ニートは死んでも治らないっ!

史季

女帝の力と運命の車輪

 さて――。
 千聖さんにユキが見えてるのかどうかわからないが、まぁバレたところでユキの問題だ。僕には関係がないから、放っておこう。


 肝心のユキも「君たち」と言われた時は焦ったようだが、バレない自信があるのか、今は陽気に将棋崩しをしてる。
 お前、失敗したら音がして皆に気づかれるという危機感がないのか?


 そして、そんな心配をよそに、なぜか僕は碁盤の前に座っていた。


「まぁ、入部テストと親睦会を兼ねてだな……」


 自分の胸を触りながら得意顔で言う千聖さん。巨乳自慢をしているのかと思ったが、どうやら入部と乳部をかけているらしい……が、反応に困る。
 他の3人は全く気づいてないらしく、千聖さんは眉を寄せて不満そうにしている。


 ところで、僕は囲碁をやったことはない。対戦相手のももかは少しだけやったことがあるらしいが、上手いのかどうか僕には判断がつかない。
 ルールがわからないと言ったら「やってる内に覚える」と言われたので、ももかの真似をしながら適当にやるしかない。


「このやり方でいいんですかね?」
「ああ。玲は初めてにしては筋がいいぞ」
「……本当ですか?」


『ボールをゴールに入れる』みたいなわかりやすい目的ではなく『陣地の多くする』のが目的なため、もう何をやっていいのか検討がつかないのだけど……。もしかして僕、才能あるのかな?


「たとえ間違えたとしても褒めたほうが上達が早いのは、心理学実験で証明されている」


 ……。


「えっ? つまり間違ってるってことですか?」
「うん、よくできたな。偉いぞ」


 笑顔で頭を撫でてくれる……全く嬉しくない。僕も、愛樹のように完全に手玉に取られてしまっている。


 ちなみに、ももかは愛樹に頭を撫でてもらっている。
 愛樹の普段は怒りっぽい眦のカドが取れて、優しいお姉さんみたいに見える。
 ずっとこうしてるとかわいいんだけどなぁ。無理だろうな、多分。


「さて、そろそろ終局だな」


 終わり際は初心者には難しいらしく、千聖さんが代わりにやってくれた。みるみる内に、自陣と敵陣の境界が現れてくる。


「どうやら玲の6目半勝ちのようだ」


 後手の僕は6目半最初に貰えるらしく、その差で勝ってしまった。
 なんだか生まれつきの差で勝ったみたいで、すっきりしないな。


「あ~、負けちゃった~」


 ももかが眉尻を下げて盤面を見渡す。


「きっと、囲碁が上手な幽霊がとりついているんだね」


 ぶっ!
 突然の発言に、思わず吹き出してしまう。まさか、ももかにも「見えてる」のだろうか? 昨日は全然そんな素振りを見せなかったけど……。


 あわててユキを見ると、ソファーの上で気持ちよさそうに寝ていた。
 もう将棋崩しには飽きたのか。張本人なんだから、少しはしっかりして欲しいものだ。


 僕が急に吹き出したせいか、ももかが心配そうに見つめてくる。


「あれれっ?! れいくん大丈夫?!」
「う、うん……問題ない」


 他愛もない日常会話なのに「幽霊部」という存在が重くのしかかる。全員幽霊に詳しいだろうから、本当にバレてる可能性も否定出来ない。
 見えないとしても「デス○ート」みたいに「それ以外の可能性は存在し得ない」論で結果的にバレるかもしれない。


