ニートは死んでも治らないっ!

史季

私は何者ですか?

「なんで幽霊なのに飯が食えるんだ?」


 親に晩ごはんだと言われて行こうとしたら、なぜかユキがついてきて「私も食べる」と言い出した。
 親にバレないようにする方法を考えていたが、幸いにもTVに夢中だったようで、ユキには気づかない。僕の隣の椅子が動いたり、食べ物が急に消えたりしてるのに。親の無関心ここに極まれりだ。


「知らにゃいわよ。れもお腹空くんだから、しょうがないれしょ」


 ユキがご飯を咀嚼しながら答える。相変わらず忙しない子だ。少しは喋るのを我慢できないのだろうか?
 ユキが食事に来たのは想定外だが、晩ごはんを食べてくれるのは正直ありがたい。
 母さんは僕が男の割に細いのを気にして、やたらと量を増やしてくるからだ。毎度残すのも後ろめたかったので、余った分をユキが食べてくれれば助かる。


 ところで、幽霊が食べた場合、エネルギーはどこへ行くのだろう。幽霊も成長するのだろうか。
 腹が減っては乳房は出来ぬという諺もあるし、少しは胸に栄養が行くといいかもしれない。


「んー、ちょっとこの姿勢は食べづらいわね」


 しかめっ面で席を立ったユキは、僕の反対側に周りこんだかと思うと……なぜか僕の膝の上に座った。


「いやいや、これはないでしょ」
「大丈夫よ。私はバレないから」


 バレるとか言う問題か?
 幽霊とは言っても、見えないだけで他は普通の人間と一緒だ。触れるし、重いし、体温も伝わる。
 女の子を背中から抱きしめてるのと大差ない感触が僕を襲っている。髪から女の子の香りがするし、お尻からは女の子の重みがする。


「はい、あーん」


 ユキはそう言って、食べ物をせがむ。僕は唐揚げをつまみ、自分の口へ放り込む演技をする。
 僕の口の少し手前で唐揚げは消えてしまう。周りからは僕が食べているように見えるのかもしれない。


「いいわね、これ。とっても食べやすいわ。明日もこうしましょう」


 倫理上大きく問題ある気がする。だが、一度こう言い出したら聞かないので、僕は渋々従ってしまう。


 ご飯の他に、疑問はもう一つ浮上する。僕が寝ると言うと、ユキも「寝る」と言い出したのだ。
 幽霊でも寝るのか。というか、守護霊を名乗るのなら、僕が無防備な時にはちゃんと起きてて欲しいのだが。


 布団は用意しなくていいと言うので、僕は自分のベッドに入った。
 ユキはどこで寝るのかと思って見ていると、なんと、ユキは僕の隣に入ってきた。


 ベットは一応、二人分のスペースがある。母さんが僕の突然変異レベルの成長を期待して、大きいベッドを買っていたからだ。しかし、悠々と寝られるほどではないため、必然的に体が密着してしまう。
「風呂も一緒とか言わないよね」と聞いた時に「ヘンタイ」と答えた時の貞操観念はどこへ行ったのか。


「……本気?」
「しょうがないでしょ。ここしか寝るところがないんだもの」
「いやいや、布団敷くって言ったじゃん」
「布団だけ置いてあったら何事かと思われるでしょ。TV局がやってきて『怪奇、勝手に敷かれる布団!?』みたいに特集組まれちゃうわ」


 誰が見るんだよそんなの。布団が勝手に敷かれたら怖いどころか嬉しいじゃないか。
 怪奇じゃなくて快適だよ。ふふっ。


「ちょっと! 人の胸を見ながら笑うなんてひどいわよ」
「いやいや、見てないから。何もない空間をぼんやり見てただけだよ」
「な、何もないですって!? そんなことないわ! 洗濯板には、汚れを落とすための突起がついてるのよ!」
「はいはい、ユキにはちゃんと突起がついてます。確認しました」
「わかればよろしい」


