夏の仮睡
第17話シルク (性描写あり)
「――何処か遠くの、夏の森へ行きたいな。」
滑らかなシルクの敷布が素肌に気持ち良い。それは体温よりも冷たいから。
きっとこのシルクがなくては、二人は火照り、このような幸せに浸ることができないだろう。
その時間は、病みつきになるほどの幸せだった。
マオは、うつ伏せになって四肢を少し広げ、敷布と戯れながら目を瞑っている。
カイトの全てを知りたかった。
全てを受け入れたくて、また受け入れてほしくて、マオから誘ったのだ。
カイトは最初、相変わらず少しだけ眉間に皺を寄せ、哀しそうな表情をしていたが――それはマオの勘違いであるかもしれない、本当は意図のない表情かもしれないが、それでも、優しくマオの肌を撫で続ける。
ちょうど首から肩に掛けてのラインをカイトがなぞったとき、マオは全身が燃えるように震え上がった。
二人が一つになろうというとき、カイトは、どうにも思うようにいかない様子だったが、マオは馬乗りになってでも半ば強引にカイトを迎え入れたのだ。
やり方なんて分からないけれど、カイトが助けるように腰を支えてくれる。
(ああ、なんて幸せなんだろう。)
(私の中を、カイトが掻き乱してくれる!)
マオは、自分が生きていることを感じられた。喜びと快感で、身体が無意識に動いてしまう。出したことのない声も出る。
私っておかしいのだろうか――と、カイトを見ると、彼もまた欲情している。マオの知らない色気のあるカイト――。
カイトの表情に、マオは焚き付けられたように自ら彼の唇に吸い付いた。それは、かつてプールでした淡い口づけとは違う、求愛の行為だ。
人はどうしてこんなことをするのだろう。
その行為は、実に滑稽で、マオには理解し難いものであったのに、今ではマオの全細胞が知っていて、ごく自然のことのように受け入れている。
かつてマオを傷付けた暴力のようなそれは、身体を裂くようにただ痛くて、憎くて大嫌いで、気持ち悪くて、吐き気がしたけれど、今及んでいる行為は神聖な儀式のようであった。
マオは、森の一部になれたらな、と思った。
太陽の光を浴びてすくすくと育ち、新鮮な空気を吸って暮らしたい。
カイトとマオ、二人を隔てる境界のない世界。そうすれば自分はようやく、この人と同じ属性の生き物であると実感できる。
次第に冷静になる熱の中で、二人の動きが止まったとき、同時に笑い出した。
いつまでもこのままではいられないのだ。
あの幸せで満たされた瞬間に終わりがあることを知ってしまうと、その行為はたちまち滑稽で、そしてとても哀しいものに変わる。
「カイト、パーティは終わるものね。」
掛布の一部分を摘んで塔を作る。
手を離すと、やっぱり、すっと掛布は元通り。
二人の今の形は、この掛布の塔と同じようなものだろう。重力には勝てなくて、後には摘んだときの小さな皺だけが残る。
マオは続けて言った。
「お祭りも終わってしまうものね。」
言葉が不思議と弾んでいた。
カイトはマオの余韻を残しながら、応えた。
「終わってほしくないものほど、刹那の感動は言い尽くしがたいものだね。」
「私たちの関係みたいに?」
「僕らは、終わらないよ。」
「ねえ、カイト。……本当にそう思う?」
「……君は、そうは思わないの? 前触れもなく君が僕を捨てるとか?」
「カイトが、私を捨てることも考えられるよ。私は野良猫になって、名前も戸籍もない――まるで幽霊。だけど、お腹も空くし、身体だって汚れるし……私、そうなったら、無人島に行くことにする。」
「無人島?」
「そう、私を知っている人も知らない人も、誰も居ないことが当たり前の場所で――淋しさとは無縁の場所で、一人きりで孤独と遊ぶの。」
