グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

17.決戦


 魔術研究所の最深部――。
 ルード達はいくつもの階段を下りてそこにたどり着いた。
 途中、スティアのことを見て驚愕する研究員を縛り上げたが、結局フィートと遭遇することはなかった。
 ルードたちがたどり着いた先には、仰々しいほど大きい扉があった。いくつもの魔術的な封印を施されたそれは、魔界への扉のように思えた。
「ここか?」
「はい。この奥にお母さんがいます」
「そうか。じゃあ破るぞ!」
 ルードの剣が唸りをあげて魔力の刃を回転させる。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 ルードが扉目掛けて剣を降り下ろす。
 複数の障壁に阻まれて扉まで剣が届かなかったが、魔力の刃が回転してそれを引きちぎっていく。
「おおおっっ!!」
 ルードは力づくで剣を降り下ろし、障壁ごと扉をこじ開けた。
 扉が開く。
 開いた先には十字架のような台に魔術の糸で幾重にも縛られ磔にされる女性の姿があった。それがスティアの母・エリスだと一目でやっとわかった。
 その姿はルードが最後に見た醜悪な魔女の姿ではなく、四十歳前後の一見普通の人にしか見えない、スティアと同じ栗色のふわふわとしたウェーブのかかった髪をした女性だった。
「お母さんっ!」
「待てっ!」
 すぐに駆け寄ろうとするスティアの肩を掴み、それを制した。
「ようこそ、ルード。そしてスティア」
 吊るされた母の姿にすっかり見落としていた。いや、まるで溶け込むようにそこに立っていた。白銀の騎士、魔女討伐部隊イクサス隊長フィート・スクライアだ。
「ようやくお出ましか、フィート。こうなることはわかっていたのか?」
 もはや敬語で放す必要もない。ルードは鋭い眼光でフィートを睨み付けた。
「まぁね。大方予想通りだ。無理に負荷をかけて洗脳したスティアは魔女になるであろうことも、アリエルが君の封印を解くこともね。ただ、君が魔女になったスティアを元に戻してしまうことだけは予想外だったかな?」
 それも半分は予測の範囲だ、と告げるフィート。
「手の平の上で足掻いた結果、お前のところまで来てやってぞ。フィート」
「本当に君は素晴らしいよ。まさか二度も魔女化した者を救うなんてね。君こそ魔女の騎士と言っていいんじゃないかな?」
「戯れ事を。何が目的だ? スティアとエリスの人生を弄んで、俺を良いように利用して、一体何がしたい!?」
「――研究だよ」
 フィートはわかりきったことだとそう告げる。
「研究?」
「魔女化、なぜ人が魔女になるのか? それはまだ解明されていない。解明することができればそれは王国の大きな力になる。ルード、君はどうやって魔女化を解くことができた? スティア、なぜ戻ってくることができた?」
「下らない」
 はき捨てるようにルードは言い放つ。
「下らない? これほど素晴らしい研究がどこにある? この解明が進めば王国は絶大な力を持つことになる。そうすれば他の国家に対して強力な切り札ができる。この力を使えばおそらく十数年の間に全世界統一国家が誕生するだろう」
 そう語ったフィートの目は本気でどこか狂気に満ちているように感じられた。
「それが目的でお前はその研究を指示してたって訳か。下らない。多くの人の人生を歪めて、犠牲にして、踏みにじってまでそれはやり抜かなきゃいけないものかよ。悪いが下らないとしか思えない。スティアの母親を返してもらうぞ」
 ルードは怒りを抑えるように、ぎりっ、と奥歯を噛み締めて剣を取り出す。
「君には愛国心が足りないようだね」
 フィートも自身の理想を侮辱された怒りを隠そうとはせず、鋭い眼光をルードに向けて細いレイピアと呼ばれる剣を抜いた。
「魔力が戻ってよかったね。その状態の君と戦うのは二年振りか」
「今になってほえづらかくなよ! スティア、いくぞ!!」
「はいっ!!」
 スティアも既に杖を構え、戦闘態勢に移行していた。
 それを確認して、ルードは地面を蹴った。
 魔力が体に戻ったことにより、全ての感覚が活性化している。以前よりも数倍早い速度でフィートに迫った。
「はっ!!」
