魔王様は学校にいきたい!
葛藤
煌々と輝く魔法陣、暗闇に聳える異形の祭壇。ガレウス邪教団拠点の地下施設は、静寂に包まれていた。
「ふぅ、到着っと」
重い静寂を軽やかに吹き飛ばす、ヒュルリと巡る風の音。帰還したリィアンの明るい声が、暗闇の果てまで響き渡る。
「さて、表彰状はどこに飾ろうかな?」
リィアンは意気揚々と暗闇の奥へ、とそこへ──。
「あらリィアン、おかえりなさい……」
「ひぇ!?」
背筋を撫でる冷めた声、凍えるような極寒の気配。リィアンは恐る恐る振り返り、サアッと顔を青く染める。そこにはニンマリ笑顔のザナロワと、怒り心頭のアブドゥーラが立っていた。
「あ……ただいまー」
「……」
アブドゥーラは無言でリィアンの背後へ回り、両の拳でガッシリと頭を挟む。そのまま万力の如く締めつけ、リィアンの頭に強烈なグリグリ。
「ただいまー、じゃないだろうが!」
「ひぎゃ、痛い痛いっ!?」
悲鳴をあげ手足をバタバタ、逃れようとリィアンは必死だ。しかしどれだけ抵抗しようとも、グリグリからは逃れられない。
「ヨグソードには手を出すなと言ったろう、一度は失敗したことを忘れたか! だというのに勝手な行動をしおって、しかも敵に捕まるとは言語道断だ!」
「ごめんなさい! ごめんなさーいっ!」
謝っても許されない、泣き喚いても許されない、それどころかグリグリの威力は増す一方。いよいよリィアンは白目をむいて失神寸前である。
「アブドゥーラ、それくらいにしておきなさい」
「いや、しかしだな……」
「私もお仕置きをしたいわ」
ザナロワは相変わらずニンマリしている、異様な迫力に満ちた笑顔だ。これにはアブドゥーラも逆らえず、ようやくリィアンをグリグリから解放する。
「はぁ……はぁ……、頭が割れる……」
「さてリィアン、悪い子にはお仕置きしなくちゃね?」
「ひえぇ、許してザナロワ……」
リィアンはピシッと姿勢を正し、全身全霊で許しを請う。顔は涙と鼻水でグチャグチャ、最高位魔人としての威厳は皆無である。
そんなリィアンをザナロワは──。
「まったく、無事でよかったわ」
「……へ?」
そっと抱き締めたのである。お仕置きと思えない優しい抱擁、リィアンにとっては完全に予想外だ。
「あの……ザナロワ?」
「心配かけさせないでと言ったでしょう、お願いだから無茶をしないで」
「リィのこと心配してくれてたの?」
「もちろんよ、リィアンは私達の大切な仲間なのだから」
「うぅ……」
ガレウス邪教団にも仲間を思う気持ちはある、ザナロワは本気でリィアンのことを大切に思っているのだ。
下手なお仕置きより効果はあったようで、リィアンは心から反省した模様。
「分かった、心配かけてごめんなさい」
「ありがとう、いい子ねリィアン……とはいえお仕置きは必要よね?」
リィアンはギョッと顔をあげる、目の前には冷やかなザナロワの笑顔。この世のものとは思えない、なんとも恐ろしい笑顔である。
リィアンは慌てて逃げようとするも、抱き締められているせいで逃げられない。
「しばらくは外出禁止よ、毎日反省文を書いて提出してね、それから日に三回のお尻ペンペンよ」
「ひいぃ、そんな……」
お仕置きに次ぐお仕置きを告げられ、リィアンはグッタリ崩れ落ちる。撃沈したリィアンを残して、ザナロワとアブドゥーラは暗闇の奥へ。
「俺達は次の作戦に向かう」
「リィアンは大人しくしているのよ」
「……」
リィアンは二人を見送りながら、渦巻く感情に戸惑っていた。友達のことは大切に思う、同じようにザナロワやアブドゥーラのことも大切に思う。リィアンにとってガレウス邪教団もまた、大切な居場所の一つに違いないのだ。
「リィは……」
迷えるリィアンの呟きが、シンと響き渡るのだった。
運動会の翌日、下級クラスの生徒達は教室塔に集まっていた。
リィアンに関する一連の騒動を、ヘンリー、シャルル、ベッポの三人に知らせるためである。
