ニートは死んでも治らないっ!

史季

意志が現れる時

 休みが終わり、月曜になる。
 僕は学校へ行きながら、事件のことを考える。


 覗きの犯人を捜すことは部にとって重要だ。
 こうやって悩み相談を解決することで、部としての活動実績をアピールするそうだ。
 ももかは部の存続のため、愛樹はももかのため、千聖さんは自分のため。
 三者三様の清濁合わせた動機なのに、全く同じ方を向いているのが不思議である。


 さて、今回の問題はどう解決されるのだろう。
 千聖さんは既に答えがわかって動いてるみたいだけど「一人の方が動きやすい」と、僕の協力を拒んでいた。
 いつもなら面倒に巻き込まれずに済んだと思う。なのに、なでおろした胸はなぜか重かった。


 何するんだろう。僕の出番はあるのだろうかと、らしくないことを考えてしまう。


「最近、変わったことが多いの」


 隣を歩きながら言ったユキの顔は、少し青ざめていた。
 幽霊だから当然のような気もするけど、普段の血色の良い顔と比べると、調子が悪そうに見える。


「どうしたの?」


 最近のユキは終始こんな調子だ。
 ご飯も食べたがらないし、冷房を効かせた僕の部屋で寝るのも嫌がるようになった。幽霊でも風邪を引いたりするのだろうか。
 きっと、ウイルスの幽霊がいるのだろう。餓鬼や畜生に生まれ変わる奴がいるんだし、ウイルスに生まれ変わっても不思議じゃない。


「変な夢を見るのよ。三途の川から逃げる時の夢なんだけど、辺り一面から非難されてるような気がするの。まるで、見えない矢で狙われてるような感じね。私はなんとか逃れようと、必死で川の底へ進むんだけど、どこまで行っても辿り着けなくて、息苦しくなって目が覚めるの」


 暗い口調で言い終わると、ユキはすーっと消えてしまいそうな息を吐いた。今まで見たこと無いような深刻な顔だった。


「辛そうだね。無理しなくてもいいよ。今日は家で休んでたら?」
「そういうわけにはいかないわ。私はレイくんの恋愛を進める責任があるんだから」


 弱々しかった声が急に強気になる。いい加減に諦めてほしいんだけど、やっぱり続けるらしい。どうしてそこまで恋愛にこだわるのだろうか。ユキは僕の幸せのためだと言っていたけど、僕は別に恋愛をしたいわけじゃない。


 ももかは結構かわいいし、一緒にいても楽しいし、暴力的なボディガードがいることを除けば文句ないだろう。
 でも、そういう気持ちと恋愛がどう結びつくのか、僕にはまるで見当がつかないのだ。いつか、わかるようになるのだろうか。


 結局、僕自身の問題なのだ。僕は何もしたくないのだろうか。


 クラスが違うので、幽霊部のみんなに会いに行くのは踏ん切りがつかない。渡辺さんなんて学年が違うからもっと行きにくい。
 結局、何もできずに、ただ時間だけが流れていく。


「レイくん、気になるのね」
「何が?」
「渡辺さん……今日も体育でしょう? 大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。千聖さんが何か手を打ってるだろうし」


 僕が興味なさそうに答えると、ユキは首を振った。


「違うわ。大丈夫かどうか気になるのは、レイくんの方よ。」
「僕?」


 予想外の方向に話が向けられて、ぽかんとする。


「本当に、このまま事件が終わってもいいの? レイくんは何かしたいんじゃないの?」


 真剣な目を向けられ、思わずたじろいでしまう。ユキは普段は検討違いのことをするくせに、変なところで鋭い。


「まぁ……何かやらないといけないかなって気はしてるな」
「でしょ。だったらやらないと、死んでから後悔するわ」


 死んだ人間が言うと説得力がすごい。


「そうして解決するまで他人のフリをするのが、レイくんのしたいことなの?」
「それは、……違うけど」
「どっちかって言うと、したくないことじゃないの?」


 確かにそうだ。したいことがないと言って、結局一番したくないことをやっている。こういうのを貧乏くじと言うのかもしれない。


「……行ってみるよ」
「後悔のないようにね。私はレイくんのことを願っているわ」


 僕達の足は、幽霊部の部室へと向かっていた。




 ◇◆◇◆




 で……これはどういうことなんだろう?


