グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

7.実践訓練

 ボウトの号令で隊員たちの集まるフィートの下へ向かった。
 全員が集まったのを見計らってフィートは全員に聞こえるように声をかける。
「よし、集まったね。じゃあ実践訓練を始めるよ。くれぐれも怪我は避けるようにね」
「「はい!」」
 フィートのさわやかな笑顔に隊員たちの返答が揃う。
 隣に立っているボウトが組み合わせ表の書かれた紙を読み上げた。
「では組み合わせを発表するぞ! 最初の組はスタッズ・ライトマンとリクソン・レイジー。二組目はルード・アドミラルとエミル・ファーマー」
 二組目の名前が告げられて隊員たちがざわめく。
 個人戦でルードの名前が告げられることは少ない。副隊長と一対一でやりあえる実力がある上に、魔術が使えないこの体質だ。先ほどラクトが言っていた通り魔術を主体とした戦いをする隊員には「やりづらい」のだ。
 名前を呼ばれた隊員は中央に集まり、また他の隊員は円を描くようにその場所を開けた。
ルードは毎回見世物にされた気分になって嫌なのだが、名前を呼ばれたからには仕方ない。
(やれやれ……)
 ルードは剣を抜き放ち、中央に歩いていった。

「さ、始まるよ。スティアちゃんも自分の見える位置に行きな?」
「これから何が始まるんですか?」
 スティアもラクトたちに混じって中央に呼び出された隊員たちを見つめる。
「一対一の実践訓練さ。武器も本物。相手を殺傷しない程度にバトるのさ」
 嬉しそうにラクトは背伸びをして円の中を覗き込んた。
「スティアも呼ばれるかもしれないんだから、よく見ておくといいわよ」
 リイルは他人事のように隊員たちの隙間を縫って覗き込む。
「そんな、訓練もまともに出来ないのに実践なんて……」
 スティアは不安そうに顔を曇らせる。
 そんなスティアの袖をアリエルがくいくいと引っ張る。
「……大丈夫。魔術師はトレーニングができなくても良い。さっきの魔術を離れて撃てばいい」
 なんだかすっきりした顔のアリエルはそんなことを言った。先ほどの訓練で随分ストレスを発散したらしい。
 スティアは憂鬱な気分で名前が呼ばれないことを祈った。
 そんなことは露知らず、実践訓練は開始された。
「よし。準備はいいね? では、始め!」
 フィートの合図で最初に名前を呼ばれた組は早速戦闘を始めた。
 長身の男がスタッズと呼ばれた隊員だ。ボウトほどの身長はないものの、鍛えられた体をしている。
 スタッズは長い槍をくるくると回転させて不敵に笑った。
 もう一方のリクソンと呼ばれた男は体格の良いが身長の低く、ずんぐりむっくりとした体形の戦士だった。自分の身長ほどもある巨大な剣を片手で軽々と構え、もう片方の手には盾を携えている。
 両人とも国家騎士としてはスタンダードなスタイルだ。
「いくよ」
 ざぁ、と長身の男スタッズの周囲で水が流れる音がした。
「あぁ、いつでも来い」
 リクソンの剣が赤く熱を帯びてきらめく。
「ふっ!」
 スタッズは槍を力任せに大振りした。
 手だれの騎士同士の戦闘ならば、そんな見え見えの攻撃は易々とかわされてしまうだろう。しかし、どういうことかスタッズの槍は何かに押し出されるように加速してリクソンの体を捉えた。
「くっ!」
 リクソンは盾でそれを受け止める。
 金属音が響き、ぶつかった瞬間に水しぶきが舞った。槍を魔術で作った流水の現象で押し出し威力を増したのだ。
「甘いなっ!」
 すかさずリクソンは剣を繰り出す。
 魔術で熱せられた剣は空気を巻き込み、炎をまとってスタッズに襲いかかった。
「君がな!」
 確実に入ったはずのその一撃はスタッズのまとった外套の前で止まった。
「何っ!」
「最近出来たばかりの水の魔術を練りこんだ外套だ。いつまでもその炎が通じると思うなよ?」
 スタッズはほくそ笑んで外套で剣を流すと反撃に転じた。
