グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

9.偏見と差別


「こっちだ」
「はい」
 スティアの治療が終わるのを待って、二人は食堂に向かった。
 ルードは先程からなぜだかスティアから生暖かい視線が向けられているのを感じていた。
 スティアの顔を横目で覗き見る。
「?」
 首を傾けて「なんでしょう?」と言いたげに見つめ返してくる。
(……こういう視線は苦手だ)
 距離を取ろうと思えば泣かれそうになるし、近付けば懐き過ぎるし。
(人付き合いには修業が必要だな。俺がこいつに近づきすぎるのは良くない)
 そんなことを思っていると食欲をそそる香りが漂ってきた。魔女討伐部隊本部と国家騎士本部の中間にある食堂からだ。
 魔女討伐部隊の本部はそれほど広い建物ではないし、ものの数分も歩けばはじからはじまで行けてしまう。
 食堂は騎士団全体での共有する部分にあるので、正に建物の端に位置していた。
「ここだ。場所、覚えておけよ」
「はい。わかりました」
 返事が妙にハキハキしている。
 今までが怯えていただけで元々こういう話し方なのか、何だかしっくりこない。
(ま、いつまでもあのままでも困るしな。そのうち俺のほうが慣れるだろう)
 食堂に入ると、大勢の隊員がいくつも連ねて並べられた長机のテーブルに着き、食事をしていた。
 学生の食堂を思わせる騒がしさで、ともすれば互いの声が聞こえないほどだ。
 食堂には魔女討伐部隊以外の正規騎士団の団員もそこに混ざっていて思った以上の盛況ぶりだった。
 あまりの騒がしさと人の多さにスティアは物怖じしていたが、ルードが平然と入っていくのを見て、慌ててそれを追いかけた。
 テーブルを見渡すと、数個だけ席を空けて座っているラクトたちの姿が見えた。
 ルードたちはそこに歩いていく。
「やぁ、スティア。とついでにルード。席は取っておいたよ」
 その姿に気づいてラクトたちが声をかけてくる。ちょうど食事を始めたところのようだった。
「ここの食事はバイキング形式だから、好きなものを取ってくるといいわ」
 ラクトたちが食事をしているテーブルの奥のスペースに配膳台があり、そちらに鍋や大皿に料理が乗っていた。訓練の影響もあってか、すっかりお腹がすいていた。
「スティアはここで食べていけ。俺は売店に行く」
「え? あ、あの……」
 スティアの声も無視して、ルードはその場を去りかけたがスティアに服の袖をつかまれて立ち止まる。
「ルードさんも一緒に食べていかないんですか?」
「ちょっと、あんたの分も席取っておいてあげたんだから、食べて行きなさいよ?」
 女性陣からの不満の声にルードはため息をつく。
「別に頼んでないだろう。余計なことだ」
「ルードさんは座っていてください。あそこから取ってくれば良いんですよね? 私が行ってきます」
 スティアはルードの腕を引いて、無理矢理に席に着かせると配膳台のほうへ行ってしまった。
「そんなこと言うなら座らないでくれる? 私がわざわざ取っておいた席だからさ」
「そうしたいところだ。アイツが言うことを聞けばな」
「はぁ。本当にお礼も言えないのね」
「ただいま戻りました!」
 リイルは息をついて二人分の料理を乗せたお盆をテーブルに置き、自分も椅子に座った。
「ルードさん、食べてくださいね。リイルさん、席を取っておいていただいてありがとうございます」
「スティアはいいのよ。ラクトが勝手に取ってただけだから」
「あの、ルードさん、お礼はちゃんと言ったほうが良いと思いますよ」
 スティアはルードに向き直ると真っ直ぐに目を見てそんなことを言った。
