グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

15.スティア


 ルードたちの背後から怒鳴り声が響いた。
「そんなの嘘ですっ!」
 聞き覚えのある声にルードたちが振り返ると、そこには眉間にしわを寄せ唇を噛みしめた怒りに震えるスティアの姿があった。
「ど、どうして一人でこんなところに? スティアちゃん?」
「……」
 スティアはラクトの問いには答えない。
 姿は同じなのに、その雰囲気は以前のような柔らかさはなかった。その瞳の奥は冷たく濁っており、その体からは恐ろしいほどの魔力を帯びていた。
「私はフィート様の命令でその魔術師を狩りに来ました。でも、予定が変わりました。ルード・アドミラル、お母さんを殺した憎い敵! この場であなたを殺します!!」
 スティアは杖を構え、敵意をむき出しにしてルードを睨みつけた。
「何を言っている? 言った通り俺はお前の母親を殺してはいない」
「私の記憶にはお母さんを刺したあなたの姿があります! この記憶が嘘な訳がありませんっ!」
「スティア、一体どうしたというんだ? 何故、そんな……」
 アーバンがスティアに近寄る。
「近付かないで!!」
 スティアは体から凄まじい魔力を発して、それを制する。
「私の信じる人はフィート様だけです! フィート様の言うこと以外信じません!!」
「やれやれ、そういうことか。記憶を奪われるだけじゃなく馬鹿正直に洗脳されたようだな」
 ちらり、とアリエルを盗み見る。
 初めて会った時のアリエルもこんな感じだった。フィートが傷付けられると逆上するなど、今でもその名残はあるが、魔術の暗示により完全に洗脳されているようだった。
(俺が母親を殺したっていう記憶を植え付けられたか。俺という敵を見つけて魔力が暴走しつつある。下手をすれば魔女化するぞ)
 焦りから頬に汗が伝ってくるのを感じながらもルードは平静を装った。
「で、その母親を殺した憎い俺を殺すって訳か?」
「そう言いました。あなたにはお母さんを殺した罪を償って死んでもらいます」
 スティアの杖から溢れる魔力はアーバンのそれよりも強力だ。
「スティア、待ちなさい。彼は嘘を言っていない。私にはわかる。お母さんは生きている!」
「王国に害をなす魔術師の言うことなど聞く耳持ちません!」
 アーバンは必死の形相で説得を試みたが、それさえもスティアの耳には届かない。
 ルードはちっと舌打ちすると、トランシーバーから本部に通信を入れた。
「フィート隊長、聞こえますか?」
「聞こえている、どうした?」
「スティアが、錯乱して味方に攻撃をしかけようとしています。どうすれば良いか指示をください」
「魔女化の初期症状だね。我々は魔女を討伐するために設立された部隊だ。甚大な被害になる前に彼女を討伐せよ」
 抑揚のない声がトランシーバーから流れた。
「ちょ、ちょっと、フィート隊長?」
 それを生で聞いたラクトや他の隊員たちは戸惑いを隠せなかった。
「仲間だった人間をですか?」
「命令だ。チームC、魔女化しかけているスティア・シーモアを可能なら捕縛、手に余るなら捕殺もいとわない」
 冷徹な声が通信機に響いた。
「……クソ、アイツ。何を考えてやがる!?」
 ルードはズボンのポケットにしまった剣型のペンダントを握りしめる。
「おい! 聞こえるか!? 炎と氷結の魔女! 俺の封印を解け! お前の娘を助けるためだ!!」
 ルードは本部まで届きそうなほど、大きな声で叫んだ。その声はトランシーバーを通じて本部にも届いている。
 しかし、ルードの体には何も変化が起こらない。
「エリス・シーモア! アンタが俺に託したんだろう!? なら、俺にその役割を果たさせてくれ! 俺の封印を解放しろ‼」
 その瞬間、ルードの体から何かが弾けた。必死の声に願いが届いたのか、封印が解かれ体に魔力が戻ってきた。
(よし! しかし、これでも五分と五分だ)
 ルードはスティアを真っ直ぐに見据え、その光を失った瞳に呼びかける。
「スティア、わかるか? これはお前の母親がかけた魔術を封印する呪いだ。それを解いたということは母親がお前を間違っていると判断したってことだ」
「嘘です! フィート様の考えは絶対! 母さんが、母さん……?」
「思い出せ! 俺が致命傷を与えたお前の母親をお前はどうした?」
「うぅ……? お、思い出すも何もあの時、母さんは……」