 得心がいったらしく、ユキは満足げに鼻をふくらませた。その程度で喜べるのはある意味すごいと思った。


「じゃ、今度はレイくんの胸の内側の話ね。悩んでることがあったら、全部守護霊の私が解決してあげるわ。
 今日から毎晩、ここで恋の相談に乗ってあげるわよ」
「いらないよ」


 僕は回転してユキに背をむけ、本格的な睡眠モードに入ろうとする。


「だーめっ、おーきーて!」
「やだ、夜なんだから寝る。ユキも、そんなふうに邪魔してると、霊界の人に憑依霊だと勘違いされるんじゃないの?」
「むっ……それもそうね」


 憑依霊あつかいされるのは嫌なのか、ユキはあっさり引き下がった。
 なるほど、こう言えば引き下がってくれるのか。次からこうすれば追及を逃れられるんだな。


 安心が引き連れてきた眠気で、僕は穏やかな眠りについた。




 ◇◆◇◆




「さてさて、どの子が好きなのか、そろそろ白状したらどうかなー」


 翌日。
 4時限目の授業が終わるやいなや、またもや間髪いれずに質問された。


 今日はずっとこの調子だ。昨日は憑依霊に見えるといえばやめてくれたが、今日は「これは守護霊の仕事だからいいの」と屁理屈を捏ね始めたのだ。
 作戦という防波堤がなくなった以上、彼女の波状攻撃を防ぐ術はなくなっていた。
 僕は仕方なく、椅子に座ったまま、机に乗った彼女の顔に向かって答える。


「いや、本当にそんなんじゃないから。振られて屋上に行ったわけじゃないから」
「もぉ~、意地っ張りなんだからっ! 早く教えなさいよ~」
「だから違うって。それに、ないものは教えられないよ」
「ないなんておかしいわよっ!
 男の子は大抵、好きな女の子が数十人くらいいて、頭の中でとっかえひっかえしてるものなのにっ!」


 いやいや……ありえないでしょ。そこまで女の子に興味はない。好きな女の子がたくさんいるなんて、なんかの病気なんじゃないか。


  好きな子に意地悪したり、担任の先生に恋したり、文化祭や体育祭の後で告白したり、君を自転車の後ろに乗せてゆっくり下ったり、そういう経験がスタンダードだというのはわかるし、スタンダードを定義した方が雑談が捗るのもわかる。
 でも、そういう経験のない人間を変な目で見るのはおかしいんじゃないか?


 恋というのは、自分が幸せになるためにするべきだ。そして僕は、恋以外にも幸せになる手段を持っているだけなんだ。
 でも、誰かを好きになりたいと言う欲求は一応あるし、普通の人みたいに初恋をしたい。そうすれば誰かに「好きな人はいるの?」と聞かれて、後ろめたい気持ちにならずに済むのに。


「ん~……その表情は心当たりがあるって顔かなーー?」


 特に心当たりはないのだが……この話題は少し苦手なので、避けておこう。


「いや、この表情は小田原評定なんだ」
「え? オダワラ??」
「うん、つまり……」


 色々やりたいことがあって意見がまとまらない……ってこれ、女の子を取っかえ引っかえしてる評定ってことになるじゃん!!
 話を逸らすつもりが元に戻ってしまった。


「じーーーーーーー」
「……な、何?」
「怪しいわね」


 瞳の奥から怪訝そうな光を放ちながら、僕に詰め寄ってくる。幽霊なのに、吐息がかかったかのような錯覚に陥る。


 性格はメチャクチャだけど、声をかければ100人中95人が振り向きそうな美少女であることには間違いなく、そんな子と顔が近づくと、少し緊張してしまう。
 この距離は危険だ。
 このままだと哲学的問題が生じてしまう。


