病と恋愛事情

遠藤良二

第17話 驚き

今日の仕事を終えて、まっすぐ麻沙美の家に向かった。前もって行くことは約束してある。時刻は午後6時過ぎ。車内のカーナビにそう表示されている。約15分後。俺は麻沙美の住んでいるアパートに着いた。

今の時期は秋なので、この時間になるとすでに寒くて暗い。雪が降ってきそうだ。

俺はたまに来た時に停める場所に軽自動車を駐車した。車の音で気付いたのか、さくらちゃんがアパートから出て来て俺を歓迎してくれた。

「こんばんは! 晃さん」
笑顔を浮かべながらそう言った。
「おう。さくらちゃんは相変わらず元気そうだな」
「うん! 元気だよ。USBメモリー持って来た?」
この子は俺の書いた小説がどれほど気に入っているのだろう。まあ、嬉しいことだが。
「ああ、持ってきたよ。いつも読んでくれてありがとな」
さくらちゃんは左右に大きく頭を振りながら否定の意味を込めているようだ。
「私は、本当に読みたいから言ってるだけだよ」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか、と思ったので、
「サンキューな。嬉しいよ。おじさんは」
俺は笑いながら言うと、
「おじさんって言うのはやめて。もしかしたら、私のパパになるかもしれないんでしょ」
それを聞いて仰天した。まだ、どうなるかわからないのに麻沙美はそこまで話してしまったのか。
「さくらちゃん。もし、そうなったとしたらどう思う?」
彼女は、
「その話しはお母さんも交えて話したいからとりあえず家に入ろうよ」
「そうだな。わかった」
その話しは早いのにな、と思いながら歩いた。

麻沙美の娘のあとをついて彼女たちの住んでいるアパートの玄関に行くと、ドアを開けてくれた。予定では七時くらいから久しぶりに三人でカラオケに行く予定だ。

玄関の中に入ると麻沙美も出迎えてくれて、
「晃。いらっしゃい! 入って休んで」
麻沙美はさくらちゃんほど感情を表には出さないけれど、きっと嬉しいと思っているはず。
「おう! じゃあ、上がらせてもらうわ」
俺は威勢よく言って入った。リビングに入ると綺麗に整理整頓されていていた。やはり、女二人の生活は男よりもきちんとされているようだ。
「晃さん、ここに座っていいよ」
さくらちゃんが笑顔で促してくれた。
「ありがとうな」
「いえいえ」
俺は赤いソファに腰かけた。ジャンパーのポケットからUSBメモリーを出して目の前にあるガラスのテーブルの上に置いた。するとさくらちゃんがやって来て、
「あっ、USBだ! 小説をコピーしてもいい?」
「ああ。いいよ。そのために持って来たんだから」
さくらちゃんは本当に嬉しそうで自宅のノートパソコンを別室の奥から持ってきた。俺は、
「なんだ、わざわざパソコン持ってきたんだ」
「あっ、そっか。USBだけ持っていってコピーすればよかったんだね。間違えた」
さくらちゃんは照れ笑いしていた。その姿はなんとも初々しく、若さを感じた。麻沙美が話し出した。
「晃はご飯、まだなんでしょ?」
「ああ、まだだよ。仕事が終わってまっすぐここに来たからな。三人分の弁当、買ってくればよかったな」
俺は先回りをして喋ると、
「いや、カラオケボックスで食べてもいいかな、と思って何も用意してないのよ」
「なるほど。その手があったな」
「しかも、食べ物や飲み物持ち込んでいいのかわからないし」
「まあ、そうだな」
さくらちゃんはパソコンで作業をしている。
「さくら。コピーは帰ってからでも出来るんだから電源落として行く準備しなさい」
「もうすぐ終わるから待ってて」
母の麻沙美はそう言った娘を不愉快な面持ちで見ている。

「終わったよ」
と言いながらUSBをパソコンから抜いて俺に渡してくれた。
「支度してくる!」
言ったあとにパソコンを持って来た部屋に急いで行った。
「ごめんね、晃。わがままな子で」
「いや、時間はまだあるから大丈夫だよ」
「そう言ってくれると助かるよ。ありがと」
俺は麻沙美を見つめながら手招きをした。
「うん?」
俺は小声で、
「ちょっと、こっちに来いよ」
不思議そうな表情で俺を見つめながら立ち上がりこっちに来た。ニヤニヤしながら言った。
「カラオケ終わったら麻沙美だけで俺の家に来ないか?」
さくらちゃんには聞こえないように小さな声で言うと、
「昼間なら二人になれるけど、夜は難しいよ。多感な時期だから、すぐに不機嫌になっちゃうし」
俺は、そうかぁと思い今夜は二人で会うのは諦めた。

準備ができたのでさくらちゃんは部屋から出てきた。黒のセーターにミニスカート。生足だ。その上からピンクのコートを羽織っている。俺は、
「かわいいじゃないか」
言うと、
「照れるから言わないで」
俺は笑った。
「彼氏に見せたのか? その格好」
すると、少し気落ちしたのか真顔になった。
「最近、会ってなくて」
麻沙美はその会話を制するように、
「その話しはあとでね。さあ、行くよ」
と、促してくれた。俺は車の鍵をジーパンのポケットから引き抜いて、
「よし、行くか。ちょうど、七時だ」
俺は先頭を切って出発した。久しぶりのカラオケ。上手く歌えるかな。

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