「す、凄いですね。これが魔術武器を使った戦闘なんですね……」
 スティアはその光景に圧倒されていた。
 物理法則では考えられない魔術の応酬がそこでは行われていたのだ。魔女討伐部隊ならではの戦闘は知らぬ者にとっては圧巻だ。
「この程度で? まさか、アイツらまだまだよ」
 リイルはそれを見て鼻で笑う。
「まぁ、そうだね。道具はいいみたいだけど、あれじゃ武器の展示会だね」
 ラクトも両手を挙げて呆れた顔をしている。
「僕たちはね、それぞれ自身の魔術に合った武具を研究所に依頼して作ってもらえるんだ。確かにその武器の性能がこの模擬戦の勝敗を分けると言っても過言じゃないけどね」
 ラクトは腕組みをしてそうつぶやく。
「あんなの戦いとは呼ばないわよ。だからウチのサブリーダーとぶつかると……」
 リイルの視線を追って、もう一方の模擬戦・ルードとエミルという隊員の戦闘に視線を向けた。
「クソ! 何で効かないんだ!」
 エミルは風の魔術が付与された剣からカマイタチをルードに向かって放ち続けるが、ルードはそれを易々とかわす。
「魔術を放つ時の剣筋が見え見えだ」
「クソーッ!!」
 エミルはこれでもかとばかりに剣を振るい、カマイタチを乱射する。
「やれやれ」
 ルードの大剣が閃く。高速の剣戟でエミルの繰り出した無数のカマイタチを弾き飛ばしてしまった。
「う、嘘だろっ!?」
「お前は魔術に頼りすぎだ」
 油断したその一瞬の隙にルードは懐にもぐりこみ、防御する間を与えずに大剣の柄を腹に叩き込んだ。
「う、ぐふ……」
 エミルは口から泡を吹いて倒れる。
「刺したのが刃のほうだったら死んでいたな」
「勝負あり! 勝者、ルード・アドミラル!」
 ボウトから高らかにそう宣言されて、ルードは剣をしまうと、さっさと中央から離れていった。
「あぁいう風になっちゃうんだよね。まぁ、僕らも言えた義理じゃないけど」
「はぁ……」
 魔術・科学の性能よりも使う者の技術。そう言わんばかりにルードは一瞬にして相手を倒してしまった。
「次、スティーブ・ネイサーとジャン・ベスティア!」
 次々と名前が呼ばれ、隊員たちが様々な戦いぶりを見せていく。
先ほどのように武器だけに頼った戦いをする者もいれば、ルード以外にも優れた技術で他を圧倒する者もいた。中にはスティアと同じ医療担当でありながら、戦士の隊員を倒してしまう者までいた。
 そして、ついにその時が来た。
「次、おっと、お待ちかねだ。スティア・シーモアとアリエル・オート」
 新人だから呼ばれる可能性は低いだろうと考えていたのが甘かった。ボウトの口からスティアの名前が呼ばれた。
「おぉぉっ!」
「待ってたぜ、副隊長!」
 本人の気持ちも知らず、周囲は大いに盛り上がる。
「え、え……?」
 まったく別の世界の、娯楽を眺めているような気分でいたが、今度は自分がそれを演じる立場になってしまったのだ。
 まったく現実のものとしては捉えられず、スティアは何も反応できなかった。
 それを尻目にアリエルはすたすたと中央に歩いていく。
「どうした? スティア・シーモア。早く前に来い」
「ほら、スティア。呼ばれてるわよ」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。命まで取られたりしないから」
 リイルとラクトに促されて、やっとスティアは前に進む。
 女性隊員同士の模擬訓練は初めてかもしれない。しかも今日入ったばかりの期待新人と強力な魔術を使う少女との戦いだ。嫌が応にも注目が集まった。
「アリエルとスティアちゃんの訓練か。見物だぜ」
「さすがフィート隊長。わかってらっしゃる」
 本人の気持ちも知らず周囲の期待は高まっていく。
 無表情なアリエルと違い、スティアは緊張のあまり手も足も震えていた。
 アリエルはネックレスを銀色のロッドに変え、スティアはブレスレッドを木製の杖に変えた。
