ニートは死んでも治らないっ!

史季

ももかちゃんと戻れーぬ部員

 はた迷惑な恋愛成就作戦は、水面下(というか水面スレスレ)で進行していた。
 ユキは放課後になると、僕が図書室でぶつかった女の子のクラス、人間関係、テストの点などをあっさり特定し、僕に偵察隊よろしく報告してきた。


「レイくんの初恋の相手は、楠ももかちゃんよ。クラスは2-3、出席番号は6番で、性別は女性よ」


 女性なのは知ってるよ。僕を男と付き合わせる気か?


「星座は水瓶座。血液型はAB型。この組み合わせは友達関係の発展で恋愛する人が多いわ。
 好きな男性のタイプは一緒にいると落ち着ける人で、犬より猫が好きだってー」


 淀みない口調に、僕は止めるタイミングを失ってしまう。
 女の子の赤裸々なアレコレを、聞きたくないけど聞きたい。そんな戸惑いの中で、ユキを止めるのは難しい。


「――でね、スリーサイズは」
「ちょ、ちょっと待った!!」


 自分でもびっくりするくらい反射的に言うと、ユキは不満そうに頬をふくらませた。


「どうしてよっ! せっかく更衣室に忍び込んであげたのに!」
「何やってるんだよ。そんな変質者みたいな」
「いいのよ。女の子が女子更衣室に入るのは、レイくんが覗き見するくらい自然でしょ」
「だからしてないって! 屋上に行ってたのは気分転換で、着替えを見るためじゃない! どうしてそう、人を変質者扱いするんだ!」
「さっきだって、私がももかちゃんのプライベートに迫るに連れて瞳孔が膨らんでいったし……」
「なんでちょっとイヤラシイ言い方なんだよ」
「と・に・か・く・ね! 今の反応を見ても、レイくんがももかちゃんに興味津々なのはわかったわ。
 なら次にすべきは、ももかちゃんをデートにお・も・て・な・し!」


 はぁ……。
 思わず出た溜息が、僕の気持ちを代弁した。サメは泳ぎ続けないと死ぬけど、ユキもお節介を焼き続けないと死んでしまうのかな?


 ……あ、もう死んでた。


「全く。なんで好きでもない子をデートに誘わなきゃならないんだよ。迷惑千万だ」


 こちとら、頼んでもいない幽霊にお節介焼かれるだけでもしんどいのに。


「違うわ、不惜身命ふしゃくしんみょうと言うのよ。じゃあ、質問を変えるわ。
 レイくんは女の子の裸は好き?」


 予想外の方向から質問が来て、答えに窮する。まあ裸自体は結構好きだ。
 特に積極的に見たいわけじゃないけど、見る機会があるならばできる限り見ておきたいという、雨上がりの希望のような好きだけどね。


「てことは、ももかちゃんの裸も好きなの?」


 ももかの裸……その言葉を聞いて、僕の脳内に良からぬイメージが反射的に浮かんでしまう。
 図書室で倒れていた時に偶然見えた、彼女の内腿の少し深い部分。
 想像していると、もっと奥へ進みたい衝動に駆られてしまっていた。


 ……っていけないいけない。このままではユキのペースに巻き込まれてしまう。
 ユキにとっての恋愛には千鈞せんきんの重みがあっても、僕には風で飛ぶ程度のものだ。
 僕は意識を反らすため、録り溜めたアニメをどの順番で消化するか考えた。


 やっぱり一番目はストーリー物だよな。続きが気になるし。
 その次にギャグアニメだな。脳みそを空っぽにすることで、ストーリー物の展開予想のアイデアが閃くかもしれない。そこから百合を見て……。


「そんなに考えこむなんて、やっぱりももかちゃんのことが好きなのね。早速作戦に移らないと!
 ……ちょっと妄想が長すぎる気もするけど」


 終わったら夕飯を食べて、それから宿題をちょっとやって(僕はなんて真面目なんだろう)……。
 ――あれ? ふと目を上げると、ユキがいつの間にか消えていた。教室には僕以外誰もいない。


 どうしようか。まぁ、ユキはほっといていいかな。いても煩いだけだし。
 一体アイツは何がしたいのだろうか。ここはひとつ、考えてみよう。


 図書室で女の子とぶつかった後、僕は黒魔術以外にも参考になる本がないか探していた。いくつか参考になりそうな本が見つかり、僕は目次や前書きなどを斜め読みして守護霊に対する大体のイメージを掴むことができた。
 ちなみに、黒魔術の本は文章が難しすぎて読んでない。


