グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

6.訓練3

「はっ、はっ、はっ……」
 一通りのトレーニングを終えたが、スティアは膝が笑ってしまい立っていられないほど疲労していた。
 額から垂れた汗がぽたぽたと地面に吸い込まれていく。
 同じチームの隊員を見るが、ルードはおろかアリエルでさえ涼しい顔で立っていた。
「大丈夫? 少し座って休んだら?」
 リイルは心配そうにスティアの顔を覗き込んでくる。
「そ、そうさせてください……」
 そう言って地面にへたり込む。
 情けない、とかそんなことを思っている余裕もなかった。一秒でも早く体を休めたかった。
「スティア、しばらくそこで休んでろ。アリエル、見ていてやってくれ。俺とリイル、ラクトは実践訓練だ」
「だってさ。行ってくるわ」
 ルードの指示が飛び、リイルは駆けて行ってしまう。
 代わりに無言でアリエルがスティアの側に座った。
「……」
 アリエルは無垢な瞳でじっとスティアを見つめている。
「ど、どうかした?」
「魔術師には不要。だから気にする必要ない」
 慰めてくれているらしかった。無表情でそう言われてもその実感は沸かなかった。
「ありがと。でもやっぱり落ち込むよね」
 ため息が出る。自分にあそこまで体力がないなんて知らなかった。
 ルードたちのほうを見ると既に実践訓練が開始されている。
 ルードは二人と対峙していた。
 リイルは小剣を、ラクトは槍をそれぞれ構える。
 彼らの武器には無骨で飾り気のないルードの剣とは違い、所々に魔術的な装飾や科学の技術が組み込まれている。
 明らかにリイルたちが有利なのに、ルードは怪我をさせないためなのか革製の鞘をかぶせた剣を構えていた。
「手加減なしでいいぞ。本気でかかってこい」
「言ったね?」
「ほえ面かいても知らないわよ!」
 ルードがわざとらしい挑発に二人はあっさり引っかかり、姉弟は息を合わせ襲いかかった。
 二対一の激しい戦闘が繰り広げられる。
 最初は二人が優勢に展開していたが、徐々にルードのほうが押し戻していく形となっていく。
 その様子を見て、スティアは深くため息をついた。
「みんな、凄いんですね」
「……?」
 アリエルはそのつぶやきに首をかしげる。
「ううん。なんでもない。それより、少し休んだらまたさっきのサーキット・トレーニングに付き合ってくれる?」
 頭を振ってアリエルに尋ねる。
「ん……。でも、魔術師には必要ない……」
「私が勝手にやりたいの。手伝ってくれる?」
「わかった」
 スティアの意思が固いことを理解したのか、アリエルはそう頷いた。

 ルードたちは二対一の実践訓練を続ける。
 魔術に頼った二人を相手にルードは剣一本で迎え撃った。
「せいっ!」
 ラクトの槍による鋭い突きをかいくぐり、ルードは自分の間合いまで体を滑り込ませる。
「はぁっ!!」
 そのまま鋼鉄の剣を地面に走らせ、切り上げる。
 鞘を被った剣がラクトの脇腹にめり込んだ。
「うぐ、ぐぐぐ……」
 うめき声を上げてラクトは地面に突っ伏した。
「ラクトッ!」
 その一瞬の隙を逃すまいとリイルは攻撃を仕掛ける。
「高き空に舞う風の精霊よ、我に力を! 疾風の小剣(ウィンド・ソード)」
 リイルは早口で呪文を唱え、魔術を発動させた。手に持った小剣に風をまとい、そのまま切れ味の増した小剣をルードに見舞う。
「っ!」
 ルードは振り向きざまに剣でそれを受け止めた。しかし、それだけで終わりではない。リイルの小剣がまとった風の刃がムチのようにルードに襲いかかる。
「八つ裂きになりなさいっ!」
「ちょっと遅かったな」
 ルードは受け止めた時点で剣から手を離し、バックステップで後方に下がる。
「え、嘘っ! なんで剣を捨てるのっ!?」
「なんでだろうなっ!」
 戸惑うリイルの動揺を突いてそのまま突進して体当たりをかまして体勢を崩した。ルードはその隙に剣を拾うと、懐にもぐりこみ、容赦なく肘でリイルのみぞおちを抉った。
「う、ぐぐぐ……」
 リイルは崩れ落ち、地面に膝を着いた。
 気絶こそしなかったものの、これ以上の実践訓練は不可能だろう。
「勝負ありだな」
 ルードは剣を肩に乗せてそう宣言した。
 騎士ならば科学と魔術の加護を得た盾を使う。魔術師ならば洗練された魔術を使う。
 しかし、その両方が使えないルードにとっての戦い方は一つしかない。相手を無力化して攻撃を叩き込む。それだけだ。
「ふへぇ、これで僕らの何連敗だい?」
 地面に突っ伏していたラクトはいつの間にか起き上がり、槍を小さくしまいブレスレットに戻した。
「数えるのも馬鹿馬鹿しくなってきたくらいだな」
「ったく、アンタなんで魔術が使えない癖にそんなに強いのよ! 反則よ!」
「お前らの訓練が足りないだけだ。魔術に頼りすぎなんだよ。実際こういう敵と戦う時の訓練だと思え」
「魔術を使わない魔女なんてどこにいるのよ!?」
 負けたのがよっぽど悔しいのか、地面に小剣を突き刺す。
 悪態をつくリイルを無視して、ルードは背を向ける。
(そういえば、アイツどうした?)
