病と恋愛事情

遠藤良二

第30話 回診

勝と楓夫婦が気を遣ってかえった。気遣いのできる友人たちだ。俺はベッドのうえであぐらをかいて安藤医師を待った。

それからすこし経って安藤医師のたかめの声と、看護師の声が聞こえてきた。
「つぎは伊勢川さんかな?」
「はい、そうです」
たくさん患者がいるというのによくおぼえているなぁと、感心した。

安藤医師はすがたを見せながら、病室のかべをノックした。彼は笑みを浮かべていた。
「こんにちは。どうですか? 伊勢川さん、調子のほうは」
医師はいつもと変わらぬ、ていねいでやさしい口調で話しかけてくれた。
「調子はいいですよ。すぐにでも退院したいです」
白衣を着た目のまえの男性は、
「まあ、そうあせらず、ゆっくり治療していきましょう」
えっ! もしかして俺は退院できないのか? と思って訊いてみた。
「安藤先生。俺、もしかしてまだ退院できないんですか?」
「もうすこし、やすみましょう。一応、念のため訊いておきますが、お店のほうは伊勢川さんがいなくてもいまのところ大丈夫ですか?」
俺はうそをついた。
「副店長のほうからはやく退院して復帰してほしいみたいです。俺がいないせいで店のなかはてんやわんやみたいです」
安藤医師の表情がくもった。
「やはり、あなたがいないとお店の従業員はこまっているんですね、んー……」
「先生、なんとか退院させてください。おねがいします!」
俺は懇願した。すると安藤医師は、
「わかりました。でも、今週いっぱいはいてください。はやくても来週の月曜日にしてください。それと、退院して調子わるいと思ったらすぐに受診してください」
やはり、一筋縄ではいかないか。でも、うそはバレていないみたいだ。もし、バレたらいくら低姿勢な安藤医師でも怒るだろう。
「わかりました。そうします」
しかたないな、これ以上言っても無駄だ、そう思い言うのをやめた。

医者と話し終わり、俺は喉がかわいたので一階にある売店に向かった。カフェオレを買おう。病棟の独特の臭いにはもう慣れたし、話したことのない患者ばかりだけれど来週の月曜日には退院だからなかよくなろうとしなくてもいいや。そんなことを考えているうちにエレベーターが6階まであがってきた。中には以前しゃべったことのある立井たちいというばあさんがいた。入院生活に嫌気がさしていたはずだ。まだ、生きていたのか。俺は、
「こんちは、ばあちゃん。俺のことおぼえてるか?」
立井さんはおぼえていない様子。
「なんだわすれたのか」
「すみませんねぇ、この年になると忘れやすくて」
「6階にいたのか。降りるんだろ?」
そう言い俺はとおりみちをよけた。
「ころぶなよ」
「はいよ」
立井のばあさん、呆けたのか? 俺を見てもなんの反応もなかった。まあ、年も90くらいになるんだろう、しかたないか。そんなことを思いながら俺はエレベーターのなかにはいった。そして1のボタンを押した。

1階に降りて売店に向かった。店じまいをしているようなので店員に訊いてみた。
「4時までだったよね?」
そうだよ、と60歳をこえるように見えるおじさんが答えた。
「まだ、10分あるから大丈夫だよ」
「よかった、間に合った」
と、俺は言った。
「いまなら缶コーヒー、お茶などが賞味期限ちかいからやすくなってるよ」
俺は店員がゆびさすほうを見て行ってみた。すると、
「おっ! 缶コーヒーが50円、500mlのペットボトルのお茶が100円! 安い。これは買うべきだ」
店員はニヤけている。俺が口車に乗ったと思ったのだろう。まあいい。やすくてうまければなんでもいい。そう思い、缶コーヒーを4缶、お茶を3本買った。こりゃ、もうけた。売店から出る間際、いつもよりおおきな声で、ありがとうございました、と店員は言った。よっぽどうれしかったのだろう、いらない商品が売れて。

病室にもどった俺は買ってきたのみもののなかから缶コーヒー1つだけ取り出し、ほかはロッカーにふくろごとしまった。味がある程度濃くてもここは精神科だからなのかなにも言われない。その証拠に入院食も味はうすくはない。

さっそく缶コーヒーのふたをあけてひとくち飲んだ。うん、わるくない味だ。買ってよかった。
早く月曜日にならないかな、退院の日だから。麻沙美と母にその旨をつたえないと。俺はまず、麻沙美にLINEをおくった。
[麻沙美、俺、来週の月曜日退院する予定だ。見舞いに来てくれてありがとな]
つぎは母にメールをおくった。LINEはできないから。
[来週の月曜日退院だから来てくれ]
という具合いに。
調子も良いから小説でも書くか。そしてまたさくらちゃんに読んでもらおう。きっと、心待ちにしているだろうから。

約1時間書いた。まえのストーリーを忘れかけていたから最初から読みなおした。純愛物だからさくらちゃんも食いつくのかもしれない。

しばらくしてから麻沙美からLINEがきた。
[おっ! おめでとう! 元気になってよかった。まあ、このまえお見舞いに行ったときも元気そうだったけど]
俺も内容を書いておくった。
[サンキュ! ようやくだよ、ながかった(笑)]
返信がまたきた。
[かえるとき、荷物あるんでしょ? てつだうよ]
母とかちあうなぁ、と思ったので、
[来てくれるのはうれしいけど、母親がとりにきてくれるのさ。母親とかち合うのもいやだろ? だから、気持ちだけいただくよ]
返信はこなかった。おこらせてしまっただろうか。

翌日になり、LINEがきた。みると、麻沙美からだ。機嫌なおしてくれたかな。そう思いながら開いた。
[返信おくれてごめんね。そうかぁ、お母さん来るならあたしはいらないね。かえって来たら時間見つけてカラオケに行こう?]
おこってなかったんだ、良かった。もうすこしで自由の身だ。退院したらまたいろいろがんばるか!

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