ニートは死んでも治らないっ!

史季

初恋は黒魔術の後で

 しかし、ユキに消えて欲しいという望みは、早くも消えてしまった。
 それは、昼休み。弁当を食べたあと暇つぶしに行った図書室で起きた。


 僕は図書室に入ると、幽霊関連の本を目指した。
 入り口付近にある流行本、課題本のコーナーを抜け、自習机を通り過ぎた奥。
 何度見てもよそよそしさを感じるスチール棚が、所狭しと並んでいた。


 あの中に、目当ての本はあるのだろうか?
 ……ま、ウチの学校は普通科だから、そこまで専門的なものは無いはずだ。せいぜい、江○啓之とかが限界だろう。
 大きい本屋でも手に入れるのは難しいんだから。


 毎度思うのだが、哲学/思想のジャンルはごった煮だ。
 哲学と現代思想と伝承とスピリチュアルの区別がついていない。


 哲学や現代思想は学問、伝承は記録、スピリチュアルはただの中二病ポエムだ。
 全然違うのに、なぜ同じように並べられるのだろうか。
 こういう人達が酢豚にパイナップルを入れたり唐揚げにレモンをかけたりするのだろう。僕はわさびに漬けられたタコのために祈った。


 そう思いながら棚を彷徨っていると、面白そうな本に当たった。


『黒魔術大全』


 中々魅力的なタイトルだ。真っ黒な背表紙の上で、ワインレッドの文字が挑発的に微笑みながら、甘酸っぱい埃の匂いを漂わせている。
 黒魔術といえば、悪霊を召喚する術のはずだ。アイツみたいな幽霊のことが書いてあるに違いない。


 ちなみに、ユキはここにはいない。
「運命の人を探してくる」と言って、昼休みが始まるやいなや消えてしまったのである。
 まぁ、消えたと言っても、普通に歩いてドアから出てったんだけど。


 僕は本に手を伸ばし、引き抜こうとした。
「……あ、あれ?」
 だが、いくら引いてもびくともしない。この棚は、びっしり本が詰まってるらしくわけでもないのに……。
 まるで、棚と本の間が真空状態になっているかのようだ。


 なんとなくだけど、今この瞬間、自分は試されているような気がした。
 もしこの本を力任せに引き抜いたら、本棚の奥に眠っていた、眠らせざるを得ない種類の闇も引きずり出されるかもしれない。


 ――果たして自分には、それに対抗する力があるのだろうか?
 そう思うと、心の震えが手に伝わる。


 しかし、現実問題、僕はユキに関する情報をなくてはならない。僕は予感を押し込め、力任せに本を引っ張る。
 ――すると、突然留め具が外れたかのように、スっと抜け、僕の体は勢い良く後ずさった。


「きゃっ!」


 突如、背後から女の子の悲鳴。続いて、ドサドサッという大きな音がする。


「ご、ごめん」


 振り向きざまに謝る。すると、そこには尻餅をついている女の子がいた。


 こぼれそうなほどの大きな瞳で、伏し目がちにこちらを見ている。綺麗に揃えられた睫毛が印象的だ。
 顔を丸く縁どるようなショートヘアの片側に寄り添う、しっぽみたいなおさげが、どこか子供っぽさを感じさせる。


「え……えと、大丈夫、かな?」


 なれないシチュエーションにしどろもどろになりながら、僕は言った。
 かなり勢いよくぶつかったからな。どこか打ち身になってるかもしれない。


 恐る恐る女の子の顔を見る。
 女の子は眼の焦点が中々合わず、宙ぶらりんな様子だった。自分に何が起こったのか、まだ把握できていないらしい。
 その目は僕に、でたらめな屈折率をもったガラス細工を思わせた。


「とりあえず、立てる?」


 女の子に向けて手を差し出す。すると、女の子の眼が僕の手のひらに磁石みたいに吸い寄せられる。
 こういうの、初恋みたいで素敵なシチュエーションだ。
 いつだって、初恋の女の子は少し緊張しているものなのだ。


 だが、現実は違う。彼女は僕の手に触れる前にパッと手を引いた。まるで静電気でも起きたみたいに。
 そして、彼女は落とした本を後ろに隠した。


 ――再び沈黙。


 僕はその時、マンガで読んだ子供のあやし方を思い出した。
「子供に名前を聞きたいときは、まず自分から名乗りましょう。大人相手だったらそうするでしょう? 相手が子供だからと言って、失礼な態度をとってはいけません」
 確かそんなことが書かれていた。


 つまり、もし隠した本を見せて欲しければ、まず自分からだ。
 相手を幼児扱いしてるのが忍びないけど。


「僕は今日、この本を借りに来たんだ」


 僕は、なるべく優しい声を出して話しかけた。
 そして、さっき伝説の剣のごとく抜いた黒魔術大全を出したことが、後悔に変わるまで時間はかからなかった。
 魔術本を借りるなんて知ったら、ますます警戒されるに決まっている。
 僕の顔も、表紙と同じワインレッド。


 ……とりあえず言い訳だ!!


「え……えとっ、この本は借りようとしたんじゃないんだっ! となりの本取るのに邪魔だったからさ。
 あの、ホントに欲しかったのはこっちの本で――」


 彼女の方を向いたまま手を後ろに伸ばし、黒魔術で出来たスペースの隣の本を掴む。
 ――黒魔術大全・付録!!


