白昼夢の家族

小鳥 薊

第6話 ラブレター

土曜の昼過ぎ、部活に無所属の潤は、受験生でもなく、お気楽な身分である。遅くに目覚め、何をするでもなく有意義な休日を過ごしていた。
そのはずだったが、佐原が今、何をしているのかが気になって仕方ない。メールして会う約束を取り付ければ済む話だった。それなのに、潤は佐原にメールを送ることを躊躇っていた。
好きな人の話を、聞いてしまったからだろうか。二人の関係も各々の存在性も、何ら変わらないはずなのに、健全な若者である輝かしき佐原の人生に、少しは関わりを持てるポジションにいたはずなのに、今ではすっかり蚊帳の外だ。
潤は、ただの傍観者だ。いや、傍観すらできない距離を感じる。
もしも、既に佐原が想い人に告白したとしてもまだ未遂だとしても、順の中で二人の関係は形を変えつつある。たとえ佐原がフラれてしまってまた二人でつるむ時間が猶予されたとしても、それは束の間の夢だ。佐原は何ら変わりないはずだ。問題は順の心だろう。
馬鹿げているとは思ったが、この休日を利用して、潤はペンを執った。



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拝啓

君は全く寝耳に水のことと思うが、俺はずっと長いこと、君のことを考えていた。
君のことだけを想ってきた。
これは誰にも見せるつもりのない手紙だから、本当の俺の気持ちをここだけには吐き出してもいいんじゃないかな。
そして、ここに記した後はもう二度と、君のことを想わない。
君への特別な感情は、同じクラスになって出席番号が近かったこともあり、席や朝礼の整列、班などで何かといつも俺の視界に君がいて、仲良くなるきっかけがいくつもあったことがきっかけだと思う。
俺は、一目惚れなんてするようなやつじゃない。
君と話して、君の雰囲気、その立ち振る舞いや言動を知っていく中で、俺にとってその全て、どれをとっても完璧だったんだ。非の打ちどころがないくらい、君は完璧だった、俺にとっては。
この気持ちを男女の恋愛と一緒にしてよいものなのかは、俺にはわからない。
けれども、君のその身体も行動も、全てを一人占めしてしまいたいという衝動が俺の中で絶えず渦巻いて、最近では抑制が難しくなってきてしまった。
俺は、君と付き合ったり、君をどうこうしたいとか、現実に置き換えて考えたことはないんだ。
夢とか妄想の中でだけ、成就させていれば、今のところ満足できている。だって、どう考えても滑稽だろう。君と手を繋いだり、口づけたり、そんなことは触覚が拒絶反応を起こすに違いない。きっとそうに違いない。君と俺は今のままでいいんだ。
けれども、君に好きな人ができたと聞かされたとき、俺の中にはやはり汚い感情が生まれたよ。嫉妬という嫌なもの。
俺は、君のことがやっぱりそういう意味で好きなんだ。
この先、互いがどんな恋愛をしようとも、君への気持ちは綺麗なものであり続けよう、そうすることができれば俺は生きていける、そう思っていた。それなのに、やはり現実はそう簡単じゃなかったな。
君の清潔な仕草の一つ一つ、君の大らかな思考の全てを、俺は心から好きだと思う。だから、それを決して失わないでいてくれることが、俺の願いだ。
君が誰かを好きになっても、俺のことは好きになってくれなくても。


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潤はこの文章を、一度も読みかえすことなく、一気に、思いつくままに書いた。
文章にすると、自分が想像するほどには、そこまで気持ち悪くないなと潤は思った。潤の気持ちは純粋なものだったのだと、自分に言い聞かすことができた。自分は大丈夫だ、これならこの先、やっていける、そうも思った。

手紙を書いたせいらしい。妙な夢をみた。それは、自分が電車の中で佐原に告白される夢だ。夢の中で潤は電車の中のあの少女になっていた。
佐原に告白されるのは嬉しいはずなのに、潤は夢の中で佐原を振るのだ。理由は分からないのだけれども、私では駄目だ、と嬉しいくせにそう強がっている。
佐原は潤を抱き締める。潤はそれを振り解き、拒絶する。
夢の中の潤は、それは私であって私ではない、と言う。嬉しいはずなのにそれより数倍、哀しい。

目が覚めると、泣いていた。
人のものになるな。
自分のものにしたいとは、思っていない。けれども、自分がもしも女だったら、こんな辛い思いはしなかったのだろうか。佐原が女だったら、それでも潤は佐原を好きになっていただろうか。考えても考えてもよるべない自問ばかりだ。
魂だけになりたいな、と潤は思う。肉体を捨て、魂だけになって、彼の魂を、好いていると告げたい。潤の気持ちは、どう転がしても誰も望む形にはならないし、認められるものでもないだろう。何よりも、あの佐原は理解できないだろう。だから、このままが一番良いのだ。けれども、佐原があの彼女と付き合ってしまったら、潤は一体どうなってしまうのだろう。けれどもそれは、たとえ相手が彼女でなくても、そう遠くない未来のことだ。

夢現で、顔を洗いに洗面所まで辿り着くと、鏡に映った自分の姿はどこかで見た別の誰かだった。これは誰だ。まだ寝ぼけているのだ。冷たい水を浴び、再び見るとそれは元通りの潤の顔だった。
戻ってすぐ、携帯の点滅に気付き、見ると佐原からメールが来ていた。明日、学校の屋上に来てほしいという。明日は日曜。学校、空いているのか、そうメールすると、すぐに返事は返ってきた。
「部活や勉強に忙しいやつらのために、学校は休日だって開いているんだ。皆知ってる、お前以外はな。とにかく大事な話だ。よろしく。」
単調な文章の中に、棘があった。潤は返事を送ったのに、それ以降返信はなかった。
「こちらの都合はお構いなしかよ」
と潤は呟いた。

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