「いいか? ルールは簡単。お互いの技術、魔術を使って相手が戦闘不能に陥るまで戦うんだ。参ったと言ったらそれで終わり。いいな?」
 ボウトの説明に二人共頷く。
「では、杖を合わせろ。それが開始の合図だ」
 ボウトに言われるがままに、二人は中央に歩み寄りロッドと杖を重ね合わせた。
「始めっ!!」
「っ!」
 先に動いたのは意外にもスティアのほうだった。
 バックステップで相手との距離を取る。
(魔術師は遠距離で攻撃していればいい)
 そうアドバイスをされたのは、何も今日が初めてではない。
 魔術の勉強をしていた時から教え込まれてきたことだ。
 素早い動きで自分の間合いにする。そして、早くも詠唱を始めた。
 その様子をアリエルは意に介さず、じっと見つめている。
「地の奥に眠りしマグマの王よ……」
 魔術師独特の呪文詠唱だ。魔術単体で、しかもロングレンジの攻撃となれば、先ほどの戦士タイプの隊員のように簡単には魔術の行使はできない。膨大な魔力と集中、そしてイメージが必要なのだ。
 そして、その呪文の通り実際に地底に眠るマグマの王の力を借りているわけではない。その力をイメージしてそれを膨大な魔力にて具現化させるのだ。だから、同じような魔術でも魔術師によって詠唱の呪文は違う。
「その力を我が前に示せ! 火炎剣弾(フレイムタン)」
 呪文の詠唱が完了し、スティアは杖を振るった。
 先ほどルードに放った炎の弾丸が今度はアリエルに襲いかかる。
 同時にアリエルも動いていた。
「スタンロッド……」
 アリエルはそうつぶやいてロッドを振るう。ロッドから電撃が走り、生き物であるかのように炎の弾丸を捕らえた。
 二つの力がぶつかりあい、相殺するように打ち消された。
 残り火と電撃が細い煙のような魔力となって、周囲に拡散していった。
(さっきの電撃! これほどの威力なんて!)
 ダメージはないもののスティアの放った魔術が一瞬にして消されてしまった。
 幼く見えてもさすがは魔女討伐部隊の隊員だ。自信のあった魔術をルードに引き続き、アリエルにまでもあっさり打ち消されると自信を喪失しそうになってしまう。
 だが、ひるんではいられない。スティアは次の魔術を繰り出そうと呪文を唱え始める。
「……大氷原に住まう氷の女王よ。その息吹で全てを凍らせろ、ブリザード!」
 これならば、とスティアは自身が使える最大の魔術を発動させた。
 杖の先から白と蒼のコントラストが広がっていく。吹雪と氷のつぶてによる広範囲のロングレンジ攻撃だ。
 アリエルは驚き、初めて構えを取った。あれを防ぐのはよほど大きい魔術か、防御の魔術しかないだろう。
 吹雪は周囲の隊員たちを巻き込み、広がっていく。
「っ! 氷のつぶて!?」
「そんな生易しいもんじゃない。あれを見ろ!」
 スティアの周囲には氷の槍が形成されていた。本来、あれを吹雪に交えて放つ魔術なのだろう。
「お、おいっ!」
 ルードは止めようと声をかけたが、スティアは魔術の形成に集中していてその声も届かない。
「皆、危ない! 下がれ! 痛っ!」
 隊員たちに指示をかけていたフィートにもその被害が及び、手の甲に氷のつぶてがぶつかった。
「あ……!」
 アリエルもその様子を見ていた。
 無表情だったアリエルは目を見開き、その表情が冷たい怒りを帯びていく。
「フィートに怪我させた……!」
 アリエルは唇を噛んで地面にしゃがみこんだ。同時にロッドを地面に突き刺す。
「電磁砲台、起動」
「っ! アリエル! それは……!」
 ルードが止める間もなくそれは起動した。
 ロッドの先から電気が走り、何の変哲もない石畳が機械の部品に変換していく。わずか数秒で砲台を構築した。
「やめるんだ! アリエル!」
 フィートも珍しく焦った様子で声を上げたが、アリエルは止まらない。
 氷のつぶての吹き荒れる中で、アリエルは砲台の標準をあわせる。
「電磁砲発射。カウント3、2、1……」
 砲台の先端に電気の光が集まっていく。
「ブリザード・ランスッ!」