「ん?」
 ルードはスティアが取ってきた料理をさっそく口にほおばっていた。
「子供じゃないんですからちゃんとお礼を言ってください」
「何だ、お前、ちゃんと自分の意見を言えたんだな」
 ルードは食事を続けながら返す。なぜだか急いで食事を済ませようとしているように見えた。
「はぐらかさないでください。ちゃんとお礼を言いましょう」
「そうだな、お前の言うその通りだ。ラクト、リイル、ありがとう。感謝する。でも、次から人の多い食堂でこんなことはしなくていい。俺は一人で食う。孤立するのは俺だけで十分だ」
 ルードは食べるのを止めずにそんな卑屈なことを言った。
「何でですか? 食事は皆で食べたほうがおいしいですよ」
「お前は何も分かってないんだな。周りを見てみろ」
 いつの間にか、隣の席が空になっていた。隣だけではない。ルードたちの周囲の席が全て空きになっていた。
 周囲を見ると、じろじろと睨みつけられていた。
 それは先程までスティアが魔女討伐部隊に配属されて感じていた好意が含まれた興味津々な視線ではない。冷たい侮蔑の視線だ。
「でも、さっきフィート隊長が……」
「アイツが何か言ったのか? どれだけ教育しようと魔力が使えないことに対する侮蔑は払拭できない。それにここは騎士団本部の食堂だ。魔女討伐部隊以外の騎士も大勢いる。フィートが影響力を持つのは部隊の中だけだ」
 この世界に生まれる以上、どんな人間だって魔力は持っている。その強弱はあれ、持っていなければ生活の基盤を作れないほどに重要なものだ。
 魔力がなければ一般の家庭にさえ普及している魔術式の釜戸に火も付けれないし、魔術式照明をつけることも不可能だ。
 魔力を持たないイコール侮蔑の対象となるのだ。
 部隊の隊長がそれを説き伏せたところで、根幹にあるものは変わることはない。
 例え力で相手を打ちのめしたとしても、変わることはない。
「だから食事が終わったらすぐに出ていく。お前らはゆっくりしてろ」
 ルードは掻き込むように食事を口の中に入れていく。
 視線が強くなって悪意に変わり始めていた。
「ごちそうさま。俺は先に行く。それじゃあな」
 ルードはわざと大きな声で言うと、スプーンを置き、直ぐさま席から立ち上がり食堂から出て行った。
「……」
 彼の姿がなくなって視線がなくなった。空気が平常に戻っていく。
「やっちゃったわね。本当に普段は気をつけているつもりだったんだけど」
「まぁ、仕方ないよ。ルードはその筋じゃ有名だから」
 魔力がなくなってからは囲まれて暴行を加えられることもあったそうだが、それをバネに訓練を繰り返し、返り討ちにするようになってからはそんなこともなくなったそうだ。
 ラクトはそんなことを語った。
「まぁ、そんなことよりスティアちゃんも食べてよ。一緒に食事しよう。あ、そうだ。リイル、デザート取ってきてよ。今日はフルーツらしいよ」
「ふぅ。わかったわよ」
 リイルは自己嫌悪にため息をつきながら席を立つ。
「持ってくればいいんでしょ?」
 ブツクサとつぶやきながら、料理の並べられたテーブルに歩いて行った。
 二人きりになってスティアは思い切ってラクトに質問する。
「あの、いつからルードさんは魔術が?」
「あぁ、うん。一年前のある事件以来だね。でも、それはあんまり他人が話すような内容じゃないんだ。本人から聞いてほしいな」
「そうですか……」
 スティアは肩を落として、ルードの座っていた席に座る。先ほどと同じくそこにはまだぬくもりが残っていた。
(ルードさんは優しい普通の人間なのに、どうしてこんなに嫌われるんだろう?)
