その心が白銀色に染まるなら
閑話 『才能ある散髪』
今、目の前には鎧の女――リアナ・アルジェントが椅子に腰かけていた。その姿は汗を掻いてるのか若干の色香を放ち、リアナの端正な顔立ちをより一層と際立てている。滲んだ汗が髪に纏わりついているようで、それが鬱陶しいのだろうか。眉を顰め、その綺麗な目元が鋭く歪んでいる。けれど結局の所、それが緩められた瞬間を俺は見たことがない。そんな瞬間があるのなら是非とも立ち会ってみたいものだ。
そうして吐息を吐きリアナに声を掛けた。
「一体何時間鍛錬してるんだ? それと、毎回汗だくで来るのやめろよ」
リアナはこの牢へ毎度のごとく汗を流した状態でやって来る。そんなに鍛錬が好きなのだろうか。それとも、強くならなければいけない理由があるのか。取り敢えず、妙な吐息を漏らすのは止めて欲しい。俺の理性が持たないから。
そして艶やかな銀髪を払いながらリアナが返答する。
「三十分だ。今日は少しやらなければならん事があるのでな、汗を拭くのを忘れてしまった」
俺が思ってたより少ない時間だった。どうやら三十分で並々ならぬ鍛錬を積んでいるらしい。しかし、気になったのはその後の発言だ。
「やらなければって、なんかあるのか?」
この疑問にリアナは懐から包丁を取り出した。まず、何故そこから包丁が出てくるのかを問いたい。存在しない懐から物が出てくることは置いとくとして、何故包丁なのか。
何食わぬ顔でリアナは包丁から視線をこちらに向けた。
「貴様の髪も伸びてきただろう。私が切ってやる」
聞き間違いだろうか。その包丁で髪を切るという発想は俺にはない。否、誰にもないだろう。それを実行しようするのは、眼前で包丁をキラリと輝かせているリアナだけだ。
その光景を余所に、俺は密かに首を傾げる。薬品のお陰で髪は伸びないと思っていたのだが、どうやら幾らかは伸びているみたいだ。
俺は手についた鎖と共に、健在している右手で髪を撫でる。変わりが無いように思えるが、その様子を見てリアナが席を立った。
「よもやその歳にもなって駄々は捏ねないだろう。大人しくしているんだぞ?」
いっその事捏ねてみたい気分ではあるが、ここはリアナを信じ身を委ねてみるか。
眼前に腰を下ろしたリアナに対し俺は瞳を閉じる。
「どんとこい! 取り敢えず痛くしないでくれたらそれでいいから」
「安心しろ、痛みは決してない。だが目は絶対に開けるな。絶対にだ」
何をするのだろうか。俺は安心とは反対に不安が募る。
そして優しく髪を触られ身構えた。
――シャキンッ、シャキンッ。
おかしい。シャキッ、シャキッならわかる。だが何だその音は。俺は繰り返される風を切る音に、自然と眉を顰めた。しかしそれは止まらない。
この音を包丁で出しているのだろうか。俺は耐えきれなくなり、咄嗟に声を上げた。
「リ、リアナ!? これ本当に大丈夫なのか? 剣振った時にしか聞いたことないぞこの音?」
「心配するな。恐ろしいくらいに順調だ。フッ……どうやら私には散髪の才能があるようだな。もう少しで終わるから目を開けるなよ――」
再び風を切る音――否、剣戟が鳴った。才能がどうとかの問題じゃない。それを平然とやってのけるリアナ、お前が怖い。
そして俺は落ちてくる髪がむず痒く、恐怖を孕みながらそっと頬を掻いた。滑稽な話だ。どこに散髪をするのに恐怖するものが居ようか。
静かだったあの空間は、もはや存在しない。俺は耳を澄ませ、ただ終わりの時を待った。
「――ッ。よし、これで……あ、いや待て。――『掃除』。いいぞ、目を開けろ」
風音が止み、リアナの声とともに目を開ける。そこには高く結った銀髪を揺らし、こちらを覗き込むリアナがいた。見るからに、既に包丁は仕舞っているようだ。更に辺りを見渡すと、落ちているはずの髪が見当たらない。魔法で掃除したのだろうか。
そして頷きながら息づいた彼女は、前屈みにになった腰を上げこちらを見据える。
「どうだ気分は。なかなかに調子がいい顔をしているではないか。これなら成功と言えるな」
「自分では分からないが……そうなのか? 実感がないんだが。全くと言っていい程に」
「うむ、問題ない。貴様のような男はそれくらいが丁度いいだろう」
「なんか貶されてる気分……!」
リアナの言葉に俺は奥歯を噛む。散髪をしてくれたことには感謝こそすれど、改めて腹が立つ女と再認識した。若干の怒気を抑え、前を向くと銀色の鎧が目に入る。俺は自分が反射して映らないか、目を凝らして鎧をじっと見た。
「何をしている」
「いや俺が映らないかなーって……あ! お前鏡持ってないか? それなら――」
「ないな」
言葉を遮られ絶句する。女なら誰しも持っていると思っていた。故にリアナは女ではないのだろう。そんなことを考えると、鋭い視線が向けられる。俺は、うっと唸りながら縮こまった。
どうして分かるのだろうか。甚だ疑問で仕方がない。と、息を漏らすと、リアナは表情を改め椅子に腰かけた。どうやら怒ってはいないようだ。そう感じられ俺は安堵する。
「また切って欲しかったら私に頼め。今度は真面目に散髪してやる」
