ニートは死んでも治らないっ!
あなたに見てほしい
壁に掛かった時計が8時を主張している。
一般的な生徒なら部活を終え、予習復習に励んでいるであろう時間だ。
一般的でない我々幽霊部のメンバーは、家にも帰らずパジャマパーティを開催していた。
パジャマパーティというものに参加した事はないが、要するに寝巻きでやる女子会のことなのだろう。
ストレスを発散するため、夜通しでスイーツをほおばり、恋バナに花を咲かせるのだ。
そんなに喋ったら緊張でストレスが溜りそうだが、女性は違うのだろう。
男仲間でパジャマパーティが行われない理由は、男がオンとオフを区別するデジタル思考だからだ。
彼らはパジャマを着ると自動的にスイッチが切れ、寝てしまうのである。
やれやれ、男ってやつは実に単純な生き物だ。
さて、僕らの目の前にペットボトルのジュースとお菓子の袋が雑然と並べられている。僕は反射的に、みんなの紙コップにジュースを注いでいく。
まるてパブロフのようだ。
犬がベルを鳴らすと、パブロフが自動的にエサを持ってくるのだ。
「あんまりジロジロ見ないでよ、この変態!!」
愛樹の分を注ぐ時に目をやった途端、罵声を浴びせられる。偶然見えてしまっただけなのに、酷い言われようだ。
ツインテールをおろした長い黒髪は、いつもの暴力的な雰囲気がなく、おしとやかなお嬢様のような見た目と恥らう様子が中々合っている。
肩口が大きく開いたドレスみたいなパジャマは、その下から柔らかな肌を覗かせていた。
「えへへ、れいくんどうかなぁ? 変じゃない、よね?」
ももかは目を向けても悠然とスマイルで迎えてくれる。
うんうん、やっぱこうでなきゃな。これなら一生見ていられる。ちょっとV字に切れた胸の部分から、ももかの女の子らしさが零れてきてるのがいい。
あと少しでもシャツが緩めば――そう思うと動揺してしまい、ももかの問いにどう答えていいかわからず、僕は適当に相槌をうってしまう。
「どうして玲はこれを着てくれないんだ」
千聖さんは若干すね気味だ。僕が千聖さん持参の気ぐるみパジャマを着なかったのがよほど応えたらしい。
でもね、千聖さん? なんでよりによって犬のパジャマなんですか。僕を犬扱いする気ですか?
「れいくん、着たら可愛いと思うよ」
ももかが笑顔で勧めてくる。
いや、さすがに男が気ぐるみはまずいだろ。絵面的な意味で。
なにが悲しくて年頃の男子がプリティーなパジャマを着なくちゃいけないんだ。そんなのを着たら、変な方向に目覚めてしまいそうだ。
「うぅ、レイくんが私を見てくれないーー。どうして私のパジャマがないの?」
パーティーから外れた隅っこで、ユキが一人、制服姿で蹲っている。
だからさぁ、幽霊が夜の学校を怖がるのっておかしくない?
姿はいつも通りなので、特に感想はない。が、いつもと違う淀んだ視線がこちらに飛んできている気がして、何となく落ち着かない。
そう……ユキはいつもと違ってしまっていた。
パジャマを取りに家へ戻った時の事件だ。
ユキが僕の部屋でパジャマを探すと言い出し、あちこち漁るのかと思いきや、動かなかった。僕は制止することを半ば諦めていて、やけになって背中を押そうとしたが、僕の手は背中に当たらなかった。すり抜けていたのだ。
どういうことなのかと聞くと「もう霊じゃなくなるかも」と短い答が帰ってくる。僕はどう答えていいかわからずユキの続きを待った。
「あの時と同じね、レイくんに取り憑く前と。役に立たない霊は消える運命なのよ」
そして、「なんとか戻る方法はないのか」と縋る思いで聞いて、その話はそれっきりだった。ユキはその話を避けていたし、僕も嫌がる話を続ける気はなかっだ。
――思考を中断し、部室の外を見る。元気の良い夏の太陽もすっかり沈み、夜の帳が下りていた。
生暖かい風と虫の音は、パーティというより肝試しのような雰囲気を醸し出していて、僕達のやろうとしてることとの場違いさが引き立つ。