 魔術が使えないことがそんなに嫌われる原因となるのだろうか。
 魔術の研究所で暮らしてきたスティアにはそれがわからなかった。
「それよりさ、来週国立記念で休暇が与えられるんだけど、知ってる?」
 下を向いて考え込むスティアに、それを打ち消すような明るい声でラクトが話しかけた。
「そうなんですか?」
「うん。そのときに街では盛大なお祭りがあるんだ。どうだろ? 皆で街に遊びに行かないかい?」
「いいですね! ルードさんも来られるんですか?」
「え? あ、あぁ、ルードね。どうなんだろう? アイツ来るのかな?」
「誘ってみましょうよ。あ、でも、あの体質だと街に出るのも嫌なんでしょうか?」
 考え込んで唸り始めたスティアを見てラクトはため息をつく。
「ど、どうなんだろうねー?」
「アイツなら来ないわよ」
 デザートの盛られた皿を持って戻ってきたリイルがあっさりとそう告げる。
「そうなんですか? どうしてですか?」
「一部の騎士を除いて、って言ったでしょ? アイツ、自分で志願してその日は出勤にしたらしいわよ」
「それはあの体質のせいですか?」
「さぁ、それはわからないけど、アイツなら『俺は騎士だからその使命を果たすだけだ』とでも言いそうね」
 盛ってきたフルーツを口の中に放り込み「どうでもいいわ」と食事を続けるリイル。
「なんでそこまで頑ななんでしょう?」
 それでもスティアは熱心に彼女に尋ねる。
「本人に聞いて。でも、アイツはそんなこと聞いても喜ばないでしょうけどね」
 デザートを食べはじめ、リイルはそれ以上話そうとはしなかった。
 目の前に置かれたデザートを見る。数種類の果実が色とりどりに盛られた盛り合わせだった。その中に一つだけある真っ黒な果実を見て、スティアはまるでルードのようだと思った。
「それよりお祭りどうする? 他の隊員も誘ってさ、ぱーっと行こうよ!」
 ラクトは明るい口調でスティアを誘う。
「えっと、まだ私、研究所にも行かなきゃいけないので、ちょっと考えさせてください」
 スティアははにかみながらそう答え、その黒いフルーツを手に取って食べてみた。
 すっぱくてほのかに甘い不思議な味のするフルーツだった。

 ルードは石畳の廊下を早足で歩いた。
 無理矢理食べ物を押し込んだせいで、胃の中のものを吐き出してしまいそうだった。
 慣れているはずの視線でも、あんな風にあからさまに向けられると気分が沈む。
(魔力が使えないだけでこの扱いか……)
 痛みはなくとも苛立ちは募る。
 感情は殺せても心までは殺せない。
(本当はこんなふうになりたかった訳じゃないのにな)
 騎士を志したのは誰かを守り、国を守るためだ。決して誰かを傷つけるためでも、誰かを不幸にするわけでもない。
(それでも、俺は傷つけた。みんなの誇りを)
 そして、不幸にした。一人の少女を。
(だから苛立つ権利なんてない。ただ、自分の役割をこなすだけだ)
 彼女のことを考えると頭が冷えて、少し冷静になれた。
 怒りは沸く。なら抑えればいい。
 悲しみは浮かぶ。なら沈めればいい。
 誰も傷つかないように、自分が傷つけばいい。
 忘れている悲しみなら思い出させなければいい。
(誰かを守る、救うなんて傲慢だ。俺は俺のことだけで精一杯なんだ。誰かのことなんて考えなくていい)
 魔女討伐部隊(イクサス)はまだいい。このことを知っていて無視するだけだから。
 しかし、あのように大勢が集まる場所は駄目だ。集団心理が働いて排除しようとする意識が働く。
 ちょっと前まで自分が持っていたはずのもの。無くしてしまった魔術(モノ)。
(代償を払って自分たちの敵を排除したっていうのに、英雄どころか厄介者扱いだとはな)
 魔女の呪いは強力だ。一年以上経過した今でもまだ引き続いている。
 気にしていないように振る舞っていても、心の弱い部分までは守れていない。
 彼女に恨まれることは覚悟していた。攻められてもそれは仕方ないことだと思っていた。しかし、騎士団員として功績を上げてこうなるとは思ってもみなかった。
(皮肉なもんだ)
 魔女討伐部隊本部の窓からでも外の様子は窺えた。見上げると、広がり始めた雲によって空は濁っていた。今にも雨が降り出しそうだ。
 いっそ雨が心を洗い流してくれればいいのだが、などと考えていた。
 そんなことを考えていると、突然、魔女討伐部隊の本部にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
「っ!?」
 ルードは驚きながらも、その後に流されるアナウンスに耳を澄ませた。
「魔女討伐部隊の全隊員に緊急放送。市街地のノース、サウス方面で魔物発生。A、Bチームはノース方面、C、Dチームはサウス方面へ向かい直ちに魔物を撃退せよ。繰り返す、市街地……」
 ルードは放送が終わると同時に駆け出していた。行く先は討伐部隊の出撃口だ。
「いきなり2チーム出撃か。随分と大胆だな。それともよほどの数なのか?」
ここのところ少しずつ出撃の回数が増えてきていた。この出撃も想定の範囲内だ。
 魔物は魔女の手先。新たに発生した魔女がこの王国内にいるということだ。
(その先に魔女がいるんなら、その道を切り裂いて俺が討伐する!)
 ルードは固い床を蹴って走った。

「グローオブマジック ー魔女の騎士ー」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く