「リィアンさんは魔人だったなんて、信じられません……」
「うむ、素直で素晴らしい娘だと思っていたのだが……」
リィアンが魔人だったという事実は、やはり大きな動揺を生んだ。誰も言葉を出せずにいる、漂う空気は重苦しい。
数分間にも及ぶ沈黙の後、最初に口を開いたのはシャルルだった。
「リィアン嬢め、再会したら叱ってやる!」
「シャルルさん!?」
シャルルの第一声は明らかな怒りの感情を孕んでいた。ナターシャは驚きつつも、リィアンを庇おうとする。
「待ってくださいシャルルさん、リィアンさんは──」
「自分達は友達だろう、なのに黙って去るとは許せん! 叱ってやらねば気がすまない!」
「ボクもシャルルと同じくです、友達に挨拶なしは寂しいですよ!」
ヘンリーもシャルルと同じく怒っているよう、とはいえ本気で怒っている風ではない。二人の怒りはリィアンのことを、友達として扱った上での優しい怒りである。
「はぁ、まったく俺の友達は困ったやつばかりだ……」
一方ベッポは怒っておらず、やれやれと呆れている様子。「俺の友達」と言っているあたり、ベッポもリィアンのことを友達として扱っていることは間違いない。
「勝手にいなくなりやがって、もっと話したかったんだぜ……よし、戻ってきたらお仕置きとして、臭い商品の実験台にしてやろう!」
「いいですねベッポさん、ボク達を悲しませた罰です」
「待つのだベッポよ、それは残酷すぎるだろう……」
リィアンが魔人であったことは、三人揃って気にしていないらしい。元より魔王と友達なのだ、もはや相手が誰であろうと気にしないのだろう。
いつの間にやらリィアンへのお仕置き話で大盛りあがり、なんとも図太い男子達である。
「はぁ……」
ワイワイと賑わう中、シャルロットは悩まし気に窓の外を眺めていた。
月光に浮かぶ校庭をシャルロットは散歩していた。辺りには誰もいない、夜の校庭にシャルロット一人きりだ。
テクテク歩き回っていると、ツンと上着の裾を引っ張られる。
「こんな遅くに出歩くと危ないのじゃ」
驚いて振り返ると、寝間着姿のウルリカ様が立っていた。シャルロットは何かを察して、少し嬉しそうに微笑む。
「ワタクシを心配して、迎えにきてくれたのですわね」
「まあの」
「ありがとうですの……もう少しだけ、夜風に当たらせてほしいですわ」
「ふむ、では妾もつきあうのじゃ」
二人揃って芝生に座り、月の輝く夜空を見上げる。満天の星空は、思わず嘆息するほど美しい。
「……リィアンのこと、ずっと考えていましたの」
「ふーむ?」
「リィアンはワタクシにとって大切な友達ですわ、それは間違いありませんの。でもワタクシは王族ですわ、王族としてどう接するべきなのかと……」
「ふむふむ」
「お母様やお姉様に言われた通り、王族として見逃すべきではなかったとも思いますの。でもやっぱりワタクシには、友達を裏切ることは出来ませんわ……」
シャルロットは王族である、クラスメイトとは明確に違う立場だ。故に一人悩んでいたのだろう、膝を抱え伏せってしまう。
ウルリカ様はそっとシャルロットを抱き寄せ、小さな手で頭をナデナデ。
「これは難しい問題じゃ、だからこそ王族ならば避けられぬ問題じゃな」
「ワタクシはどうすれば……」
「考えるしかないのじゃ、正解はないからの」
「……」
「ただし、一人で思い悩む必要はないのじゃ!」
顔をあげたシャルロットの目には、ウルリカ様の優しい笑顔が映っていた。温かく頼りになる、女神様のような魔王様の笑顔である。
「焦る必要はないのじゃ、皆で考えて答えを出せばよいのじゃ。家族や友達、もちろん妾も一緒なのじゃ」
「そう……ですわね、ありがとうですわ」
「友達じゃからの!」
ウルリカ様はシャルロットの手を取り、すっくと立ちあがる。
「ふあ……眠くなってきたのじゃ、寮に戻るのじゃ」
「ええ」
きっといつかシャルロットは答えを出すのだろう、しかし今はまだその時ではない。