「もういいよ。――ていうか分かってたのかよ!」
俺はリアナの言葉に驚愕し、なら最初から真面目にやれと倦怠を隠せなかった。
          
そうして吐息を吐きリアナに声を掛けた。
「一体何時間鍛錬してるんだ? それと、毎回汗だくで来るのやめろよ」
リアナはこの牢へ毎度のごとく汗を流した状態でやって来る。そんなに鍛錬が好きなのだろうか。それとも、強くならなければいけない理由があるのか。取り敢えず、妙な吐息を漏らすのは止めて欲しい。俺の理性が持たないから。
そして艶やかな銀髪を払いながらリアナが返答する。
「三十分だ。今日は少しやらなければならん事があるのでな、汗を拭くのを忘れてしまった」
俺が思ってたより少ない時間だった。どうやら三十分で並々ならぬ鍛錬を積んでいるらしい。しかし、気になったのはその後の発言だ。
「やらなければって、なんかあるのか?」
この疑問にリアナは懐から包丁を取り出した。まず、何故そこから包丁が出てくるのかを問いたい。存在しない懐から物が出てくることは置いとくとして、何故包丁なのか。
何食わぬ顔でリアナは包丁から視線をこちらに向けた。
「貴様の髪も伸びてきただろう。私が切ってやる」
聞き間違いだろうか。その包丁で髪を切るという発想は俺にはない。否、誰にもないだろう。それを実行しようするのは、眼前で包丁をキラリと輝かせているリアナだけだ。
その光景を余所に、俺は密かに首を傾げる。薬品のお陰で髪は伸びないと思っていたのだが、どうやら幾らかは伸びているみたいだ。
俺は手についた鎖と共に、健在している右手で髪を撫でる。変わりが無いように思えるが、その様子を見てリアナが席を立った。
「よもやその歳にもなって駄々は捏ねないだろう。大人しくしているんだぞ?」
いっその事捏ねてみたい気分ではあるが、ここはリアナを信じ身を委ねてみるか。
眼前に腰を下ろしたリアナに対し俺は瞳を閉じる。
「どんとこい! 取り敢えず痛くしないでくれたらそれでいいから」
「安心しろ、痛みは決してない。だが目は絶対に開けるな。絶対にだ」
何をするのだろうか。俺は安心とは反対に不安が募る。
そして優しく髪を触られ身構えた。
――シャキンッ、シャキンッ。
おかしい。シャキッ、シャキッならわかる。だが何だその音は。俺は繰り返される風を切る音に、自然と眉を顰めた。しかしそれは止まらない。
この音を包丁で出しているのだろうか。俺は耐えきれなくなり、咄嗟に声を上げた。
「リ、リアナ!? これ本当に大丈夫なのか? 剣振った時にしか聞いたことないぞこの音?」
「心配するな。恐ろしいくらいに順調だ。フッ……どうやら私には散髪の才能があるようだな。もう少しで終わるから目を開けるなよ――」
再び風を切る音――否、剣戟が鳴った。才能がどうとかの問題じゃない。それを平然とやってのけるリアナ、お前が怖い。
そして俺は落ちてくる髪がむず痒く、恐怖を孕みながらそっと頬を掻いた。滑稽な話だ。どこに散髪をするのに恐怖するものが居ようか。
静かだったあの空間は、もはや存在しない。俺は耳を澄ませ、ただ終わりの時を待った。
「――ッ。よし、これで……あ、いや待て。――『掃除』。いいぞ、目を開けろ」
風音が止み、リアナの声とともに目を開ける。そこには高く結った銀髪を揺らし、こちらを覗き込むリアナがいた。見るからに、既に包丁は仕舞っているようだ。更に辺りを見渡すと、落ちているはずの髪が見当たらない。魔法で掃除したのだろうか。
そして頷きながら息づいた彼女は、前屈みにになった腰を上げこちらを見据える。
「どうだ気分は。なかなかに調子がいい顔をしているではないか。これなら成功と言えるな」
「自分では分からないが……そうなのか? 実感がないんだが。全くと言っていい程に」
「うむ、問題ない。貴様のような男はそれくらいが丁度いいだろう」
「なんか貶されてる気分……!」
リアナの言葉に俺は奥歯を噛む。散髪をしてくれたことには感謝こそすれど、改めて腹が立つ女と再認識した。若干の怒気を抑え、前を向くと銀色の鎧が目に入る。俺は自分が反射して映らないか、目を凝らして鎧をじっと見た。
「何をしている」
「いや俺が映らないかなーって……あ! お前鏡持ってないか? それなら――」
「ないな」
言葉を遮られ絶句する。女なら誰しも持っていると思っていた。故にリアナは女ではないのだろう。そんなことを考えると、鋭い視線が向けられる。俺は、うっと唸りながら縮こまった。
どうして分かるのだろうか。甚だ疑問で仕方がない。と、息を漏らすと、リアナは表情を改め椅子に腰かけた。どうやら怒ってはいないようだ。そう感じられ俺は安堵する。
「また切って欲しかったら私に頼め。今度は真面目に散髪してやる」
「もういいよ。――ていうか分かってたのかよ!」
俺はリアナの言葉に驚愕し、なら最初から真面目にやれと倦怠を隠せなかった。
          
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