 無邪気な3人の視線が、僕の恐怖心を煽っていた。




 ◇◆◇◆




「よし、今度は将棋の腕を見よう。相手は愛樹だ」
「なんで私が!!」


 指名された途端に怒り出す。まだ最初のことを根に持ってるみたいだ。第一印象って大事なんだな……。
 でも、やられっぱなしでいるのも癪だ。


「僕も、愛樹とやりたい」


 千聖さんの前では暴力をふるえないだろうと高をくくって、思い切った発言をしてみた。これで少しは仲良くなれるかな……と思う間もなく、鬼の形相で睨まれる。


「誰が名前で呼んでいいって?」
「私だ」


 千聖さんが名乗りを上げる。……記憶にないんですけど。


「勝手に許可しないでよ! 私、変態に名前で呼ばれたくないんで」


 愛樹が机をバンっと両手で叩き、前のめりになって抗議する。と……急な大きい音に驚いた僕の指から、片付けていた白い碁石がつるっと抜けて――。
 碁石は桃源郷……ではなく、愛樹の胸元にダイブした。


 服の上からでもはっきりと浮かぶ谷間を、碁石がさらに強調していて魅惑的だ。ずっと見ていたいなと思っていると、ギリギリという歯ぎしりの音が僕の思考を遮った。


「よっっっぽど蹴られたいらしいわね。なんならゲージ一本消費して炎の右足を見舞ってやろうかしら?」


 なんのゲームキャラだお前は。


 それにしても、愛樹といるとこういうHイベントによく出くわすなぁ。そう考えると、暴力的な部分を我慢するだけの価値はあるのかもしれないな。


「こらこら、喧嘩するんじゃない」


 千聖さんが優しく諭すような口調で言う。
 愛樹の口調に真っ向から対峙できるのは本当にすごい。そしてさり気なく谷間に手を入れて碁石をとっちゃうあたりもすごい。
 僕にはどっちも真似できない。


「ではもう一度やってみよう。まずは玲が『愛樹をやりたい』と言うところからだな」
「なっ……!!」
「いやいや、僕、言ってないです」


 千聖さんの毒舌が僕に向かうのは勘弁してほしい。愛樹の蹴りが飛んでこないのが唯一の救いだ。


「まっ、そ、そこまで言うんなら相手してあげてもいいわよっ」


 愛樹は、不機嫌なのか上機嫌なのか判断しかねる動作で席につく。必然的に向かい合う形になってしまい、思わず目を逸らしてしまう。


 将棋なら小学校の頃にやっていたが、愛樹の視線を正面から受け止めながらやるのは無理だ。
 できることならアイマスクをしてもらいたい。ついでに手錠もあると心強い。


「アンタなんかに負けないんだから」


 愛樹が、駒音を大きく立てて威嚇してくる。彼女のそれは、まるでシャドーボクシングの風切り音のごとく、僕の耳元を掠めていった。
 怖い……だれか代わって。


「怖がることはないぞ。愛樹はああ見えて優しいし、Hなことが好きなんだ。だから下着の話をしたり、胸に挟んだ碁石を見せつけたりしてるんだぞ」
「そんなわけあるかっ!!」


 愛樹の眦がますます吊り上がっていく。その目は千聖さんから、僕の方へ向けられた。


「もし負けたら、これの上に額をつけて土下座しなさい」


 そう言って愛樹が取り出したのは……剣山?!


「待って、さすがにそれはちょっと……というか、なんで持ってるの?」
「ここはいろんな部活の物置になってるのよ。茶道部とか映画研究部とか園芸部とかのものが、ごちゃまぜでしまってあるの」


 愛樹が茶道部って言うとサド部に聞こえるな。何する部活かは知らないけど。
 そんなあさってのことを考えていると、千聖さんから励ましを受けた。


「玲、ひるむな。昨日の特訓を思いだせ」
「してないでしょ。大嘘はやめて下さい」
「したじゃないか。迸る血と汗と涙を潤滑油にして」
「慎んでボケて下さい! ツッコミづらいです」
「わかった。迸る豆腐も追加しよう」
「豆腐が躍動してる?! それに潤滑油なんですかそれ?」
「愛の潤滑油なんだよ。豆腐だけに君のこと「だいずき」って具合にな」