「ふぅ、到着っと」
重い静寂を軽やかに吹き飛ばす、ヒュルリと巡る風の音。帰還したリィアンの明るい声が、暗闇の果てまで響き渡る。
「さて、表彰状はどこに飾ろうかな?」
リィアンは意気揚々と暗闇の奥へ、とそこへ──。
「あらリィアン、おかえりなさい……」
「ひぇ!?」
背筋を撫でる冷めた声、凍えるような極寒の気配。リィアンは恐る恐る振り返り、サアッと顔を青く染める。そこにはニンマリ笑顔のザナロワと、怒り心頭のアブドゥーラが立っていた。
「あ……ただいまー」
「……」
アブドゥーラは無言でリィアンの背後へ回り、両の拳でガッシリと頭を挟む。そのまま万力の如く締めつけ、リィアンの頭に強烈なグリグリ。
「ただいまー、じゃないだろうが!」
「ひぎゃ、痛い痛いっ!?」
悲鳴をあげ手足をバタバタ、逃れようとリィアンは必死だ。しかしどれだけ抵抗しようとも、グリグリからは逃れられない。
「ヨグソードには手を出すなと言ったろう、一度は失敗したことを忘れたか! だというのに勝手な行動をしおって、しかも敵に捕まるとは言語道断だ!」
「ごめんなさい! ごめんなさーいっ!」
謝っても許されない、泣き喚いても許されない、それどころかグリグリの威力は増す一方。いよいよリィアンは白目をむいて失神寸前である。
「アブドゥーラ、それくらいにしておきなさい」
「いや、しかしだな……」
「私もお仕置きをしたいわ」
ザナロワは相変わらずニンマリしている、異様な迫力に満ちた笑顔だ。これにはアブドゥーラも逆らえず、ようやくリィアンをグリグリから解放する。
「はぁ……はぁ……、頭が割れる……」
「さてリィアン、悪い子にはお仕置きしなくちゃね?」
「ひえぇ、許してザナロワ……」
リィアンはピシッと姿勢を正し、全身全霊で許しを請う。顔は涙と鼻水でグチャグチャ、最高位魔人としての威厳は皆無である。
そんなリィアンをザナロワは──。
「まったく、無事でよかったわ」
「……へ?」
そっと抱き締めたのである。お仕置きと思えない優しい抱擁、リィアンにとっては完全に予想外だ。
「あの……ザナロワ?」
「心配かけさせないでと言ったでしょう、お願いだから無茶をしないで」
「リィのこと心配してくれてたの?」
「もちろんよ、リィアンは私達の大切な仲間なのだから」
「うぅ……」
ガレウス邪教団にも仲間を思う気持ちはある、ザナロワは本気でリィアンのことを大切に思っているのだ。
下手なお仕置きより効果はあったようで、リィアンは心から反省した模様。
「分かった、心配かけてごめんなさい」
「ありがとう、いい子ねリィアン……とはいえお仕置きは必要よね?」
リィアンはギョッと顔をあげる、目の前には冷やかなザナロワの笑顔。この世のものとは思えない、なんとも恐ろしい笑顔である。
リィアンは慌てて逃げようとするも、抱き締められているせいで逃げられない。
「しばらくは外出禁止よ、毎日反省文を書いて提出してね、それから日に三回のお尻ペンペンよ」
「ひいぃ、そんな……」
お仕置きに次ぐお仕置きを告げられ、リィアンはグッタリ崩れ落ちる。撃沈したリィアンを残して、ザナロワとアブドゥーラは暗闇の奥へ。
「俺達は次の作戦に向かう」
「リィアンは大人しくしているのよ」
「……」
リィアンは二人を見送りながら、渦巻く感情に戸惑っていた。友達のことは大切に思う、同じようにザナロワやアブドゥーラのことも大切に思う。リィアンにとってガレウス邪教団もまた、大切な居場所の一つに違いないのだ。
「リィは……」
迷えるリィアンの呟きが、シンと響き渡るのだった。
運動会の翌日、下級クラスの生徒達は教室塔に集まっていた。
リィアンに関する一連の騒動を、ヘンリー、シャルル、ベッポの三人に知らせるためである。
「リィアンさんは魔人だったなんて、信じられません……」
「うむ、素直で素晴らしい娘だと思っていたのだが……」
