音を知らない鈴

布袋アオイ

#22 帰りなさい

 姉はあの日の夜の事を覚えていないのだろうか。







 ガチャ

 トン、トン、トン

 (ん?誰か起きたのかな?)

 誰かがリビングに降りる音がした。

 (お姉ちゃんかな…)

 どうせトイレか何かだろうと思って目を閉じた。

 ガチャガチャ

 (……!?)

 玄関を開ける音がした。

 「お姉ちゃん!?」

 窓を見ると姉が外に出ていく姿が見えた。

 辺りはこんなに真っ暗なのに!?

 時計はまだ夜中の2時だ。

 こんな田舎なのに今外に出るのは危険だ。

 (止めなきゃ!!)

 急いで階段を降り靴を履いて玄関を出た。

 「おね……………」

 (お姉ちゃん…?)

 何だか様子がおかしい。

 雰囲気がまるで………

 幽霊……

 いつもの自信無さ気な猫背が、スッと真っ直ぐに伸びている。

 全く体がブレず歩くその様子に人間味を感じなかった。

 (こんな夜中に外に出て怖くないのか…)

 昼間、いやいつも見ている姉よりも、今目の前にいる姉の方が堂々としている。

 (怖い…止めなくちゃ…)

 そうは思うが姉のオーラに背筋が凍る感覚になった。

 姉からは感じた事が無いオーラだ。

 足が震えて動かない…

 (くそっ…しっかりしろっ!)

 この前テレビで眠ったままご飯を食べる人や歩きだす人がいるというのを見た。

 もし姉がそれなら今すぐに止めないと!

 意識が無いのであれば尚更危ない!

 胸をギュッと掴んで目を強く閉じた。

 (大丈夫…眠っているお姉ちゃんだ!)

 「っよし!」

 気合いを入れ目を開けた。

 「…?あれ?」

 (嘘だろ!?)

 姉はもう大分先まで歩いていた。

 「っちょ!?」

 見失う前に追いつかなければ!

 ウジウジなんてしていられず慌てて追いかけた。

 (……おかしい)

 僕は必死に走って追いかけているのに姉に追いつけない。

 姉は……ゆっくり歩いているのに、どうして!?

 「お姉ちゃん!待って!ハァ…ハァ」

 生まれつきの喘息のせいか息が苦しくなってきた。

 姉を止めようと声をだすが、全く振り向かない。

 どう考えてもおかしい!

 寝ているせいなのか、

 喘息で声が小さいせいなのか、姉が止まる気配が全く無い。

 だがこのままでは本当に危険な目にあってしまう。

 「ハァハァハァ…」

 こうなったら一か八かだ!

 立ち止まって2、3回呼吸を整えて、大きく息を吸った。

 「お姉ちゃんっっ!!!!」

 ピタッ

 良かった、聞こえたんだ。

 姉がピタリと足を止めた。

 「ふぅ…良かった、起きたんだね」

 姉が僕に気づいてくれたみたいだ。

 こちらをゆっくり振り向いた。

 「お姉ちゃん、こんな所まで来てたんだよ?帰ろう」

 安心して姉の方まで走った。

 「……!?」

 (お姉ちゃん……?)

 この状況が受け入れられていないのか

 ぼーっと下を見ている。

 「……ゃ」

 「ん?何?」

 「たつ……や…」

 「何?どうしたの、お姉ちゃん」

 そんなにショックなのか、か細い声で僕に話しかけてきた。

 「大丈夫だよ、誰にも言わないから」

 そんなに落ち込まなくていいのに、

 ずっと下を向いている。
 
 「たつや……来ちゃダメだよ……」

 「え…」

 「家に帰ってなさい」

 今まで寝ていた人のセリフだとは思えなかった。

 「どうしたの?お姉ちゃん、ここ外だよ?」

 「分かってる」

 「え?今夜中だよ?危ない、帰ろう」

 「私は大丈夫、でも龍也は帰るの」

 (何を言っているんだ…)

 「いいね、気をつけるんだよ」

 「………」

 「大丈夫、私が守ってるから」

 (守る…?)

 お姉ちゃんが危険な事してるから、助けに来たのに…

 何でそんな言葉遊びみたいな事を言うのだ。

 やっと呼び止められたと思ったら

 変な事ばかり言っている。

 困り果てた僕は言葉を失った。

 すると姉が顔を上げた。

 「!?」

 ハッキリ目が開いている。

 もしかして意識がありながらもここに来たのか!?

 真っ直ぐ僕を姉は見ている。

 そして小さく言った。

 「私が守っていられる間に家に帰りなさい、寄り道せず」

 「そんな!僕はお姉ちゃんを助けに」

 「いいから!帰るの」

 小さな声なのに物凄い圧を感じた。

 「……」

 「大丈夫、あなたは素敵よ」

 「へっ?」

 脅すような目から優しい、いつもの姉の目に変わった。

 言葉の意味が全く分からなかったが

 素敵よという言葉と同時に、姉は再び歩き出した。

 静かな夜、知らない姉に出会った。






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