雨のための詩

小鳥 薊

第11話 小雨

し と
しと しと
しと しと しと
しと しと しとと


し と

傘さし と

やっぱり やめた


し と
しと しと
しと しと しと
しと しと しとと



肌がつめたい

なんの意味もないし と

傘を置く


し と
しと しと
しと しと しと
しと しと しとと
















小糠雨

音なき雨
見えぬ雨
空気のように
そこにある雨
細やかな 細やかな
ひっそりと
ただ
佇む雨
雨に濡れる私



















時雨

それは突然やってきた
息もできない突風とともにやってきた
地下鉄の車両が着いたかと思った
私が怯んだ瞬間に
口づけして消えてった
ぱらぱらと 私の心を打ち付けて
鼓動だけ残して
去ってった


小夜時雨

あんときの続き
続き
ちゃんとあった

地下鉄の最終も終わった時間に
大きな風
びゅうびゅうと吹く
私の傘を奪ってった
私の傘 返してよ
叫んだ声もかき消された
ばらばらと 冷たい雨と一緒に落ちてきた
今度は口づけもしないで
私を乱暴に抱いて消えてった
暗い夜道のことだった


梅雨

五月雨は
じとじとと 鬱陶しい雨のこと
吸っても吐いても まるで何でもない
生温いだけの空気に
不愉快な水滴が
服も 体も 心さえも
湿らせる
息を吸っても 酸欠状態
息を吐いても 過呼吸状態
苦しいのだ
空気が
汗が
肌をつたう滴が
纏わりつく
不愉快な湿度で

ここは
亜熱帯
北海道も
とうとう
亜熱帯

早く去れ
息苦しいのだ
早く去れ
さもないと
私は海にでも潜ったっきり
二度と出てこないぞ
通り雨

旅人のように
電車のように
やって来て すぐ去ってゆく
そこに 留まらぬもの
すぐ終わる
もう来ない
もう来ない
旅人は北へ行くと言ったっきり
電車は環状線ではない
もう来ない
あの人は
もう来ない
















涙雨

かなしいことがあった日に
誰かが流した涙のおまけよ
本当に
私 泣いたのよ
かなしくて
かなしくて
私の涙はまだ出ます
そんなら砂漠の乾燥地帯に
涙すら枯れ果てた誰かの畑に
降らせてほしい
そっと
お裾わけできたらいい
あなたの知らないどこかの街で
誰かが泣いたのよって














篠突く雨

息をする間もないくらい
取りつく島もないくらい
ウォー
これは何だ
太い 真っすぐの槍だ
巨大ハリネズミの棘だ
地面に突き刺すように降ってくる
豪雨
胸騒ぎが止まらない
ウォー
だけど気持ちが良いのだ
もっと降れ
ウォー
もっと降ってこいって思う

ウォー
突き刺さったままでいなさいよ
もっと降ってきなさいよ










驟雨

目を閉じ 少しおいて開くと違っていた
目の前の景色も
耳で聞く音も
音が連れてきた匂いも
全く予期せぬ展開だ
暗転が齎す衝撃
雷が当たるかもしれないから
傘だってさせない




















秋霖

秋は決意を鈍らせる
先延ばしに
してしまう
この長雨がやむのなら
終わりにしようと心に決めた
ずっと切れないままでした
長雨のせいにしちゃいましょう
切れないのは秋の雨
私たち
もう会わないほうがいい
私たち
もう ずっとこうして
秋の長雨のようだね















氷雨

お酒 飲んで帰った
夜道
氷水 背中に被ったように
雨に降られた
ほろ酔い、火照った体を冷やしてくれた

どうしよう
心拍数 まだ早いけど 少しだけ下降
顔はまだ赤い
犬みたいに髪の毛振り乱して帰った
スキップしながら帰った
風邪引かないでね、と
通りすがりに誰かが言った















遣らずの雨

帰らないで
もう少しだけ、いて
もう三十回 心の中で唱えた
それでもあなたは席を立つ
もう少し、いればいいのに
口パクで あなたの背中に言ってみる
それでもあなたは靴に爪先を挿入した
トントン
靴鳴らし
ドアを開け、出ていった
ガチャリ
パタン

あなたの小さな声がドア越しに聞こえた気がした
願望だろうか
ドアを開けると
あなた
頭を掻いて苦笑していた

アメダ
アメガ フッテ キタ
カエラナイデ と 雨が降る
もう少し、いたら
やっと声になった




夕立

夕立 来て
全部流れた
嫌なこと
全て忘れた
残った感触
熱さえも
音も
全て流れて 消え去った
夕立 降って
みんな忘れた
夕立は すぐにやむ
なかったように
いなくなる