職員室の明かりはまだ点いていた。一体何をやっているのかは知らないが、あれだけ仕事をしているのに、肝心の授業の質が上がらないのはなぜなのだろう。
全く、教師と言うのは楽な仕事だ。もし成績が出なくても、不真面目な学生のせいにできるのだから。
まあ、こんな風に教員現場を憂いている僕も、真面目なことはしていない。
しかし、だからといって批判する資格がないとは言えない。
僕の失態と他人の失態は全く別物だ。もしその程度のことで批判する資格が失われば、将来的には悪を咎める人がいなくなってしまうだろう。
「おい、玲。窓に移った私達の素肌を楽しむのもいいが、まずは乾杯するぞ」
「見てないです」
「……私達のパジャマ、あんまり可愛くないのか?」
千聖さんがいつもと違う、妙に科を作った声で訴えてくる。
そうは言われても、愛樹とももかは露出度が高すぎてほめるのが恥ずかしいし、千聖さんは見た目がファンシーだけど中身がアレなせいで富豪に飼われている番犬にしか見えない。
どうしてウチのメンバーは加減というものがわからないのだろうか。
ごく一般的な女性の服装をして欲しいものである。ぶかぶかの白シャツのみとか。
「そりゃ可愛いですけど、そんなにじっくり見るのも変じゃないですか?」
「何言ってるんだ。こういう時は見ない方が変なんだぞ」
千聖さんに言われて、逸らしていた目をふっと戻す。偶然戻したはずの目は、彼女達の首筋から胸元のあたりへ向かってしまう。
昔、中世ヨーロッパでは恋愛が禁じられていたが、それを許してくれる免罪符も売られていた。
すると聖職者たちはみんな免罪符を買い、酒池肉林の限りを尽くしたと言われている。
聖職者ですら逆らえない衝動に、凡人の僕がどうして逆らえるのだろうか。
「さて、玲の視線はどのあたりに向かっているのかな」
千聖さんはそういうと、人差し指を空中にさ迷わせる。
僕はトンボのごとく、その先っぽを追ってしまうと、なぜかももかの胸の谷間に着地した。
「わっ?! そんなとこ触らないでよ~」
ももかの忠告を無視して、千聖さんは少しずつ指を進入させていく。
ふといつもの蹴られ癖で愛樹の方を見ると、大きく目を見開いてももかを見つめている。僕のことは特に気にしていないらしい。よかった。
「――って何やってんのよこの変態どもが!!」
と安心してたら、急に愛樹が大声を上げ、千聖さんの手を払いのける。いや、愛樹だって結構見てたじゃん?
「よし、みんなのテンションも上がったところで、第一回パジャマパーティ、開始!!」
千聖さんの小さな拍手とともに、開会の音頭が取られた。みんなソファに腰掛けると、最初のテーマが発表された。
「さ、パジャマパーティ恒例行事といえば、罰ゲーム付きトランプだ。負けた奴は恥ずかしい秘密をバラせ」
「「「えええええっ?!」」」
めずらしく三人の息が合った。
◇◆◇◆
ええと、恥ずかしい秘密ってなんだろ? すぐには思い浮かばないな。などと悩んでいると……
「……ま、負けた」
最初に負けたのは愛樹だった。早いな。
「さて、忍びないがこれも定め。秘密を露わにし、恥ずかしさに悶えるといい」
「いや、定めたのは千聖さんでしょ」
愛樹は残ったカードを一纏めにし、誰にも見せないかのように両手で覆い、目を伏せて唸っている。
「うぅ……秘密……あれも言いたくないし、これも言いたくないし……」
「大丈夫さ。誰だって、授業中におもらしくらいしてる」
「私はしてない!!」
そんな二人のやりとりを眺めていると、僕の視線を察したのか、いつものごとく愛樹に睨まれる。
わかっていても何故か怖い。けど、わかっていてもなぜか見ちゃう。
不思議だ。世の中には説明できないことがたくさんある。
「アンタは聞くな! 聞いたら鼓膜破くわよ!」
千聖さん、「鼓膜やぶったら私の命令が聞けなくなるだろ」はフォローじゃないですよ?