 まず、守護霊について直接的に調べると「掃除や感謝をすると守護霊の働きが強くなる」みたいな自己啓発本に行き当たってしまう。
 きちんと調べるには、霊や宗教そのものを考える必要がある。


 霊は自然発生的に生まれたのではない。「人が死んだらどうなるのか」という問いに答えるために作られた。
 ちょうど、2次方程式を解くために虚数が生まれたように。
 霊自体はもともと存在しておらず、人間の思考によって作られたわけだ。


「人が死んだらどうなるか」
 この問いは、人がどう生きるのかという問題に直結する。


 例えば、死んだら全てなくなると考えれば、現世で自分勝手に生きようとする。
 死後は現世での徳に応じて扱いが変わると思えば、真面目に生きようとする。


 死後をどう考えるかで人間という生物の定義が決まってしまう。
『人間は、より良く生きるために霊を生み出した』のだ。


 では、守護霊はなぜ生まれたのか。


 守護霊は「スピリチュアル」というジャンルの宗教に登場している。
 死後の世界への考察は様々な宗教が行っているが、守護霊が登場するのはスピリチュアルだけだ。


 スピリチュアルは、イエスを中心とする霊が行っている「地球人類救済プロジェクト」で、キリスト教の唱える死後の世界に納得できない派閥が新たに作り出したものだ。
 霊は徳を積んでいるため、人間に対してより良く生きるためのアドバイスをしてくれる。
 霊の声を聞いて生きれば、人類は救われるらしい。


 霊みたいな胡散臭いモノの言うことを信じて大丈夫なのか気になるが、彼らはきちんと修行をしているそうだ。


 まず、肉体はあくまで霊の乗り物だ。死とは霊体と肉体を結んでいる糸が切れることであり、肉体が死んでも霊は生きている。
 全ての霊は霊的な成長を遂げることを目指していて、輪廻転生を繰り返しつつ霊界から見て喜ばしい行動をとれるように成長していく。
 成長するには様々な方法があり、例えば家畜に憑依して食べられることで命の大切さを学ぶなどがある。


 霊界とは、幽霊本来の住処だ。
 幽霊はここで暮らしているが、特性によって外界へ降りてくる。


 霊界へ行くためには物質欲を捨て去らなければならない。
 物質欲を捨てた霊には精神性しか残されておらず、精神性は霊的成長を促す。
『霊は、成長したいという原動力によって地上へ降りてくる』のだ。


 霊の中でも守護霊は、人間に憑いて人間がより良く生きられるようにメッセージを送る。
 送り先は潜在意識なので、人間が直接的に感知することはできないが、潜在意識は無意識の行動を変化させる。
 その結果、良い運命に巡り合うことができる。


 一方で、守護霊のフリをして人間に悪さをする霊もある(僕が一番興味のあるところだ)。
 しかし、詳しい見分け方は書かれていなかった。
 人間が正しい行動をとれば変な霊はよって来なくなると言うが、正しい行動というのは結局、教義に従うことのようだ。
 教義は大変にややこしく、いちいち守るのは不可能に見えた。


 宗教は大抵そうだ。勝手に不幸を作り出し、作り物の不幸を信じて不安になった人に、作り物の幸福を信じさせる。
 スピリチュアルは悪い守護霊を勝手に作って不安にさせ、良い守護霊を信じさせるのだ。


 結局、肝心なことは何一つわからず、無駄知識が増えただけのようだった。




 ◆◇◆◇




 嵐の前の静けさというのは、多分3分前の僕みたいな状況のことを言うのだろう。
 気がついたら僕は、嵐に巻き込まれ、図書館で出会った女の子……ももかに抱きつかれていた。


「あっ! ご、ごめん」


 ももかは階段の上から僕を見るや否や、フリスビーを追っかける犬のごとく走り出し、降りる途中でバランスを崩して見事に僕にダイブしてきた。
 受け止めた胸が衝撃で少し痛む。


 いきなり幸せの塊が体に飛びついてきて、どうしていいのか判断が追いつかない。
 僕が後ろの足で踏ん張ると、言わずもがな2つの膨らみが押し付けられる。見かけによらず結構なサイズだ。
 やっぱりユキにスリーサイズを聞いておくべきだったな……。