私雨

わたくしのことですから
みなさまに わかってもらおうなんて 思いません
わたくしは嘘つきでしょうか
麓はすっかり晴れているのに
山のてっぺんだけに
雨が降っている
そんな雨のことを
私雨というのだそうです
わたくしは
わたくしは決して
みなさまの前では泣きません
わたくしは
わたくしは
わたくしの頭頂部あたりで泣くのです
頂で
一人
わたくしは











日照雨

晴れた空の下
小さな孫を遊ばせて
老夫婦が笑っている
仏のように笑っている
ベンチに座ったカップルは
二人だけの言語でしゃべっている
箸が転げたのか
くくくくと笑っている
私は一人
私だけ一人
泣いてはいないけれど
笑ってもいない

同じ空の下
繋がった地面に立っているのに
私だけ一人
泣いてはいないけど
笑ってもいない

この不公平な世界に
雨は存在してくれる
雨は 降ってくる






怪雨

雨に隠れて
忍んでいるものは何
ひっそりと
呼吸しているものは何

私の体に入ってきて
私の知らない隙に
血潮になって
知らない間に
毒になって
私は死んで

美しい雨に
潜んでいたものは
何だったのでしょう

私は何も知らずに
恵みの雨だって
はしゃいで浴びたのに
喜んで飲んだのに

私が病んだとき
誰も知らない
私すらも、知らない




雨の思い出


小さい頃
父はよく私を川へ連れていってくれました
あんまり遠くに行くんじゃないよ
そう言い、父は川の上流
自分は遠くまで行ってしまい
何時間でも釣りをし 戻ってきませんでした
私は
突然与えられたこの大きな川と
川辺の砂利と
藪と
何時間でも遊ぶことができました
雨の日も そうでした
土砂降りでなければ、そうでした
体を冷やすと母に怒られるので
車の中で、フロントガラスを打つ雨の形や
滴が流れる軌跡を目で追いながら
ポツポツ
とか
ザー
とか
ババババ
とか
車体に当たる雨音の規則性を探っていました
母が持ってきたタオルケットに包まり
雨音を聞いているうちに眠ってしまうこともありました
そういうときは
母も近くで寝息を立てているのです
雨がそんなに強くなく
そんなに冷たくないときは
私は川辺を歩くことを母に許され
やはり
あんまり遠くに行くんじゃないよ、と言われ
川の流れと雨垂れが拮抗するのを何分も
何十分かもしれません
ずっと 眺めていました
優しい雨が川の水に落ちて溶けていく様を
ずっと 見ていました
お姉ちゃん、何してんの
小枝を振り回して弟がやってくる
別に、なんにも
私 振り向かず 言う
雨見てんの、邪魔しないでよ、とは言わないけれど
弟はすぐにいなくなりました
私と違って 聞き分けが良いのです
石を投げても
魚が跳ねても
ぽちゃん という
雨が落ちても たくさん落ちても
ぽちゃん とはいわないのは
どうしてだったのでしょう
今日は、だめだな
そう言って父が戻ってきました
もう、帰ろう
藪を掻き分けて傍へ来た父の体は
さっきより少し重たそう
そっか、そうだね
木々と一緒なんだ、と思いました
さっきから降った雨の滴が葉っぱにも
土にも
父の上着にも
父の髪にも、ね
ここら一帯は
森も
砂利道も
鳥も
虫も
少し重たい
あの頃
雨の色が、私には見えました
ずっと見ていたからでしょうか
私には 雨は透明には見えませんでした
今は
そうではないけれど
小さい頃の思い出です


姉と喧嘩した雨の日
そのとき父は私を咎めた
理由なんてどうでもいいような些細な喧嘩
私の方がぐずっていたから
私の方が少々乱暴だったから
父の手が打ったのは私の小さな頭だった
天パーの頭だった
あれは確か 余市のダムだった
霧雨が 舞っていた
私は叢の緩やかな傾斜を勢いよく駆けていく
そして足がもつれて転んで
転がって
怪我をたくさんして
死んでやる!
そう思った
けれど実際には
転ばなかった
うわーん
一人で泣いていたら
すぐに強い風がびゅーと吹き
木々がウォーと啼いて
揺れた
私の体も 震えた
雨が強くなった
泣いているのかな、少しだけ自惚れた
一緒に 泣いてくれているのかな
そう思ったら気が済んだ
戻った私
死んでやろうとしたことは黙っていた












そして詩は、雨

詩として並べた言葉が
何行にも綺麗に整列したら
天から降ってくる
落ちている雨に見えた
私の好きな
言葉が
響きが
雨になる瞬間を見つけた
きれいだな
と思った

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