絶海の美術館
episode.1
人は物に命を吹き込むことができる。そして物は魂を持つようになり自我を芽生えさせることがあるのだと言う。
そんなことを母親に聞いた。俺はそんなあり得ないことをこれっぽっちも信じるつもりはなかった。あの日、美術館で起きた不思議な出来事に出逢うまでは………
「お願いします」
「招待券ですね。かしこまりました。右手の入り口からお入り下さい」
手で指された方向には「アム展へようこそ」と書かれたポスターが貼ってあり、入り口があった。今日は美術館で働いている母親に期限が明日までだからと渡された「アム展招待券」をもらったのでその美術館へと足を運んでいた。
ちなみに今日は親は美術館にはいない。ちょうど休みでママ友と映画に行っている。
まあしかしこれでも一応男子高校生なのだから友達と遊んだりすればいいのにと思う人間もいると思うが、俺は美術館は嫌いじゃない。
あの独特の静けさとほんのりと漂う絵具の匂いやその絵の意図を考えたり味わったりするのは結構楽しいものだ。
ゆっくりと真っ白な扉を開け、展示室へと入る。展示室の外よりも照明が暗い。これは絵の劣化を防ぐためにしてあるのだと言う。
早速一枚の絵が目に入ってきた。
『自画像』
「この絵はアム自身の姿を鏡で見ながら書かれたと言う自画像である」
(ふーん……)
白い髪を肩まで垂らした男が若干斜めに立ち、鏡を見ながら絵を描いている絵だった。どうやらこの人がアムらしい。
『少女』
「文献にはこの少女はアムが散歩している途中に声を掛け、モデルになってもらったのだと書かれている」
黒に近い茶髪を腰までとはいかないがその少し上まで伸ばしている。ルビーのように紅い目を持つ少女が椅子に座り、こちらを向いている絵画だ。歳は…10歳と言ったところか。
背景には多種多様な花が添えられており、豪華になっていた。
(………まるで生きているみたいだ)
しばらくその絵に目を奪われてしまった。
微笑んでいるように見えてどこか哀しげなその少女の目に吸い込まれそうになった。
それから大体の作品を観て回った。彫刻やら壺やらいろいろあった。でも絵描きがツボを作るなんて…訳がわからない。
1時間ぐらい絵を見ていただろうか。そろそろ帰ろうか。周りにはさっきまでいた客は全員居なくなっていた。
(まるで…世界に俺しかいなくなってしまったみたいだ)
そんなことをふと思い、出口の扉を開こうとした。
(……開かない)
さっき出た客がいたはずなのにその扉は硬く閉ざされていた。もしかしたら間違って鍵をかけてしまったのかもしれない。
(……入り口から出るか)
美術館の人たちには悪いが邪道ながらも入り口から出ようと思う。
入り口まで行こうと振り替えると同時に照明が一瞬消えた。またすぐに戻ったが……なんだか不気味じゃないか。
(…早く出よう)
それから入り口に到着したものの、やっぱりと言うか何と言うか…しまっていた。こうなったら無理やりこじ開けようとしたがやめた。壊したりして弁償は不味い。一応「誰かいませんか!」と扉に叫んでみたものの返事はなかった。
(さて……どうするか)
だったらと思い、スマホを取り出す。ついでにパンフレットも入り口付近にあったので1部拝借する。それからそのパンフレットに書いてある美術館の電話番号にかけようとしたその途端。
(圏外になった……何が起きてるんだ……?)
これで外との連絡手段も無くなってしまった。
何かないかと辺りを見回すと壁に扉があった。しかも出入り口のような壁と同じ白い扉でなく、木製の古びた扉だった。
(………こんなところに扉なんてあったか?………まあいい。とりあえず入ってみるか)
扉の先へと足を踏み入れるとそこには広い空間があり1枚だけ大きなキャンバスで描かれた絵画があった。
『絶海の美術館』
「絶海とは陸から遠く離れた海の事を指す。そこに海という名の美術館を見出した絵画。アムは内陸国で誕生したが故に海に憧れていたのだと言う」
(絶海の美術館……ね)
だだっ広い海の海面に美術館らしき建造物がポツンと浮いている絵画だ。
まさに今、この状態じゃないか。出れない。連絡もできない。さて本当にどうしたものか………
どうしようもなくなった俺はその部屋から出ようとした。だがその試みは失敗に終わる。
(……扉がなくなっている……?)
