ニートは死んでも治らないっ!

史季

隠者の審判

「お前、何か隠しているだろう?」


 開口一番、千聖さんにいきなり核心をつかれて驚いた。ここに来てから、ユキのことはほとんど忘れたからだ。
 ユキは、ソファーに手足を預けて、溶けるように眠っている。まぁ、あれなら起きないだろし、言ってもいいかな。


「実は、幽霊に取り憑かれてるんです」
「ふむ、幽霊か」


 千聖さんが微動だにせず答える。信用してないのか、それとも最初から知っていたのか……。
 張り詰めた空気がヒシヒシと体に当たる。


「えと……あいつはニートで、守護霊になるために就職活動をしているそうです」
「ふむ。幽霊の事情は良くわからんが、最近はそういうシステムなのか?」
「どうやら三途の川を渡る途中で逃げてきたそうです。そしたら現世に戻ってきたようで……周りの幽霊達が人間に憑いていくのを見て『自分も守護霊にならないといけない』と思ったそうです」


 混乱しながらも、何とか説明を終える。言ってる間、自分の発言に整合性がなくなっていることがわかったが、千聖さんなら理解してくれるような気がして、そのまま話してしまった。結構話しやすい人なのかも。


「で、お前はその守護霊をどうしたいんだ?」
「どう……と言われても」


 プライベートがなくなって迷惑……と言いたいけど、もしユキがいなかったら僕は一人ぼっちだ。そんな生活に耐えられるのだろうか。今までもそうしてきたはずなのに、なぜか今の僕はユキとの別れを惜しんでいた。


「それが言えないなら、手助けのしようがない」
「……そう、ですよね」


 僕は自分自身の不幸を呪っていたが、それは間違いだった。全ては、僕の意志にかかっていたんだ。他人任せにしても、解決なんてしないんだ。今ここで、どうするのか決めないと永遠にこのままだ。


「ただ……」


 横顔をこちらへ向けて、宝石のような瞳で僕を見つめる。夕日を浴びた彼女は、暗闇の中で輝く松明のように揺らめいていた。
 いつもと違って、どこか寂しそうな……でも綺麗だった。


「ただ、こうして話を聞くぐらいならできる」


 そんな千聖さんに操られるかのように、僕はためらいをすっかりなくしてしまった。


「で、その守護霊は女の子なのか? 処女なのか? 服装はミニスカだろうな?!」
「ーーーって、ちょっと待っ」


 多分大丈夫、……多分。




 ◇◆◇◆




「そもそも守護霊って何ですか?」


 ユキがいろいろ説明しているけど、信用できない。
 図書室の本で調べようとしたときは、途中でももかの乱入に会ってしまった。そして家で調べようとすると、ユキが『信じてくれないの?!』と泣きついてきて、うるさいことこの上ない。つまり、今が知るチャンスだ。


「守護霊というのは、人間を正しい方向へ導く霊のことだな。主には先祖がなると言われている」
「あいつ……僕の先祖ですか?」


 とてもそうは見えないけど。あんな先祖がきちんと後世のために財をなせるとは思えない。あるとしたら、子孫だけ作ってほったらかしとか……。


「外見が幼い上、現代文明にあっさり馴染むとなると、先祖の可能性はないな。となると……逆かもしれない」
「逆……って、何ですか?」


 思いがけない展開に、僕は体を乗り出す。
 千聖さんは、ゆっくりと、いつも通りの断定調で言った。


「憑依霊だ」
「ひょ、ひょういれい……ですか」


 なんだろう……。良くわからないけど、不気味な響きのする名前だな。


「憑依霊とは、人間を悪い方向へ導くものだ」


 悪い霊……。確かにその可能性はあるな。今までやってきたことは、善意であれ良いこととは思えない。


「確かに、アイツが来てから僕の生活は狂いっぱなしですよ」
「ふむ……。しかし、霊の意志と人間の意志を分けるのは困難なんだ。例えば、霊に操られている人間がいたとしても、霊は他人には見えない。傍から見ればその人間がおかしな行動をしているように見える」


 えっ? じゃ、僕は周りから変な目で見られてるのか? 確かに、独り言とかセクハラまがいの行為とかしまくってるけど。


「守護霊か憑依霊かを見分けるには、憑依者を見れば良い。憑依者に徳がないと、憑依霊がたくさん憑くのだよ。例えば……」


 千聖さんが指で髪を梳かしながら逡巡する。
 その様子を見て、ふっと閃く。そうか、『徳』と『髪をとく』をかけているのか。世界一どうでもいい発見をしてしまった。


「授業中に教科書を読むふりをしながら、前に座っている女の子のブラ紐をチラチラと見たことはないか?」
「してません!!」
「他には、男子トイレで用を足している時、壁に耳を当てて女子トイレの様子を探ったり……」
「僕、そんな風に見えます?!」
「保健室のベッドで寝ているフリをして、女の子が生理の相談にくるのを待っていたり……」
「何ですかそれっ! むしろ千聖さんがやってるんじゃないですか?!」
「……っ!?」