愛樹の大声の後、沈黙がやってきて、ますます注目が集まってしまう。そんな沈黙を、愛樹はきちんと受け止めつつも、しどろもどろにカミングアウトを始めた。
「じ、実は私……たけのこの里よりきのこの山が好きなの」
「いや、それは恥ずかしいことじゃないから」
「恥ずかしいわよっ! きのこの山が好きだなんて言ったら、もう外を歩けないじゃない!」
いつの間にきのこの山は隠れキリシタンみたいな存在になったんだ。
確かにたけのこの里の方がおいしいけど、きのこの山を馬鹿にする理由にはならないよ。
さて、なぜかさっきのカミングアウトは認められたらしく、次のゲームが始まる。
千聖さんがスマホでメモしていたところを見ると、面白いことを言えば問題ないらしい。面白いことと恥ずかしいこと、どっちが楽なのだろう。決まっている。負けないのが一番楽だ。
勝つ方法を考えていた僕は、恐ろしいことに気づく。
大富豪で負けた人は、勝った人に強いカードを渡すため、延々と負け続けてしまうのだ。
さすが、千聖さんの考えるゲームだけある。鬼だ。
案の定、次のゲームも愛樹が負けた。
「さ、今度こそ恥ずかしい秘密を言ってもらうぞ」
千聖さんがゆっくりした口調で念押しする。今度は面白いこと言っても見逃してくれないらしい。
ただならぬ緊張感が漂う中、ついに愛樹が重い口を開いた。
「ええと、小学校の頃の話なんだけど……。放課後、私の縦笛をこっそり舐めてた男子がいたの」
少しディープな話に、部室内が微妙な空気になる。
「それで私、自分のが舐められるのが耐えられなくて、クラスで一番カッコイイ男子の縦笛と私の縦笛を取り換えたの。で、それで……家に帰りながら『あぁ……あの男子は今頃私の縦笛だと思って、カッコイイ男子の縦笛を舐めてるのね。
ということは、○○くん×○○くんであんなことやこんなことをやってるのと同じよね。あっ――だめ〇〇くん! そんなとこまで舐めちゃ……』って妄想してたのよ! 悪い?!」
予想以上にディープな体験を聞かされ、全員が後ずさりしてしまう。普段は余裕ぶっていた千聖さんも、表情が固まっている。
「だ、大丈夫だよ愛樹ちゃん。みんなやってるから」
「こんな気持ち悪いことやるわけないでしょ!」
ももかがフォローするも、よほど混乱しているのかフォロー潰しをしてしまう。
そして、誰も収拾することができない空気をそのままに、次の対戦になった。
「こ、今度は負けないんだからぁ……」
いつもの攻撃的な言葉を向けてくる。少しうわずっているのがかわいい。カードを射抜いてしまいそうなほどの真剣な目線だ。
少し気まずい空気を察したのか、千聖さんが口を開いた。
「よし、今度私が負けたら玲が聞きたいことをなんでも答えてやろう。そのかわり、玲が負けたら3人の中で誰が一番好きか白状するんだ」
「ええっ、そんなの嫌ですよ」
そんな恥ずかしいこと、言えるわけない。絶対に止めさせないと。僕は頭を回転させて、なんとか理屈を考えていると――
「あ、それ私も気になる」
「わたしも聞きたい」
「私も私も」
愛樹とももか、ついでにユキも賛同してきた。おいおい、なんでみんなして僕を追い詰めようとするの? グルなの?
とんでもない状況になったなとたじろぐも、一旦仕切りなおす。要は負けなければいいんだ。
幸い僕は富豪だから、貧民から強いカードを一枚貰える。戦況は有利だ。……普通のメンツならば。
「ちょっと千聖さん! わざとでしょ」
「ムッ……私は真剣だ。なんせ負けたら玲にとんでもなく恥ずかしいことを言わなきゃいけないからな。スリーサイズはもう言わされたから、次は何を」
「いやいや、言わせてないですから」
……負けた。千聖さんのアシストで、ももかと愛樹は序盤に弱いカードを処分しまくっていた。
最後に1対1になったときは、なんかもう出来レースみたいに綺麗に負けてしまった。
なんか釈然としない負け方に不満を覚える僕に対し、千聖さんが詰め寄ってくる。
「さあ、誰が好きなのか白状しろ」
千聖さんが最も困る質問を再び突きつけてくる。答えにつまる僕に反比例して、3人の期待度は大きくなっているのがわかる。
ももか、頼むからそんな息を殺すほど僕を見ないでくれないか?
