音を知らない鈴

布袋アオイ

#13 響き渡る鳴き声

 外からの風が少し冷たくなった。近くの田んぼの匂いがする。

 (……暗いな……………)

 「ハッ!!!!」

 いつの間にか寝てしまっていた。

 やってしまった…

 窓の外は薄暗くなっていた。時計は19時前。

 いつもだったら寝てしまった事に最悪だと落ち込むが、今日は違う。

 明日がある。

 金曜日にこれ程救われるとは、私もまだ生きていられると思った。

 「すずー、ご飯出来るよー」
 
 母親の声が聞こえた。

 「はーい」

 窓を閉めようとカーテンを開けた。薄紫色と静かなオレンジ色が遠くの空で混ざり合っていた。

 お昼よりも冷たい風が小さな窓へと入ってくる。

 そして、その風は私の奥底の寂しさを見つけた。

 空虚な心に微かに存在するこの気持ちを蘇らせようとしているかの様に。

 暫くじっと風にあたった。

 この気持ちの正体を知りたい反面、まだ気づきたくない気持ちでなす術なく立ち尽くした。

 今、悲しいのか、怖いのか、落ち着いているのか分からない。

 ただ私の心の何処かに空虚な空間が存在している事だけしか感じなかった。

 静かな町で蛙の鳴き声はいつもと変わらず聞こえる。

 元気に鳴いている。

 どうして人は虫のお喋りを鳴くと言ったのだろうか…

 こんなに元気に聞こえるのに。

 本当は悲しんでいるのだろうか。

 (ごめんなさい…私には君達の気持ちは分からない)

 あんなに声をあげているのに、楽しいのか苦しいのかすら分からない。

 そんな心を持っているのかも。

 だが、虫は嫌いだ。

 もうこれ以上君達の事は考えない。虫の声を遮る様に窓を閉めた。






 変な姿勢で寝たせいか、首やら足が痛い。
フラフラしながらリビングに降りた。

 「お姉ちゃん…?大丈夫?」

 「すず!?しんどいの?」

 「違うよ、寝ちゃってた」

 「寝ちゃって……」

 「ん?何?テストが近いのにって思った?」

 母親と龍也が不安げに顔を見合わせていた。

 (これだから馬鹿なのよね、私…)

 笑って誤魔化したが、成績悪化の緊張感の無さが伝わってしまったようだ。

 「すず、塾行く?」

 「え?いいよ、どうせ馬鹿だからお金が勿体ない」

 「でももし悩んでるなら」

 「……?ごめん、悩まないとダメだよね」

 「お姉ちゃんも僕と行こうよ」

 「余計勿体ないわ!いいよ、私は」

 「……」

 「……」

 (あんまり言われると悲しくなる)

 「お母さん、ごめんね、私こんなに馬鹿で」

 母親と龍也の顔に耐えきれなかった。

 「………ご飯、食べようか」

 「うん、」

 もう無理だ、笑えない…!

 心配かけないように、ご飯は喉に必死に通らせた。

 今にも吐きそうだった。

 「ごちそうさまでした!」

 「ごちそうさまでした」

 「はーい」

 「ごめん、今日は手伝わなくてもいい?」

 「いいよ!」

 「ありがとう、ごめんね」

 「はいはーい」

 ゆっくり階段を上った。

 足音も軽快さを意識して。

 ガチャ

 パタン

 「オェッ…オェ!!」
 
 自分の部屋に入った瞬間閉めていた窓を全開にし、空気を送り込んだ。

 吐き気が止まらなかった。

 「ハァ…ハァハァ…フゥーー…」

 目眩がして立っていられなくなった。床に膝まづき、胸を掴んで耐えた。

 「ウゥッ……」

 過呼吸になりかけて、必死で息を吐いた。

 (落ち着け……落ち着け……)

 目の前が歪む。

 ぼやけて自分の手すら見えない。

 (もう無理だ…助けて……)
 
 声に出来ない叫びが私の体中を動く。歯を食いしばって、この苦しみから開放されるのを待った。

 いつもと変わらない蛙の鳴き声が今は苦しみを訴えるかの如く響き渡っていた。





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