 部室を開けた僕の目に入ったのは、千聖さんと見知らぬ女子生徒が、ソファに座りながらゲームをしながら談笑している姿だった。カラフルなグミみたいなやつを、4つくっつけて消すゲームだ。ちょっとタイトルはド忘れしてしまったけど、まあ仲良くやるにはうってつけのゲームだろう。


 ユキはゲームに興奮したのか、ダッシュで近づいて叫んだ。


「あーっ、ぷよぷよやってる! いいなー私もやりたい!」


 さっきのシリアスな雰囲気はどこに行ったんだと思うほど、子供じみた様子ではしゃぐ。そんなユキを見て、なんだかどっと気が抜けてしまう。
 あと、堂々と商標を叫ぶな。僕が権利に配慮してモノローグをしゃべってるのがわからないのか?


 千聖さんたちは、僕に軽く会釈をしたあと、再びゲームへと没入していった。
 ほんと、よくばれないよなぁと、今更ながら感心する。もし先生がきたらどうするんだろう? まあ、ユキもなんだかんだでバレてないし、みんなそこまで他人に興味ないのかもな。


 けど、隠し事はいつかバレるものだ。僕は画面に近づきすぎたユキを引っ張ろうとして腕を掴んだ。が、掴むことはできなかった。僕の手は文字通り、ユキの手をすり抜けた。


「あれ?」


 ユキの顔がさらに青ざめていく。僕が理由を聞こうとすると、ユキは一目散に部屋から出ていった。


「渡辺さんは男子に人気あるんだな」
「そうですねー。まあ、見てくれは悪くないし、か弱いお姫様みたいに思われてるんじゃないですか?」
「キミもなかなか魅力的だぞ。私の目はかなり正確なんだ」
「えっ、何言ってんですかー。私なんて全然ですよ」


 僕とユキに関係なく、二人は連鎖を打ち合いながら、事件と関係ありそうな会話をしている。おそらく、この女子生徒は渡辺さんのクラスメイトだ。千聖さんに呼ばれて、事件のことを聞かれているのだ。


 千聖さんが聞くと結構な手がかりが出てきている。愛樹とももかが聞いたときは手がかりなしだったのに。
 クラスの誰にも聞かれない環境、学校でゲームをやるという秘密を共有している感覚が、女子生徒の口の滑りをよくしているのだろう。全く、この人には恐れ入る。


「やったー、私の勝ちですね」
「上手いな。私も結構やりこんでて、自信あったんだが」
「いえいえ、部長さんも中々でしたよ」


 聞き込みが終わったらしく、サラリーマンの社交辞令みたいな会話をし、女子生徒は僕のとなりを爽やかな会釈ですり抜け、帰っていった。
   彼女の、真相の脇腹をくすぐるような証言を頭の中で反芻していると、千聖さんがゲームを片付けながら言った。
   
「どうしたんだ、玲。キミは事件には興味ないのかと思っていたぞ。ちなみに、渡辺さんを助けても付き合ってくれるとは限らないよ」
「なんで僕はそんなイメージなんですか。ただ単に、興味ないって思うことに飽きたんですよ」


 そう言うと、少し照れくさいというか、むず痒いという感じがした。もしかしたら千聖さんに笑われるかもしれない、そんな恥ずかしさだ。
 けど千聖さんは、少し意外そうな顔をした後、いつもの企み顔をする。


