音を知らない鈴

布袋アオイ

#24 蘇る仁と龍也の過去

 この空間は何なのだろうか。

 神社に姉と知らない男性。

 鳥居を挟んで、二人は何か話しているようだ。

 何を話しているか聞取ろうとするが、自分の心臓の音がうるさくて集中できない。

 しかしこれ以上近づいては、気付かれてしまうような気がして、うかつに近づけない。

 (…誰なんだ、あの人)

 顔も薄い月の光だけではよく見えない。

 「……!?」

 すると姉がその男性に深く礼をした。

 そしてゆっくり顔を上げ何か話している。

 姉の俯き気味の目。

 いつもに増して長いまつ毛が悲しそうに流れている。

 そういえば、姉が泣いているところをここ数年見ていない。

 だけど偶に見る今みたいな悲しい顔。

 小さい時にもこんな姉を見た事あるような気がした。

 初めて見たのはいつだっただろうか。

 その顔を見て幼い僕は、いつか姉が遠くに行ってしまうのではと感じていた。

 僕達が知らない間に、姿を消してしまうのではないかと。

 その予感が今まさに当たりそうで、夜の神社よりも、姉がこの瞬間いなくなりそうな気配に、怯えずにはいられなかった。

 (頼む……目を覚まして…お姉ちゃん)

 「仁さん、お待たせしました。」

 (仁さん!?)

 何故か姉の声がハッキリ聞こえた。
  
 「何かあったのか」

 不思議だ、男性の声も聞こえる…

 「いいえ、何もありません。申し訳ありません」

 「構わん、入れ」

 姉の声が…どうしよう……

 目がじんわりと熱くなる。

 姉の声が優しすぎる。

 いつものどこか不安げで、寂しげで、それを悟られないように上ずる明るい声が、今は透き通るように心に刺さる。

 何もかも受け入れてしまっているかのような声だ。

 この状況全てを…

 そして、これはあの時の、あの時の!

 僕がまだ小学校低学年の頃に、喘息で苦しくてお母さんって泣いてた時、母が帰ってくるまで僕の背中をさすってくれた。

 「大丈夫、おいで」

 そう言って僕の側にいてくれた。

 僕の辛さを全て察してくれてるような。

 だから僕は…安心して…







 その時のお姉ちゃんの声と全く一緒だ。

 小さくて軽やかな声が、塞ぎ込んだ耳には優しい響きとなって通ってくる。

 あまりの優しさに永遠ではない物を感じた。

 それが心に痛くて…

 (…記憶が蘇ってくる…涙が…)

 視界が悪くなり、いけないと思い涙を拭った。

 それと同時に姉が歩き出し鳥居をくぐった。

 「!?」

 僕はこの一瞬にとんでもないものを見てしまった。

 涙でぼやけた姉のさっきまでの姿が、視界を鮮明にしたのと同時に、袴姿になっていた。

 (…!!)

 嘘だろ!?

 薄明かりの中に赤い袴と鶴が描かれた、白い羽織を纏った姉が現れた。

 また知らない姉の姿に言葉がでない。

 それどころか震えが止まらない。

 若干後退りをしてしまった。

 真っ直ぐ過ぎる背筋が怖い。

 「来なさい」
 
 男性の声に姉はするすると男性の方へと歩く。

 (……ダメだ!!!!)

 姉が消えてしまう!!!

 あまりにも儚すぎるオーラに、このまま姉はいなくなってしまうと思った。

 もう考えている暇などない。

 一生会えなくなってしまいそうな雰囲気に我慢しきれず声が出た。

 「お姉ちゃんっ!!!」

 「っ!?」

 (気付いた!!!)

 言う事を聞かなかったって怒られてもいい!

 怒ってもいいから消えないでくれ!

 過去から未来までの抱えきれない念を込めて姉を呼んだ。

 「龍也…!?」

 姉が驚いた顔でこちらを向いた。

 「何!?」

 渋い声で男性も姉の後にこちらを見た。





 そして、何秒あっただろうか。




 音が全て止まり、その場は静まり返った。

 すると最初に男性が声を出し、僕に掌を向けた。

 何と言ったかは聞き取れなかったが、まさしく鬼の形相だった。

 その威圧的な顔に僕は動けなくなり、正面から渦のような風が襲いかかってきた。

 「うわぁっ!!!」

 顔の前で咄嗟に腕を構えた。

 視界が真っ暗になった瞬間、おでこの辺りを麻酔針のような物で刺された感覚がした。

 視界に光が入り込んだ時、僕は何故かベットの上にいた。

 仁さん………

 長い夢から見つけたのは、一人の男の名前と儚い姉だった。



















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