「レイくん、今なら女の子選びたい放題よ」
ユキがトチ狂ったアドバイスをしてくる。いやいや、僕が選んだ後、向こうにも選ぶ権利があるだろうよ。
と思ったけど、最近の出来事を思い返すと、逆の真理の可能性を感じる。
幽霊探索のとき、幽霊っぽい現象を探す僕より、半ばこじつけみたいな感覚を信じたのももかの方が先に見つけた。
カードマジックの種も、客観的に見ようとした僕より、積極的に手を出した愛樹が見破った。
廃部の危機で将棋の大会に出るより、千聖さんの提案した悩み相談部のほうがみんなを笑顔にした。
僕が客観だと思っていたものは、実は客観でないのかもしれない。
ならば選ぶべきか。しかし、誰を? 答えは出ない。
「ええと……そんな一番なんて決められないよ。みんなかわいいから」
「なるほど。玲はプレイボーイなのだな。大方、二人きりになったら『君が一番さ』と耳元で囁く気なんだろう。今までの女はそれでうまくいったかもしれないが、私はそう簡単に騙されないぞ」
「なんで千聖さんを誑かす流れになってるんですか」
「それより早く言うんだ。愛樹なんか気になりすぎて、さっきから表情が固まってるぞ」
言われた愛樹の方に視線が集まる。
「べ、べつにアンタの好きな人なんて気になってないからね」
いや、さっき気になるって言ったじゃんか。
◇◆◇◆
さてさて、千聖さん以外の全員が秘密を暴露しまくったところで、大富豪はお開きになった。
ももかが妙なキャラクターグッズを集めていたり、僕が同じ服を何着も持っていて、靴下は一種類しか持ってないことに愛樹が若干引いていた。左右間違えなくて便利なのに。
あと、僕の好きな人はアニメキャラということで押し切った。みんな不満そうだったけど。
「何も起こらないね」
「そうね。そろそろお風呂の時間になってきたわ」
次のゲーム、とはならず、皆本題の方へ意識を向ける。
作戦では、平衡思念と呼ばれる霊体が、悪いことをしてる僕らに何かしらのアクションをするはずだった。
しかし、現実には何も起こっていない。
賽は投げられ、白羽の矢も立てられ、あとは機が熟すだけ……という状況のはずなのに。
「そろそろ眠くなってきたわね。パジャマ着てるし、このまま寝ちゃおうかしら」
「玲。今なら平衡思念のせいにしてタッチし放題だぞ」
ももかに寄りかかって目を閉じた愛樹を見て、千聖さんが耳打ちしてくる。
いや、平衡思念って別にエッチな存在じゃないからね。
「――しかたない。幽霊部らしく、怪談話でもしようじゃないか」
千聖さんがそう言うと、愛樹がびくっと震える。
どうしたのかと思って見ると、今度は蝋人形みたいに固まっている。ひょっとして怖い話が苦手なのか、あの性格で。
みんなが愛樹に注目する中、千聖さんは淡々と準備を勧めていたらしく、懐中電灯で下から自分の顔を照らしつつ話し始めてた。
「実はだな……平衡思念に操られているのは私たちの方なんだ」
……なんか反応しづらいボケが出てきたぞ。
みんなも同じことを考えているのか、表情を固くして動かない。反応してはいけない24時でも始まったのかと思うほどだ。
当の千聖さんはというと、眉根を寄せて悩ましそうな顔をしている。スベったのがショックなのだろうか。
ブツブツと何かをつぶやいた後、首を左右に振っている。やがて、みんなの注目が集まっていることに気づくと、手をパンと叩いてこう提案した。
「平衡思念を待つのは効率が悪いのかもしれない。こちらから精神世界へ行く必要があるのかもな」
「あっ! わ、わかった、あれね!」
愛樹は糸でも切れたかのように勢いよく立ち上がる。
そして、思い当たるところがあるのか、窓際の棚へ向かい、引き出しから何かを取り出した。
「さあ、頭の中の妖精を呼び出しましょう!」
「って待て待て待て!」
デジャヴ! ハンマーで頭叩いても怪我するだけだから! 全く、ユキと思考回路が一緒じゃないか。ひょっとして流行りなのか?
「わー! 愛樹ちゃんが霊にとりつかれてる!!」
「ちょっ、ももか首やめて! 息が、苦しい……」
ももかが愛樹の首をつかんで、前後に揺さぶる。
偶然首がしまって、偶然愛樹が苦しそうだ。
まあ、人を殴ろうとした罪だと思って、苦しみ続けて欲しい。
愛樹の不幸を見て冷静さを取り戻し、ふと違和感に気づく。
ユキが寝ていた。それも地面に。
その光景は僕に違和感というざわめきをもたらした。
幸せそうなユキの寝顔を見ていると、ふと千聖さんの言葉を思い出した。
「説明できない不幸を霊のせいにした」という説だ。ひょっとして、憑依霊というのも、平衡思念が生み出したものなのだろうか。守護霊がこの世界をよくできない原因を、憑依霊に押し付けているのかもしれない。
僕はさらに思考を広げる。
最初にユキが言っていたニートも、平衡思念説で説明できるのではないか。
知識をアップデートしないマネジメント層は経済不況を引き起こし、勉強しない教師は学校教育を低迷させた。
その原因を若者に押し付けるために、ニートという言葉を作ったのだ。
なら、僕のすべきことは何だろう? ユキに、守護霊でなくても構わないと言うのか?
