音を知らない鈴

布袋アオイ

#39 知らないふり

 「お前……」

 「……………」

 「お姉ちゃん…」

 瞬きもしないまま恐る恐る皆の顔を見た。

 どうして…

 私はこんなに自分が信じられないのに、あなた達は腑に落ちたような顔をしていの…。

 「なに…これ…」

 「大丈夫か」

 「私…」

 「大丈夫だ、落ち着け」

 素直に父親の言葉を聞き、椅子に座った。

 もう人影の気配は無い。

 「鈴音、今何か見えたのか…」

 「……」

 「言ってごらん、鈴音」

 「………」

 私は知っている。

 昔、お花とお話出来るって言った時、両親は全く信じてくれなかった事を。

 今までどれだけ私が自分の感覚を隠してきたか。

 家族に無いとされた物は無しとし、有るとされた物は有るとした。

 今更……今更………

 何を打ち明けろと!

 「鈴音、頼む。教えてくれ」

 「お父さん…」

 真剣だった。父親の目は一直線に私の目に繋がっている。

 ちょっとの気の緩みで滝のような全部を吐き出してしまいそうだ。

 「さっ……き………」

 喉が絞まる感覚。

 苦しい…。

 同時に泣いてしまいそうで、それを我慢するのにも呼吸の間隔が乱れる。

 そんな私を両親はじっと見て、ゆっくりで良いと声をかけた。

 「さっき……黒い………人影が…見えた…」

 「人影…」

 「形が曖昧で……誰かは分かんないけど」

 「なるほど…」
 
 「お父さんの……喉に…渦巻いたから…」

 「うん」

 「何となく…手が出た…」

 言えた…。

 「そうだったんだな。助けようとしてくれたんだな」

 何でこんなに優しいのか。

 いつも、小さい時からずっと私を否定してきたくせに。

 もう、耐えられない。

 「鈴音、今ので証明された。お前には霊力がある」

 「……」
 
 「俺もそれには薄々気付いていたんだ」

 「は……」

 「だが、お前がそれに気付かないよう、俺達はお前が不思議な言葉を言う度否定してきた。お前を守る為だ」

 「守る…守るってなに」

 「お前は一生自分の力を自覚しないで、普通の子として生きて欲しかったんだ」

 「普通じゃないの、私」

 「自分でも分かっているはずだ、普通でないことが」

 「…分かってるよ」

 「やはりな」

 「分かってたよ…それでも、親であるお父さんとお母さんに否定されたから私はずっと間違ってるんだって言い聞かせてきたよ」

 「すず?」

 「なに…それを今更受け入れろって言ってんの?」

 「落ち着け」

 「落ち着ける訳ないでしょ!!!何で隠してたの…何で私をずっと受け入れてくれなかったの!?」

 「お前を守る為だったんだ」

 「守る…?守れてないよ、それ!」

 「あぁ、だからすまなかった」

 「謝ってすませんの!?誰にも打ち明けられずにここまで心を全部閉ざしてきたのに!」

 「苦しかったのは、分かっているつもらりだ」

 「分かってないよ!!もう、壊れかけてるよ」

 「………」

 「何で……」

 醜い姿である事は分かっている。

 だけど、もう抑えられない。

 私がどれだけ自分を疑いながら生きてきたのか、あんたに分かるはずが無い!

 「軽々しく分かったなんて言わないで!お父さんに…絶対分かるわけ無いっ!」

 「すず!落ち着きなさい!これには色んな事情が」

 「うるさい!!悪いけど、私は全部見えてんの!!さっきの人影もまるで言葉を言わせない呪いのように見えた!もう…ダメだよ……!」

 「どうしたんだ!鈴音!!」

 「今だから言うけどお父さんには何か強い力が働いているの!!見えんの!!でもそんな事言っても信じてもらえ無いだろうから、ずーーっと黙ってたの!!」

 「どういう事だ」

 「私には分かる、お父さんにも何か見えてるはずよ」

 「お前……」

 「でも私よりは見えてないのね」

 「…」

 「お父さんは、私の言ってる事分かってたのに…知らないふりをしたんだね」
 
 「……」

 「酷すぎる…」

 「鈴音、そんな言い方!」

 「嫌い…」

 「お姉ちゃん!」

 「皆嫌い!!!」

 「…」
 
 「私の苦しみなんて……別に何とも思ってなかったんでしょ!!」

 もう止められない。

 「私なんて……厄介な存在だったんだ」

 「そんな事言ってない!!」

 「言ってなくても分かるよ!!嘘つきだらけ!!!」

 ガタン

 そう吐き捨てて階段を駆け上がり、自分の部屋のドアを荒く閉めた。

 床に崩れ落ちうずくまった。

 膝を見て怪我を思い出し、痛い感覚が徐々に蘇ってきた。

 痛い……

 目まで重たい水が込み上げてきた。

 上を見上げ、ギリギリまで瞳の中で揺らいでいる。

 しかし、それもほんの数秒。

 窓から入る風に、ノートがパラパラとページをめくられた。

 それと同時に私の記憶が一瞬で幾つもめくられる。

 あの時も……

 あの時も……!!

 「うわぁーーーーー!」

 外れた。

 理性で止めていた物が感情には勝てなかった。

 その日私はずっと、ずっと涙がとまることはなかった。

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