「……おーい?」


 ももかは僕の呼びかけに対し、僕を抱きしめる力を増すことで応える。
 ももかの指先から体の震えが伝わってくる。そして、顔は僕の胸元の上あたりに押し付けたままだ。


 ももかさん? 早くどいてくれないと僕、明日から学校に来られなくなるんですけど? ほら、そこの窓際の女子三人組がすごい勢いで見てるしさ。


「……はっ!」


 僕の念が通じたのか、ももかが勢い良く離れる。
 そして、「ごごごごごめん」と言いながらあたふたしたかと思った刹那、僕の手を握っていきなり走りだした。


「ちょ、どこ行くのさ!」
「説明は後! とにかく走って逃げよっ」


 驚いて出した「わっ」という素っ頓狂な声が、階段に置き去りにされる。
 ももかは廊下を抜け、部室棟への連絡通路を越えて、黒いカーテンが掛かった異質な感じの部屋の前で止まった。
 廊下にいくつかの机が乱雑に置かれ、生徒の声があまり聞こえない場所だった。


 こんなとこに連れて来て、一体どうするつもりなんだ?
 ももかは、膝に手をつき「んあぁっ……はぁぁ……」という切れた呼吸をしながら、僕の方へゆっくりと顔を向ける。
 少し上気した頬と唇に、僕の目が釘付けになる。


「びっくりしたよぉ……みんなが見てるとこで急に抱きついてくるんだもん」
「……それは違うんじゃないかな。僕にはももかが階段を踏み外して、僕の体めがけて突っ込んできたように思うんだけど」
「ふ、踏み外してなんかないもんっ。足を着く前に階段が消えたのっ。
 それで、思わず前のめりになっちゃって……勢いを止めるために壁に体当たりしようとしたら、急に抱き止められちゃったんだもん」
「いや、だってももかが僕に突っ込んでくるから仕方なく」
「しかもみんなが見てる前で……。どうしよう、誰にでも抱かれる女の子だと思われちゃうよ……」


 ももかの間違いを訂正しようとするも、無理やり言い換えられてしまう。
 この感覚、まるでユキを相手にしてる時と同じだ。僕はまた新たな難題をかかえることになるのだろうか。


「こうなったら、あなたにも責任をとってもらわないと」
「責任も何も、僕は何もしてないんだけど」


 彼女は僕に目を合わせると、スローモーションのような動きで右手をあげ、僕に手のひらを差し出した。
 まるで、いつかのニート幽霊のようだった。嫌な予感がした。
 そして、少女の言葉が一つ。


「幽霊部に入ってもらえませんか?」




 ◇◆◇◆




 ももかに連れられて入った部屋の中は、こっちが気恥ずかしくなるほど女の子色に染まっていた。


 入り口の側にあるソファと机の応接セットは、くまや猫のぬいぐるみでいっぱいだし、奥の書類やらPCやらが乗ってる机は、なんだかよくわからないキャラのシールがたくさん貼ってある。
 窓際にはインテリアグリーンが点在し、奥の方で幾何学模様の織物が所在なさげにしている。


 完全に私物化されてるな……。部室らしさがまるでない。


「わっ。かぁわいー」


 なぜか後ろにユキがいた。いつの間に来たんだ? ……さては、僕が幽霊部に連れてこられたのはユキの差金なのか?
 僕の疑いの目を物ともせず、ユキはもの珍しそうな顔で部屋を物色し始めている。まぁ、見えないし、好きにやらせとこうかな。


「わっ、五目並べがある! こっちは将棋崩しだわ!」


 ユキの言う方へ行くと、確かに碁盤と将棋盤が置いてある。どうやら対極途中のようだが、将棋は、お互いに王将が取られているし、囲碁は線の交点ではなくマスの間に石が置かれている。どっちも適当にやっているようだ。


「それは囲碁将棋部のときの名残だよ」


 ももかが説明する。


「え、ここって元は違うの?」
「うん。元々は囲碁将棋部だったけど、ヒ○ルの碁のブームが去って以来、殆どが幽霊部員になっちゃったの」
「へぇ~、そうなんだ」


 どこの部にも、不真面目な人はいるもんだなぁ。


「だから、私達はここを幽霊部にしたの」


 ……え?


「幽霊部員ばっかりだから、幽霊部にしたの」


 僕を気遣って、ももかが2回目の説明をする。気持ちは嬉しいが、正直全くわからない。


「幽霊関連の活動をしてるわけじゃないの?」
「ううん、してるよ。でも秘密なの」
「秘密?」
「表向きには囲碁将棋部だけど、実際には幽霊部なの」
「……そうなんだ」


 深刻そうな顔のももか。なんだかよくわからないけど、裏でいろいろと良からぬことをしてるのかな?


