音を知らない鈴

布袋アオイ

#37 曖昧な人影

 母はとても理性的で賢い。

 優先順位をきちんと立てて努力を怠らない人だ。

 中学、高校共に成績優秀。

 難関大学にも合格し、常にトップクラス。

 卒業後は中小企業に就職。

 周囲から大手を勧められたものの、将来を見据えた時、いかに早く会社の上層部に所属でき、スキルを上げ、産休や育休後の復帰を有利にするか計画を立てて父と結婚をした。

 今は仕事を辞め、専業主婦をしているが、それでも勉強熱心な母は家業の傍ら今でも勉強に励んでいる。

 その結果たくさんの資格、知識、スキルを身につけ、現代社会に於いてまさしく優秀な人だ。

 母の能力はどの会社も欲しがるだろう。

 そしてその勤勉さは私には微塵も受け継がれず、弟の龍也に全て流れていった。

 彼も勤勉で理性的に物事を考え、何事も淡々とこなす。

 二人の才能はこの時代を生き抜くのに最適だという事だ。

 純粋に羨ましい。

 出来る二人を、才能に溢れた二人を前に、
私は何も出来なかった。

 孤独感を感じた。

 才能の無さを痛感させられた。

 落ちこぼれそんな言葉が浮かぶ。

 だからこそ、私は本当にお母さんの子供なのかなって…時々疑った。

 私だけが何も出来なかったのだから。





 「ごめん!何か、何も考えてなくて!」

 必死で無意識に出てしまった言葉を無かった事にしようと足掻いた。

 「……すず、すずの一番古い記憶は何?」

 「…え?」

 「どうしてお母さんの子供じゃない気がしたの?」

 「………」

 母にはハッキリ聞こえていたらしい。

 唐突な言葉を聞き逃さず質問をする辺りが母らしい。

 「……分からない、急にそんな言葉が」

 「………」

 「ポロッとでただけだからあんまり深く捉えないで」

 「ううん、もうね見てみぬふりは出来ないの。あなたの命がかかってるから」

 「いのち……?」

 「怪我、してるんでしょ」

 「え…!?」

 「膝、どうしたの」

 「気づいてたの…」

 「……」

 「……」

 「ええ」

 「……こけた、だけ」

 「何でこけたの」

 「…ボーッとしてた」

 「どうして」

 「…分からない」

 「何で分からないの」

 「多分疲れてた、あんまり覚えてない」

 「寝れてないの?」

 「ううん」

 「すず、あなたがいう親は何」

 「え…」

 「あなたの思う親とは何」

 「…産んで、育ててくれた人」

 「他には」

 他…これ以外にあるだろうか。

 「ほか…」

 「……」

 「名前を付けてくれた人…」

 「……」

 名付け親、そんな言葉が頭を過ぎった。

 「そう…」

 「……」

 「だとしたらあなたの親は私とお父さんだけじゃない」

 「……?」

 「もう一人いるって事に…なるね」

 どういう事なのか全く理解できなかった。

 私の親がもう一人…





 明らかな存在は明らかに、不確かな存在は不確かにそれぞれの姿をして生きる。




 明らかな存在である目の前の家族。

 その奥にぼんやりと人影を感じた。

 益々感じる孤独感。

 ゆらゆら揺れる紅茶の水面。

 輪郭が曖昧な人影。

 どこまでが絶対的存在なのか一瞬にして境がなくなった。












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