 沈黙・再び。
 もう僕には、この状況を打開する手筈が思いつかなかった。


 空気に耐えかねたのか、女の子は急いで立ち上がると「ご、ごめんなさい」という言葉を残し、本を隠し持ったままどこかへ行ってしまった。


 僕には、ただその後姿を見つめることしかできなかった。
 波打つ心臓のように、おさげが跳ねながら遠ざかる。残された僕は、二人で作り出した沈黙の余韻から抜け出せずにした。




 ◆◇◆◇


 自分の口下手にルサンチマンを覚えつつ教室に戻ると、ユキが何やら悪いことでも思いついたかのような顔して待っていた(これは比喩ではない)。
 席につくなり彼女は「女の子を泣かせるなんてサイテー」と囁いた。


「どうしてそんなこと知ってるの?」
「あ、やっぱり泣かせたんだ」


 しまった。カマかけられてたのか。
 ユキのしたり顔になんとなくイラっとする。


「レイくんが女の子に興味を持つのは嬉しいんだけど……ああいうのは、ちょっとね」
「待て待て待て、とんでもなく誤解してない?」
「人気のない図書室の奥で、踏み台に乗って高い場所の本を取ろうとしてる女の子を狙って」
「いやいや、違うんだって! というか、僕はそこまで鬼畜な人間に見えるのか? どうみても善良な一般市民だぞ」


 僕は誤解を解くために、実際に起こったことをあけすけに説明した。ユキの口車に乗せられたことも知らずに。


「……なるほどね」


 そして、彼女の口から驚愕のセリフが飛び出した。


「わかったわ……あの子が君の意中の人ね。そして、あなたの告白を打ち砕いた人」


 ってえええぇぇぇぇっ?!


「そうと決まれば早速再アタックよ! 大丈夫、今度は私がついてるから」
「だから違うと何度言えば」
「えー、別に隠さなくてもいいのにー」


 どうあっても、僕があの子に一目惚れしたことにしたいらしい。そのやる気は一体どこからくるんだろう。今後のために少し聞いておこうか。


「……ったく、どうして恋愛にこだわるのさ?」
「それは、お給料を貰うためよ」


 ……ん? 給料? また新しい設定を考えたのか。


「私を雇うのなら、ちゃんと給料も支払ってもらわないと」
「ちょっと待て。お前、無理やり人に取り憑いておいて、その上給料だと?」


 ずうずうしいことこの上ない。


「あ、給料と言っても、お金じゃなくていいのよ。どうせ私には使えないから。あなたは、給料として、私に仕事を紹介し続ければ良いのよ」


 正直、延々と無駄話を聞かされる予感しかない。ここで間違えると後が厄介だよな。
 僕は、少し腰を入れて耳を傾ける。


「私、仕事がなくなると浮遊霊と間違えられちゃうの。さっきも、霊界探偵を名乗る人間に詰問されちゃったわ。
 だから、あなたはどんどん私を使ってね。そうすれば守護霊に見えるから、成仏しなくて済むかもしれないし」


 あまりにも(というか予想通り)理不尽な要求に、僕はストップをかける。


「待て待て。お前の言ってることってさ……『取り憑いてあげるから、変わりにずっと取り憑かせてあげる』ってこと?」


 そう言うと、ユキはまた眉を釣り上げる。


「そんな悪徳商法みたいなこと言ってないわよ! 何よ、人を悪徳商法みたいにっ……!」
「大事なことだからって、わざわざ二回言わなくても……」
「あえていうなら『取り憑かせてもらってる以上、ずっと取り憑いて欲しくなるように振舞いたい』って感じかな?」


 勝手に都合よく言い換えるなよ。
 それはエロ本とかでよくある「初めは嫌でも、徐々に気持ちよくなるから」ってのと同じじゃないか。


 もちろんユキは僕の意見を無視し、さらに難題を吹っかけてくる。


「あとね……満足しちゃうと成仏するかもしれないから、気をつけてね。
 私がレイくんのハーゲンダッツをこっそり食べちゃったときも『世の中にはもっと美味しいアイスがあるんだよ』って言ってね」


 駄目だ。さっきからツッコミとスルーのエンドレス。
 僕はなるべく平穏な生活を送ろうとしてるのに、それすらも出来ないのか。


 しょうがない。ユキに取り憑かれた時点で、それは諦めなければいけないのだろう。まぁでも、何もしたいことがない生活より、若干は良いのかもしれない。
 けど、それが恋愛である必要はなんなのだろう?


「あのさ、ユキのやりたいのって、僕を幸せにすることなんだろ? だったら、別に恋愛じゃなくても良くない?」
「それは違うわ。レイくんだって、国語を教わるなら化学の先生より国語の先生がいいわよね? レイくんがいくら国語の勉強をしたくても、化学の先生に教えてなんて言わないでしょ?
 守護霊もそれと同じよ。守護霊の得意分野を存分に活かして活動してもらう方が、憑依者にとっても有益なのよ」


 うむ。それは一理あるけど、ユキって別に恋愛が得意なわけじゃないよね?
 猪突猛進するタイプが恋愛の駆け引きを理解してるとは思えないし。


「才能のことを英語ではギフト、神様の贈り物というのよ。誰もがみな、神様から才能をもらってるの。
 例え望むものと違ったとしても、ギフトは人の人生を輝かせるための最上の物よ。捨てるのは勿体無いわ。
 才能、つまり守護霊の導きに身を任せることが、レイくんの人生を素晴らしいものにしてくれるのよ」


 ユキがどんどん上機嫌で捲し立ててくる。


「いや、僕はそもそもユキを守護霊とみとめたわけじゃないし」
「ああっ! 恋愛に満ち足りた人生って素晴らしい!
 想像してみて。恋愛なんて興味ないと思いながらも女の子がじゃんじゃん寄ってくるところを」


 そんなラノベ主人公みたいな展開はいやだ。


「というわけで、レイくんの初恋成就作戦――開始!! まずはファーストキスのシチュエーションを考えないと」



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