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その心が白銀色に染まるなら

じんまーた

第五話 『簡素なパン』

――やはり……こいつ、寝ている!?

静謐な空間の中で、目の前の女は柔らかな表情で寝息を立てていた。

常人ならば、このような牢獄で一夜を過ごすのは、苦痛でしかないだろう。
俺が死にかけた昨宵から、ここに居たのだろうか。あの傷を治すには相当な魔力を消費したはずなので、疲労を要するのは無理もなかった。

「………………ん」

女が瞼を薄く開き、そこから覗かせる碧色の瞳と目が合った。
眠気が取れたのか長い沈黙の後、女が口を開く。

「……起きたか、アーク・エルニクス。このまま死んでしまうのではないかと心配したぞ。して、私はこれから用事があるのでな。少し席を外すが問題ないな?」

そして、女が立ち上がったと同時に、銀色の鎧が音を立てた。

何を言うのかと思えば人の心配か……。少しということは、用事が済んだらここに戻ってくるということなのだろうか?

考えてみれば、この女は奴らと同じように、俺を実験動物か何かだと思っているのかもしれない。だとしたら俺の傷を治すのも当たり前で、ただ治し方に違いがあった、それだけだと。
けれどこの女の表情は、奴らとは決定的に違い、俺の考えを鈍らせる。
ならば聞きたい。俺の傷を治し、その命を救った理由を。

「――聞きたいことがある。俺の傷を治したのはアンタか? だとしたらその理由を聞きたい」

「フッ……そうだ。私が貴様の傷を治した。あのままでは貴様は死んでいたからな。死人と会話するのも面白そうだが、生憎私にはそのような趣味はない。貴様も死にたくはないだろう? この恩を忘れるなよ、アーク・エルニクス。後でじっくりと貴様の言い分を聞いてやる。」

鼻を鳴らすように、女は高圧的な態度で言い放った。

騎士たちの誰かが言っていた。俺がここに連れてこられた理由は、罪を犯したからだと。辺境の村々を襲撃し、罪のない人々を虐殺したのだと。
だが、その騎士たちは俺が犯人ではないと知っていた。ならばこの女はどうだ? もし知らずに、取り調べをするためにここへ来たのならば……。
その姿は、ただ職務を全うする堅実な騎士のように見える。いや、恩に着せて証言を取ろうとしている時点で、性根は腐っているのだろう。

「俺の目を調べなくていいのか?」

「ん? 何故調べる必要がある?」

「――いや、なんでもない。忘れてくれ」

「む……。意味が分からん」

唐突に切り出した俺の言葉に、純粋に疑問を抱いている。これで確信に変わった。
この女は、俺がどんな目的でここに幽閉されているかを知らない。ならばこの女を利用し脱獄する、という手が頭をよぎるが、俺に出来るのだろうか。
人をだまし、それでいて堕ちていく自分自身を許容できる程、強い意志を持っているわけじゃない。しかし、やるしかないのだろう。
このまま幽閉され同じ時を待つか、その前に自分の死が先か。今しかない、今でなければならないのだ。待っていてくれている誰かのために……。

と、決意を固めたとき、女が視線を俺の体へと移した。

「……奇妙な奴だ。凶悪犯罪者と言われていたから、てっきり大柄で野蛮な奴かと思っていたんだが、蓋を開けてみたら、傷だらけで貧相な奴だった。まったく、人は見た目によらないものだな……」

「おい、その偏見を今すぐ改めろ。それと、好きでこんな見た目になった訳じゃない」

妙に癪に障る女だ。鎖につながれてなければ一発ぶん殴ってたところだった。危ない危ない。

「……ところで、用事とやらはいいのか?」

その言葉聞き、女は何かを思い出したかのように顔を引き締めた。

「む、そうだった……。遅れるとまずい。ではまた後程な」

「ああ、また後で」

女は俺に背を向け鉄の扉へ向かうが、途端に振り返る。

「そういえば、貴様に名乗っていなかったな。私の名はリアナ・アルジェント。しっかり覚えておけ」

そういったリアナは再び背を向ける。
遠ざかる背中には、高い位置で結われた銀髪が腰のあたりで揺れていた。




――――




――キイィィィ。

深い金属音とともに扉が開けられた。

先の言葉通り、彼女は再び現れた。
リアナ・アルジェント。それが彼女の名前だったはずだ。
その姿は銀色の鎧に包まれ、幾分か立派な騎士のようにも見える。鎧から発せられる斜陽が、日が落ちかけていることを示唆していた。

「取り調べの前に、これを食え。朝から何も食べていないだろう」

リアナは何もない空間から、簡素なパンとミルクのようなものを取り出し、俺の目の前に置いた。
それが何なのか理解が遅れる。何度も口に付けてきたであろうそれ、ここでは見ることが叶わなかった紡錘型の風貌。途端に消えてしまうのではないか、そんな不安が喉を詰まらせる。

「どうした、食わないのか?」

リアナの言葉にはっと息をのむ。
そうだ、そうなのだ。彼女にとってこれは当たり前の施しで、特に意味なんてないもの。ならば、縋ってしまって良いのではないか。

俺は鎖を引きずる音とともに右手をパンに触れた。
指で舐めるように触れたそれは硬く、けれど妙に心地よくて。ゆっくりと、香りを楽しむように口へ運んだ。

「…………美味しい」

飛び出た言葉はそれだった。
今までのような家畜の餌じゃない。硬くて味気のないパンだが、どうしようもなく美味しい。
舌に絡みつくパンをミルクで流し込むと、自然と息が漏れる。

「そうか……。ならさっさと食ってしまえ」

リアナは何故だか呆れた表情を浮かべている。
そうして俺は、自分の顔が緩み切っていることに気づいた。ああ、なるほど。これが原因か。でも仕方ないだろう、ここまで美味しいものだとは思わなかったのだから。
俺は最後の一口を飲み込み、唇を拭う。するとリアナが口を開いた。

「さて、取り調べを始めるか」

何度目かとなる取り調べという言葉。一体何をするというのか。今更そんなことをして、果たして意味があるのか。未だにその真意はつかめない。ただ、彼女の真面目な性格故に、これを曲げることはないのだろう。

「――分かった。始めてくれ」

この言葉が合図となる。

血塗られた拷問じゃない。静けさを纏った、少しばかり窮屈な時間。










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