音を知らない鈴

布袋アオイ

#30 あなたの親は私

何も言葉を発することなく

家に着いた。

無言で玄関を開けてくれる

直彦さん。


神社の光に溢れた場所から

薄暗い家へと帰ってきた。

ひんやりと静かな家。

ほんの数分前の事が

まるで夢のように感じる。

呪いをかける…

そんな事が本当に出来るのだろうか。

この時代にそんな事をあんなに

自信まみれに言えるだろうか。

でも確かにあの人が手を上げた瞬間

金縛りのような目にあった。

手足に力が入らなくなって、

呼吸もままならなかった。

本当に、あの人は……

「清香、少し良いか」

「!?」

「話をしたい」

「え、えぇ」

自分の世界に入っていた。

ここは、夫婦で

しっかり話し合うべきだ。

一人で悩んでも仕方がない。

「お茶いれます」

「すまない…」

直彦さんの顔はゲッソリとしていた。







「はい」

「ありがとう」

「………」

「………」

「危険な目に合わせてしまって

 すまなかった。怪我は無いか」

「ええ、大丈夫よ。直彦さんこそ」

「俺は大丈夫だ。」

「本当に?」

「あぁ」

「心は?」

「?」

「今、辛くない?」

「……」

「直彦さんが感じていること、

 全部言ってみて」

「清香……」

「言える範囲でいいから。

 言葉にして私に教えて。」

「……分かった。」

「うん」

「おふくろは俺が小学生の時に

 亡くなったんだ。

 親父は男で一つで俺を

 育ててくれた。

 凄く感謝している。」

「そうだったのね…」

「俺がどんなに反抗したって、

 親不孝者だって…
 
 親父はずっと

 俺を見放すような事はしなかった。

 好きなようにやれって

 いつだって背中を

 押してくれてたんだ」

「うん…」

「それなのに…それなのにッ…!

 子供を育てる事を

 誰よりも理解していると 
 
 思っていたのに」

「信じてたんだね」

「俺が能無しだからだったんだって

 さっき知ったよ」

「それは…」

「諦めてたんだ、俺の事」

「違うわ!お義父さん言ってたでしょ?

 直彦さんを同じ目に 

 合わせたくなかったって」

「……能力があれば打ち壊せただろう
 
 試練を、

 俺には壊せないと思ったんだ。

 親父が出来た事を

 俺には出来ないって

 早々に気付いてたんだな」

「直彦さん…?」

「とっくの昔に見捨てられてたんだ、

 俺は。それに気付けなかったんだから

 親父の勘は当たってたって事か!」

苦しそうに笑う直彦さん。

私まで心が痛い…。

なんて言ってあげるべきか分からない。

「清香…、俺は鈴音を他人に渡す気は

 無い」

「……」

「清香もそうか?」

「……うん」

「じゃあ俺達でちゃんと育てよう」

「うん」

「今回の事は無かった事にしよう」

「え?」

「鈴音がどんなに大きくなっても

 霊力を持っている事、他人に

 引き取られそうになった事は

 言わないでおこう」

「……」

「俺みたいに変な事実を言われて

 苦しんでほしくない。

 知らなければ苦しむ事はないんだ」

「…そうね。知らないに越したことは

 ないよね」

「あぁ、これは秘密だ」

「分かったわ」

「鈴音、お前は俺達の子供だ」

私の腕の中で眠る鈴音に直彦さんは

ゆっくりそう言った。

これでハッキリした。

私達はこの子の親だって自覚が。








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