 自分の間合いに入った瞬間に疾風のように鋭い斬撃を繰り出す。
「ふっ!」
 フィートは涼しい顔でそれを受け止めた。
 甲高い金属音が部屋中に響き渡った。
「君の剣は真っ直ぐにだね。いくら速度が早くともこれじゃあ何の意味もない」
「受け止めたままでいいのか?」
 ルードの剣を回転する光の刃がフィートの剣をのこぎりのように削っていた。
「あぁ、そうだったね。ふんっ!!」
 その細腕のどこにそんな力があったのか、ルードは押し返され再び間合いの外に押しやられる。
「聖騎士の鎧(ホーリー・ディフェンス)!」
 その一瞬にフィートは魔術で自分の周囲を被う真っ白い膜を作り出した。
 以前、相対した時にはまったく歯が立たなかった魔力による鎧だ。
「スティア!」
「はい! フレイムタン!!」
 ルードの合図と共にスティアが杖をフィートに向けた。
 無数の炎の弾丸がフィートに降り注ぐ。
「この鎧には魔術も効かないよ」
 炎の弾丸は柔らかい綿に突っ込んだような感触でフィートのまとう魔力の鎧に威力を吸収されてしまった。
「最強の騎士っていうのは君だけの二つ名じゃないんだよ?」
 攻守交代とばかりに今度はフィートが一気に間合いを詰めてきた。
「今度は手加減しないよ! 血染めの聖剣(ブラッディ・レーヴァテイン)!!」
 一瞬の隙にルードの懐に潜り込んだフィートが、レイピアの切っ先をルードの首を目掛けて打ち下ろす。
「っっ! アイギス・シールド!!」
 とっさにルードは魔術の防壁を作り出した。
 ガツン、と鉄の盾の上から巨大な金づちで殴られたような衝撃が走って、ルードの体が吹き飛んだ。
 受け身を取ってすぐに立ち上がる。
 スティアがフィートの追い撃ちを防ごうと、魔術防壁を作りその前に立ち塞がった。
 だが、フィートは追い撃ちをかけてこなかった。
(とどめを刺す絶好のチャンスだったはず。なぜだ!?)
 フィートは剣を鞘に納め、エリスの前に戻っていた。
「これで、力の差はわかっただろう? もう無駄なことは止めて討伐部隊に戻りたまえ」
「何を言っている?」
「僕に逆らわなければ君達に手を出すのは止める、と言っているんだよ。研究が一段落すればスティア、君の母親も返そう」
「信じません。あなたにはもう何度も騙されています」
 罪を犯した女神のように縛られ吊されたエリスの下、ルードとスティアがフィートと睨み合っていた。
「お前は回りくどいんだよ。何が知りたい? 何を聞き出したい」
「さっきも聞いただろう? 君は二年前なぜエリスを魔女化から助けることができた? そして今回なぜ半分以上魔女と化していたスティアを救えた?」
 フィートは真剣な表情でそれを尋ねてくる。
「聞いてもお前は理解できないと思うぜ?」
「僕に理解できないことなんてあんまりないよ」
「そうか。わかった。教えてやるよ。その訳を!!」
 ルードは再び剣を両手で構えて駆け出した。
「ほう、理解しているのか。その理由を! ならば是非とも教えてもらおう!」
 フィートも再び剣を抜き、白い巨人をその身にまとう。
 今度は肉弾戦になった。接近した二人の剣がぶつかり合う。
 似た魔術を使う同士、どこか戦い方も似ていた。
「昔、君は僕のコピーなんて呼ばれていたね」
「それが今やお前の敵だ。光栄に思え!」
 魔力の鎧に威力は削がれてはいたが、攻撃がまったく効かない訳ではない。
 通常の剣撃でも障壁を削れば魔力が削られ、魔力が尽きれば先はない。
 そしてお互いの必殺の一撃ならば、その障壁を貫くこともできるだろう。
「ほらっ、どうしたんだい? 障壁の展開が遅いぞ!」
「くっ!」
 フィートの鋭く早い斬撃を時には剣で、時には障壁で防いで何とかしのぐ。
 フィートの障壁が常に展開でき、かつ展開していても攻撃までできる鎧型なのに対して、ルードのものは強力である代わりに魔力の消費が激しく常に展開ができない。また広く球体に展開すれば全面で攻撃は防げるものの、こちらも攻撃できなくなってしまう。
「ルードさん、下がって! ブリザード・ランス!!」
 スティアの声にルードは一瞬で間合いから離れた。
 次の瞬間、猛烈な吹雪と氷の槍が横をすり抜けて行った。
「なるほど、足りない部分はお互いに補い合うってわけかい」
 フィートは剣を盾のようにかざし、鎧をより厚いものに変えた。
