魔王様は学校にいきたい!
教主
王都ロームルスの一角にそびえ立つ、巨大な白亜の建造物。アルテミア正教会の大聖堂である。
その奥部、バラ窓の映える荘厳な礼拝堂に、年配の男達が集まっていた。着ている祭服の豪華さから察するに、位の高い神官達なのだろう。
祭壇の前にズラリと並ぶ高位の神官達。その最前列で一人の少女が、神官の男に拘束されていた。
「離してください! 私をロームルス学園に帰してください!」
「大人しくしろ! 暴れると……もっと痛い目にあわせるぞ!」
「ひっ……」
拘束から逃れようと、身をよじらせていたナターシャ。しかし神官の男に恫喝され、身をよじらせるのを止めてしまう。大の男に恫喝されたことで、すっかり怯えてしまったのだ。
神官の男は「ふんっ」と息を荒げながら、祭壇に座る一人の人物へと頭を下げる。
「教主様! “白銀の乙女”と呼ばれる少女でございます!」
「えっ……教主様!?」
祭壇に座る人物を見て、ナターシャは思わず声をあげてしまう。なぜなら教主様と呼ばれたその人物は、まだ幼い少女だったからである。
透き通る白い肌に、煌めく白銀の髪。薄灰色の大きな瞳は、じっとナターシャを見つめている。
「教主様って……こんなに小さな女の子なのに?」
「おい貴様! 教主様に対して無礼だぞ!」
「あっ……すみません……」
口を滑らせてしまい、慌てて頭を下げるナターシャ。一方教主様と呼ばれる少女は、「構いませんよ」と怒る神官の男を宥めてくれている。神官の男とは対照的に、少女の雰囲気は優しくて柔らかい。
「お待たせして申し訳ございませんでした! しかし教主様からご依頼をいただいたとおり、白銀の乙女を誘拐してまいりましたぞ!」
「……ありがとうございます、貸していた馬車はどうしましたか?」
「この度は教主様の馬車をお貸しいただき、ありがとうございました! 総本山所有の特別製なだけあって、実に荘厳で美しい馬車でございました! また乗り心地も非常によく──」
「はい分かりました、それで馬車はどうしたのですか?」
「教会の外に停めております! しかしご安心ください、警備は厳重でございますので! さらにですね──」
「そうですか、分かりました」
「王都中の教会に声をかけ、神官や信徒をかき集めております! 教主様に不自由をおかけすることのないよう、万全の体制を整えており──」
「はいはい分かりました、ありがとうございますね」
自信満々にまくし立てる神官の言葉を、教主様と呼ばれる少女は強引に打ち切らせる。そして集まっている神官達の方へと顔を向ける。
「それでは神官のみなさん、席を外してください」
「は……教主様? 今なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえませんでしたか? 神官のみなさんは、席を外してくださいと言ったのです」
「しかし……そうすると教主様は、この少女と二人きりになってしまいますよ?」
「そうです、こちらの少女と二人きりにしてほしいのです」
教主様と呼ばれる少女からの思わぬ言葉に、神官達は一斉に反対の声をあげる。
「ありえません! 考えられません!」
「二人きりにしてください……」
「誰とも知れぬ少女ですよ! 教主様に危険を及ぼすかもしれませんよ!」
「二人きりにしてください……」
「どうか! どうかお考え直し下さい!」
「……いいから早く席を外しなさい」
迫力のこもった静かな声、鈍く光を放つ鋭い視線。幼い少女のものとは思えないほどの威圧感を受けて、大の男である神官達は一斉に黙り込んでしまう。そのまましばらく沈黙が続き、威圧感に負けた神官達はしぶしぶと礼拝堂を後にする。
ナターシャは拘束から解放されたものの、わけが分からないといった様子だ。そして──。
「あの……教主様……?」
「あぁーっ! 息が詰まりそうっす!」
「……え?」
いきなり大きな声をあげたかと思いきや、うーんと伸びをする教主様。先ほどまでの尊い雰囲気はすっかり消え去り、別人のような明るさだ。
「無理やり連れてきちゃって悪かったっすね! ケガとかさせられなかったっすか?」
「あ……はい……」
「まったく王都の神官達ときたら、無駄に血気盛んで困るっす! 私は丁重に連れてきてほしいとお願いしたっす、そのために特別製の馬車まで貸したっす。誘拐してきてほしいなんて、誰も頼んでないっすよ!」
「そ……そうなのですか……」
「そういえば自己紹介をしてなかったっすね! 私は“アンナマリア・アルテミア”、アルテミア正教会の教主っす!」
「あ……私はナターシャです……」
「ナターシャちゃんっすね! よろしくっす!」
そう言ってニパッと笑ったアンナマリアは、ナターシャの手を取りブンブンと握手をする。とても教会の教主とは思えない、明るくて気さくな振る舞いである。
「王都の神官達は堅苦しくて嫌になるっす、ナターシャちゃんは気軽に話してくれると嬉しいっす!」
「は……はい……」
そうは言われたものの、ナターシャからするとアンナマリアは雲の上の人物である。そもそもアルテミア正教会の教主を相手に、気軽に話せる人物などそうはいない。