違うだろう。ユキだって僕と同じで、悩みをかかえた普通の高校生なのだ。そのままでいい、なんて文句がご機嫌取りだということくらいわかる。
迷惑なヤツだけど、僕の生活はユキのおかげで変わった。面倒事は増えたけど、比例して良いことも増えていった。
今度は僕の方から、何かできないだろうか。
しかし、僕の思考はそこまでだった。敵がやってきたからだ。
一般的な生徒なら部活を終え、予習復習に励んでいるであろう時間だ。
一般的でない我々幽霊部のメンバーは、家にも帰らずパジャマパーティを開催していた。
パジャマパーティというものに参加した事はないが、要するに寝巻きでやる女子会のことなのだろう。
ストレスを発散するため、夜通しでスイーツをほおばり、恋バナに花を咲かせるのだ。
そんなに喋ったら緊張でストレスが溜りそうだが、女性は違うのだろう。
男仲間でパジャマパーティが行われない理由は、男がオンとオフを区別するデジタル思考だからだ。
彼らはパジャマを着ると自動的にスイッチが切れ、寝てしまうのである。
やれやれ、男ってやつは実に単純な生き物だ。
さて、僕らの目の前にペットボトルのジュースとお菓子の袋が雑然と並べられている。僕は反射的に、みんなの紙コップにジュースを注いでいく。
まるてパブロフのようだ。
犬がベルを鳴らすと、パブロフが自動的にエサを持ってくるのだ。
「あんまりジロジロ見ないでよ、この変態!!」
愛樹の分を注ぐ時に目をやった途端、罵声を浴びせられる。偶然見えてしまっただけなのに、酷い言われようだ。
ツインテールをおろした長い黒髪は、いつもの暴力的な雰囲気がなく、おしとやかなお嬢様のような見た目と恥らう様子が中々合っている。
肩口が大きく開いたドレスみたいなパジャマは、その下から柔らかな肌を覗かせていた。
「えへへ、れいくんどうかなぁ? 変じゃない、よね?」
ももかは目を向けても悠然とスマイルで迎えてくれる。
うんうん、やっぱこうでなきゃな。これなら一生見ていられる。ちょっとV字に切れた胸の部分から、ももかの女の子らしさが零れてきてるのがいい。
あと少しでもシャツが緩めば――そう思うと動揺してしまい、ももかの問いにどう答えていいかわからず、僕は適当に相槌をうってしまう。
「どうして玲はこれを着てくれないんだ」
千聖さんは若干すね気味だ。僕が千聖さん持参の気ぐるみパジャマを着なかったのがよほど応えたらしい。
でもね、千聖さん? なんでよりによって犬のパジャマなんですか。僕を犬扱いする気ですか?
「れいくん、着たら可愛いと思うよ」
ももかが笑顔で勧めてくる。
いや、さすがに男が気ぐるみはまずいだろ。絵面的な意味で。
なにが悲しくて年頃の男子がプリティーなパジャマを着なくちゃいけないんだ。そんなのを着たら、変な方向に目覚めてしまいそうだ。
「うぅ、レイくんが私を見てくれないーー。どうして私のパジャマがないの?」
パーティーから外れた隅っこで、ユキが一人、制服姿で蹲っている。
だからさぁ、幽霊が夜の学校を怖がるのっておかしくない?
姿はいつも通りなので、特に感想はない。が、いつもと違う淀んだ視線がこちらに飛んできている気がして、何となく落ち着かない。
そう……ユキはいつもと違ってしまっていた。
パジャマを取りに家へ戻った時の事件だ。
ユキが僕の部屋でパジャマを探すと言い出し、あちこち漁るのかと思いきや、動かなかった。僕は制止することを半ば諦めていて、やけになって背中を押そうとしたが、僕の手は背中に当たらなかった。すり抜けていたのだ。
どういうことなのかと聞くと「もう霊じゃなくなるかも」と短い答が帰ってくる。僕はどう答えていいかわからずユキの続きを待った。
「あの時と同じね、レイくんに取り憑く前と。役に立たない霊は消える運命なのよ」
そして、「なんとか戻る方法はないのか」と縋る思いで聞いて、その話はそれっきりだった。ユキはその話を避けていたし、僕も嫌がる話を続ける気はなかっだ。
――思考を中断し、部室の外を見る。元気の良い夏の太陽もすっかり沈み、夜の帳が下りていた。