 絶対零度の吹雪も、固く尖った氷の槍もその障壁の前に打ち消されてしまう。
「多少魔術が強力になっているが、防御に専念してしまえば……」
「それが狙いだ」
 防御を解きかけたフィートに今度はルードが迫る。
「ステーク・バースト!!」
 ゼロ距離から全身のバネを利用した強力無比な必殺の突き。魔力によって破壊力を増したそれがフィートの胸元に迫る。
 剣が白い鎧に直撃した瞬間、ずずん、と地割れのような音が響き、その威力に今度はフィートの身体が吹き飛んだ。
「どうだ!?」
 エリスの真下まで下がったフィートは防御を解き、涼しい顔でルード達を見つめ返した。
「なるほど、ね。友情、信頼による絆が魔女化を解く鍵だったってことかい。非論理的だが、そういったこともあるのだろう」
「何?」
「さぁ、理由はわかった。もうおしまいだ。そろそろ本気を出すよ」
 フィートは魔力による膜を更に濃密にすると、それが本当の鎧、全身を被う白銀の甲冑に変化させた。
「これが本当の『聖騎士の鎧だ』! そして、これが本当の……!!」
 フィートが剣を振り上げると空気がそのまま持ち上がったかのように感じた。
 剣の先で魔力と空気の奔流が生まれ、竜巻となっていく。
「やばいっ! スティア!!」
「ルードさんっ!」
 ルードは危険を察知して、スティアの下に駆けた。スティアもまたルードに駆け寄った。
「遅いっ!! 血染めの聖剣(ブラッディ・レーヴァテイン)!!」
「アイギス・シールド!」
「守りの壁!」
 ルードとスティアの手が触れた瞬間、二人は同時に魔術による防御障壁を作り出し、光の盾が二人を包み込んだ。
 瞬間、フィートの剣圧が凄まじいエネルギーの矢となって、防御障壁にぶつかる。
 閃光と共に凄まじい爆発が巻き起こり、爆音が部屋中に響き渡った。
「終わりかな?」
 粉塵でまったく見通しが効かない中、甲冑姿のフィートがつぶやいた。
 少しずつ粉塵が晴れるとドーム上の光の盾の中に二人は座り込んでいた。
 ルードは左肩を貫かれ負傷し、それをスティアがそれを回復魔術で治療した。
「意外としぶといね」
「……恥ずかしい話だがな」
 ルードがぽつりとつぶやく。
「お前の知りたがっていた訳は、俺も実際のところ良くわかっていないんだ」
「何を今更、時間稼ぎはもう結構だよ」
「口に出すのもはばられるけど、スティアの母親・エリスのそれだけは間違いないって言えるな」
「終わりだよ。そんなもの知らなくとも研究は続けられる、君達を瀕死にして捕らえればね!」
 フィートが再び剣を構える。
「愛情だ」
「何?」
「お前は知らないだろうけどな。俺への呪いも、俺にエリスが倒されたのも、スティアを守って欲しいっていう思い、娘への愛情からきたものだ」
「愛情ね。確かに僕はそんなもの知らないね。理解しようとも思わない」
 フィートは下らないと言いたげに剣を振り上げ、魔力と空気の奔流を作り出した。
「はは、初めてお前に勝てる気がするな。それを知ろうともしないお前に負ける気がしない」
 ルードは治療途中の腕を抱え、立ち上がった。そして、それを迎え撃つように右手を突き出した。
「奇跡を起こすのはいつだってそれだ。俺はスティアを愛している、だから必ず守る」
 同じくスティアもそれに寄り添うように立ち上がった。
「私もルードさんを愛しています。守ってもらった未来をあなたなんかに潰されるつもりはありません!」
 スティアも左手を前にかざし、防御魔術の準備を始めた。
「戯れ事だ。聞くに堪えないね。今度こそ終わりだ! 血染めの聖剣(ブラッディ・レーヴァテイン)!!」
 フィートが剣を振り下ろした。作り出した空気の奔流が雷を含み、螺旋となってルードたちに迫る。
「「アイギスシールド!」」
 ルードとスティアは同時に光の盾を作り出した。
 風と雷の螺旋が光の盾にぶつかった。
 凄まじい衝撃がルードたちを襲い、一瞬でも力を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだった。
「ぐぅぅぅ!!」
「ん、うぅぅぅ!!」
 歯を食いしばり、魔力を振り絞り防壁を破られまいと必至で堪えた。
(俺一人ならあっさり負けていただろうさ、だが、スティアとなら、二人なら負けない!!)