「マオはそんなサバイバル生活できっこないよ。」
「どうして、私、意外と生命力強いのよ。傷だってすぐに塞がっちゃう、カイトと違って若いし、ほら――。」
笑って言ったマオは、左の小指の先をちらと見た途端、少し固まっていた。
マオの表情を、カイトには読み取れない。
そして、
「ああ傷なんてなかった――。」
と、マオは左手を掛布に仕舞い込んでしまった。えへへ、と笑っている。
「それに、僕はマオを捨てるなんて、絶対にないよ。」
少しの沈黙があった。マオとカイトは見つめ合っている。
「そうだね、カイトは、ずっと、ここで待っていてくれる。」
(だけど、私、自信がないのよ――。)
そう、マオには自分がここに存在しているという自信がない。カイトと繋がっていられたあの時間は、確かに感じたアイデンティティー。
カイトにはまだこの先の未来があるけれど、自分には未来なんてあるのだろうか。
「今の、この瞬間を、本当に本当に私は幸せに感じているの。」
「うん。こっちもマオに毎日会えて、本当に幸せだ。」
もしも神様がいるのなら、三十五年前のあの夏、あのような酷い仕打ちを受けることはなかっただろう。
けれど、今、この夢みたいな時間が自分に与えられている現実を、どう受け取ろう。
やっぱり神様はいるのだろうか。
天国からまた地獄へ突き落とされることもあるかもしれない。この瞬間がいつか突然、削除されてしまわないか。
それとも、神様なんていなくて、全てが偶然なら、終わりもまた静かに穏やかに訪れるだろう。この瞬間の幸せが――幸せの後に待っているかもしれない不幸が恐いのだ。
過去も未来も考えれば暗闇で、身動きのとれない一人ぼっちのマオにとって、カイトだけが、光だった。
「カイトと一緒のお墓に入りたい。」
けれど、それは叶わない。カイトは返答に困っているようだった。マオが傷つかぬ言葉を、選んでいるのかもしれない。
「一緒の墓に、入ることはできないだろうけど――君が望むなら君好みのうんと可愛いお墓を用意するよ。僕の方が早いけど、二人生きているうちに、用意しよう。」
「私は骨になるのかな。私の存在した証拠は残るのかな。やっぱり、跡形もなく消えちゃうのは厭だなあ。」
もしも、また突然、自分が消えたら――カイトは再び哀しみに暮れるだろう。それが罪になるのなら、哀しみの尺度を測れるのなら、自分は地獄に堕ちるだろう。
(浦島太郎の玉手箱を手に入れたら、私は喜んで箱を開けるのに――。)
目を閉じて夢を見て、再び起きたとき、カイトが横で笑っていてくれることを願って、マオは夢の中へ落ちていった。
滑らかなシルクの敷布が素肌に気持ち良い。それは体温よりも冷たいから。
きっとこのシルクがなくては、二人は火照り、このような幸せに浸ることができないだろう。
その時間は、病みつきになるほどの幸せだった。
マオは、うつ伏せになって四肢を少し広げ、敷布と戯れながら目を瞑っている。
カイトの全てを知りたかった。
全てを受け入れたくて、また受け入れてほしくて、マオから誘ったのだ。
カイトは最初、相変わらず少しだけ眉間に皺を寄せ、哀しそうな表情をしていたが――それはマオの勘違いであるかもしれない、本当は意図のない表情かもしれないが、それでも、優しくマオの肌を撫で続ける。
ちょうど首から肩に掛けてのラインをカイトがなぞったとき、マオは全身が燃えるように震え上がった。
二人が一つになろうというとき、カイトは、どうにも思うようにいかない様子だったが、マオは馬乗りになってでも半ば強引にカイトを迎え入れたのだ。
やり方なんて分からないけれど、カイトが助けるように腰を支えてくれる。
(ああ、なんて幸せなんだろう。)
(私の中を、カイトが掻き乱してくれる!)