 その只ならぬ様子を見て焦ったスティアは、負けじとその氷の槍を砲台に向けて放った。
「発射」
 砲台に集約していた電気が光線のように一気に放出された。
 電磁砲が一瞬のうちに無数の氷の槍を破壊し、スティアの前に迫る。
「馬鹿! 避けろ!」
 ボウトの声が響いた。
 強力な魔術を放った後ですぐに動くこともできないスティア。このままでは電磁砲の餌食となってしまう。
 その時、ルードの鼓動が強く脈打った。
「スティアっ!」
 全身が熱くなって「彼女を助けろ」と心臓から凄まじい勢いで体中に血を送り込んでくる。気づいたときには飛び出していた。
 できうる限りの速度で飛ぶように駆ける。
 ルードは剣を抜き放ち、スティアの前に体を滑り込ませた。そして、満ち溢れてくる力で電磁砲を受け止める。
「くっ!」
 鍛え上げられた鋼鉄の剣が、膨大なエネルギー量の電磁砲の前にいともたやすく溶かされていく。強化された防護服も袖の部分からその光の前に蒸発させられる。
(やばい! これはさすがに!)
 防熱・防電の処理を施している防護服といえど、その強力なエネルギーを受け止めるのはとても無理だ。凄まじい高熱と電撃が直接ルードの体を蝕む寸前、
「やめてっ!!」
 彼女の声が聞こえた。
 その瞬間、ルードの体に凄まじい力が宿った。まるで呪いがかけられる前、魔力を持っていた頃のような感覚。
「っ!!」
 ルードはその感覚を思い出す間もなく魔術を発動させていた。ルードの手から発せられた光が二人を包むようにドーム型のフィールドを形成し、眼前にまで迫っていた電磁砲を防いだのだ。
「何だ、あれは……?」
 誰も見たこともない魔術に驚かされた。
 盾の魔術ならある。防御を強める魔術も珍しいものではない。しかし、それは一般的なそれとは違った。ドーム状のフィールドが強力な電磁砲を完全に防ぎきっている。
「魔術の結界……」
 フィートは誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。
 間もなくアリエルの砲台から光が止み、電磁砲の照射が止まった。同時にドーム状のフィールドもその姿を消した。
「え!? う、嘘だろ……」
 剣は高温で溶かされ、それを掠めた服の袖は蒸発しているというのに、ルードはなんと無傷で現れたのだ。
「な、何があったんだ?」
 隊員が唖然としてその状況を見守る。
 照射された電磁砲は発生したフィールドに触れるやいなや、その存在を打ち消され、ルードたちに届くことはなかった。
 周囲が呆然として見守る中、当人のルードとスティアにも何が起きたのか正確には理解できていなかった。
「怪我はないか?」
 ルードは混乱する頭を一旦置いて、スティアに声をかけた。
「は、はい……」
「この馬鹿。少しは周囲のことも考えて戦うようにしろ。お前の周りにいるのは敵だけとは限らないぞ」
「す、すいません! すいませんっ!!」
 ルードにそう叱られて、スティアは謝罪の言葉しか出てこなかった。
「アリエルも。本気を出すな。お前が本気を出すと怪我人が出る」
「……ごめんなさい」
 彼女のほうもどうやら正気に戻ったらしい。
(コイツはフィート隊長が絡むとすぐトランス状態になるのが問題だ)
 謝る子供をこれ以上叱っても無意味だろう。
「ボウト副隊長。剣と服を変えてきます。小隊の指揮をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……」
 ボウトでさえこの状況に困惑気味のようだった。この場は消えるのが一番だ。そう考えて足早にその場を後にする。
 去り際にフィートの顔を見ると満足そうに微笑んで頷いていた。
(これも思惑通りってわけかよ。何を考えている、フィート)
 ルードはその顔を睨みつけて、闘技場を抜け出した。

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