生暖かい風と虫の音は、パーティというより肝試しのような雰囲気を醸し出していて、僕達のやろうとしてることとの場違いさが引き立つ。
職員室の明かりはまだ点いていた。一体何をやっているのかは知らないが、あれだけ仕事をしているのに、肝心の授業の質が上がらないのはなぜなのだろう。
全く、教師と言うのは楽な仕事だ。もし成績が出なくても、不真面目な学生のせいにできるのだから。
まあ、こんな風に教員現場を憂いている僕も、真面目なことはしていない。
しかし、だからといって批判する資格がないとは言えない。
僕の失態と他人の失態は全く別物だ。もしその程度のことで批判する資格が失われば、将来的には悪を咎める人がいなくなってしまうだろう。
「おい、玲。窓に移った私達の素肌を楽しむのもいいが、まずは乾杯するぞ」
「見てないです」
「……私達のパジャマ、あんまり可愛くないのか?」
千聖さんがいつもと違う、妙に科を作った声で訴えてくる。
そうは言われても、愛樹とももかは露出度が高すぎてほめるのが恥ずかしいし、千聖さんは見た目がファンシーだけど中身がアレなせいで富豪に飼われている番犬にしか見えない。
どうしてウチのメンバーは加減というものがわからないのだろうか。
ごく一般的な女性の服装をして欲しいものである。ぶかぶかの白シャツのみとか。
「そりゃ可愛いですけど、そんなにじっくり見るのも変じゃないですか?」
「何言ってるんだ。こういう時は見ない方が変なんだぞ」
千聖さんに言われて、逸らしていた目をふっと戻す。偶然戻したはずの目は、彼女達の首筋から胸元のあたりへ向かってしまう。
昔、中世ヨーロッパでは恋愛が禁じられていたが、それを許してくれる免罪符も売られていた。
すると聖職者たちはみんな免罪符を買い、酒池肉林の限りを尽くしたと言われている。
聖職者ですら逆らえない衝動に、凡人の僕がどうして逆らえるのだろうか。
「さて、玲の視線はどのあたりに向かっているのかな」
千聖さんはそういうと、人差し指を空中にさ迷わせる。
僕はトンボのごとく、その先っぽを追ってしまうと、なぜかももかの胸の谷間に着地した。
「わっ?! そんなとこ触らないでよ~」
ももかの忠告を無視して、千聖さんは少しずつ指を進入させていく。
ふといつもの蹴られ癖で愛樹の方を見ると、大きく目を見開いてももかを見つめている。僕のことは特に気にしていないらしい。よかった。
「――って何やってんのよこの変態どもが!!」
と安心してたら、急に愛樹が大声を上げ、千聖さんの手を払いのける。いや、愛樹だって結構見てたじゃん?
「よし、みんなのテンションも上がったところで、第一回パジャマパーティ、開始!!」
千聖さんの小さな拍手とともに、開会の音頭が取られた。みんなソファに腰掛けると、最初のテーマが発表された。
「さ、パジャマパーティ恒例行事といえば、罰ゲーム付きトランプだ。負けた奴は恥ずかしい秘密をバラせ」
「「「えええええっ?!」」」
めずらしく三人の息が合った。
◇◆◇◆
ええと、恥ずかしい秘密ってなんだろ? すぐには思い浮かばないな。などと悩んでいると……
「……ま、負けた」
最初に負けたのは愛樹だった。早いな。
「さて、忍びないがこれも定め。秘密を露わにし、恥ずかしさに悶えるといい」
「いや、定めたのは千聖さんでしょ」
愛樹は残ったカードを一纏めにし、誰にも見せないかのように両手で覆い、目を伏せて唸っている。
「うぅ……秘密……あれも言いたくないし、これも言いたくないし……」
「大丈夫さ。誰だって、授業中におもらしくらいしてる」
「私はしてない!!」
そんな二人のやりとりを眺めていると、僕の視線を察したのか、いつものごとく愛樹に睨まれる。
わかっていても何故か怖い。けど、わかっていてもなぜか見ちゃう。
不思議だ。世の中には説明できないことがたくさんある。
「アンタは聞くな! 聞いたら鼓膜破くわよ!」
千聖さん、「鼓膜やぶったら私の命令が聞けなくなるだろ」はフォローじゃないですよ?