「ってああーーーっ!! これ部員以外に話しちゃいけなかったんだーー!!」


 ももかは細い5本の指で顔を覆うように腕を振った。いちいちリアクションが大げさな子だな。図書館で遭った時とはえらい違いだ。
 そして、ももかは人差し指をビシッと僕に突きつけた。


「よし、君も幽霊部に入っちゃおう。これで共犯者だね」
「いや、そんな変な部に入る気は」
「じゃあ早速、部活動を始めちゃおっか」


 僕の意見を全く聞かず、話を進めようとしてくる。この子、やっぱりユキと同じタイプだな。どこまでも自分を押し通してくる。


「……最近、この学校に幽霊がたくさん出て問題になってるの」


 ももかは声のトーンを落として言った。うん、確かに問題になってるな。僕の後ろで戸棚を物色してる奴なんて特に。
 僕は少し呆れ気分になる。すると、思いもよらぬ言葉が飛んできた。


「例えば、戸棚をあさって、物をぬすんだりする幽霊とか」


 刹那、背筋が震えた。まさかももか、ユキが見えてるの?
 ……いやいや、曲がりなりにも幽霊なんだから、そう簡単には見えないはずだけど……でも僕に見えて皆に見えない道理もないし……。
 ていうかユキ。お前はいい加減に物色をやめろ。ももかに疑われてるかもしれないんだぞ?


 そんな僕の心配をよそに、ももかが眉根を寄せながら続ける。


「屋上に居て、飛び降り自殺をさせようとする幽霊とか……」


 え……?
「屋上」「幽霊」という単語にドキっとする。僕は、部屋の隅っこで剣山と文鎮を見つけて興奮しているユキを見た。
 あの無邪気な幽霊が、そんなことを……?


「だから……一緒に幽霊退治をしてほしいの」
「……え?」
「君って、霊感強そうだもん」
「え、と……別に、普通だと思うけど」


「ちょっと宿題見せて」と言う時のような感じでももかが頼んでくる。
 勉強できそうってのは(できないのに)言われるけど、霊感強そうって言われたのは初めてだ。
 まぁ、事実そうなのかも。幽霊見えてるし。


「わたしも、幽霊見えるようになりたいけど、ダメなんだ。見えるようになったらいいのに」
「いや、見えてもあんまりいいことないよ?」


 見えても、変な幽霊に取り憑かれているのがわかるだけだからねぇ。
 ……と、僕は自分の発言が失言だったことに後で気づいた。


「すっごーい! やっぱり見えてるんだね。わたしのカン、バッチリ!」
「いや、別にそういうわけでは……」
「隠さなくてもいいよ。わたし、そういうのを求めてたの。これは渡りに幽霊船ね」


 僕の否定を無理やりOKと曲解したのか、ももかは身を乗り出して宣言した。


「よし、決まりっ。今日の夜、学校に集合ね!」
「え……夜中に?」
「当然だよ~。夜じゃないと、幽霊さんは起きてこないでしょ?」


 いや、僕らと同じ生活リズムの幽霊がここにいるんだけど……
 どうしようか。断るには、ほんの少し受け入れるとか、期限を引き伸ばすのが有効だったはず。


「ええと、それって今日じゃなきゃだめなの?」
「だめだよ~。霊にも旬があるから。それに、早くしないと生徒会の予算会議が始まるの。実績を出しとかないと廃部になって、本当の幽霊部になっちゃうの」


 ――キーンコーンカーンコーン。


「あ、もう昼休み終わっちゃったね。もうちょっとお話したかったのに」


 ようやく終わったか。満足げなももかとは裏腹に、僕は心底疲れ切っていた。ちょっと疲れた……。
 しかし、教室のある校舎まではももかと帰り道が一緒なので、必然的に延長戦に付き合う羽目になってしまう。Vゴール形式の復活が期待されるところだ。


「じゃ、また夜にね」


 メアドを交換し、階段の付近でようやく別れる。アドレス登録のことを交換というのは、名刺交換の名残だろうか。
 そんな雑学を思い出しているうちに、ももかは子犬のような小走りで、3階へとかけ上がっていった。


 ……あの約束、本気なんだろうな。
 遠ざかっていく後ろ姿を眺めていると、ため息が零れた。一方でユキは、大好物を食べる小学生のように瞳を輝かせていた。


「また夜に? ひょっとしてデート?!」
「いや、デートじゃないって」


 ……もうどうにでもなれ。
 僕は両手で頭を抱えながら、掴み所の全くない二人に振り回される運命を恨んだ。



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