 ……。
 突然の寒波に、全員の動きが止まる。さっきまで威勢のよかった愛樹ですら、明後日の方を睨んでいる。絶対に相手をしないという意気が伝わってくる。


 どうやら千聖さんは、ダジャレのセンスが全くないらしい。ウケないことが不満なのか、千聖さんはソファーに頭からダイブして動かなくなってしまった。


 気を取り直して、愛樹との勝負を進める。僕が長考するたびに愛樹が睨んでくるので、急かされた気分になってしまい、ミスが多くなってしまう。
 だが、愛樹があまり上手くないのが幸いして、僕有利の展開になる。


「あっ! それ待って!!」


 愛樹が声を上げる。沈黙の中、その声は大きく響いた。


「いや、待ったはなしだよ」
「ここは私の領土なんだから、法律も私が決めるのよっ!」
「どんなルールなのそれ……」


「こらこら。勝手にルールを増やしてはいけないぞ」


 千聖さんがソファーに突っ伏したまま愛樹を宥めてくれる。すっごく情けない構図だ。
 ただ、愛樹の勝手気ままを聞いていたら僕が持たないので、ここは千聖さんに頑張ってほしい。


「ここでのルールはただ一つ。この部の決まりは部長の私が決める!」
「あんたもかっ」


 もうこの世界で頼れるのは自分だけだ……。
 自分を信じて、最後まで突き進め!! そしてその先の勝利を掴むぞ!! 失敗を恐れずに、バンザイアタックだ!!


「……よし、勝ったぞ」
「うぅ……ケダモノ……」


 将棋で勝っただけなのに、なぜか人格否定をされてしまう。まぁ、女の子にバンザイアタックするのは、少し犯罪っぽいかも。


「ん……玲が勝ったのか」


 ソファーから起き上がりながら千聖さんが言う。


「恐らく、将棋の上手い幽霊が取り付いているのだな」


 ……落ち着け僕。別にバレたわけじゃないんだ。堂々としていよう。


「二度目は笑わないのか」
「いや、一度目も笑ってませんが……」
「少年の心はいと度し難い」


 千聖さんのほうが度し難いと思うぞ……。


「まぁ、三度目は受けるかもしれないからな。一応メモしておこう」


 そういうと千聖さんは、スマホを取り出して打ち込みだした。


 ネタ帳……作ってるんだ。きっと、毎日せっせとネタを集めてるんだろうなぁ……。
 千聖さんの努力と、彼女への好感度が乗った天秤を想像して、切ない気持ちになった。




 ◇◆◇◆




「それより、そろそろこの部の活動について教えて欲しいんだけど……」


 恐る恐る訊くと、千聖さんに怪訝そうな顔をされる。


「ん? ももかから聞いてないのか?」
「まぁ、詳しいことまでは……」


 幽霊部員ばかりだったから幽霊部になったことぐらいしか聞いてない。そもそもこの設定は正しいのかどうかも怪しいところだ。
 千聖さんは、一つ咳払いをした。


「我が部は、囲碁・将棋・チェス・オセロの全国大会優勝を目指し、研鑽を積むのが目的だ」


 ……。


「え?」
「え?」
「え?」


 僕だけじゃなく、愛樹とももかも一緒になって驚く。神様、ぼくのまわりには嘘つきしかいないんですか……?


「ももかには『幽霊を探す部』って聞いてたんですけど……」
「幽霊を探す部?」
「昔は囲碁将棋部だったけど、幽霊部員ばかりの部になったから、幽霊部に変えたらしいのですが」
「……なんだそれは?」


 千聖さんが、頭の中身を心配するような目付きになる。
 えっ? 僕がおかしいの?


