音を知らない鈴

布袋アオイ

#31 入口

 「……私……何してるんだろう…」

 どうしようか、この先が何もない真っ暗な世界に感じる。

 足元はこんなに見えているのに。

 寂しい世界ではないのに。

 地球という希望に満ち溢れた場所で、私は生きているのに。

 何故か、目の前に広がっているのは、ブラックホールのような異世界。

 風が私を通り越して暗闇の中に吸い込まれていく。

 恐れも感じないのか。

 流れいくまま、見えない世界へと消えていく。




 私もこのまま吸い込まれていくのか…




 この状況を目にしている私から、幾つかの感情……

 いや、幾つもの私が生まれた。

 目の前の景色に怖がりしゃがみ込む私。

 抜け出そうと辺りを見回す私。

 もう無理だと泣く私。

 焦って怒り狂う私。

 そして、一番外側の私は、なんの感情も湧かない気力のない自分。

 冷静というより、無心。

 もう、泣くことも、怖がるとこも、起こることも出来ない。

 感情が見えなくなった。

 黒い風は私の背中を押し、闇の世界へと誘ってくる。

 決して力づくではなく、惹き込ませていくように…

 「はぁ…」

 呆れて溜め息をついてしまった。

 その呼吸に合わせて、風は「来たな」と言わんばかりの笑みで胸の真ん中に穴を開けた。

 スーーーー

 細い音を立てて記憶の隙きを通っていく。

 言葉にもなっていない音に幾つもの私が混乱する。

 逃げたい…

 見えないチカラに誰も成す術が無い。



 何も……出来ないっ!!!



 胸を通る風が穴を広げていく。

 ダメだ……

 消えてしまう…

 このまま透明人間よりも見えない存在に、私はなってしまう。





 「ここから消えていくんだ」




 この場所から声がした。

 「お前が消えるとしたら、ここからだ」

 次の瞬間

 物凄い勢いで風が通り過ぎていく!

 ドォーーっと音を立てて、胸の穴を勢いでどんどん広げていく。

 さっきとは違って力づくでも闇へ引き込めようと、背後から押し寄せてくる。

 「死ぬ………」

 「死ね………」

 「………!?」

 「心から死んでいけっ」

 「ここ……ろ…」

 「この闇に飛び込めっ!」

 「や…み……に………」

 急に目の前の闇が恐ろしく思ってきた。

 ここに、引きずられるっ!!

 「嫌だ!!!!」

 このまま死ぬなんて嫌だ!!

 「うわぁぁーーー!!!」












 優しい音がする。

 小さいのに響く音だ。

 足元には一輪の花が咲いていた。

 よく見ると可愛らしい花だ。

 ゆらゆらと揺れている。

 空っぽの私にたった一つ、感情が湧いた。

 「綺麗ね、あなた」

 花に手を伸ばし、そっと触れた。

 まるで笑っているかのように見えた。

 何かを思い出したのか涙が出てくる。

 どこの私が何を思い出しているのか、一番の私は分からなかった……

 止められない涙

 溢れて、溢れ出して…

 もう、止めることを諦めた。

 泣けばいい。

 今はこの花しかいないから…





 古い古い記憶

 その僅かな1頁が見えたような気がした。

 だけど、それはあやふやで瞬く間に消えてしまった。

 今何を見せられているのだろう。


 そして、何故私は忘れようとしたのだろう。


 








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