「じゃあ、何故俺の声に反応して封印の呪いが解ける? お前の母親の意識がどこかにあるためじゃないのか?」
「だ、黙ってください!! 母さんは罪を犯して死にました!! 私はそれを償うためにフィート様の下で働かなきゃいけないんです!」
「記憶に騙されるなっ!!」
 ルードは剣のペンダントをポケットから取り出すと、魔力を走らせる。
「お前は間違っている。お前がアイツに従う理由なんてどこにもない!!」
 剣のペンダントが光を放ち、魔術の光を纏う剣へと変化した。
「うるさいっ! うるさいっ! うるさいっっ!!」
 スティアは今までにみせたことのないような禍々しい強力な魔力を放った。
(半分以上魔女化してやがる)
 あまりに強力な魔力のためにスティアの体が地面から浮き上がっていた。
「あなたは、あなたは私の敵ですっっ!!」
 魔力の波動が発せられ、大気に振動が走る。
 その振動波に体がビリビリと痺れた。
「そうかよ。だが、俺はお前の味方だ。母親を殺してくれって泣いて頼むお前の姿を見たあのときずっとな!!」
 ルードは魔術の剣を手に、スティアに突進した。
「そんなこと誰が頼むものですか!」
 スティアは呪文の詠唱なしに「フレイムタン」を発動させる。以前の比ではない巨大な炎の刃がルードに迫った。
「母親が自分のせいで魔女になってしまった。どうか助けてほしい。それが無理なら殺して欲しいって、お前は懇願したんだ!」
 ルードは魔術で自分の前に結界作り出し、それを弾き飛ばす。
「私はそんなこと言ってません。もし、言うとしてもそれはフィート様にだけです!!」
「その頃のフィートは応援要請のために本部に戻っていただろ!!」
 スティアの魔術の応酬をルードは結界の魔術と剣で弾き反し、一気に距離を詰めた。
「頭を冷やせ! スティアッ!!」
 ルードは高速の斬撃をスティアに見舞った。
「来るなっ!!」
 スティアは魔術で強力な障壁を何重にも作り出した。一枚でも強力な障壁だ。
「そんなもの!!」
 ルードは剣を突き出し一枚二枚と障壁を破った。しかし、そこまでだった。三枚目の障壁を破ることができず動きを封じられてしまう。
「フレイム……」
 隙だらけになったルードにとどめを刺さんとスティアが火炎弾の詠唱に入る。
「ブレード・オン」
 ルードがそう唱えると、ルードの剣の刃の部分に小さな円形の光の刃が走り始め、刃の周囲を高速で回転し始める。障壁に突き刺さって抜けなかった剣が回転するのこぎりのように障壁を刻み始めた。
「っ!?」
 全ての障壁を瞬時に切り裂かれ、スティアは慌てて飛びのいた。
「あれが、ルードの魔術……。全て切り裂く光の剣とどんな攻撃も防ぐ最強の盾」
「矛盾(さいきょう)を手にする騎士……」
 それはかつてルードが魔女討伐を成功した際に呼ばれた二つ名だった。
 魔力を自在に変換させる剣と結界魔術を使うルードに与えられた呼び名だった。
「くっ、うああああああっ!!」
 近距離では形勢不利と判断したスティアは後退しながら氷結の魔術を放ち、辺り一帯を凍りつかせるほどの強力な吹雪の竜巻をルードの真正面から浴びせた。
「ぐっ!!」
 たまらずルードは結界を張ったまま後ろに飛び、そのダメージを殺した。
 せっかく詰めた間合いをまた元のロングレンジに戻らされる。この距離は剣で戦う騎士にとっては、致命的に遠い。
(くそっ! やはり本領発揮されると手が出ないか)
 たまらず転げるように廃墟の柱の陰に隠れると、同じ場所にラクトとリイルも隠れていた。
「る、ルード、君、いつの間に魔術を??」
「いいから手伝え! コイツは手強いぞ」
 ルードは再び立ち上がり、剣を構える。
「コイツって、まさかスティアを手にかけるつもり?」
「スティアは完全に洗脳されてる。その上、中途半端に記憶を取り戻していて半分魔女化してる。このままじゃアイツ、本当に魔女になるぞ」
 ルードは切羽詰まった様子で唇を噛み締める。
「私が手伝おう」
 そう言ったのは彼女の父親と名乗った魔術師、アーバンだった。
「手伝ったってお前の罪状は消えないぞ?」
「構わん。どうせ世の中から消された身だ。娘と妻を助けられるなら、この命捨て去る覚悟だ!」
「……勝手に捨てるな。アイツがまた泣くだろ。……だが、フォロー任せた! アイツの気を引いてくれ!」
「承知!」
 アーバンは宙に浮き上がると無数の巨大な火の玉を作り出した。