リィアンが魔人だったという事実は、やはり大きな動揺を生んだ。誰も言葉を出せずにいる、漂う空気は重苦しい。
数分間にも及ぶ沈黙の後、最初に口を開いたのはシャルルだった。
「リィアン嬢め、再会したら叱ってやる!」
「シャルルさん!?」
シャルルの第一声は明らかな怒りの感情を孕んでいた。ナターシャは驚きつつも、リィアンを庇おうとする。
「待ってくださいシャルルさん、リィアンさんは──」
「自分達は友達だろう、なのに黙って去るとは許せん! 叱ってやらねば気がすまない!」
「ボクもシャルルと同じくです、友達に挨拶なしは寂しいですよ!」
ヘンリーもシャルルと同じく怒っているよう、とはいえ本気で怒っている風ではない。二人の怒りはリィアンのことを、友達として扱った上での優しい怒りである。
「はぁ、まったく俺の友達は困ったやつばかりだ……」
一方ベッポは怒っておらず、やれやれと呆れている様子。「俺の友達」と言っているあたり、ベッポもリィアンのことを友達として扱っていることは間違いない。
「勝手にいなくなりやがって、もっと話したかったんだぜ……よし、戻ってきたらお仕置きとして、臭い商品の実験台にしてやろう!」
「いいですねベッポさん、ボク達を悲しませた罰です」
「待つのだベッポよ、それは残酷すぎるだろう……」
リィアンが魔人であったことは、三人揃って気にしていないらしい。元より魔王と友達なのだ、もはや相手が誰であろうと気にしないのだろう。
いつの間にやらリィアンへのお仕置き話で大盛りあがり、なんとも図太い男子達である。
「はぁ……」
ワイワイと賑わう中、シャルロットは悩まし気に窓の外を眺めていた。
月光に浮かぶ校庭をシャルロットは散歩していた。辺りには誰もいない、夜の校庭にシャルロット一人きりだ。
テクテク歩き回っていると、ツンと上着の裾を引っ張られる。
「こんな遅くに出歩くと危ないのじゃ」
驚いて振り返ると、寝間着姿のウルリカ様が立っていた。シャルロットは何かを察して、少し嬉しそうに微笑む。
「ワタクシを心配して、迎えにきてくれたのですわね」
「まあの」
「ありがとうですの……もう少しだけ、夜風に当たらせてほしいですわ」
「ふむ、では妾もつきあうのじゃ」
二人揃って芝生に座り、月の輝く夜空を見上げる。満天の星空は、思わず嘆息するほど美しい。
「……リィアンのこと、ずっと考えていましたの」
「ふーむ?」
「リィアンはワタクシにとって大切な友達ですわ、それは間違いありませんの。でもワタクシは王族ですわ、王族としてどう接するべきなのかと……」
「ふむふむ」
「お母様やお姉様に言われた通り、王族として見逃すべきではなかったとも思いますの。でもやっぱりワタクシには、友達を裏切ることは出来ませんわ……」
シャルロットは王族である、クラスメイトとは明確に違う立場だ。故に一人悩んでいたのだろう、膝を抱え伏せってしまう。
ウルリカ様はそっとシャルロットを抱き寄せ、小さな手で頭をナデナデ。
「これは難しい問題じゃ、だからこそ王族ならば避けられぬ問題じゃな」
「ワタクシはどうすれば……」
「考えるしかないのじゃ、正解はないからの」
「……」
「ただし、一人で思い悩む必要はないのじゃ!」
顔をあげたシャルロットの目には、ウルリカ様の優しい笑顔が映っていた。温かく頼りになる、女神様のような魔王様の笑顔である。
「焦る必要はないのじゃ、皆で考えて答えを出せばよいのじゃ。家族や友達、もちろん妾も一緒なのじゃ」
「そう……ですわね、ありがとうですわ」
「友達じゃからの!」
ウルリカ様はシャルロットの手を取り、すっくと立ちあがる。
「ふあ……眠くなってきたのじゃ、寮に戻るのじゃ」
「ええ」
きっといつかシャルロットは答えを出すのだろう、しかし今はまだその時ではない。
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