音を知らない鈴

布袋アオイ

#26 僕の夢は記憶では無かった

 「お願いね、龍也」

 「う、うん…だけどどうしてお姉ちゃんに内緒なの?」

 「……」

 「お母さん…?」

 「取り敢えず、お父さんに話すのが先だわ」

 「…どうして?」

 「これは、問題が複雑過ぎる」

 「どういう問題?僕にも言えない秘密なの?」

 「……」

 「お母さんが、僕の夢で何か苦しくなった?」

 「いや、そんな事はないよ」

 「本当…?」

 「うん、いつかはこの日が来るって思ってたからね」

 「でも僕が話したせいで…」

 「違うの、考えてるの。私の子供を、龍也と鈴音を傷つけないようにするにはどうしたらいいか」

 「傷つく…?」

 「………」

 母親が何に悩んでいるのか分からなかった。

 「もう隠せないのね」

 「…?」

 「龍也には話せってことなのかもね!」

 「…」

 「龍也が生まれる前の話、なんだけどね」

 「うん…」

 壮大な物語が始まる予感がして、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 「鈴音が生まれてすぐ、お父さんの実家に挨拶に行ったの。それがすぐそこの神社、あるでしょ?」

 「え!?どういうこと?あそこお父さんの
実家だったの?」

 「そうよ、今はおじいちゃんもおばあちゃんも亡くなって誰も住んでいないけどね。」

 知らなかった。

 あそこは市が管理しているもんだと思っていた。

 「鈴音を抱っこしておじいちゃんに会いに行ったの。」

 「おばあちゃんは?」

 「私がお父さんと知り合った時にはもう亡くなったって聞いたわ」

 「…」
 
 「私も会ったことないのよ、おばあちゃんには」

 「…」

 「そしたら、おじいちゃんは鈴音の顔を見て、名前をつけさせてくれって言ったの」

 「え…」

 「ね!私達も思ったわ、えって」

 「うん…」

 「この子にはどうしても名前をつけたいって」

 「じゃあ、お姉ちゃんの名前をつけたのはお父さんとお母さんじゃないの?」

 「そう、おじいちゃんなの」

 「…」

 「まぁ、まだ名前を決めていなかったから霊感の強いおじいちゃんの名前の方がいいのかもしれないって、あの時は私とお父さんも納得したわ」

 お姉ちゃんの名前にそんな過去が…

 「じゃあ、僕の名前も…?」

 「ううん、龍也は私達が考えたよ」

 良かった……何故だか安心した

 「でも何で?」

 「……名前をつけてもらって暫くしてまたおじいちゃんに会いに行ったの。その時の言葉が今でも許せない…」

 「……?」

 母親の口から初めて妬みを聞いた。

 「鈴音を引き取らせてくれ」

 「!?」

 引きとる……?
 
 「どういう事…」

 「おじいちゃんの知り合いの人が、鈴音にはとんでもない霊力があるって言ってきたんですって」

 「霊力…!?」

 お姉ちゃんに…?霊力??

 「その力を育て上げる修行をする為に知識の無い私達の手から離して、代わりに俺がこの神社で面倒を見るって言ってきたの…!」

 母親はその時の記憶が蘇ってきているのか
手が震えている。

 「最初は何を言ってるか分からなかった。
でも、本気だって事は分かった。初めての子供を…親と子供を引裂こうとしてきた事が許せなかった。だから、私達は二度とその神社には近づかない事にしたの」

 「そんな…お姉ちゃんが…」

 お姉ちゃんの存在が僕の前には無かったかもしれないと思うと、僕も震えてきた。

 親子を引き剥がそうとする祖父に会ったこともないが、最低だと思った。

 一瞬で生きていない相手を恨んだ。

 もし、僕がお姉ちゃんの立場にいたとしたら…

 例え赤ちゃんであったとしても、いつも何処かに寂しい気持ちを抱えて生きていかなくてはならないのだろうと、夢を見たせいか、その苦しみが流れ込んでくるかのように理解できた。

 「そして」

 母親が机の上で重ねた自分の手を見ためて
こう言った。

 「そのおじいちゃんの名前が、じん。」

 「え…!」

 「楠仁さんなの」

 ここで、繋がってしまった。

 僕の夢と現実が。

 僕の夢は記憶からくる夢ではなく一度封印した家族の問題を、再び蘇らせる鍵になってしまったらしい。






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