「興味深い心理だな。どういうきっかけでそういう気持ちになるんだい?」
「別に、なんとなくですよ。ラーメン屋で餃子に興味なくても、何度も通ってると餃子も食べたくなるでしょ。そんな感じです」


 投げやりに回答すると、千聖さんはぷっと吹き出した。うぐ……やっぱり笑われた。けど、そんなに嫌な感じはしなかった。


「ふぅん、なるほど。そんな性癖があるとは知らなかったな。
 けど、今回のは餃子よりも胃にもたれる事件だぞ。キミは他にも厄介な問題を抱え込んでいるのだろう? さらに重荷を背負う覚悟はあるのか?」


 問題……ユキに関する問題だ。


 ユキは果たして守護霊なのか憑依霊なのか。もし憑依霊だとしたら『死んでいること』を理解させて消さなければいけない。けど……それはつまり、ユキに死んだときのことを思い出させるということだ。
 満足して死んだ人間なんているはずがないのに。


 けど、守護霊だと信じることもできない。ユキにとり憑かれてから、僕の生活は良くも悪くも変わってしまった。
 変な部活に巻き込まれたり、今まで避けてきた恋愛を強制させられたり。楽しくもあり、しんどくもあった。


 果たしてこれは、僕が望んでいることなのだろうか。
 ユキが本当に守護霊なら、こんな風に悩まなくても済んでいるんじゃないのか。ただただ満足だけの人生になってもいいはずだ。


「それでもいいなら、こいつを押してくれ。キミの意志を知りたい」


 千聖さんは真剣な目をして、僕の目の前にスマホを突きつける。面くらいながら見た画面には再生ボタンが鎮座している。
 このボタンが何をもたらすのか、僕には想像がつかない。でも、千聖さんの雰囲気からは事件のただならなさを感じ取れた。


 僕の意志とはつまり、選択だ。とるかとらないかを選べるような状況において、一方を選ぶ行為のことだ。
 人の内面のどこを調べても、意志はとりだせない。意志は選択行為そのものだ。そして、行為そのものが逆説的に意志になるのだ。


 そう考えると、僕はユキとの生活を望んでいたのかもしれない。ユキにひどいことをして、取り憑く気をなくさせることだってできたのに、それをしなかったのだから。


 意を決して隣を見る。ユキも同じ目をして、手をボタンのすぐ側まで伸ばしていた。僕はボタンを押した。


 そこから流れてきたのは、複数の女の子の声だった。
 楽しそうに談笑していたと思いきや、時々渡辺さんの悲痛な声が混じるようになった。何かと何かが激しくぶつかる音や、心無い言葉が増えていった。


「これ、いつのことですか?」
「渡辺さんが相談に来た日の放課後だ。彼女の持ってるキーホルダーに似せた盗聴器をかばんにつけて、様子を見させてもらった。いきなりこんなのが録れるとは思わなかったがね」


 放課後か。のぞきが見つからなくて、どうしようかと部室で作戦会議をしてた時だ。


「渡辺さんを犠牲にするようなことはしたくなかったが、今後解決に向かう際、証拠が大事になるんだ。世の中には論理を理解できない人が大勢いるからな。実際に目の前で見たものしか信じないんだ。だから、最もリアリティのある証拠が必要だったんだ」
「そうですか……で、この証拠をどうするんですか?」
「もちろん脅しに使う。警察に提出すると言えば、学校側も動くだろう」


 千聖さんはスマホを手に外へ向かう。


「渡辺さんに了承をとらなくていいんですか」
「もうとったじゃないか。解決して欲しくなければ、わざわざ相談になんか来ないよ」


 千聖さんの手際の良さを目の当たりにし、僕は拍子抜けしてしまう。うまくスタートを切ったのに、他走者のフライングでやり直しになったような、やるせない感じだ。
 けど、このまま引き下がるのも癪なので、もう一度スタートラインに立った。


