももかの願いじゃないのよ。ももかのために殴ろうとしてるなら、やめて」


 愛樹の言うことを体に染み込ませる。けど、だめだった。あの時と同じだ。
 僕はどうしようもなく無力で、情けない。
 ももかのように言葉で解決できないなら、言葉以外の手段で訴えるしかないじゃないか。


 行き場のない怒りに震えていると、僕の手に千聖さんの手が重ねられた。


「玲よ。それは危険だ。その右手に封印された力を使ったら、みんなただじゃすまない。その力は真のボスのためにとっておけ」
「で、でも――どうすれば」


 僕はどうすれば、こういった悪に立ち向かえるのだろう。勇気や言葉があっても、相手に届かなければ何の意味もないじゃないか。


「会長、一緒にパーティしませんか」


 はぁっ?! 全員があっけにとられる。提案があまりに奇想天外すぎて、僕は何に驚いたのか忘れてしまった。


「正気ですか、千聖さん?」
「もちろん。間違いを排除する側に立てば、いつか自分も排除される側になってしまう。間違いを排除したときと全く同じ理屈で、だ。それに、相手を倒すより、可愛い子のパジャマ姿を見るほうが楽しいだろう?」


 そうなのだろうか? 考え込む僕を無視して、千聖さんは会長に再び向き直る。


「さぁ、とりあえずこれに着替えて。本日のドレスコードだ」


 千聖さんはそういうと、背中からパジャマを取り出す。僕に着せる予定だった犬のパジャマだ。
 パジャマを向けられた会長は、困惑の表情を浮かべることもなく、淡々と反論する。


「ご自分の行動の意味を把持されてない? はみ出し者は決まってそう。小人閑居して不善を為すね」
「山椒は小粒でもぴりりと辛い、とも言うじゃないか」
「言いますが、全く意味が違います」


 会長の反論に対し、千聖さんはいつも通りの表情を浮かべている。
 脳内のCPUが高速で動いているのを感じる。小柄でかわいい会長にパジャマを着せるために、千聖さんがリソースを惜しむはずがなかった。
 ももかもそこそこ小さいけど、会長は小学生並みに小さいのだ。千聖さんが飛んで火にいる夏の無垢を逃すはずがない。


「そういう君だって、夜に残っているじゃないか。私達の行為を責められるのか?」
「私は委員会の仕事です」
「本当にそうなのか? 何か帰りたくない事情があるんだろう。私に話してみるといいぞ、口の堅さは保証済みだ。貢物を受けとっている間は」
「……別に、何もないです」
「我々は親睦を深めるためにやっているのだよ。生徒会だってよく親睦会をやってるじゃないか」
「あれは副会長の発案よ」
「でも会長は君だ。キミが一言言えば、やらなくて済むはずだ。それをしないってことは、君も少しはこういうパーティに興味があるんだろ?」


 ……会長が無言になった。


「とりあえず着てみてくれよ」


 千聖さんが柔らかい笑顔を向けると、会長は何も言わずにパジャマを受け取る。
 そして、僕に構うことなく上着を脱ぎ始めた。普通に下着が顕になってる。


 本当にいいのか、これ? 
 この前依頼に来た渡辺さんも僕を無視して着替えの話をしてたけど、ひょっとして僕は存在感がないのか? それとも僕、霊なのだろうか?