 ふと気になって振り返ると、アリエルに足を押さえてもらいながら腹筋をする彼女の姿があった。
「最初は、できるだけでいい。……私も、最初はできなかった」
 恥ずかしそうに告白するアリエル。その無表情な顔にほんのり赤みが差す。
「そうなんだ。じゃあ私も頑張らないとね」
 スティアはそれをちょっと可愛いと思いながら腹筋を繰り返した。
(アイツ……)
 スティアはサーキット・トレーニングで自分が出来なかった項目を重点的に繰り返し行っていた。
(ずっとアレを続けていたのか?)
 どこのお嬢様かと思っていたが、大した努力家だ。いや、ただ負けず嫌いなのかもしれない。
(少し冷たすぎたか?)
 ただ下手に近づいて彼女にあの事件のことを思い出されても困る。
(本当は事件のことを話して、謝罪すべきなんだとは思うが……)
 だが、それはフィート隊長から固く止められている。
 結局、彼女とは距離を取りながら上手く付き合っていくしかないのだろう。
「ほら見なさい。だからコミュニケーションをもっと取れって言ったでしょ?」
 地面に転がったまま同じ光景を見ていたリイルがルードに突き刺すように言った。
「何のことだ?」
「彼女のことよ。自分がこのチームの足を引っ張るんじゃないかって必死に努力してるじゃない」
「いいことじゃないのか?」
「彼女、無理してるわよ? 特に体がね」
 よくみると汗のかきかたが尋常ではなかった。それに何だか痛がっているようにも見えた。今まで使ったことのなかった筋肉を急に使ったことによってどこか痛めたのだ。
「気づいていたなら止めろ!」
「隊員の体調に気を使うのもリーダーの仕事でしょ?」
 にやりと笑うリイルに舌打ちをして足早にスティアのほうへ向かう。
「おい、スティア」
「あ、ルードさん、見てください。私、腕立て伏せと腹筋が出来るようになりましたよ?」
 額に汗をかきながら微笑む彼女を見て、ルードは痛々しい気持ちになった。
「もうやめろ。体が痛むまでトレーニングを続ける奴がどこにいる」
 これ以上無茶をされても敵わない。できる限り優しい声で言葉を紡ぐ。
「え?」
「ゆっくり体を下ろして楽な体勢になれ」
「は、はい……」
 その声に戸惑いを見せながら言われたとおり体を下ろす。その表情が痛みにより歪んだ。
「痛むか?」
「はい。少し……」
「昼休みになったら医務室で疲労回復の魔術をかけてもらってこい。明日体中が痛くなって歩けなくなるぞ。それから、もう今日のサーキット・トレーニングはやるな」
「え、でも……」
「いざという時に動けなくて魔女討伐部隊が勤まらないだろ。まだこの後には実践訓練もある。それまで身体を休めろ」
「はい……」
 スティアは顔を曇らせる。また落ち込んでしまったようだった。
(優しい言葉をかけたつもりだったんだがな……)
 こっちが落ち込んでしまいそうだ。ラクトのように上手くはいかない。
「アリエルも、無理しているのがわかったんなら止めてくれよ」
「止めた。でも、やるって聞かなかった」
 無表情に反抗するアリエル。その表情にはわずかに苛立ちを含んでいるように見えた。
「そうか……。スティア、無理をしたって仕方ないんだぞ?」
「でも、私、皆さんに迷惑かけるんじゃないかって……」
「新人が先輩の隊員に迷惑かけるのなんか当然だ。訓練歴が違うんだ。そうじゃなきゃ俺たちの立つ瀬がない」
「でも、私は……」
 何か言いたそうにしたが、口をつぐんだ。
「そんなに焦らなきゃいけない理由があるのか?」
「……」
「別に話したくないんなら、話さなくてもいい。でも、今無理して体を壊して、その理由を余計に遠のかせてもいいのか?」
 スティアは無言で首を横に振った。
「それなら無理はしないことだ」
 いくら頑固でもここまで言えば従うだろう。自分に出来ることはした。後はリイルかラクトに任せることにする。
「リイル、ラクト。実践訓練の練習は一旦終了しよう」
「本当かい? やった!」