マオは、自分が生きていることを感じられた。喜びと快感で、身体が無意識に動いてしまう。出したことのない声も出る。
私っておかしいのだろうか――と、カイトを見ると、彼もまた欲情している。マオの知らない色気のあるカイト――。
カイトの表情に、マオは焚き付けられたように自ら彼の唇に吸い付いた。それは、かつてプールでした淡い口づけとは違う、求愛の行為だ。
人はどうしてこんなことをするのだろう。
その行為は、実に滑稽で、マオには理解し難いものであったのに、今ではマオの全細胞が知っていて、ごく自然のことのように受け入れている。
かつてマオを傷付けた暴力のようなそれは、身体を裂くようにただ痛くて、憎くて大嫌いで、気持ち悪くて、吐き気がしたけれど、今及んでいる行為は神聖な儀式のようであった。
マオは、森の一部になれたらな、と思った。
太陽の光を浴びてすくすくと育ち、新鮮な空気を吸って暮らしたい。
カイトとマオ、二人を隔てる境界のない世界。そうすれば自分はようやく、この人と同じ属性の生き物であると実感できる。
次第に冷静になる熱の中で、二人の動きが止まったとき、同時に笑い出した。
いつまでもこのままではいられないのだ。
あの幸せで満たされた瞬間に終わりがあることを知ってしまうと、その行為はたちまち滑稽で、そしてとても哀しいものに変わる。
「カイト、パーティは終わるものね。」
掛布の一部分を摘んで塔を作る。
手を離すと、やっぱり、すっと掛布は元通り。
二人の今の形は、この掛布の塔と同じようなものだろう。重力には勝てなくて、後には摘んだときの小さな皺だけが残る。
マオは続けて言った。
「お祭りも終わってしまうものね。」
言葉が不思議と弾んでいた。
カイトはマオの余韻を残しながら、応えた。
「終わってほしくないものほど、刹那の感動は言い尽くしがたいものだね。」
「私たちの関係みたいに?」
「僕らは、終わらないよ。」
「ねえ、カイト。……本当にそう思う?」
「……君は、そうは思わないの? 前触れもなく君が僕を捨てるとか?」
「カイトが、私を捨てることも考えられるよ。私は野良猫になって、名前も戸籍もない――まるで幽霊。だけど、お腹も空くし、身体だって汚れるし……私、そうなったら、無人島に行くことにする。」
「無人島?」
「そう、私を知っている人も知らない人も、誰も居ないことが当たり前の場所で――淋しさとは無縁の場所で、一人きりで孤独と遊ぶの。」
「マオはそんなサバイバル生活できっこないよ。」
「どうして、私、意外と生命力強いのよ。傷だってすぐに塞がっちゃう、カイトと違って若いし、ほら――。」
笑って言ったマオは、左の小指の先をちらと見た途端、少し固まっていた。
マオの表情を、カイトには読み取れない。
そして、
「ああ傷なんてなかった――。」
と、マオは左手を掛布に仕舞い込んでしまった。えへへ、と笑っている。
「それに、僕はマオを捨てるなんて、絶対にないよ。」
少しの沈黙があった。マオとカイトは見つめ合っている。
「そうだね、カイトは、ずっと、ここで待っていてくれる。」
(だけど、私、自信がないのよ――。)
そう、マオには自分がここに存在しているという自信がない。カイトと繋がっていられたあの時間は、確かに感じたアイデンティティー。
カイトにはまだこの先の未来があるけれど、自分には未来なんてあるのだろうか。
「今の、この瞬間を、本当に本当に私は幸せに感じているの。」
「うん。こっちもマオに毎日会えて、本当に幸せだ。」
もしも神様がいるのなら、三十五年前のあの夏、あのような酷い仕打ちを受けることはなかっただろう。
けれど、今、この夢みたいな時間が自分に与えられている現実を、どう受け取ろう。
やっぱり神様はいるのだろうか。
天国からまた地獄へ突き落とされることもあるかもしれない。この瞬間がいつか突然、削除されてしまわないか。
それとも、神様なんていなくて、全てが偶然なら、終わりもまた静かに穏やかに訪れるだろう。この瞬間の幸せが――幸せの後に待っているかもしれない不幸が恐いのだ。
過去も未来も考えれば暗闇で、身動きのとれない一人ぼっちのマオにとって、カイトだけが、光だった。
「カイトと一緒のお墓に入りたい。」
けれど、それは叶わない。カイトは返答に困っているようだった。マオが傷つかぬ言葉を、選んでいるのかもしれない。
「一緒の墓に、入ることはできないだろうけど――君が望むなら君好みのうんと可愛いお墓を用意するよ。僕の方が早いけど、二人生きているうちに、用意しよう。」
「私は骨になるのかな。私の存在した証拠は残るのかな。やっぱり、跡形もなく消えちゃうのは厭だなあ。」
もしも、また突然、自分が消えたら――カイトは再び哀しみに暮れるだろう。それが罪になるのなら、哀しみの尺度を測れるのなら、自分は地獄に堕ちるだろう。
(浦島太郎の玉手箱を手に入れたら、私は喜んで箱を開けるのに――。)
目を閉じて夢を見て、再び起きたとき、カイトが横で笑っていてくれることを願って、マオは夢の中へ落ちていった。
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