ニートは死んでも治らないっ!

史季

深淵を除く時

 降霊術の効果かどうかは悪魔の証明になるので判断がつかないが、女の子がやってきた。
 しかも、幽霊に関する相談らしい。


 面食らう僕に対し、愛樹は手際よく女の子をソファに座らせ、自分は右斜めの席に座った。女の子の正面にはももかだ。
 僕はどうしていいかわからず、仕方なく千聖さんの隣に行く。ソファから少し離れた、傍観者のポジションだ。実に的確。


 さて、女の子の話によると、ももかは学校では幽霊通で有名らしく、幽霊関連の悩み相談も結構やっているらしい。
 千聖さん曰く「こうやって実績を作らないと、廃部になる可能性がある」とのことだ。
 女の子は、渡辺さんというらしい。敬語を使っているところをみると、一年生なのだろう。


「――最近、おかしなことがよく起こるんです」


 渡辺さんの口調が急に重々しく変わる。どうやら本題に入るらしい。


「最近って、いつ頃から?」
「1週間くらい前、かな?」


 1週間前っていうと、ユキが僕に取り憑いた辺りだな。


 ……そういえば、この前の幽霊探索のきっかけの事件も1週間前だったっけ。
 偶然にしては出来すぎている。もしかしたら、渡辺さんの依頼って、とんでもない事件にかかわっているのかもしれない。
 僕は思わず息を呑んだ。


「最初におかしいと思ったのは、体育の後に着替えてる時でした。
 体操服を脱ごうとして服を触ると、いつもと違う感覚が刺さったんです。最初は「寒気かな?」っと思ってたんですが、時間がたつに連れて何だか違うような気がしてきたんです。
 その正体は、ちょうど、ショートパンツを下ろす時にはっきりしてきました。視線です。誰かが私のことを見てるんです。どこかから、私に見えないように。
 ――それ以降は、着替えるのがどうしてもできなくて、体育を休んでるんです」


 一気に話し終わると、渡辺さんは大きく息を吐いた。姿がとても小さく見える。
 ――というか僕、女の子から着替えの話を聞いてていいのか? 席を外したほうがいいんじゃないかな。まぁ、愛樹が足蹴にしない限りは、別にいいよね。ユキに文句言われたら聞き流せばいいし。


「どうしたんだ玲。せっかくのチャンスなんだから、もっと堪能するんだ」


 隣の千聖さんが耳元で囁く。いや、アンタは女として反対しろよ。


「やはり女の子の着替えはいいな。いや、私は別に彼女の悩みを馬鹿にしているわけじゃないぞ。むしろ、よくわかるよ。
 私も時々、寒気とともに『もしかして今、どこかで女の子が着替えてるんじゃないか』と感じることがある」


 いやいや、何を言ってるんだ。
 そして、そんな綺麗な目で同意を求められても困る。僕も少しくらいは興味はあるが、それはあくまでも一般男性として、だ。僕の変態性によるものではない。


 体育の着替えを覗き見しようなんて考えたこともないし、プールの授業を見ようと誘われた経験だってない。
 通学路の神社の下に落ちていると噂されるエロ本を拾いに行こうと思ったこともないし、誰かが変なことをしに来ないかと期待して空き教室に隠れていたことだってない。


 こんなに健全な僕を、どうして千聖さんはいやらしいと思うのだろう。


「ひどいわねっ! 一体誰がこんなことをしてるのかしら」


 愛樹は渡辺さんの話を聞いてひどく腹を立てているようだった。千聖さん、あれが一般女性の模範的態度ですよ?


「その視線って、他の人達も感じてるんじゃないかしら。だれか噂してる人っていない? 「覗かれてる気がする」とか」
「いいえ。誰もそんなことは話してないです。授業が終わったら、大抵は次の英語の小テストの話ですし」
「じゃ、渡辺さんを狙ってるわけね。次の体育はいつなの? ちょっと監視してみるから」


 あっという間に犯人逮捕の段取りが組まれていく。
 幽霊の話かと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。


 確かに、本当に覗かれてるんだとしたら、すぐに対応しないと大変なことになるもんな。まずはその可能性を潰すべきだ。愛樹はよくわかっている。


「わたしも行くね」
「そうね。ももかとおしゃべりしてるフリして、変な奴がいないか探しましょ」


 どうやら依頼は終了したらしく、渡辺さんはお礼を言って帰っていった。
 次の体育は明日の5時間目らしいので、二人は授業が終わってから渡辺さんの教室に行くそうだ。


「ついでに私達も行くぞ。おしゃべりのフリして、かわいい女の子がいないか探そう。ちなみにこの場合のかわいい女の子とは、皮かむりの方がいいと思ってる女の子の略だ」
「いや、探しませんから」


 千聖さんが口の端を上げながら言った。全く……犯人はこの人なんじゃないか? 一体この人は何を考えているんだろう。


「どうしていつも変なダジャレを言うんですか?」
「うむ、ダジャレか……」


 千聖さんは少し考えこんだ後、真剣な目で言った。


「私は幽霊の問題を言葉で解決できると思っている。幽霊という言葉が意味するものは何か、どんなときに幽霊という言葉が使われるのかを解き明かすんだ。もし玲が『ゴニョゴニョを探してくれ』と依頼されたら、まずはゴニョゴニョが何かを調べるだろう。それと同じさ。
 真の恐怖は想像から生まれる。幽霊を想像すると『そぞぞー』と悪寒が走る。想像を排除すれば幽霊の恐怖はなくなるはずだ。
 ダジャレが多いのは言葉のスペシャリストたる所以なわけだよ」