先ほどまであった木製の扉が跡形もなく消えていた。
「何でこんな……」
先ほどから起こる不思議な出来事のせいでとち狂ってしまったのかも知れないが声まで聞こえてきた。
「ようこそ……アムの世界へ」
低い男の声が部屋の中をこだまする。
「………誰なんだよ…」
「ようこそ………アムの世界へ!」
「もう……勘弁してくれ……」
そう呟くと俺は床に座り込み、項垂れる。そして目を瞑り、「これは悪い夢だ」と言い聞かせるようにして耳を塞いだ。
「………」
どれぐらい時間がたっただろうか。もう声は聞こえない。ゆっくりと耳から手を離し、顔を上げ、辺りを見回すと……
「何処だ……ここ…?」
そこは先ほどの部屋とは違う、全く知らない場所だった。だが、1つだけ分かったことはやはりこの場所が美術館の中だと言うことだ。
「何処なんだよ……ここは?」
無人のエントランスに白を強調した壁があってまるで海外の美術館を貸し切りにしたような美術館だ。
(……座り込んでても何も始まらないし)
スッと立ち上がり、ズボンを叩いて立ち上がる。
(ここから出る方法を探すか)
まず、ここは展示室ではない。ということは何処かに出口がある筈だ。そこから出れれば……
(あった。出口………)
探し始めてたったの5分で出口らしき扉を見つけた。しかし…どういうことだろうか……扉が美術館に入ってきた時にあった自動ドアではなく木製の扉になっていた。
(訳がわからない………どういうことだ?)
もしかしたらここはもうさっきまでいた美術館ではないのかも知れない。そしてその予想は確信へと変わる。
「何処だよここ……」
扉を開くとそこは一面海だった。穏やかな波の音しかしない海のど真ん中。そう、絶海である。
「ふざけんなよ……」
ここは間違いない……『絶海の美術館』あの絵の中だ。多分あの部屋にあったこの絵に吸い込まれでもしたのだろう。
「信じられるかよ……そんなこと…」
信じられる訳がない。だが、現実ではあり得ないことが今、まさに目の前で起きているのだ。信じるしか……ない。
「取り敢えず……中を探してみるか…ここから出ることも…出来るかもしれない」
出口の扉を閉じ、1階の探索を始めることにした。まずは自分の持ち物の確認から。
「圏外のスマートフォン、充電80%」
「パンフレット」
「財布」 以上
出る為に使えそうな道具は何ひとつ持っていなかった。
仕方ない……何かないか探してみるか……
それから1時間ほど1階を探した結果。「収蔵庫」「第一展示室」「スタッフルーム」「アーロンの部屋」の4部屋があった。アーロンの部屋以外はいずれも鍵が閉まっており、中に入ることは叶わなかった。
(鍵を探そう。多分アーロンの部屋にある………筈だ)
それからアーロンの部屋と書かれた部屋に入って見ることにした。『絶海の美術館』と同じ様な部屋だった。中には「アローン」とネームプレートに書かれた絵画があった。
青年が釣りをしている絵だ。魚を待っているのではなく、何か別のものを待っているかのようなその目には暗い光が差し込んでいた。
(あった。鍵だ)
絵画の下に銀色に光る鍵が落ちていた。
『第一展示室』
この鍵はどうやら第一展示室の鍵らしい。何があるか分からないが行ってみるしか無いだろう。
「ようこそ…アムの世界へ……」
(……またか)
次は『アーロン』から声が聞こえた。若い男の声だった。
いいさ……どうやってでも抜け出してやる。ふざけた…この世界から……
そんなことを母親に聞いた。俺はそんなあり得ないことをこれっぽっちも信じるつもりはなかった。あの日、美術館で起きた不思議な出来事に出逢うまでは………
「お願いします」
「招待券ですね。かしこまりました。右手の入り口からお入り下さい」