愛樹の大声の後、沈黙がやってきて、ますます注目が集まってしまう。そんな沈黙を、愛樹はきちんと受け止めつつも、しどろもどろにカミングアウトを始めた。
「じ、実は私……たけのこの里よりきのこの山が好きなの」
「いや、それは恥ずかしいことじゃないから」
「恥ずかしいわよっ! きのこの山が好きだなんて言ったら、もう外を歩けないじゃない!」
いつの間にきのこの山は隠れキリシタンみたいな存在になったんだ。
確かにたけのこの里の方がおいしいけど、きのこの山を馬鹿にする理由にはならないよ。
さて、なぜかさっきのカミングアウトは認められたらしく、次のゲームが始まる。
千聖さんがスマホでメモしていたところを見ると、面白いことを言えば問題ないらしい。面白いことと恥ずかしいこと、どっちが楽なのだろう。決まっている。負けないのが一番楽だ。
勝つ方法を考えていた僕は、恐ろしいことに気づく。
大富豪で負けた人は、勝った人に強いカードを渡すため、延々と負け続けてしまうのだ。
さすが、千聖さんの考えるゲームだけある。鬼だ。
案の定、次のゲームも愛樹が負けた。
「さ、今度こそ恥ずかしい秘密を言ってもらうぞ」
千聖さんがゆっくりした口調で念押しする。今度は面白いこと言っても見逃してくれないらしい。
ただならぬ緊張感が漂う中、ついに愛樹が重い口を開いた。
「ええと、小学校の頃の話なんだけど……。放課後、私の縦笛をこっそり舐めてた男子がいたの」
少しディープな話に、部室内が微妙な空気になる。
「それで私、自分のが舐められるのが耐えられなくて、クラスで一番カッコイイ男子の縦笛と私の縦笛を取り換えたの。で、それで……家に帰りながら『あぁ……あの男子は今頃私の縦笛だと思って、カッコイイ男子の縦笛を舐めてるのね。
ということは、○○くん×○○くんであんなことやこんなことをやってるのと同じよね。あっ――だめ〇〇くん! そんなとこまで舐めちゃ……』って妄想してたのよ! 悪い?!」
予想以上にディープな体験を聞かされ、全員が後ずさりしてしまう。普段は余裕ぶっていた千聖さんも、表情が固まっている。
「だ、大丈夫だよ愛樹ちゃん。みんなやってるから」
「こんな気持ち悪いことやるわけないでしょ!」
ももかがフォローするも、よほど混乱しているのかフォロー潰しをしてしまう。
そして、誰も収拾することができない空気をそのままに、次の対戦になった。
「こ、今度は負けないんだからぁ……」
いつもの攻撃的な言葉を向けてくる。少しうわずっているのがかわいい。カードを射抜いてしまいそうなほどの真剣な目線だ。
少し気まずい空気を察したのか、千聖さんが口を開いた。
「よし、今度私が負けたら玲が聞きたいことをなんでも答えてやろう。そのかわり、玲が負けたら3人の中で誰が一番好きか白状するんだ」
「ええっ、そんなの嫌ですよ」
そんな恥ずかしいこと、言えるわけない。絶対に止めさせないと。僕は頭を回転させて、なんとか理屈を考えていると――
「あ、それ私も気になる」
「わたしも聞きたい」
「私も私も」
愛樹とももか、ついでにユキも賛同してきた。おいおい、なんでみんなして僕を追い詰めようとするの? グルなの?
とんでもない状況になったなとたじろぐも、一旦仕切りなおす。要は負けなければいいんだ。
幸い僕は富豪だから、貧民から強いカードを一枚貰える。戦況は有利だ。……普通のメンツならば。
「ちょっと千聖さん! わざとでしょ」
「ムッ……私は真剣だ。なんせ負けたら玲にとんでもなく恥ずかしいことを言わなきゃいけないからな。スリーサイズはもう言わされたから、次は何を」
「いやいや、言わせてないですから」
……負けた。千聖さんのアシストで、ももかと愛樹は序盤に弱いカードを処分しまくっていた。
最後に1対1になったときは、なんかもう出来レースみたいに綺麗に負けてしまった。
なんか釈然としない負け方に不満を覚える僕に対し、千聖さんが詰め寄ってくる。
「さあ、誰が好きなのか白状しろ」
千聖さんが最も困る質問を再び突きつけてくる。答えにつまる僕に反比例して、3人の期待度は大きくなっているのがわかる。
ももか、頼むからそんな息を殺すほど僕を見ないでくれないか?