「では教主様、一つ伺ってもよろしいですか?」
「教主様って……ちょっと堅苦しいっすね、アンナマリアでいいっすよ!」
「うぅ……ではアンナマリア様、どうして私は教会に連れて来られたのでしょうか?」
「いい質問っすね! 実はナターシャちゃんに頼みがあるっす!」
「頼みですか?」
「そうっす! ナターシャちゃんが腰に差している剣を、私に譲ってくれないっすか?」
予想外のお願いを聞かされたナターシャは、思わずキョトンと首を傾げてしまう。
「その剣を譲ってくれたら、ナターシャちゃんは解放するっすよ」
剣の柄に手をあてて、じっと考え込むナターシャ。そうしてしばらく考え込むと、意を決してアンナマリアの方を向く。
「すみませんアンナマリア様、この剣はお譲り出来ません」
「……なぜっすか?」
「これは大切な友達から貰った大切な剣です。この剣を貰ったおかげで、大切な人を守ることも出来ました。だからこの剣は私にとって、かけがえのない宝物なのです」
腰に下げた剣を見つめながら、ナターシャは吸血鬼ブラムとの戦いを回想する。オリヴィアと並んで戦ったことや、シャルロットの窮地を救ったこと、どれもナターシャにとっては大切な思い出だ。
「そうっすか……それは残念っすね……」
眉を八の字に下げてとても残念そうなアンナマリア。かと思いきやスッと目を細め、鋭く視線を光らせる。
「だったら仕方ないっす、無理にでも──」
「──譲ってもらうことにするっす!」
「えっ……いつの間に!?」
声をあげて驚くナターシャ、そして背後を振り返る。
驚いた理由は、祭壇の前に立っていたはずのアンナマリアが、一瞬で姿を消したからだ。そして振り返った理由は、誰もいないはずの背後から、アンナマリアの声が聞こえたからだ。
つまりアンナマリアは祭壇の前からナターシャの背後へと、一瞬で移動したのである。
「ナターシャちゃんには悪いと思うっす、でも私にだって事情があるんっすよ」
振り返ったナターシャは、アンナマリアの姿を見てさらに驚くことになる。なんとアンナマリアの手に、ナターシャの剣が握られていたのである。
驚くべきことにアンナマリアは、一瞬で移動しただけではなく、ナターシャの腰に下がっていたはずの剣を奪い去ってしまったのだ。
「やっぱり……間違いないっす……」
アンナマリアは慣れた手つきで剣を抜く。そして──。
「この剣は……“ヨグソード”っすね……」
自分の髪色とそっくりな白銀の刀身を見つめて、小さく呟くのだった。
その奥部、バラ窓の映える荘厳な礼拝堂に、年配の男達が集まっていた。着ている祭服の豪華さから察するに、位の高い神官達なのだろう。
祭壇の前にズラリと並ぶ高位の神官達。その最前列で一人の少女が、神官の男に拘束されていた。
「離してください! 私をロームルス学園に帰してください!」
「大人しくしろ! 暴れると……もっと痛い目にあわせるぞ!」
「ひっ……」
拘束から逃れようと、身をよじらせていたナターシャ。しかし神官の男に恫喝され、身をよじらせるのを止めてしまう。大の男に恫喝されたことで、すっかり怯えてしまったのだ。
神官の男は「ふんっ」と息を荒げながら、祭壇に座る一人の人物へと頭を下げる。
「教主様! “白銀の乙女”と呼ばれる少女でございます!」
「えっ……教主様!?」
祭壇に座る人物を見て、ナターシャは思わず声をあげてしまう。なぜなら教主様と呼ばれたその人物は、まだ幼い少女だったからである。
透き通る白い肌に、煌めく白銀の髪。薄灰色の大きな瞳は、じっとナターシャを見つめている。
「教主様って……こんなに小さな女の子なのに?」
「おい貴様! 教主様に対して無礼だぞ!」
「あっ……すみません……」
口を滑らせてしまい、慌てて頭を下げるナターシャ。一方教主様と呼ばれる少女は、「構いませんよ」と怒る神官の男を宥めてくれている。神官の男とは対照的に、少女の雰囲気は優しくて柔らかい。
「お待たせして申し訳ございませんでした! しかし教主様からご依頼をいただいたとおり、白銀の乙女を誘拐してまいりましたぞ!」
「……ありがとうございます、貸していた馬車はどうしましたか?」
「この度は教主様の馬車をお貸しいただき、ありがとうございました! 総本山所有の特別製なだけあって、実に荘厳で美しい馬車でございました! また乗り心地も非常によく──」
「はい分かりました、それで馬車はどうしたのですか?」
「教会の外に停めております! しかしご安心ください、警備は厳重でございますので! さらにですね──」
「そうですか、分かりました」
「王都中の教会に声をかけ、神官や信徒をかき集めております! 教主様に不自由をおかけすることのないよう、万全の体制を整えており──」
「はいはい分かりました、ありがとうございますね」
自信満々にまくし立てる神官の言葉を、教主様と呼ばれる少女は強引に打ち切らせる。そして集まっている神官達の方へと顔を向ける。
「それでは神官のみなさん、席を外してください」