 それは、今この瞬間に「目を逸したら、好きな子がいることになる」という奇妙な命題が出現していることだ。
 しかし「目を逸す」というのは「好き」という気持ちのたった一面だ。そんな僅かな例だけを取り上げて結論を出すのは早いだろう。
「人生なんて、同じことの繰り返しだ」という言葉が間違っているのと同じだ。


 だが、完璧な理論は、理論を理解できない人間によって崩されてしまう。
 それが問題なんだ。結局みんな、理論じゃなくて、自分の都合で考えるんだ。


 僕が教室を離れて屋上へ行ったのは、そういった哲学的問題を避けるためだった。
 教室にいると、噂話が耳に入ってくる。誰それは感じが悪いとか、浮気してるだとか。みんな、その人の一面を見ただけで、勝手な結論を導いていた。


 そんな噂を聞いていると、僕も加害者になったような罪悪感に囚われる。
 本当は「そんなこというのやめなよ」と、止めるべきなのに。あるいは「そういえば芸能人のあの人も浮気してたよね」と話をそらすべきだ。
 それができないのは、自分に勇気がないせいなのだ。


「……わかった。じゃ、私のことを教えるから、後でキミのことも教えてね」


 彼女はそういって結論付けると、長いまつげを柔らかく下瞼へと着地させ、ゆっくりと話し始めた。


「私ね……あるとき目が覚めると、真っ暗な世界にいたの。どうしてこんなとこにいるのか、思い出せなくて……。
 頭の中にモヤがかかってるみたいだったわ。
 わかるのは、地面が揺りかごみたいにゆらゆらしてることだけでね……。
 時々、水の中に何かが入る音がしたわ。鉛みたいな体を起こしたら、自分が舟に乗ってることがわかったの」
「それって、三途の川のこと?」
「そうよ。舟を漕いでた人はそう言ってたわ。でもねっ! この人、すごく厭味ったらしくてね……」


 急に語気を強める。


「『罪を悔い改めろ』って説教したり、『お前はこの先一生、石を積み上げなければならない』とか言うのよ。しかも、私の言うことぜんっぜん聞かないの!
 それでね……あんまりにもネチネチ言ってくるから、途中で逃げてきちゃったのよ」


 ……え?


「ちょっとー、せっかく教えてあげたんだから、なにかリアクションしたらどうなの?」
「え、いや……その」


 頭の中のスクリーンから目をそらすと、ジト目が迫っているのがわかり、思わずたじろぐ。
 第一感としては「逃げれるんかいっ!」だけど、他にも気になる点が多すぎてうまくまとまらないな……。
 とりあえず感想は置いといて、質問を続けよう。


「逃げて、それからどうなったの?」
「ええと、そしたら川に落ちてね。私泳げないからどんどん沈んじゃって……気がついたらこの世界に戻ってたの」


 …………。


「もしもーし?」
「え……あ、ごめん」
「ちゃんと聞いてるのっ?!」


 いけないいけない。会話中に考えこんでしまうのは僕の悪い癖だ。おかげで色々と損をしている。


「うん、ちゃんと聞いてる。それで、僕に雇ってほしいってのは?」
「とりあえず以前の生活に戻ろうと思ったんだけどね。こんな体だし、どこで何をしていたのかも思い出せなくて途方にくれてたの。
 そしたら……何て言ったらいいかわからないけど、普通とは明らかに違う感じの人がいたの。多分幽霊なんじゃないかと思って、勇気を出して話しかけたら、やっぱり幽霊だったわ。
 でね、その人が言うのよ。『霊は下界に降りて、人間の役に立たなくてはいけない。あなたも守護する人間を見つけて、立派な霊になりなさい』って。その後、人間の中にすぅ~って入っていったの」


 ……その入られた人は大丈夫なのかな?
 僕みたいに「くっつかれる」より、遥かに重症だよね。乗っ取られてるのかな?