「スティア、正気に戻れ! お前の母は生きている!!」
「黙って、私を惑わさないで!!」
 スティアは再度吹雪の竜巻を繰り出し、アーバンの火弾に対抗した。
「私も、手伝う」
 スティアの攻撃をアーバンが引き受けている間に、アリエルは地面にロッドを突き刺し、呪文を唱えはじめた。
 土の中の鉄屑がロッドの吸い寄せられるように集まり、アリエルが詠唱を終える頃には強大な大砲が作られていた。
「元に戻って。スティア」
 小さすぎて聞き取れないほどの願いと共に相反する強力な電撃の集約砲が発射された。
「消えなさい!!」
 スティアの杖から放台目掛けて激しい業火が吹き出した。
 電撃と炎がぶつかり合い、激しい爆発を起こす。だが、訓練の結果とは逆に電撃が掻き消されて炎がアリエルに迫る。
「アリエルッ!!」
「うぐっ!!」
 ルードが防ぐ間もなく、アリエルは炎に吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。
「スティアちゃん、もう止めようよ。仲間同士でどうして傷付け合うんだ!?」
 ラクトは我慢できなくなってスティアに呼びかけた。
「うるさい! 黙ってください! あの人の敵は私の敵です! あの人を抹殺することが私の受けた命令です!」
「スティアちゃん……。くそっ!」
 ラクトは腕のバングルに魔力を流して槍に変えると、切っ先でルーン文字を描き魔術で盾を作り出した。
「ルードほどじゃないかもしれないけどね、僕も君を想っているんだ!」
 ラクトは槍を構え、突進した。
「ラクト!」
 リイルも同時にショートソードに魔術で風をまとわせスティアに攻撃をしかけた。
「邪魔です!! ブリザート・ランス」
 スティアは凄まじい吹雪と氷のヤリを作り出し、二人に向けて放った。
「がぁっ!!」
 先行していたラクトはルーンの盾で一発、二発とヤリを防いだが、ついには吹き飛ばされてしまった。
 リイルはとっさに転がって物陰に隠れヤリを避けるが、降り注ぐ氷のつぶてに身動きを封じられる。
「ぐっ! く、アンタ、フィートのことが怖いって言ってたじゃない? 何でそんな急に心変わりしたのよ?」
「なんの、ことですか!? もう、しゃべらないで! うぅ、私は、私は……!」
 リイルの言葉にスティアが戸惑いを見せた。
(まだ魔女になった訳じゃない! これならまだ間に合うか?)
 満身創痍に近い状態だったが、ルードは気力を振り絞って剣を握った。
(賭けるしかない!)
 ルードは剣を地面に突き刺すと、無防備にスティアに向かって歩き出した。
「お前の敵は俺一人だろう? 母親を奪った憎い敵が目の前にいるんだ。他に構わず俺を殺れよ」
「ルード・アドミラル……!」
「最も、肝心なところはお前の勘違いだがな。そうじゃないって言うなら、俺を殺してみろよ? さぁ、もう抵抗はしない。お前の強力な魔術で俺を打ち抜いてみせろ」
「死んでっっ!!」
 スティアが炎の弾丸を放った。
 しかし、それはルードの肩を掠めて地面にぶつかった。激しい爆発が巻き起こり、火柱が立ちのばった。
「な、なんでっ? どうして? 次こそ!」
 スティアの杖からは容赦なく激しい弾丸が打ち出される。
 しかし、ルードの頬を掠めた程度で全て背後に通り過ぎていった。
「聞いてくれ、スティア。俺は確かにお前の母親を倒した。例え、生きていても王国の魔術研究所に監禁されて、もう一度再会することは出来ないだろうと思っていた。お前自身も魔術研究所に捕らわれることも承知の上だった。そのことでお前が不幸になって、いつか俺を敵だと言うなら討たれてやるつもりだった」
「だ、黙って! そんなこと聞いて、ない」
 再びの魔術を放とうと杖を構えるが、魔術が放たれることはなかった。
「それがお前の意志なら、それも仕方ないと思っていた。俺なりの罪滅ぼしだと思っていた。だが、俺の目の前に現れたお前は違った」
 ルードは一歩一歩足を進め、スティアとの距離を詰める。
「その時のお前は一度も笑わなかった。悲しくて辛くて笑えなかったんだ。だが、改めて出会ったお前は違った。微笑んでいた。こんなくだらない世界で、母親と離れ離れになって、記憶をなくして魔術の実験台にされて、それでも笑っていた。俺は記憶をなくしても、お前が笑って暮らせるならそのままでも良いと思ったよ」
 ルードは自分の思いを吐露するように言った。
「……そんな記憶、私にはありません」
