グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

8.治療

 隊員一同がアリエルの魔術の威力と、それさえも打ち消したルードの正体不明の魔術に呆然としていた。
「彼を嫌っている人間も多いようだけど……」
 フィートは電磁砲の照射によって空気が焼かれた薬品のような匂いが立ち込める中、静まり返った闘技場の中で、歌うように語り始めた。
「対魔女戦で彼ほど頼りになる人間もいない。彼が騎士でなければ誰が騎士に相応しい?」
 その美声に隊員たちの心は引き付けられていた。
「魔女化は我々の科学・魔術の粋を集めても救うことのできない病だ。僕たちは世界に害をなすその病魔を退治する。そのために彼だけじゃなく皆の力が必要なんだ。いいかい?仲間を疑うな。尊敬し合おう。共に戦うんだ!」
 フィートの言葉に隊員たちが反応して歓声を上げる。
「さすがフィート隊長ね。ルードのこともよくわかってる」
「悔しいけど格好いいね。くーっ、あんなふうになってみたい!」
 リイルとラクトは完全にフィートの演説に酔いしれていた。
 アリエルもこくこくとうなづく。普段感情を出すことのない彼女も瞳を輝かせ頬を赤く染めていた。
「……」
 スティアはただ一人落ち込んだ様子で立っていた。
 ほとんどの隊員が盛り上がる中でその姿は非常に浮いていた。その様子に気がつくものは誰一人としていない。
「よし。午前の訓練はこれで終わりにしよう。午後からは気持ちを新たに訓練に励むこと、いいね?」
「はいっ!」
「では、解散!」
 フィートの号令を受けて隊員たちは散り散りになっていった。
 一人取り残されたようにスティアは立ち尽くす。
 その様子に気づいたリイルは彼女に話しかけた。
「どうしたの? もうお昼休みよ? ご飯食べに行こう?」
「え、あ、いえ。その、ルードさんは……?」
「あぁ、アイツなら医務室に行ったんじゃない? あそこなら替えの制服もあるし、一応は診療もしてもらわなきゃいけないだろうし……」
「医務室って、どちらにあるんですか?」
「え? っていうか、まさかアイツのところに行くつもりなの?」
 スティアがあまりに真剣な顔で頷くので、リイルは戸惑ってしまった。
 戸惑うよりももっとひどい、驚愕の顔でラクトが後ろに立っていたのは、リイルも気づかなかった。