 かなり理不尽な気がするけど、ももかの言うことを鵜呑みにした僕にも責任があるのかもしれない。あの子、ときどき変だし……。


「ふふ……なるほどな」


 暫く考えたのち、何かに納得したのか、急に口を綻ばせた。


「囲碁将棋ではなく、幽霊の話を聞いて来たのか。よほど信頼されているんだな」
「は……はぁ」


 千聖さんは、僕を置いてけぼりにして話を進める。


「一応、入部動機をきいておこうか。幽霊に興味があるのか、幽霊に乗じて女の子の体を触ることに興味があるのか、どっちだ?」
「幽霊です!」


 即答する。後者だったら、愛樹の手によって火葬場に送られるだろう。


「なら入部は許可しない」
「何でですか?! まっとうな理由だと思いますけど」
「性格の不一致だ」
「離婚理由?! っていうか、千聖さん女の子に興味あるんですか?」


 疲れる。どっと疲れる。ユキを相手にするときより疲れる。
 ユキは自分に都合のいいように話を持っていくだけだが、この人はどの方向に持って行きたいのか全く読めない。


「私は認めないわ! 変態は一人で十分よ!」


 愛樹がさらっと問題発言をする。


「よし、全会一致だな。入部を認める」


 パチ…パチ……パチパチパチ……
 まばらな拍手が鳴った。


「え、ちょ、ちょっと! 私、賛成してないんだけど」
「変態が一人欲しいと言っていたじゃないか」
「あれはアンタのことよ!!」
「……そんなに、私が欲しいのか?」


 千聖さんが頬を赤らめる。


「いるかっ! そうじゃなくて……ああもうややこしい!」


 愛樹が頭を抱えて揺らす。これで愛樹の敗北は決定した。入部承認。さり気なく僕が変態にされてるけど、まぁ徐々に誤解をとけばいいだろう。


「ま、冗談は置いといて。我が幽霊部はこの学校に出没する霊を調査することが目的だ。我々は生徒から不思議な事件に関する相談を受けて、原因を特定し、霊を成仏させたり除霊したりする」
「相談しに来るんですか? この部って結構知られてるんですか?」
「もちろんだ。我が部には特徴的な人間がいるからな」


 千聖さんの視線が僕の後ろへ向けられる。つられて振り返ると、吊目になった愛樹がいた。


「なんで私を見てるのよ」
「この部の広告塔じゃないか」
「千聖の方がよっぽど目立つと思うけど」
「そんなことはないぞ。玲、今度アイツと一緒に歩いてみろ。生徒の群れがモーセの伝説のように開けていくぞ」
「将軍様か私は!」


 ふと見上げると、時計が6時を回ってるのが見えた。
 夏の太陽は部室内に白い光を差しつづけていたが、帰る時間は季節に関係なく同じだった。


「今日の部活はここまでだな。ささ、子供は帰った帰った」


 千聖さんがよく通る声で、終わりを告げる。


「ふーんだ! これからももかとアイス食べに行くもんね! 大人はいつまでもそこでカッコつけてれば?!」


「ほら、行くよ」とももかに声をかけて、早々に立ち去って行く。ももかはこちら側にぎこちない笑顔を向けた後、愛樹の後を追っていった。
 ……僕も帰ろうかな。


「では、僕も子供なので、帰ってハム太郎でも見ます。今日はトンガリくんが出てくる回なので、とても楽しみです」
「待て」


 重い声で呼び止められる。


「……もう少しだけ、そばにいてほしい」


 振り向きざま、しなを作った声を当てられる。背中をぞわっとする何かが駆け抜けた。
 千聖さんはぼんやりとした目で目線を泳がせて、袖に隠れた手をもじもじさせている。
 落ち着け僕。これは演技だ。また僕をワナにはめようとしているんだ。


「これから夕例会を始めるぞ。幽霊だけに」


 と思ったけど、労せずに落ち着くことに成功した。
 ダジャレも時には役立つなぁ、と感心しつつも、参加を断れない状況に辟易する。


「……少しだけですよ?」


 ため息をつきながら、千聖さんの隣に座る。
 しかし、僕だけを残して、一体何をするつもりなんだろう? やはりユキのことだろうか。千聖さんには見えているのか?

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