手で指された方向には「アム展へようこそ」と書かれたポスターが貼ってあり、入り口があった。今日は美術館で働いている母親に期限が明日までだからと渡された「アム展招待券」をもらったのでその美術館へと足を運んでいた。
ちなみに今日は親は美術館にはいない。ちょうど休みでママ友と映画に行っている。
まあしかしこれでも一応男子高校生なのだから友達と遊んだりすればいいのにと思う人間もいると思うが、俺は美術館は嫌いじゃない。
あの独特の静けさとほんのりと漂う絵具の匂いやその絵の意図を考えたり味わったりするのは結構楽しいものだ。
ゆっくりと真っ白な扉を開け、展示室へと入る。展示室の外よりも照明が暗い。これは絵の劣化を防ぐためにしてあるのだと言う。
早速一枚の絵が目に入ってきた。
『自画像』
「この絵はアム自身の姿を鏡で見ながら書かれたと言う自画像である」
(ふーん……)
白い髪を肩まで垂らした男が若干斜めに立ち、鏡を見ながら絵を描いている絵だった。どうやらこの人がアムらしい。
『少女』
「文献にはこの少女はアムが散歩している途中に声を掛け、モデルになってもらったのだと書かれている」
黒に近い茶髪を腰までとはいかないがその少し上まで伸ばしている。ルビーのように紅い目を持つ少女が椅子に座り、こちらを向いている絵画だ。歳は…10歳と言ったところか。
背景には多種多様な花が添えられており、豪華になっていた。
(………まるで生きているみたいだ)
しばらくその絵に目を奪われてしまった。
微笑んでいるように見えてどこか哀しげなその少女の目に吸い込まれそうになった。
それから大体の作品を観て回った。彫刻やら壺やらいろいろあった。でも絵描きがツボを作るなんて…訳がわからない。
1時間ぐらい絵を見ていただろうか。そろそろ帰ろうか。周りにはさっきまでいた客は全員居なくなっていた。
(まるで…世界に俺しかいなくなってしまったみたいだ)
そんなことをふと思い、出口の扉を開こうとした。
(……開かない)
さっき出た客がいたはずなのにその扉は硬く閉ざされていた。もしかしたら間違って鍵をかけてしまったのかもしれない。
(……入り口から出るか)
美術館の人たちには悪いが邪道ながらも入り口から出ようと思う。
入り口まで行こうと振り替えると同時に照明が一瞬消えた。またすぐに戻ったが……なんだか不気味じゃないか。
(…早く出よう)
それから入り口に到着したものの、やっぱりと言うか何と言うか…しまっていた。こうなったら無理やりこじ開けようとしたがやめた。壊したりして弁償は不味い。一応「誰かいませんか!」と扉に叫んでみたものの返事はなかった。
(さて……どうするか)
だったらと思い、スマホを取り出す。ついでにパンフレットも入り口付近にあったので1部拝借する。それからそのパンフレットに書いてある美術館の電話番号にかけようとしたその途端。
(圏外になった……何が起きてるんだ……?)
これで外との連絡手段も無くなってしまった。
何かないかと辺りを見回すと壁に扉があった。しかも出入り口のような壁と同じ白い扉でなく、木製の古びた扉だった。
(………こんなところに扉なんてあったか?………まあいい。とりあえず入ってみるか)
扉の先へと足を踏み入れるとそこには広い空間があり1枚だけ大きなキャンバスで描かれた絵画があった。
『絶海の美術館』
「絶海とは陸から遠く離れた海の事を指す。そこに海という名の美術館を見出した絵画。アムは内陸国で誕生したが故に海に憧れていたのだと言う」
(絶海の美術館……ね)
だだっ広い海の海面に美術館らしき建造物がポツンと浮いている絵画だ。
まさに今、この状態じゃないか。出れない。連絡もできない。さて本当にどうしたものか………
どうしようもなくなった俺はその部屋から出ようとした。だがその試みは失敗に終わる。
(……扉がなくなっている……?)