「は……教主様? 今なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえませんでしたか? 神官のみなさんは、席を外してくださいと言ったのです」
「しかし……そうすると教主様は、この少女と二人きりになってしまいますよ?」
「そうです、こちらの少女と二人きりにしてほしいのです」
教主様と呼ばれる少女からの思わぬ言葉に、神官達は一斉に反対の声をあげる。
「ありえません! 考えられません!」
「二人きりにしてください……」
「誰とも知れぬ少女ですよ! 教主様に危険を及ぼすかもしれませんよ!」
「二人きりにしてください……」
「どうか! どうかお考え直し下さい!」
「……いいから早く席を外しなさい」
迫力のこもった静かな声、鈍く光を放つ鋭い視線。幼い少女のものとは思えないほどの威圧感を受けて、大の男である神官達は一斉に黙り込んでしまう。そのまましばらく沈黙が続き、威圧感に負けた神官達はしぶしぶと礼拝堂を後にする。
ナターシャは拘束から解放されたものの、わけが分からないといった様子だ。そして──。
「あの……教主様……?」
「あぁーっ! 息が詰まりそうっす!」
「……え?」
いきなり大きな声をあげたかと思いきや、うーんと伸びをする教主様。先ほどまでの尊い雰囲気はすっかり消え去り、別人のような明るさだ。
「無理やり連れてきちゃって悪かったっすね! ケガとかさせられなかったっすか?」
「あ……はい……」
「まったく王都の神官達ときたら、無駄に血気盛んで困るっす! 私は丁重に連れてきてほしいとお願いしたっす、そのために特別製の馬車まで貸したっす。誘拐してきてほしいなんて、誰も頼んでないっすよ!」
「そ……そうなのですか……」
「そういえば自己紹介をしてなかったっすね! 私は“アンナマリア・アルテミア”、アルテミア正教会の教主っす!」
「あ……私はナターシャです……」
「ナターシャちゃんっすね! よろしくっす!」
そう言ってニパッと笑ったアンナマリアは、ナターシャの手を取りブンブンと握手をする。とても教会の教主とは思えない、明るくて気さくな振る舞いである。
「王都の神官達は堅苦しくて嫌になるっす、ナターシャちゃんは気軽に話してくれると嬉しいっす!」
「は……はい……」
そうは言われたものの、ナターシャからするとアンナマリアは雲の上の人物である。そもそもアルテミア正教会の教主を相手に、気軽に話せる人物などそうはいない。
「では教主様、一つ伺ってもよろしいですか?」
「教主様って……ちょっと堅苦しいっすね、アンナマリアでいいっすよ!」
「うぅ……ではアンナマリア様、どうして私は教会に連れて来られたのでしょうか?」
「いい質問っすね! 実はナターシャちゃんに頼みがあるっす!」
「頼みですか?」
「そうっす! ナターシャちゃんが腰に差している剣を、私に譲ってくれないっすか?」
予想外のお願いを聞かされたナターシャは、思わずキョトンと首を傾げてしまう。
「その剣を譲ってくれたら、ナターシャちゃんは解放するっすよ」
剣の柄に手をあてて、じっと考え込むナターシャ。そうしてしばらく考え込むと、意を決してアンナマリアの方を向く。
「すみませんアンナマリア様、この剣はお譲り出来ません」
「……なぜっすか?」
「これは大切な友達から貰った大切な剣です。この剣を貰ったおかげで、大切な人を守ることも出来ました。だからこの剣は私にとって、かけがえのない宝物なのです」
腰に下げた剣を見つめながら、ナターシャは吸血鬼ブラムとの戦いを回想する。オリヴィアと並んで戦ったことや、シャルロットの窮地を救ったこと、どれもナターシャにとっては大切な思い出だ。
「そうっすか……それは残念っすね……」
眉を八の字に下げてとても残念そうなアンナマリア。かと思いきやスッと目を細め、鋭く視線を光らせる。
「だったら仕方ないっす、無理にでも──」
「──譲ってもらうことにするっす!」
「えっ……いつの間に!?」
声をあげて驚くナターシャ、そして背後を振り返る。
驚いた理由は、祭壇の前に立っていたはずのアンナマリアが、一瞬で姿を消したからだ。そして振り返った理由は、誰もいないはずの背後から、アンナマリアの声が聞こえたからだ。
つまりアンナマリアは祭壇の前からナターシャの背後へと、一瞬で移動したのである。
「ナターシャちゃんには悪いと思うっす、でも私にだって事情があるんっすよ」
振り返ったナターシャは、アンナマリアの姿を見てさらに驚くことになる。なんとアンナマリアの手に、ナターシャの剣が握られていたのである。
驚くべきことにアンナマリアは、一瞬で移動しただけではなく、ナターシャの腰に下がっていたはずの剣を奪い去ってしまったのだ。
「やっぱり……間違いないっす……」
アンナマリアは慣れた手つきで剣を抜く。そして──。
「この剣は……“ヨグソード”っすね……」
自分の髪色とそっくりな白銀の刀身を見つめて、小さく呟くのだった。
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