 僕を見透かすような眼は相変わらずだが、髪を梳くペースが少し乱れている。本当にやってるのか……。


「女の子を真夜中の学校に連れ込んでいやらしいことをしたとか……」
「う……」


 彼女は、うってかわって『形勢逆転』と言わんばかりの笑みを浮かべる。昨日のももかのバストラインが頭に浮かんでしまい、反撃の言葉が出て来ない。


「まぁ、それはさておき、機嫌直しにお菓子でもどうだ?」


 千聖さんは立てかけてあったマジックハンドをつかい戸棚をあけ、ポテトリップスを取り出した。唇の形をしたスナック菓子で、どことなくいやらしい感じのするお菓子だ。
 千聖さんはポテリの袋を開けて一つ口に運び、十分に味わってから話し始めた。


「人間は死んだ後、自分の死を認識できない場合、憑依霊になる。
 死を認識できない理由は、『現世への心残り』『突然死』などあるが、一番の理由は『死とは何かわかっていない』場合だな」
「えと……どういうことですか? わかってなくても人は死ぬはずじゃ……」
「ほう。君が言う『死ぬ』とは、どういうことを言うんだ?」
「……体や脳が動かなくなることですか?」
「ふむ、では君の精神はどうだろう? 死んだら、体や脳のように動かなくなるのだろうか」
「そりゃそうですよ。精神って脳のことですよね?」


 何をいまさら……と思う。
 でも、彼女の次の言葉で、僕の思考は急に足場をなくしてしまった。


「では君は、脳によって、脳が動かなくなった状態を考えられるかな?」


 脳が動かなくなった状態を考える……? うーん、考えてもなぁ……。動かないものを考えるって、かなり難しいぞ。
 ……というか、今何の話してるんだっけ? ユキをひっぺがす方法じゃなかったか?


「考えられないと思います。だって、寝ている状態……つまり寝ているときの頭の中身は考えられないですから」
「では、夢や幽体離脱はどうだ?」


 うーん……夢も見てるときや幽体離脱のときは頭を動かしてるわけじゃないから、どうなってるかはわからないよな。
 ……いや、明晰夢がある。自分でコントロールできる夢。幽体離脱は……あれも自分の頭が動いてるんだから、想像は出来るような……つまり……


「夢の中や幽体離脱をしてるときも、見たり聞いたりしてる状態を想像できるから、考えられます」
「ふむ。見たり聞いたりできることが重要だというわけか。もし、見たり聞いたりできることが生きていることなら、お前についてる霊はどうなるんだ? どこかに見たり聞いたりできる精神が存在しているのか?」
「えと……幽体離脱、ですか?」
「わからん。だが幽体離脱なら、長く体から離れると戻れないなるぞ」
「え?! それは困ります!!」
「『だって、毎日美少女と暮らしてたらドキドキしすぎて死んじゃいそう! はぅ……』」


 急に僕の声色を真似て喋り出す。


「気持ち悪いです」
「自分の性癖が、か?」


 落ち着け。ここで答えるとエンドレスで屁理屈をこねられる。……なんだかユキ相手に話してるみたいだな。


「幽体離脱を戻す方法はないんですか?」
「本人が『戻りたい』と思わない限りは無理だな」


 うーん。僕にやたらべったりとしてくる奴だから、無理だろうな。


「そもそも、その霊は一度冥界に行ってるのだろう? なら幽体離脱ではないだろう。
 ま、要するに私が言いたいのは、幽霊に『自分は死んでいる』ということを分からせれば、存在を消せるということだ」
「……どうすれば分かってもらえるんですか?」
「それは自分で考えろ。私が教えたって、説得力がまるでないからだめだ。自分の頭を使って考え抜けば、何かしら見えてくる」
「難しそうですね」


 死んでいることがわかる。その言葉は僕に、底の深い井戸のような感覚をもたらす。
 何かのはずみで自分が井戸に落ちたことに気付く。けど、地上に助けを求めても誰にも届かない。


「ま、いざという時は私が除霊しよう。以前、ももかに頼まれてやったことがある」
「え?! 本当ですか?!」


 だとしたらすぐにやってもらいたい。


「ああ。部屋に悪霊がいるから追い払ってくれと言われてな。そしたら、あんまりにも音が大きかったらしく、先生が来て私が部屋から追い払われた」
「……やり方が違ったんですか?」
「さて、次は守護霊だった場合の話だが……」


 千聖さん、僕の話聞いてます??