 風と雷の奔流がそこで止まっていた。
 二人の作り出す防壁がフィートの攻撃をしのぎきっていた。
「馬鹿な。その魔術ではこの剣を遅らせるのだってやっとだったはずだ」
「馬鹿はお前だ! いつまでも同じ技が通用すると思うな!」
 奔流が二人の作り出した防壁の前に力を失い、フィートは再び次の技を放つため魔術で空気の流れを渦に変えはじめた。
「ルードさん!!」
「あぁ!! うおぉぉぉぉぉ!!」
 スティアがルードに身体強化の魔術をかけ、ルードは全力で地面を蹴った。
 一瞬でフィートの前まで間合いを詰め、全身の力と全魔力を込めた必殺の突きを繰り出す。
「ステークバースト!!」
「っっ!?」
 ドン、という鈍い音がしてフィートの体がくの字に折れ曲がった。
「今度こそ、取ったぞ! フィート」
 ルードの剣がフィートの鎧を貫き、腹部を貫通していた。
「ぐぅぅ、なぜ、だ? 君の剣は僕の鎧には効かなかったはずだ……」
 フィートは苦しげな表情で理解できない、と尋ねてきた。
「さあな。多分お前の理解できないことだよ」
 要因はいくつかあった。
 フィートの鎧は攻撃をする瞬間に装甲が薄くなり、強力な攻撃を何度も放ったためにすでに魔力が尽き始めて鎧にこめる魔力が枯渇し始めていたこと。肩を治療している時にスティアが身体強化の魔術を使い、その強力になった魔力による身体強化はルードの力を何倍にも引き上げたこと。そして、ルードのスティアを守ろうとする思いが全魔力をこめての一撃を予想以上の威力にしたこと。
「そう、か。これが君の言う愛情の力か。覚えておくよ」
ルードはそうとは語らず剣を引き抜いて、フィートを地面に倒した。
大理石に床に彼の体から流れ出した鮮血が地面を赤く染める。
「はぁ、はぁ、はぁ、どうにか倒すことができたか」
剣をペンダントに戻し、ルードは尻餅をついて地面にへたりこんだ。
一生勝てないと思っていた相手だった。
二人掛かりでもまったく勝てる気がしていなかった。
だが結果は違っていた。最強の騎士とうたわれたフィート・スクライアに打ち勝つことができた。
「……」
スティアは険しい顔のままルードの側に駆け寄って来た。
「ん? どうした、スティア?」
スティアは倒れたフィートの傷口に触れ、治癒の術を行使し始めた。
「お、おい? そいつはお前の記憶を奪って、母親を実験動物にした首謀者だぞ? いいのか?」
「この人への憎しみはあります。でも、ルードに人殺しになってほしくないんです」
あなたは優しい人だから、とスティアは目を細めて微笑んだ。
「馬鹿……」
お前の方がだろ、とは言わなかった。

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