先ほどまであった木製の扉が跡形もなく消えていた。
「何でこんな……」
先ほどから起こる不思議な出来事のせいでとち狂ってしまったのかも知れないが声まで聞こえてきた。
「ようこそ……アムの世界へ」
低い男の声が部屋の中をこだまする。
「………誰なんだよ…」
「ようこそ………アムの世界へ!」
「もう……勘弁してくれ……」
そう呟くと俺は床に座り込み、項垂れる。そして目を瞑り、「これは悪い夢だ」と言い聞かせるようにして耳を塞いだ。
「………」
どれぐらい時間がたっただろうか。もう声は聞こえない。ゆっくりと耳から手を離し、顔を上げ、辺りを見回すと……
「何処だ……ここ…?」
そこは先ほどの部屋とは違う、全く知らない場所だった。だが、1つだけ分かったことはやはりこの場所が美術館の中だと言うことだ。
「何処なんだよ……ここは?」
無人のエントランスに白を強調した壁があってまるで海外の美術館を貸し切りにしたような美術館だ。
(……座り込んでても何も始まらないし)
スッと立ち上がり、ズボンを叩いて立ち上がる。
(ここから出る方法を探すか)
まず、ここは展示室ではない。ということは何処かに出口がある筈だ。そこから出れれば……
(あった。出口………)
探し始めてたったの5分で出口らしき扉を見つけた。しかし…どういうことだろうか……扉が美術館に入ってきた時にあった自動ドアではなく木製の扉になっていた。
(訳がわからない………どういうことだ?)
もしかしたらここはもうさっきまでいた美術館ではないのかも知れない。そしてその予想は確信へと変わる。
「何処だよここ……」
扉を開くとそこは一面海だった。穏やかな波の音しかしない海のど真ん中。そう、絶海である。
「ふざけんなよ……」
ここは間違いない……『絶海の美術館』あの絵の中だ。多分あの部屋にあったこの絵に吸い込まれでもしたのだろう。
「信じられるかよ……そんなこと…」
信じられる訳がない。だが、現実ではあり得ないことが今、まさに目の前で起きているのだ。信じるしか……ない。
「取り敢えず……中を探してみるか…ここから出ることも…出来るかもしれない」
出口の扉を閉じ、1階の探索を始めることにした。まずは自分の持ち物の確認から。
「圏外のスマートフォン、充電80%」
「パンフレット」
「財布」 以上
出る為に使えそうな道具は何ひとつ持っていなかった。
仕方ない……何かないか探してみるか……
それから1時間ほど1階を探した結果。「収蔵庫」「第一展示室」「スタッフルーム」「アーロンの部屋」の4部屋があった。アーロンの部屋以外はいずれも鍵が閉まっており、中に入ることは叶わなかった。
(鍵を探そう。多分アーロンの部屋にある………筈だ)
それからアーロンの部屋と書かれた部屋に入って見ることにした。『絶海の美術館』と同じ様な部屋だった。中には「アローン」とネームプレートに書かれた絵画があった。
青年が釣りをしている絵だ。魚を待っているのではなく、何か別のものを待っているかのようなその目には暗い光が差し込んでいた。
(あった。鍵だ)
絵画の下に銀色に光る鍵が落ちていた。
『第一展示室』
この鍵はどうやら第一展示室の鍵らしい。何があるか分からないが行ってみるしか無いだろう。
「ようこそ…アムの世界へ……」
(……またか)
次は『アーロン』から声が聞こえた。若い男の声だった。
いいさ……どうやってでも抜け出してやる。ふざけた…この世界から……
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