 スペシャリストなら面白いダジャレだけを言って欲しい。


「ユキはどうする?」


 僕は後ろで気合を入れているであろうユキに聞いてみた。
 僕が女の子と一緒に活動できる機会を、ユキが逃すはずはない。


 しかし、返事は返ってこなかった。ユキは元気よく返事するのどころか、魂の抜けたような顔をしてぼんやりしている。


「な、何でもないのっ。ちょっとね……」


 歯切れの悪い答え。それはなかなか消化できず、僕の胸の中に留まり続けた。




 ◇◆◇◆




 翌日。5時間目が終わる。
 今頃、愛樹とももかは犯人を探しているのだろう。僕は睡魔と戦いながら、事件の顛末を想像していた。犯人がもしいたら愛樹に足蹴にされるだろう、と。


 だが、もしいなかったらどうしようか。そうなると犯人は幽霊なのだろうか。


「犯人、捕まるといいわね」


 隣に立ったユキが話しかけてくる。いつもならしゃがんで腕と顔を机に乗せて話しかけてくるのに、珍しい。
 どうして覗き探しに行っていないかというと、僕が行かないからだろう。僕が行けば、僕に犯人を見つけさせてももかの好感度を上げる気だ。


 覗きが出たのはユキと出会った日と同時期なのは、なぜだろう。
 ユキとも関連があるのだろうか。


 でも、それをユキに聞く気にはなれなかった。
 なんというか、まるでユキに全てを押し付けているかのように思えるのだ。


「そうだね、捕まるといいね」
「……なんか、あんまり嬉しそうじゃないわね」
「いや、犯人は本当にいるのかなって思って」


 もしいなかったら、渡辺さんの被害妄想か、幽霊のしわざのどちらかになる。そうなったらどう解決するんだろう。


 被害妄想だったら、他の悩みを聞いてあげれば解決するのだろうか。
 幽霊だとしたら……ももかは幽霊関連の悩みを何度か解決しているというが、正直信じ難いし。


「大丈夫よ。愛樹ちゃんとももかちゃんなら、なんとかしてくれるわ」
「いや、ももかはしてくれない気がするし、愛樹はしすぎるから不安なんだけど」
「もうっ、レイくんは人を疑いすぎよ」


 頬を軽く膨らませてユキが怒る。いや、そもそも僕が疑い深くなったのはユキのせいでもあるからね。
 ユキが好き勝手言って僕に取り憑いたりしなければ、僕はもうちょっと人間信者に近づいていたと思う。


 ――放課後。


 愛樹とももかの口から出てきたのは、犯人はいなかったという知らせだった。しかし、渡辺さんは何者かの視線を感じているという。調査は振り出しに戻った。
 僕達幽霊部は、部室で再び作戦会議を行った。


「じゃ、犯人は幽霊のしわざだね。わたしの出番だよ」


 ももかが力強く握りこぶしをつくる。少し大きめの袖から出た小さな拳は、頼もしさよりも可愛らしさの方が勝っていた。


「その前に、調査結果をもう少し詳しく教えてくれ」


 千聖さんが珍しく、真面目な話題に入り込んできた。あまり興味がないと思っていたけど、やっぱり渡辺さんのことが心配なのかな?


「結果も何も、怪しい人はいなかったわよ。渡辺さんは窓際の3階席で、外にあるのはそれより低い民家と体育館くらいだから、覗くのは無理そうだったわ。だから、クラスメイトが怪しいと思って辺りを見てたけど、みんな普通に着替えてたわ。
 でも、覗きの噂はあるみたいね。なんとなく見られてる気がするって人が結構いたわ」


 なるほど。愛樹の報告を聞く限りは、犯人がいる可能性はなさそうだな。
 けど――昨日の渡辺さんの思い詰めたような顔が思い出される。誰にも覗かれていないのに、あそこまで辛く感じることがあるのだろうか。


「強いて言えば、クラスメイトの反応がちょっとぎこちなかったわね。なんか渡辺さんのこと腫れ物みたいに見てくるのよ。あれはどうかと思うわ」
「そ、それは愛樹ちゃんが怖かったから――」
「っ? 怖いって何が?」
「だって、渡辺さんが着替える時に、目からものすごい睨みが――」


 ああ、それはわかる。愛樹はエロ方面に対する殺気がすごいもんな。あれに睨まれたら蛙も同然。その場に立ち尽くすしかないだろう。


「蝋そのものは知覚されない」


 千聖さんが言った。竹を一太刀で割ったような言い方に、場が一瞬静まる。
 呆然とする僕達を前に、千聖さんは説明を続けた。


「デカルトの有名な説だ。彼は誰もが納得できる真理を探すために、ありとあらゆるものを疑った。まず疑ったのは感覚だった。
 蝋を火に近づけると、甘さや冷たさといった感覚は失わる。しかし、蝋そのものは依然としてそこにある。よって、蝋そのものは知覚されない。
 つまり、感覚はあるはずのものをないと感じることもあり、疑わしいものだということだ」


「霊そのものも知覚されないってこと?」


「いやいや。結論から言うと、デカルトは間違いをおかした。彼は、感覚でとらえられないものを、蝋そのものと呼んでいただけだった。順序が逆だったわけだね。
 つまり、知覚されないものを霊と呼んでいるのだから、霊が見つからないのは当然ということだ」


 なるほど。またいつもの詭弁が始まったのかと思ったけど、今回はそこまで変なことは言ってなさそうだ。でも――。


「で、その偉い哲学者様は、のぞき問題をどう解決するわけ?」


 愛樹が問いかける。そうだ、蝋だか知覚だかを理解しても,結局のところ問題は解決していない。
 うん、また騙されるとこだった。しっかりしなければ。


「主体の形而上学だ。つまり、渡辺さんは覗かれているんじゃない。だれかにそう思い込まされているということだ。もう答えは出てる。次に見に行けばわかるさ」





「ニートは死んでも治らないっ!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く