 着替え終わった会長さんが、僕の隣に座る。
 子犬のような出で立ちにつられて、思わず頭をなでそうになるが、自重する。
 性格はアレでも、やはり美少女というのは心惹かれるものがある。すると彼女は、脱ぎたての制服を、なぜか僕の膝の上に乗せた。


 女の子の体温が残った衣服が、足の上に乗っている。
 僕は怯えつつ、速やかに服を隣に置く。愛樹から攻撃が来る予感がしたからだ。
 だが、愛樹は会長を、複雑な表情で見つめていた。


「それじゃあ大富豪をやろうか。もちろん、負けた人は恥ずかしい秘密を言うんだぞ」
「恥ずかしい……秘密?」
「そうだ。下着の色から好みのカップリングまで、何を言っても構わないぞ。ちなみに愛樹の下着の色は白で、リコーダーで間接キスしてる男子を見ながら妄想するのが好きらしい」
「ちょ、ちょっと! なんで会長さんの前でバラすのよ!」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。同じ女なんだし」
「女同士でも恥ずかしいでしょ、普通っ!」


 千聖さんと愛樹の漫才が始まるも、会長は全く動じずに口を開く。


「白はいいわ。全てを見通す、汚れのない色だもの。だから私の下着も白よ。好みのカップリングはリコーダー×唇」


 急に下着の色を暴露しだした。着替えの時も堂々と見せてたし、羞恥心と言うものがないのだろうか。そしてカップリング? なんだそれ?


「唇は、自分がリコーダーをいい声で鳴かせてると思ってるけど、裏では指で弄ばれてるの。半分だけ穴を蓋がれたり、時には下の穴を全く触らずに放置したりしてね。それに気づかず、リコーダーと密愛を結んだ気になってる唇って、かわいいと思うわ」


 ……全員に沈黙が走る。
 しかし本人は、梅雨で洗濯物が乾かないとでも言っているかのように自然な表情をしている。なんか愛樹以上にヤバイ人みたいだ。


「ふむ、なるほど。こんなにすごい秘密でも恥ずかしがらないのか。益々興味深いぞ。どうすれば君を恥ずかしさで悶絶させられるのか、考えただけでよだれが出てくるじゃないか」
「千聖、ほんとに出てるわよ」


 会長と親しげに話す千聖さんを見ていると、僕は自分の行動を後悔した。
 僕もあの時こうしていればよかったのだろうか。犯人扱いした同級生に対して反抗せず、ただあの子の居場所を用意してあげれば。


 ……ってあれ? いつの間にか僕以外の人の手札がなくなってる?


「あ、れいくんが負けちゃった」
「そんなに負けたかったのか」
「じゃ、どんな秘密がいいのか、会長さんに決めてもらいましょう」
「……」


 隣の会長を見る。彼女はとても神秘的な顔をしている。
 もちろん目と口があるのだから、表情はあるはずだ。しかし、そこには何のメッセージも読み取れなかった。
 それは彫師が魂を込める前の木像に似ていた。まるで虚空に目と口がついているみたいに。


 そして……会長は何も言わずに、僕の腕に寄りかかってきた。


「ちょ、ちょっと玲! アンタ、どさくさに紛れてなんてことを」
「いや、これはきっと王様ゲームだ。4番の人と添い寝だ」
「ああ、そっか――って納得できるか! 事案よ事案!」


 人を変質者みたいに言うんじゃない。
 確かに、会長の見た目が小学生っぽいので、はたから見ればアウトなのかもしれないけど。


 とりあえず、体をおこそう。僕は隣の彼女に手を伸ばそうとすると、空気の通る音が聞こえる。
 しばらくすると、それが寝息だとわかった。彼女はまるで電池が切れたかのように眠っていた。




 ◇◆◇◆




「疲れてたのかな?」


 会長はソファに背中を預け、規則正しく寝息を立てていた。とても小さな音で、寝静まった夜の部室にさえほとんど響かないほどだった。


「かわいそう。毎日一人で頑張ってたんだね」


 ももかが心配そうな声を上げる。


「眠っている会長さんの口から真のボスが出てくるとかないわよね?」


 愛樹の言うような場面を想像してみる。……少しエッチだった。


 彼女の目が再び開かれた。目を覚ましたかと思ったが、それは普通の目ではなかった。どこか異質で、僕を吸い込もうとしているように見える。僕は彼女の目を見つめる……そして。


 僕の意識は途切れた。



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