「その人の持つ信条と同調する霊が守護霊になる場合もある」
「僕とあいつ……何にも似てないと思うんですが」


 むしろ正反対の行動をとってる。


「いや……正反対というのは実は似ているんだよ。互いを理想化し合っているうちに、考えが似てくることが多いんだ」


 僕がユキを理想化……? 僕は今までのことを思い出す。
 確かに、ユキの開けっぴろな性格には少し憧れを抱いたかもしれない。ユキみたいに振る舞えば、もっとももかと仲良くなれたかもしれない。僕がユキを嫌っていたのは、自分の惨めさと向き合うのを恐れたからだろうか。


「思い当たるフシがあったか?」
「い……いえ!」


 突然聞かれたので、思わず後ずさる。自分の思考回路が良くない方向へ動いているのがわかった。
 僕が自分の行為を反省していると、千聖さんは笑って、こんな言葉をかけてきた。


「もしかしたら、守護霊もそう思ってるかもしれないぞ」


 ユキが……? うーん、ユキが悩んでいる様子なんて全く浮かばないけど。


「ま……しばらくは経過観察だな」


 はぁ……。どうやらユキとの生活は、まだまだ続きそうだ。できれば早く終わらせたい
のだけれど。




 ◇◆◇◆




 部活が終わってからも、僕は千聖さんの問いで頭がいっぱいだった。
『正反対というのは、互いを理想化しあっているうちに似てくる』というのは納得できる。けど、それと同時に起こる胸の息苦しさに戸惑っていた。


 ユキは自分勝手で迷惑な奴だったけど、そんなところも好きだったのかもしれない。僕一人だったら、勉強ができないとか友達ができないとか、つまらないことで落ち込んでただろう。少なくともユキといる時間は、それらを忘れさせてくれた。


 そう思ってユキを見ると……なんだか照れくさい。ユキの唇が、夜の淡い光に照らされているのが見える。僕は、隣を歩くユキに話しかけた。


「そういえば、ユキ、守護霊に就職したいって言ってたよね」
「そうよ。私がいた方がレイくんはお得だから」


 無視して話を続ける。これは千聖さんから学んだことだ。相手が教える気がなくても学べる、それが教育の本質だ。


「じゃ、面接してもいい?」
「いいわよ。『守護霊になったら何をしたいのか』聞きたいのね」
「いや、そんなこと聞く面接官はいないと思うけど……」
「いるわよ! 最近は変な質問をして発想力やストレス耐性を測るのが流行りなの!」


 ――そうなのかな? そんな質問して、一体何を知りたいのだろう。


「私が守護霊になったら、まぁ幸運には事欠かないでしょうね。女の子にもモテるし、テストも敵なしだし、本屋で手にとった本は確実に当たりになるし――」
「いや、嘘ばっかり言ってもすぐわかるからね」
「ひっどーい! 私は有言実行よっ。現にモテてるし、テストもいい点とれそうだったじゃない。あとはこの小説が当たりなら完璧でしょ?」


 この小説ってどの小説だよ……。


「とにかく、まじめに答えてよ。モテて、テストが出来て、本が当たりだったら、どうなるの?」
「え、えと……、印税が入ってきて……働かなくてもよくなって……」
「働かずに、毎日何して過ごすの?」
「女の子と毎日イチャイチャして過ごすの」
「毎日そういう生活をして、本当に幸せになれるの?」


 話がずれてる気がするが、かまわず進める。どんな道を通っても、行き着く根っこは一つだ。


「…………う、うう」


 今まで饒舌だったユキが、途端に黙りこむ。おそらく考えたこともなかったのだろう。僕だって考えたことがなかったのだから。


「ねぇ、ユキ。僕はそれが知りたいんだ。守護霊って何なのか、どうすればなれるのか、人が死ぬってどういうことなのか……どうしても知らなくちゃいけないんだ」


 気がついたらとんでもないことを口走っていた。多分、今のはもう少し慎重になっていうべき言葉だった。少なくとも、今言うべきじゃない。僕は自分の発言で気が重くなり、次の一言も出なくなってしまった。
 ユキは一言も言わなかった。いつもの真っ白い肌に、表情の読めない顔を張り付けていた。


 確かに怖かった。それを知ったらユキは消えてしまうかもしれないから。
 けど、それと向き合えるようになれば、ユキを守ることができるようになってるかもしれない。そんな淡い希望が、静かに火を灯していた。



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