「レイくん、今なら女の子選びたい放題よ」
ユキがトチ狂ったアドバイスをしてくる。いやいや、僕が選んだ後、向こうにも選ぶ権利があるだろうよ。
と思ったけど、最近の出来事を思い返すと、逆の真理の可能性を感じる。
幽霊探索のとき、幽霊っぽい現象を探す僕より、半ばこじつけみたいな感覚を信じたのももかの方が先に見つけた。
カードマジックの種も、客観的に見ようとした僕より、積極的に手を出した愛樹が見破った。
廃部の危機で将棋の大会に出るより、千聖さんの提案した悩み相談部のほうがみんなを笑顔にした。
僕が客観だと思っていたものは、実は客観でないのかもしれない。
ならば選ぶべきか。しかし、誰を? 答えは出ない。
「ええと……そんな一番なんて決められないよ。みんなかわいいから」
「なるほど。玲はプレイボーイなのだな。大方、二人きりになったら『君が一番さ』と耳元で囁く気なんだろう。今までの女はそれでうまくいったかもしれないが、私はそう簡単に騙されないぞ」
「なんで千聖さんを誑かす流れになってるんですか」
「それより早く言うんだ。愛樹なんか気になりすぎて、さっきから表情が固まってるぞ」
言われた愛樹の方に視線が集まる。
「べ、べつにアンタの好きな人なんて気になってないからね」
いや、さっき気になるって言ったじゃんか。
◇◆◇◆
さてさて、千聖さん以外の全員が秘密を暴露しまくったところで、大富豪はお開きになった。
ももかが妙なキャラクターグッズを集めていたり、僕が同じ服を何着も持っていて、靴下は一種類しか持ってないことに愛樹が若干引いていた。左右間違えなくて便利なのに。
あと、僕の好きな人はアニメキャラということで押し切った。みんな不満そうだったけど。
「何も起こらないね」
「そうね。そろそろお風呂の時間になってきたわ」
次のゲーム、とはならず、皆本題の方へ意識を向ける。
作戦では、平衡思念と呼ばれる霊体が、悪いことをしてる僕らに何かしらのアクションをするはずだった。
しかし、現実には何も起こっていない。
賽は投げられ、白羽の矢も立てられ、あとは機が熟すだけ……という状況のはずなのに。
「そろそろ眠くなってきたわね。パジャマ着てるし、このまま寝ちゃおうかしら」
「玲。今なら平衡思念のせいにしてタッチし放題だぞ」
ももかに寄りかかって目を閉じた愛樹を見て、千聖さんが耳打ちしてくる。
いや、平衡思念って別にエッチな存在じゃないからね。
「――しかたない。幽霊部らしく、怪談話でもしようじゃないか」
千聖さんがそう言うと、愛樹がびくっと震える。
どうしたのかと思って見ると、今度は蝋人形みたいに固まっている。ひょっとして怖い話が苦手なのか、あの性格で。
みんなが愛樹に注目する中、千聖さんは淡々と準備を勧めていたらしく、懐中電灯で下から自分の顔を照らしつつ話し始めてた。
「実はだな……平衡思念に操られているのは私たちの方なんだ」
……なんか反応しづらいボケが出てきたぞ。
みんなも同じことを考えているのか、表情を固くして動かない。反応してはいけない24時でも始まったのかと思うほどだ。
当の千聖さんはというと、眉根を寄せて悩ましそうな顔をしている。スベったのがショックなのだろうか。
ブツブツと何かをつぶやいた後、首を左右に振っている。やがて、みんなの注目が集まっていることに気づくと、手をパンと叩いてこう提案した。
「平衡思念を待つのは効率が悪いのかもしれない。こちらから精神世界へ行く必要があるのかもな」
「あっ! わ、わかった、あれね!」
愛樹は糸でも切れたかのように勢いよく立ち上がる。
そして、思い当たるところがあるのか、窓際の棚へ向かい、引き出しから何かを取り出した。
「さあ、頭の中の妖精を呼び出しましょう!」
「って待て待て待て!」
デジャヴ! ハンマーで頭叩いても怪我するだけだから! 全く、ユキと思考回路が一緒じゃないか。ひょっとして流行りなのか?
「わー! 愛樹ちゃんが霊にとりつかれてる!!」
「ちょっ、ももか首やめて! 息が、苦しい……」
ももかが愛樹の首をつかんで、前後に揺さぶる。
偶然首がしまって、偶然愛樹が苦しそうだ。
まあ、人を殴ろうとした罪だと思って、苦しみ続けて欲しい。
愛樹の不幸を見て冷静さを取り戻し、ふと違和感に気づく。
ユキが寝ていた。それも地面に。
その光景は僕に違和感というざわめきをもたらした。
幸せそうなユキの寝顔を見ていると、ふと千聖さんの言葉を思い出した。
「説明できない不幸を霊のせいにした」という説だ。ひょっとして、憑依霊というのも、平衡思念が生み出したものなのだろうか。守護霊がこの世界をよくできない原因を、憑依霊に押し付けているのかもしれない。
僕はさらに思考を広げる。
最初にユキが言っていたニートも、平衡思念説で説明できるのではないか。
知識をアップデートしないマネジメント層は経済不況を引き起こし、勉強しない教師は学校教育を低迷させた。
その原因を若者に押し付けるために、ニートという言葉を作ったのだ。
なら、僕のすべきことは何だろう? ユキに、守護霊でなくても構わないと言うのか?
違うだろう。ユキだって僕と同じで、悩みをかかえた普通の高校生なのだ。そのままでいい、なんて文句がご機嫌取りだということくらいわかる。
迷惑なヤツだけど、僕の生活はユキのおかげで変わった。面倒事は増えたけど、比例して良いことも増えていった。
今度は僕の方から、何かできないだろうか。
しかし、僕の思考はそこまでだった。敵がやってきたからだ。
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