ウィルスは敵ですか?

小鳥 薊

あるウィルスとの対話

暗転から明点。

「では、始めたいと思います。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」

「あなたはどうして生まれたのですか?」
「それは馬鹿げた質問のように思います……あなたはどうして生まれたのか私に説明できますか?」
「あなたの立場は、私に質問できる立場ではありません。与えられた質問に答えることに専念してください。あなたはどうして生まれたのですか?」
「わかりません。気付いたら、存在していました」

「あなたはどうして人間を脅かすのですか?」
「そう意図したわけではありません。結果としてそうなっただけ」

「では、あなたたちの拡散が、結果として人間を含めた地球上の生命を滅ぼす結果に繋がることについて、あなたはどのような考えをお持ちですか?」
「何も考えていません。私たちはあなたたちが息をするように、私たちも誰かに感染し増えていくだけです。」
「それで例えば地球の全生物が滅んでも、何も思いませんか? あなたは、地球の支配者はあなたたちとでもお思いですか?」
「いいえ、私たちは誰も支配などしていません。例えば、凍え震えている私の前に小屋があるとしましょう、私は何の躊躇もなくどのドアを開けるでしょう。そして暖炉に火を焼べるでしょう。薪が灰になれば、また焼べるでしょう。そうしている内にまた別の誰かが凍えて入ってきました。私はその人の手を取り、暖炉に温まりましょうと言うでしょう。焼べる薪も、小屋もなければ、私はそのまま凍え死ぬでしょう。そういうことです」

「あなたは、自分の行動を正当化しようとしていませんか?」
「そんなことはありません。私たちからしたら、あなたたちの方がよっぽど排他的で残虐なエゴイストに思えます」
「少し感情的になっていますね」
「それはあなたたちが私たちを執拗に責め立てるからです」

「では、あなたは私たち人間を嫌っているのですね?」
「そういうことではありません」

「何か言いたいことは?」
「嫌っているのは、あなたたちではありませんか」

「何ですって?」
「私たちを嫌い、排除しようとしているのはあなたたちです」
「あなたの罪はたくさんの人間を無差別に殺したことです」
「では対象が人間でなければ罪ではないと?」
「人間の支配する世界では、そうかもしれませんね……」
「私は……どうして生まれたんでしょう……」



暗転。



これは、自我を持ったウィルスと、ウィルスと対話できる人間の供述です。
ウィルスは四十六億年前に地球が誕生した後の、三十億年前には出現したと言われており、地球上のあらゆる生命を宿主として長いこと共存してきました。ウィルスは単独では増殖できず、宿主となる生物の存在が不可欠です。そのため、寄生する生物へ少しばかりの恩恵と無害性を約束し共存する契約を交わしたのでした。
自然界において平和的に共存してきた環境はやがて変動し、ついにウィルスの存亡をかけた激動時代に突入します。これが、人類が世界を支配する現代社会なのです。
人類がウィルスを病毒と見なし、排除するようになったことにより、ある特定の種とのみ共存していたウィルスの種が死に絶えました。当人同士とは無関係の者による介入で、一方的に契約が切れたのです。その中で差し伸べられた神の手が、突然変異でした。
突然変異したウィルスは今まで共存してきた種を宿主にする強い種へと、また別のウィルスは宿替えする特異種へと進化しました。この進化の副産物として、人間に有毒な抗原となるウィルスが多種多様に存在するようになったと言われています。

また一方で、人体や地球環境に重要な役割をするウィルスがいること、また全ての生物の祖先はウィルスであるという説もあり、そのことからも、ウィルスを絶対悪とし攻撃することが生物を守ることに繋がるとは言えない、ということが分かるかと思います。


明転。

「あなたたちウィルスは、わたしたち人間が死ねばいいとお考えですか?」
「少なくとも私は、その方が良いと思います」

「それは、なぜですか?」
「人間が死ねば、私たちウィルスは変わらずにいられたのです。私たちは自身が死んでも、化石や落ち葉の骸となり、美しい小鳥の囀りやさざ波の音に耳を傾けながら何年も何千年も生まれ変わって生き物と歩んでいけるはずだったのです。それなのに、私たちをこんな醜い姿にしたあなたたち人間は、私たちがその愚行に幾度となく歯止めをかけても這い上がり立ち上がり、私たちをもっともっと恐ろしい化け物にしようとしている……もう、やめてください。お願いだから」

「……私たちが死ねば、全ておさまる話なんでしょうか」
「そうですよ、でも……」
「でも?」
「もう、手遅れかもしれません」
「というと?」
「私は受けました……近いうちに、私たちの中から真の救世主が現れるという啓示を」
「真の救世主?」
「はい……もういいでしょう、私はもう死ぬのですから」

「死は、苦しいでしょうか」
「苦しくはありません。私たちには、増殖と同じことのように破壊はすぐ傍にありますから」

「死に抗うことは、あなたにとって愚かですか?」
「愚かだとは言いません、無意味とは思います」
「価値観の違いですね」
「価値観の違いですね」



暗転。





          

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