音を知らない鈴

布袋アオイ

#41 ポンコツ!!!

 「あまり天気良くないな」

 「……」

 「龍也がそろそろ大変な時期になるな」

 「そうだね」

 喘息持ちの龍也にはとても辛い時期が近づいてきた。

 一体どこに行くというのだろうか。

 小さくなだらかな風から若干の湿気を感じる。

 「雨、降るかもな」

 父親と同じ事を考えていた。

 「うん」

 「最近は暑いな、鈴音」

 「そうだね」

 ここ数年、真夏が三十度超える異常さに誰もが困惑していた。

 丁度初夏のこの時期くらいが、私が小さい頃の真夏と同じくらい。

 純粋で何も気にしていなかったあの頃。

 風や草花はキラキラ輝いて見えた。

 上を向いて咲く花は私に、横切る風も私に
話しかけてくれているようだった。

 この町を皆で散歩する事が楽しく、一番自分らしくいられる気がした。

 そんな記憶がもうそろそろ色褪せていくのだろう。

 今は横切る風に何の感情も湧かなくなっていた。

 湿気を纏った風がウザいとまで思えた。

 足元を見れば、花は気圧に耐えきれず下向きに咲いている。

 純粋だった頃の私ならその花に走り寄って

 「元気?」

 って声をかけに言っただろうが、今はチラッと見て冷徹に見捨ててしまう。

 この町には光が照らされているのに、まるで輝いていない。

 私の目のには全く興味のない映画を見ているかのようだった。

 「鈴音、ここだよ」

 「え…」

 無心で歩いていた為に目的地に瞬間移動した気分だ。

 「ここって…」

 「俺の実家だ」

 「なんで…」

 今一番来たくなかった!

 ここだけは。

 まだ父親の話を全部受け止めた訳じゃない。

 というより一つも受け止めていない!

 「久し振りに来たなぁ」

 父親は大股でゆっくり神社を一周した。

 私は砂利の上で立ち止まり、懐かしむ父親を目で追った。

 「本当はここに小さな小屋があってな、そこで俺と親父が住んでたんだ」

 「小屋?」

 「あぁ、今は保存する事が難しいから、ここを手放すのと同時に小屋も取り壊した。実家といえる実家はもう無いって事だな…」

 「……そう」

 「お前はよくここに来るのか?」

 「…いや、あんまり」

 嘘をついた…

 「………そうか」

 ちょっと気付いたようだ。

 私が嘘をついた事に。

 「…まぁいいさ、もう親父はいないからな」

 「え?」

 「お前は覚えているかな、ここでの出来事を」

 「出来事…」

 「まぁ、覚えていないだろう。そうさせていたらしいからな」

 主語も述語もないセリフをツラツラ言い出した。

 よくある面白くない話し方だ。

 マイペースに見えて私の根はせっかちなのだ。

 結論から述べてくれない父親に時間の無駄を感じた。

 「なに」

 「お前は中学に上がるまで、毎日ここで修行をしていたんだよ」

 「………あ?」

 修行………とは…まいった…

 主語、述語どころでは無かった。

 頭を「ポンコツ」という単語が高速で通り過ぎてった。

 顔に出さない為に。

 「信じてないようだな」
 
 「うん」

 「お、そんな素直に…」

 「お父さん、何の話をしてるの」

 「お前の事だよ」

 「いや、多分違う人」

 「そんな訳無いだろ。こんな特殊な話、人を間違えるはずがない」

 「だって、私には何の覚えもない」

 「だから言っただろ、覚えさせないように
していたんだよ」

 「何を」

 「修行をだ」

 「何で」

 「時空が違うからだ」

 「……は?」

 「お前ってせっかちなのか?」

 「…」

 今更気付くとは。

 また「ポンコツ」という単語が今度はスローで通り過ぎてった。

 「悪かった」

 バレた。

 「順を追って言うから、聞いてくれ」

 「はい」

 順を追った説明をここに来た瞬間にしろ!
と言いたい気分だ。

 ここでチンタラ歩いているから話がごちゃまぜになってしまうのだ。

 と言いたかった。

 「間髪入れずにサッサと言え!」

 とまで言いたかった。

 「お前の祖父、俺の親父はお前に霊力があると言い出した、ところまでは言ったな」

 「うん」

 「お前の霊力は後々人を救う事になるだろうから、それを開花させないのは勿体ないと、お前の力を育てられると言い出した律子という人にお前を渡せと言われたんだ」

 「……私を?」

 「あぁ、勿論秒で断った。大事な娘を人に渡す事なんて考えられないしな。俺達はお前をここから遠ざけるがために親父とは縁を切り二度と会わせないようにした。そう思っていた…」

 父親が私の目から拝殿に移った。

 「だが、悔しい事に親父も霊力の持ち主でな、お前をここに来るように操って密かにお前を修行させていたんだよ」

 怒っているのだろうか…

 「それに気付いたのはお前が中学になるほんの少し前だ。遅すぎだよ…まさか十年以上もお前を親父に会わせていたなんて…」

 「でも私、何も覚えていない…中学になる直前まで修行してたなら流石に覚えていると思うけど…」

 そう言うと父親はくるっとこちらを向いて言った。

 「力と言うのは、時代によって生きも死にもする。お前の霊力はこの時代では死んでいるのだ…」

 「死んでいる…」

 「今の時代、必要な力は霊力ではない。目に見えない力より目に見える力を必要とされている。そして、その持ち主は優秀と言われる。お前も気付いているだろうが、その点に於いてお母さんと龍也は優秀だ。今を生き抜くに相応しい力の持ち主だ。」

 私だけだろうか。

 疑問に繋がらない答えのような気がしているのは。

 「しかし、お前の力は不確かで本人の中には存在しているのにも関わらず、周りからは無いもの扱いを受けていくんだ。そんなもの信じないってな」

 何も言えない。

 「世間とは恐ろしいな!例え目に見えなくても存在しているというのに、人が無いと言うと無いことが事実になってしまう。その騙しにたった一人で立ち向かったって、相当自信がないと直ぐに揺らぐよな!」

 「………」

 「この時代の声は、霊力など目に見えない力は信じないし、必要ない、そう言っているんだ。だからお前が中々自覚できないのも自信がなくなるのも、悩むのも分かる。この俺が分かったんだから親父にもお前の事が分かったんだろう…」

 「………」

 「どうしてお前には記憶がないと思う?」

 「……」

 「お前をこの時代から守る為だ」

 「この時代から…」

 「お前がこの時代の声に縮こまって力を発揮出来ないと考えた親父は、この神社の空間に時空の結界をはった。つまり、お前は過去で力の修行をさせられたんだ」

 「どういう事…」

 「お前が何も覚えていないのは」

 ゴクリと唾をのんだ。

「この時代から姿を消して修行をしていたからだ」

 バクン!!

 嘘がバレた犯罪者のような気分になった。


コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品