「でもね、私はそうする気になれなかったの。やりなさいと言われると中二心が溢れてくるの。反抗したくなっちゃうのね。
 だからしばらくブティックとかコスメとかを巡って遊んでたの。
 幽霊ってすごく便利なのよ。店に入っても店員さんに『どういったものをお探しですか』とか『よかったらご試着いかがですか』とか言われなくて済むの。あなたもなってみるといいわ。
 だから私、気が済むまで服とかを眺めてたの。
 けど、ある時別の幽霊にばったり会って、こんなことを言われたの。
『いつまでもニートみたいな生活をしてると、除霊されてしまうぞ。
 除霊されると、記憶を消されで、全く新しい霊魂になってしまう。言うなれば完全な死だ。
 悪いことは言わないから、早く誰かを守護しなさい』って。」


 ……ちょっと話が長すぎるな。というか、よくここまでたくさん喋れるよな。若干うらやましい。


「私は人間の役に立つよりはニート的な幽霊でいたいと思ったけど、それじゃダメらしいの。霊魂の存在理由に反するとかで。
 まぁ、最初のうちは無視してたけど、ある日、ネットカフェで他の人がちょうど巻き終わった後のソフトクリームを倒して遊ぼうと思ったのに、指がすり抜けたの」


 なんて迷惑な奴だ。
 あれで困ってSNSで質問してる人がたくさんいるんだぞ。


「疑問なんだけど、幽霊なんだからすり抜けるのが普通なんじゃないの?」
「でも、あなたに取り憑いてからは触れるようになったわ。やっぱり触れるのが普通なのよ」
「そうなんだ。何で僕に?」
「知らないわよ。私だってカッコイイ男の子か、かわいい女の子に取りつきたかったけど、何度試してもダメだったんだもん。
 それに……何かある気がしたの。この学校にも……あなたにも」
「『何か』って?」
「良い予感と悪い予感が渦を巻いて、周りを巻きこんでいる感じ……かな?」


 なんとも曖昧な説明だ。これじゃ手がかりにもなりゃしない。
 けど、彼女の語り口には、どこか真実味があった。


「それで、就職云々ってのは……」
「就職ってのは人間に取り付くことよ。
 取り憑くって言ったら怪しいじゃない。だから就職にしたの」


 それ、僕が最初に指摘したことじゃないか……。何が「違う」だよ。どストライクじゃないか。
 とりあえず、わかったことを、まとめよう。
(偶然生まれる575は、現代人の心のオアシスだ)


 1.天界を途中で抜けだして、幽霊になった
 2.霊は下界に降りて、一人の人間を守護する決まりになっている
 3.僕以外の人間には取り憑けなかった


 ……これだけじゃ、どうすりゃいいかわからないな。少しはもやが晴れると思ったのだが、さらにそれを覆うもやが出てきたらしい。
 そもそも、なんで僕はこんなに幽霊に深入りしているのだろう。あんまり他人に深入りするのは好きじゃないのに……。


「お前のことはよくわかった。でも、僕には好きな女の子なんていないから」
「じゃ、今度はレイくんの好きな人のこと、ばっちりと教えて貰うわね」


 あ、まだそのことを覚えていたのか。仕方なく無視していると、ユキは口角を奇妙に吊り上げた。


「ふふふ……私を甘く見てもらっちゃあ困るわ」


 机の上に両腕を重ね、その上に顎を載せて、不敵な笑みを浮かべながら言う。


「こうなったら、私の千里眼で、キミの運命の人を探しだして見せるわ!!」


 ……はぁ。


 こうなると何を言っても無駄である。もし反論しようものなら1日中屁理屈をこねるに違いない。あと、千里眼なんていつ身につけたんだよ……。


 僕は彼女との対話を諦めて、ついでに昼ごはんも諦めた。もう午後の授業の時間なのだ。
 最初のうちは、幽霊という非日常的な存在に少し惹かれた部分もあったが、必要な時間が削られてしまうのはゴメンだと思った。


「まずはダイイングメッセージを探さないと……」


 誰も死んでないっての……



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