わたしの怖い団地

小鳥 薊

第3話影鬼

私の住んでいる団地は、外観が真っ白のコンクリート製で、小さい頃の私は、巨大な「ぬりかべ」みたいな妖怪を連想した。
今でこそ、そんな風には思わないが、昔は「ぬりかべ」の口の中に薄暗い階段があって、自分の家へ帰宅する度に「ぬりかべ」に食べられにいく気持ちだった。
すごい想像力と、バカな発想だな。

今回は、その巨大な塊のお話をしようと思う。

小学三年生のときだったと思う。私は、同じ団地に住んでいた子ども達と帰宅後から夕飯前まで団地の前の公園で遊んでいた。
メンバーは、年も性別もばらばらで、その頃は、どんな子とも平等に楽しめる遊びを、皆でつくってやっていた。
夏の暑い日だった。日中、高かった陽は夕方には傾き、影は長く伸び膨張しはじめていた。
自分にできた影の境目は、昼間と違ってぼんやりと不確かで、また影自体も手足が異常に長く頭は小さく歪んでいるのも面白い。
団地全体がつくる影は大きく、深い黒い色をしていて、夜の海のようだった。
「わたし、夕ご飯の時間だから、帰るね。」
「おれも帰ろっと」
ぱらぱらと友達が帰りはじめ、最後には私と弟と、ミエちゃん、トモくんの四人になった。
「わたしたちも、あと一個、遊びしたら帰ろうねー。」
そう決めて、最後に、影鬼をすることにした。
提案したのは私だった。不格好に伸びた影が予想外の動きをするのが楽しいし、団地がつくる影は、鬼からの最適な逃げ場になると思ったからだ。
四人しかいなかったので、最初は鬼を一人決めて、全員が捕まって鬼になったら終わり、それを三回やったら帰ることにした。

最初の鬼は、ジャンケンで決めたがトモくんだった。トモくんは小学二年生で体格は大きい方、足も速かったので、弟、私、私の同級生のミエちゃんの順番ですぐに捕まり一回目は終わってしまった。
「もー、影が長くて大きいから、逃げらんないよ!」
エミちゃんがそう言ったため、二回目からは三回踏まれたら鬼になる、というルールを付け加えてやることにした。
今度は最初に捕まった弟が鬼としてスタート。
弟はまだ小さかったので、他の三人は手加減しながら、半ばおちゃらけながら逃げ回っていた。
「見てー、わたしの影、こんなへんな動きしているよ。」
「うわ、たっくん鬼の頭、ながーい!変なの」
「きゃー、逃げろ」
二回だけ逃げ場である団地の影に三十秒間、逃げ込むことができるというルールがあったので、私は一度逃げ場へ移動し、私の影は団地の影と一体化した。
思えば、自分の影と何かの影が重なるという現象が何とも言えぬ不安を抱かせる。自分の影が団地にのみ込まれるというか、自分の存在が消えるというか、あの感覚は何なんだろう。
他の子達も何となくそう感じていたのか、逃げ場に隠れたメンバーは皆三十秒経たないうちに日なたへ出てくるのだ。
私は弟の鬼プレイを見守りながら、声に出して数を数えていた。
(あ、エミちゃんが捕まる、捕まるー!)
「エミちゃんの影、踏ーんだ!」
弟は得意げに叫んだあと、狙いをトモくんに定め動き出した。
私は、弟の影をじっと見ていたのだが、動き出した弟の影が異様に横に歪んだのを感じた。
その時だった。
「動かない!動けないよー!」
エミちゃんが叫んだ。
その声に、弟もトモくんも動きを止めて、私達はそれぞれ、少し離れた距離からエミちゃんに注目した。
「エミちゃん、どうしたの?」
「わたしの影、踏んでるの誰よぉー!」
私は弟を見た。弟の影を見た。
エミちゃんを鬼にした弟の足はすでにエミちゃんの影を踏んではいなかった。それなのに、弟の足から不自然に伸びる影はエミちゃんの影と交わって、まるでエミちゃんを捕まえ続けているように見えたのだった。
「たっくん、影!影ー!」
私はそう叫ぶと、たっくんは自分の影の異形に気づき、一目散に団地の影に逃げ込んできた。弟の影は、弟が離れるにつれて分裂し、歪んだ別の人形をつくった。歪んだ何者かの影はロウソクの炎みたいに絶えず動いている。
「エミちゃんもこっち来てー!」
私は言ったが、エミちゃんは黙って首だけを動かし、狂ったように横に振っている。
すると、トモくんが恐る恐るエミちゃんの方へ近寄り、
「影、踏んだー!」
と、その得体の知れない影を足で踏みつけた。
すると、途端に影は動かなくなった。だいぶ陽は落ち、影は薄くなりはじめているが、まだ確かにそこに存在している。
トモくんは、次にエミちゃんの腕を引っ張り、団地の影の中へと二人で逃げ込んできた。
「はあ、はあ、はあ、」
「うえ……。」
四人は固まって怯えていたが、その中でも私は、いくらか冷静さを保っていた。だから、あの影が何なのか、どうなったのかを確認したかった。
影はいつの間にか消えていた。
それを皆は確認して安堵したが、私は、団地の頭の影、日陰と日なたの境目であるラインを見ていて違和感を覚えた。
(歪んでない?)
水平に伸びる境目のある一箇所が、少しずつ盛り上がって見える。他の三人は気づいていない様子だった。私は、その一点から目を離すことができなくなっていた。
どんどん、どんどん、盛り上がる。
雫が垂れるように伸び、それが何かすぐに私はわかった。
誰かの頭。
角が生えたように尖った頭、頭に繋がる首――。
そのとき、誰かの大きな声がした。

「もう三十秒、経ったよ。」

「ぎゃ――!!」

私達は、一目散に自分の家の玄関口に走って逃げ、帰宅した。
エミちゃんとトモくんとは、玄関が違うので、二人がそれぞれ無事だったかは確認できず、逃げ帰っている間は互いに自分のことで精一杯だった。
家について、弟と話したが、結局あれがなんだったのかわかるわけもなく、いまだに謎の恐ろしい体験だ。
エミちゃんもトモくんも無事で、次の日にも普通に遊んだが、私達はそれから一度も影鬼はしなかった。

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