 医務室の中には診察と検査を終えたルードが一人イスに腰掛けていた。
 診察と検査をしてくれた医師はもうセパレートの向こうで医療の報告書をまとめている。
 ルードは医務室のイスに座り、新しく貸与された制服に袖を通す。
「異常なしっと。よかったねー。あのアリエルの電磁砲を受けてだよ? まったく怪我の一つでもしていてほしいもんだけどね」
 セパレートの向こうから気楽にそう告げる医師にルードは毒づく。
「それは俺の台詞だ。どうなってんだよ、俺の体は?」
「これだけ科学と魔術が発展した今の世の中でもわからないことは無数にある。例えば魔女化。人間がなぜあのような老人や悪魔のような姿に変化をしてしまうのか? 悪魔との契約の結果、体を乗っ取られるからか、はたまた人間の中には悪魔が住んでいるからなのか? 解明するにはサンプルが少なすぎて分からない」
「それは魔女を生け捕りにして来いってことか? 無茶言うなよ。アイツらの力は尋常じゃない。一年前に俺が倒せたのはまぐれに近い」
 ルードは念のためにと包帯の巻かれた右腕を、異常がないか確かめるように動かす。
「わかってるよ。魔女を倒せた奴はそれだけで英雄だからね。もっとも君はそのお陰で魔術を封印されて蔑まれている訳だが」
「うるさい」
「まー、ともかく今の技術じゃ君の体がなぜ魔術を使えなくなってしまったのか、わからない。これは仮説だけど、君の魔力は何かによって封印されているんじゃないかと思うんだ」
「封印?」
「そ。封印。それもとんでもなく強力な力でね。今回、君はその封印が解けて魔術が使えたっていうけど、何かきっかけになるようなことでもあったんじゃないかな? 思い当たることはない?」
 ルードは医師の質問には答えず沈黙した。
 思い当たる節はある。スティアだ。魔術を封印した魔女の娘。その娘を守るために魔女がその意思でそれを解放したことは十分に考えられる。しかし、ここで容易く話せるような内容の話ではない。
「あくまでこれは仮説。僕の個人的な考え。一介の医師にそんなことで人体実験をさせてもらえるほど、国家騎士団は甘くないよ。忘れてくれ」
「ふん。どうだか。やぶ医者め」
「どうとでも言ってくれ。さ、用が終わったんなら行った行った。僕もこう見えて忙しいんでね」
 投げやりな声がセパレートの奥へ消えてしまった。おそらく診断記録をしまうために奥の部屋にこもってしまったのだろう。
 無表情に制服を着なおすと、イスから立ち上がった。
 そこへドアをノックする音が響いてきた。
「あ、あのルードさんはいらっしゃいますか?」
「スティアか? どうした」
 スティアが緊張した面持ちで医務室のドアから顔を出してくる。
「そうか。疲労回復の魔術をかけてもらいにきたのか。ちょっと待ってろ」
 ルードが医師呼ぼうと立ち上がりかけると、慌ててスティアはそれを止める。
「え、あ、そうじゃなくて……!」
「そうじゃないのか? だったらどうしたんだ?」
 ルードがそう尋ねると一瞬躊躇した後、がばっと頭を下げる。
「そ、その、先程はすいませんでした!」
 突然に彼女は謝ってきた。ルードはその様子に困惑した。
(俺にはなんで助けたか、助けることができたのかわからないのにな)
 彼女を助けなければ、と思った瞬間に失ったはずの魔力が沸き上がってきて、魔術を発動させることができた。
(それに……)
 発射してからあの短時間でスティアの前に回り込むなど、今のルードの脚力ではどうやっても不可能だったはずだ。元々使えた魔術でも得られないような凄まじい力がそれを可能にした。魔術も使えない今のルードにそんなこと出来るはずもない。
 呪いのせいなのか、やはりスティアが彼女の娘だからなのか。
「あ、あぁ……。余計なことだったか?」
「そんなことありません! 助けてもらえなかったら大怪我をしていました。それに、その、嬉しかったです。ありがとうございました」
顔を真っ赤にしながらそう告げる彼女。
 ルードにはその感謝を素直に受け取ることができなかった。それは当たり前の、贖罪と思っていた。
「そうか。まぁ、無事ならよかった」
 それだけを何とか告げるとルードはベッドから立ち上がった。
「今は休憩時間に入ったのか?」
「はい。皆さんは食事に行かれています」
「そうか。食堂の位置はわかるか?」
「あ、いえ、ちょっと自信がないです……」
「そうか。なら、治療が済んだら一緒に行ってやる。それまで外で待ってる」
「え?」
 よっぽど意外な答えだったのか、スティアは目を丸くして問い返してきた。
「エドガー、スティアの治療を頼む」
 ルードは医師を呼ぶと医務室の扉を開けて外へ出て行ってしまった。

 一人残されたスティアは呆然と立ち尽くした。
「はいはいはい。っと、あれ? ルードは?」
「あ、外で待ってるって」
 白衣を着た医師らしき人物がセパレートから出てきた。
 若い、言っても三十台前半くらいだろうか? 美形と言っていいほどの端正な顔立ちだが、ボサボサの髪と無精ひげがそれを台無しにしてしまっている。
「ははぁ、君はあれだね。噂の新入りだね?」
 無精ひげをいじりながら医師は、珍しそうにスティアをじろじろと眺める。
「は、はい。本日付けで配属されましたスティア・シーモアです。よろしくお願いします」
 スティアは緊張気味に答えるが、医師は意に介した様子もなくマイペースにスティアを舐めるように見つめている。
「あー、はいはい。よろしくね。僕は魔女討伐部隊の主任医療士エドガー・マッケンローだ。で、どうしたの? アイツの巻き添え?」
「いえ、そんな! 私は助けてもらったほうで、巻き添えなんて……」
「怪我をしたんじゃないの? じゃあどうしたの?」
「あの普段あまり体を動かさないのに急に訓練をしたもので、体が痛くて」
「あらら。まぁ、いきなりであの訓練はきついよねぇ。疲労回復の魔術をかけよう。そこに座ってくれるかい。杖を持ってくる」
 エドガーはそういうといそいそと隣の部屋に戻って行った。
 スティアはその今までルードが座っていたベッドに座る。
 温もりがまだ残っていた。
 彼は忌み嫌われているけれど、優しさと強さを兼ね備えた人間だ。その証拠に彼がいた場所はこんなにも温かい。
(それに近寄るなって言っていたのに、私を助けてくれた)
 扉の外で待っている彼を目で追う。
(きっと、誤解されやすいだけで優しい人なんだ)
 スティアの顔には自然と微笑みが浮かんでいた。

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