「なにか、僕にも協力できることはないですか」
「じゃ、お祈りをしてくれ」
「いやそういうインチキじゃなくて、ちゃんとした役割を」


 そういうと千聖さんは、ちょっぴりいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「祈りは大事だぞ。いくら上手くやれても、祈りがなければ失敗するもんさ。誰か一人でも私の未来を祈ってくれるなら、少しは心強いからな」
「そうなんですかね……」


 千聖さんがひらひらと手を振り、部室を出ていく。祈るというのは、実際的にどういう行為なのだろう。
 雨が降るまで続ける雨乞いみたいなものだろうか。だとすると、祈りと成功は関係なさそうだけど。


 けど、千聖さんが上手くいくところを想像するのは楽しいし、別に祈るくらいならいいかな。




 ◇◆◇◆




「つまり、のぞきの疑いをかけられてるのは渡辺さんだったのさ」


 放課後、部室に集まった部員を前に、千聖さんが説明を始める。
 黒板の前に立ち、指示棒で文字を指す姿はエリート教師みたいだ。
 唯一残念なのが、黒板に書かれているのが「のぞき」の3文字だけってこと。
 書く意味あるのか……それ?


「彼女はクラスになじめず、着替えを一人でしていたそうだ。それを面白くないと思った級友が、のぞきの噂をはじめた。そこから収拾がつかなくなってしまったのだろう」


『渡辺さんは覗かれているんじゃない。だれかにそう思い込まされているということだ』あの時千聖さんの言ったのは、覗きは被害妄想という意味ではなかった。クラスメイトの悪意から逃れるために、覗かれていると思い込んだということだった。それが幽霊部へ相談するきっかけとなり、心の外へと脱出する通路となっていた。


「で、そいつらはもうほっといていいの?」
「いいと思うぞ。さすがにやつらも警察は嫌だろうし、少しはおとなしくなるだろう」


 収束宣言が出された。けど、僕たちの空気はなんとなく濁っている。少し息苦しくて、呼吸するたびに何かがつっかえる感じだ。みんな俯き加減で、言葉もなくなってしまう。


「渡辺さん、これで満足するかしら?」


 愛樹が口を開く。僕たちがやったのは、犯人の特定と忠告だ。
 けどそれは、渡辺さんの望んでいたことだったのだろうか。もう覗きに関しては何も起らないだろうけど、良いことが起こるようになったわけじゃない。


「ごめんな、こんなことばっか得意な先輩で」


 すると、千聖さんが珍しく弱気な言葉を言った。他のみんなも少し驚いている。


「どうしたらよかったのかしら」


 ユキも口を開いた。まるで何かに縋るようなか細い声だった。一応解決はしたけど、渡辺さんの傷は一生治らないだろう。もっと早く解決できなかったのか。


「おっと。みんな、そう落ち込んでる暇はないようだ。次のお客さんが来たようだ」


 千聖さんの声で、全員の視線が外へ向けられる。僕はその時、千聖さんの目がうっすら光っていたように見えた。
 あれは、涙だろうか。千聖さんも、この解決にはやるせない思いがあるのかもしれない。


「活動中に失礼。お邪魔させてもらうわ」


 外にいたのは生徒会の腕章をつけた、ちっこい女子生徒だった。


 やけに印象的な渇いた声が響く。見た目はアレだが、一応生徒会長だ。全校集会での挨拶の淡白さと見た目と幼さから、年齢詐称の疑いをかけられている。
 飛び級小学生にも見えるし、500歳の幼女にも見える。


 人をよせつけないオーラを纏った眼鏡と、すっと伸びた眉毛が、どこか孤高の存在を思わせる、いかにも悪役っぽい出で立ちだ。
 きっと友達も少ないんだろうな。かわいいのに勿体無い。


 みんな声をかける様子はなく、居心地の悪い沈黙が漂う。
 ここは僕が話すべきなのだろうかと逡巡していると、生徒会長は意を決したかのように肩をしずめ、こう言った。


「この部は廃部になります」



「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く