 スティアは攻撃をせずに言葉を返した。
「お前は、自分の母親が魔女になった理由覚えているか?」
 ルードはその様子を見て、問いかけた。
「何でそんなことを聞くんです? あなたは知っているんですか?」
「知っている。お前が話したんだ。何でお前の母親は、魔女になった?」
「む、村で一番の魔術師だった母さんは魔女扱いされて、迫害されました。けど、強力な魔術を持つ母さんには多少の嫌がらせなんて無意味でした。だ、だから、その矛先が私に……」
 声が震えていた。記憶がそのときの恐怖を蘇らせているようだった。
「……それでどうなった?」
「同年代の子たちに囲まれて、頬を叩かれて、ひっ、腫れるまで叩かれて、む、村の男の子達から虐待を受けて、それを知った母さんは、怒りに狂って、そいつら全員を殺して、魔女になった」
「なん、だと!? 奴ら、そんなことを!?」
 怒りをむき出しにして吼えるアーバン。
「黙っててくれ。もう少しでスティアを取り戻してみせる」
 ルードはアーバンを手で制して、彼女の側に歩み寄る。
「それで、魔女になったお前の母親は村を滅ぼし廃墟にした。お前は母親の目を盗んで逃げだし、調査に来た俺達討伐部隊に泣いて懇願した」
「母さんを止めてください……。そう言いました」
「今は、お前の母親がお前を止めてほしいって言っている」
「母さんは死にました。あなたに殺されました。ただの人間のあなたがなぜ、村一つを滅ぼす力を持った母さんを倒せたんですか?」
「未熟だった俺が勝てたのは、娘のお前がそう願い、お前の母親もそれに応えたからだ」
「っ!?」
 スティアは絶句した。スティアだけではない、そこにいた全ての人間が驚いていた。
「お前の母親はそれを知って、魔女化していたはずの彼女は一部正気を取り戻した。お前を守ってくれと願い、俺に倒さることを望んだ」
 厄介な呪いつきでな、と言葉を付け足す。
「だから、ですか?」
「何がだ?」
「だから、私の願いを叶えてお母さんを殺さずに倒してくれたんですか? だから記憶のない私を守ってくれていたんですか?」
 スティアのその瞳は既に魔女の呪縛から解放されていた。だが、今ここで彼女の質問には答えなければならないだろう。
 ルードは真剣な眼差しでスティアを見つめる。彼女に何と伝えれば自分の思いが伝わるのか、足りない頭で必死に言葉を探し、そして紡ぎ出した。
「お前、スティアを守るのも願いを叶えたのも、俺が、スティアを好きだからだ。お前をずっと守りたいと思っていたからだ」
「あ、あぁ……」
 スティアの体から真っ黒い魔力が抜けていき、同時に解き放たれた放心状態のスティアの身体が宙から落ちてくる。
「スティアッ!」
 ルードは地面を駆けて、スティアを受け止めた。
「ルード、さん……」
 スティアも手を伸ばし、ルードの体に抱きついた。
「あぁ、ここにいる。しっかりしろ」
「全部、思い出しました。村の記憶も、ルードさんのことも……」
 ルードの肩に顔を埋め、スティアは涙を流した。
「俺を、怨むか?」
「そんな訳ありません。お母さんも、お父さんも、私も、何度も何度も救ってくれたルードさんに感謝こそすれ恨むことなんてありません」
「そうか」
 ルードは胸をなで下ろした。彼女に恨まれることがルードにとって一番の辛いことだった。
「初めて救われた時、言葉では表せないほど感謝して、ルードさんのことを慕っていました。次に会った時にはルードさんのことを忘れていて、それでも不愛想で優しいルードさんのことを惹かれていきました。私は、ルードさんが好きです」
「俺もだ。俺も、スティアのことを想っている」
 ルードはスティアの体を強く抱きしめて、その気持ちを伝えた。
 しばらくその心地好さに身を任せていたが、やがてスティアは顔を上げて強い意志の瞳でルードを見つめた。
「私は魔女討伐部隊を辞めようと思います。お母さんを助けて、王国から離れてどこか遠いところで静かに暮らしたいと思います」
 その意思は固そうに見えた。
「随分大胆な考えだな。だが、そう決めたならそうすればいいだろう。俺も、お前を守るためにお前に付いて行く」
「反対されるかって思ってました。……嬉しいです。ルードさん」
「お前を守るって決めたからな。どこまでだって行くさ」
 微笑むスティアにルードは力強く頷いた。

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