十二分のかなしみ

小鳥 薊

第7話Lilas

あなた いま
何していますか
わたし 空気を見ています
灰色の風景を小雨がつくり
わたし どきどきしています
この街はまだ外套がいる
朝 堪え切れずストーブを焚いた
正午 陽が少し射し
夕暮れ 突風がいくつも吹いて冷たい
帰宅に使う車の中は気持ち悪い温度
フロントガラスを這う小蜘蛛は元気で
わたしはそれを払えず 喉が少し痛い

この街の初夏は難産です
空気はまだ雪原みたいな色をしています
わたしは先にここで待っているのに
どうして置いてけぼりの気分になる
花の香がざらついた空気の粒に閉じ込められているのね
だれか わたしに開け方を教えてください

わたしにリラ冷えという言葉を教えてくれた婦人は齢九十二
わたし ここに住んでまだ四年
この街の雨は どうしていつも乱暴なの
この街の晴れは どうしていつも震えているの
この街の曇りは どうしていつも退屈なの

あなたと話がしたい
わたしは曇りが好き
五月二十一日、木曜日
灰色のわたしに風が吹きつけ
わたしの外套を攫おうとする
裾の方は…に開き雲になる
わたし どきどきしています
小雨は好き
打つ音が あなたの話し方に似ている

          

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