帰路

遠藤良二

第2話 自分磨き

山崎は思っていることがある。彼女が欲しいと。でも、身長が低いのとハゲは仕方ないとして、デブは痩せればいいし、ニキビ顔も皮膚科に行って治せばいい。自分の努力でどうにかなるものは何とかしたい。このままデイケアの利用者に馬鹿にされたくない。目的は彼女を作るためだけれど。

今日は日曜日。とりあえず、ジムに行って汗を流してこよう。山崎はそう思ってゆっくりと立ち上がった。タオルと財布、それと数本入った煙草とスマートフォン、上靴をトートバッグにいれて家を出た。

山崎は就職が決まって就職祝いに幼少の頃からお世話になっている父の弟が乗用車を買ってくれた。その時、山崎の父はあまり甘やかさないでくれ、と言ったが弟さんは、初めての就職だから二回目はないから、と言い張った。その乗用車を山崎は大事に乗っている。洗車、ワックスかけ、オイル交換など小まめにやっている。山崎自身、車はそれほど好きではないが、おじさんに買ってもらったのが凄く嬉しくて大切にしている。

車で約10分走ったところにジムはある。そこは体育館もあるので球技もやろうと思えばできる。外観は白い2階建てで結構古い。ところどころ壁にひびが入っている。
とりあえず山崎はジムの事務所の前に置いてある名簿に名前と住所、電話番号を書いた。事務所の中から若い男性職員が出てきた。
「こんにちは。200円になります」
「はい」
と、言いながら財布から千円札を一枚抜き取り、職員に渡した。ちょっと待って下さい、と言い事務所に戻りすぐに出てきた。「お釣り、800円になります」言いながらお釣りを受け取り財布に入れた。

今は10月の北海道だから寒い。職員に、
「寒くて筋肉が固まってると思うのでじっくり柔軟体操をしてから始めて下さいね」
と、言われたので、
「はい」
一言返事をした。
最近、来ていなかったけれど内装は変わっていない。玄関の向かいの壁をみると、館内を使用する際の注意事項などの紙がクリップボードに貼られている。それをチラッと見て山崎はトレーニング室に入った。

すると、中にはデイケアの男性利用者がいた。
「おっ! 貝塚さんじゃないですか」
「あ、こんにちは! 山崎さん。筋トレですか?」
「ええ。痩せようと思って」
貝塚は笑っていた。
「貝塚さんは頻繁にここに来てるんでしょ? 引き締まった体だから」
「週に3回は来てますよ」
それを聞いて驚いた。
「そんなにきてるんだ、凄い」
「彼女も筋肉好きなんで」
「そうなんだ」
貝塚には彼女がいるのか、いいなぁと思った。顔もなかなかイケメン。
「貝塚さんは、どこで働いているんだっけ?」
彼の顔つきが変わった。まずいこと訊いたかな。
「自分は仕事に就いても馴染めないんですよ。適応障害というやつですね。なので、無職です。それと、同じことを2度と訊かないで下さい。言いたくないんで」
山崎は(まずいなぁ)と思った。そして、
「ごめんね、貝塚さん」
「いえ」
彼は明らかに怒っている。どうしよう……。少し様子をみよう。

山崎は始めて30分くらいで疲れてしまった。明日、筋肉痛になるだろうなぁ。貝塚はおもりをマックスにして、ガンガン鍛えまくっている。まるでプロレスラーかボディビルダーのようだ。

彼の機嫌は良くなっただろうか、気になる。貝塚はたまにとんでもない発言をするときがある。それは、「ここのスタッフ、ボコボコにしてぇ。ムカつく!」というようなこと言うので、そういうイライラしている時は迂闊に近づけない。もしかしたら殴られるかもしれないから。今まで殴られたスタッフも1名いるみたいだし。その度に貝塚は強制入院しているらしい。殴る理由は別のスタッフに訊いた話によると、病気のせいらしい。統合失調症のようだ。この病気は様々な症状があるらしい。

山崎は今年、国家資格である『精神保健福祉士(PSW)』を取得した。そして、今の精神科と内科のある病院のデイケアに就職したばかりなので、患者がどういう精神状態かはいわれてもあまりわからない。でも、知識としてイライラする、不安などは頭ではわかる。一応、勉強してきたので。

山崎は、お先に失礼するね、と言ってトレーニング室を出た。
(貝塚さんはいつまで鍛えているのだろう、とてもじゃないが真似できない)