 ノックダウンしていたラクトがケロリと起き上がる。
 ルードはリイルに目配せして「後はよろしく頼む」と伝える。リイルも「仕方ないわね」と返して来た。後は彼女が面倒を見てくれる。問題ないだろう。
「アリエル、攻撃魔術の訓練だ。俺が的になるから好きなだけ魔術を撃っていいぞ」
 ピクリと、アリエルの耳が動く。
 彼女の強力すぎる魔術の練習台になれるのは、隊の中でも小隊長クラスの者だけだ。
 各小隊長は自分の部隊に付きっ切りになってしまっており、隊長・副隊長は全体を監督しているため、訓練に付き合えるのはルードだけになってしまっている。
(さっきはアリエルのせいにしたからな)
 アリエルは顔には出さないが、この時間を非常に楽しみにしている。
 普段は自分の訓練もあるのであまり彼女に付き合ってやれないが、こう言えばアリエルが上機嫌になるのも知っている。いわゆるご機嫌取りだ。
「……本当?」
「あぁ、ただし本気は出すなよ?」
「……うん」
 小走りに闘技場の端まで駆けていくアリエル。皆の訓練の邪魔にならないところで練習をする決まりなのだ。
 ああいう姿を見ると子供らしいと思うが、その中身は強力な魔術を使う魔術師だ。いくらルードが相手をできる技量を持っているとはいえ、相手にするなら一時も油断できない。
「早くしよう」
「わかったわかった」
 遠くから精一杯大きな声で呼びかけてくるアリエルを追いかけて闘技場の端に行く。
 ある程度距離をとった場所にルードが立つと、アリエルは身に着けていたペンダントに手を伸ばし、それを引きちぎるようにして取り外した。すると、小さな棒状のペンダントがアリエルの手の中で細長いロッドへと変化した。
「いくよ……?」
「あぁ。いつでも来い」
 言った瞬間にアリエルが魔術を放つ。
 彼女のロッドから四角形の魔術式が広がり、そこから電撃が放たれた。その電撃をルードは構えた剣で受け流す。
 アリエルの魔術は電気系統のものだ。最も本来はこういう使い方をするものではないのだが、それでも十分に強力だ。
 ルードが魔術なしでこんなことができてしまうのは日頃の訓練のたまものである。
 一つ間違えば大怪我に繋がりかねない行為なのだが、魔女を討伐するため、騎士に恥じないためにあえて危険な訓練を続けていた。
 受け流した電撃は後方に飛び散って地面のタイルを破壊した。
「おい、またやってるぜ?」
「まったく疎ましいな。無能力者め」
 他のチームの隊員から陰口も聞こえる。気にしても仕方ないのだが……。
 訓練に意識を集中する。
 放たれる電撃を打ち払い、受け流す。それが難しいと判断する時には、地面を蹴って攻撃をかわした。
 魔女との仮想訓練にはもってこいだが、派手な訓練になってしまうため、かなり周囲の目を引いてしまう。
(別に俺だって目立ちたいと思っているわけじゃない)
 心無い声に傷つかない訳ではない。
(だけど、俺にはやるべきことがある)
 そう思えば同僚からの無神経な言葉にも堪えられた。
 無心になって体を動かす。
 アリエルの電撃魔術も多種多彩になり、そろそろ受け流すのがキツくなってきた。
(反撃は、できないな。アイツのストレス発散だし)
 剣で弾くのもそろそろ限界だ。生身で受けるのは好きじゃないが、そんなことも言っていられない。
「よし! 訓練は中止しろ! 一対一の実践訓練を始めるぞ!」
 ボウトから声がかかった。訓練は中止だ。
「アリエル、一旦中止だ。攻撃をやめてくれ」
「……うん」
 アリエルは魔術を放つのをやめてロッドを下ろす。
「……ありがとう」
「ん?」
「ルードが協力してくれないと、訓練、できないから」
「そうか。まぁ、今後もできる限り訓練に付き合うようにする」
「お願い、します」
 珍しくアリエルの敬語を聞いて少し驚いた。
 ルードは「あぁ」と短くそれに返事をした。

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