彼は病院の送迎バスは使わず、雪のある冬以外は自転車で通っている。雪道は徒歩だ。あのたくましさを分けて欲しい。だが翌日の月曜日、貝塚はデイケアに来なかった。休むという連絡もまだきていない。

今は朝10時頃。あと15分経過したら始まる。貝塚のことを山崎はしきりに気にいしているようだ。
「貝塚さん、どうしたんですかね」
デイケアルームにいる山崎は横に座っているスタッフの笹田に小声で話し掛けた。彼女は山崎の目をじっと見つめ言った。
「あとで話しましょう」
「わかりました」

デイケアは金曜日に行ったのと同じように高木主任が進めた。




午後になり、山崎は笹田に呼ばれた。別室に移り、「貝塚さんの件ですが、」から始まった。
「さっき、本人のお母さんから電話があり、貝塚さん、腰が痛くて歩けないらしいんですよ。今日来なかった理由はそれです」
「そうなんですか。昨日、ジムで彼に会ったんですよ。ガンガン鍛えてたから丈夫そうに見えたんですが、腰に負担がかかっていたんですかね」
笹田は、うーん、と考えて、
「整形の病院には午後から行くらしいので何が原因か分かると思いますよ」
「そうですね。悪い病気じゃなければいいんですが……」
「山崎さん、繊細で優しいですね」
山崎は、(そんなこと言われたの初めてだ)と思った。
「そうですか? ありがとうございます!」
言いながら笹田は立ち上がり、
「みんなのいる部屋に行きましょう」
と、言った。
山崎は彼女の後をついて行った。後ろ姿を見るととても華奢な彼女。山崎は思った。(僕もこんなスレンダーな彼女欲しいなぁ)

笹田は山崎がそういう目で見てることにも気づかずに老人の利用者の横に座り、優しい笑顔で接していた。とても、ほのぼのしたひと時。

利用者のりあは、バトミントンがしたいようで、恵を誘っている。
「山崎さんもしよー?」
りあは笑顔で接してきた。とても感じのいい子。今ではこんなに回復したけれど、病院にかかるくらいだから壮絶な日々を送った時期もあったのだろう。今度ゆっくり話す機会があったらりあの過去を探ってみようと思う。
「ああ。いいよ」
そう返事をすると、
「やったー!」
と、はしゃいでいる。りあは、確か20歳。僕より2つ若い。今日も清潔感溢れていて茶髪のボブにグレーの裏起毛のワンピースに黒いチノパンをはいている。シックな色だけれど、その方がしっかり者に見える。
「あと1人でダブルスができる」
りあはそう言った。彼女は周りを見渡した。一人の男性の利用者のところで目線が止まった。彼の名は青木優斗、19歳。
「優斗君。暇そうだね。バトミントンしよう?」
「え? 僕ですか? 昨日の夜眠れなかったから具合い悪いんですよ」
「疲れたら寝れるって」
優斗は腑に落ちない様子だが、
「じゃあ、しますか」
「よし! これで人数揃った! 体育館に行こう」
山崎は思った。りあはリーダー的存在だなと。

体育館では、山崎とりあがペアで、優斗と恵がペアになってバトミントンで試合をした結果、山崎のチームが勝った。体育館は来た時は寒かったが、動いたら汗をかくくらい暑くなった。山崎は3人に向かって、
「日頃の運動不足が解消されたかな」
と言った。
「また今度やろうね!」
りあはまだまだ元気だ。障がい者とは思えない。若いからか。彼女の病名は確か、うつ病、なはず。お昼休憩の時間には、得意のハンドメイドをしているのをよく見かける。最近は手芸をやっているようで手袋をつくっているみたい。
「誰にあげるの?」
と、訊いたら、
「内緒」
そう答えが返ってきた。残念。少し前はパズルをやっていたな。いろいろなことにチャレンジするりあ。凄いと思う。
山崎は趣味はもっぱら釣りと読書。海釣り、渓流釣りを休みの日にしている。釣りが好きなスタッフがいて、笹田。同じように海釣り、渓流釣りをしている。先月、ニジマスを釣った写真を見せてもらった。旦那さんも釣りは好きだと言っていた。夫婦揃って趣味が同じなのは素敵だと思う。それにお子さんがいたはず。以前聞いた話だと、一姫二太郎と言っていた。笹田は今、幸せの絶頂にいるような気がする。羨ましい。山崎は思った。(僕のところにも幸せがこないかな)と。










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