グローオブマジック ー魔女の騎士ー

珀花 繕志

4.訓練

 朝、太陽が顔を出す前の暗闇の中でルードは目を覚ました。
 部屋の中は冷たい空気で満たされていて、思わず身震いしてしまう。
 いつも見る悪夢は見なかった。
(アイツと会ったせいか。まさか呪いのせいで悪夢を見ている訳じゃないだろうな)
 そうであれば封じられた魔力が解放されているはずだ。
 試しに魔力を引き出そうと手を握ってみたが、まったく反応はなかった。
(だが、久しぶりに深く眠りにつけたお陰で頭はすっきりしている)
 いびきに近い寝息で隣のベッドに目を向けるとルームメイトのラクトが深い眠りについていた。
 彼を起こさないように音を立てずにベッドを出ると、寝巻きを脱いでトレーニング用の服に着替える。最後に鋼鉄の剣を腰に差して、ルードは部屋を出た。
 寝静まった宿舎の廊下を静かに歩く。
 宿舎から出て地面に足を下ろすと、土の中で立っていた霜がクシャッ、と音を立ててつぶれた。春ももうまもなくだというのに、未だに朝方は霜が立つ。
 つぶれてなお氷の塊になって残るそれを見て自分のようだと思いながら、ルードは手ごろなところまで歩き、準備運動を始めた。
 体が温まったところで、剣を抜き放つ。自主訓練の開始だ。
 魔術の恩恵も科学的操作も受けないただの変哲もない鋼鉄の剣。かなりの重量を伴うそれを振り回せるようになるまでにも随分時間がかかった。
 今やそれも自分の体の一部のように扱えるようになっている。
(アイツは、今日から訓練に参加するのか)
 スティアのことが脳裏に浮かんだ。
 はにかんで笑っていた。ルードの言葉に傷ついた顔をしていた。
 どんな魔術的な操作があったにしろ、彼女は全てを忘れている。
(それでアイツが笑えるなら、もしかしたらその方が良いのか?)
 迷いを断つように剣を振るう。
 忘れているのならわざわざ無理に辛い記憶を思い出させる必要はない。
 フィートの言うとおりだろう。
(それならラクトの言うように、もう少し優しくしたほうがいいのか?)
 日課にしている100回の最後の素振りは気の抜けたようになってしまったことを反省し、ルードはもう一度101回目の素振りを迷いを断つように振り下ろした。
 今朝の天気は厚い曇が晴れ、太陽が見え始めていた。

 宿舎に戻ると誰よりも早くに出て、訓練場に着いた。
 そうしているうちに他の騎士たちが訓練場に集まってくる。
 騎士たちがいつものように整列すると、それを待っていたように隊長のフィートが列の前に現れた。
 白銀の鎧をまとったその姿には昨日ルードに見せた一面は見られない。そして、その隣にはスティアが怯えたように縮こまっていた。
「みんな、おはよう」
「おはようございます!」
 隊員たちの号令のようなあいさつが返ってきたのを聴いて、さわやかな笑顔を浮かべて満足げに頷く。
「昨日も紹介したんだけど、今日から部隊の仲間になることになった魔術治療士のスティア・シーモアだ。スティア、あいさつをして」
「は、はい。魔術治療士のスティア・シーモアです。普段は皆様の後衛としてバックアップを勤めることになります。よろしくお願いします」
 ルードの昨日の苦言が効いているのか、昨日よりも元気がないように見えた。
「魔術医療士だから基本は後衛になるけど、現場では何が起こるかわからない。最低限自分の身は守れるように訓練には参加してもらうから、そのつもりで」
「はい」
 怯えた様子だったが、その意思は固く、脅しめいた言葉にも強く頷いていた。
「隊はそうだな、Cに入ってもらおうかな?」
 そう告げた言葉に隊員の一喜一憂の声が広がる。
 フィートの告げたC小隊は、ルードたちのいる隊だった。
(アイツ、狙いやがったな)
 昨日よりは感情的にならずに済んだが、明らかに狙って配属したことにルードは苛立ちを隠せなかった。
「やったな、ルード。これで昨日の挽回が出来そうじゃないか」
「しっかり面倒みなさいよ。仮にもリーダーなんだから」
 ラクトは小躍りして喜んでいたが、ルードは複雑な心境から素直に喜ぶことはできなかった。
 スティアは昨日の件もあってか、遠慮がちにルードのそばに寄って来た。
「よ、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく頼む。列の後ろに入ってくれ。リイル、レクチャーを頼む」
「もう、また私? たまには面倒見なさいよ」
「文句言うな。それともラクトかアリエルに任せるか?」
「……わかった。私が面倒見る」
「え? なんで僕じゃ駄目なのさ?」
 不思議そうな顔のラクトを尻目に、スティアはC小隊の列に加わる。
「よし。じゃあ、いつものとおり基礎練習から始めよう。闘技場を三周ランニング、A隊からスタートしてくれ」
「はい」
 号令のようなあいさつのあとA隊の騎士たちが闘技場を走り始める。
 国家騎士魔女討伐部隊「イクサス」はAからFまでの小隊で形成されている。
 各小隊にはそれぞれ騎士が五、六名配置されており、ルードが属するC組は前衛騎士のルード、ラクト、リイル、それに魔術師のアリエル、そして副隊長のボウトが属する隊だ。
 本来、任務に当たる際には副隊長のボウトが指揮をとるが、訓練などの日々のまとめ役はルードが代理で行うよう指示されている。そのため「サブリーダー」という形になってしまっている。
 今回スティアが加わったことで全六名の小隊となった。
「基本的なことは聞いてるわね?」
「はい。大体は……」
 ランニングをしながらリイルはスティアに説明する。
「先頭の無愛想な男がサブリーダーのルード・アドミラル。魔術に関しては超無能、前衛突進型の剣士ね。さっきからアンタのことをチラチラ見てる男がラクト・エンシア。私の弟で、前衛だけどどっちかっていうとサポート系の魔術が得意ね」
 ラクトが前から「よろしくねー」などと手を振ってスキップするように走っていた。
「私はさっき紹介したわよね? 前衛、攻撃支援とかの魔術が得意でそれを駆使して戦うわ。で、後ろで無表情に走っているのがアリエル・オート。後衛で攻撃魔術を得意としてるわ。この娘も最近配属されたんだけど、今まで事務系の仕事だったみたいで運動は苦手ね」
 後ろを向くと銀色の髪をおかっぱのように切りそろえた、人形のような少女がいた。子供らしい大きな瞳にはおよそ光と呼べるものがなく、その顔にも表情らしきものは一切ない。一応隊員の制服を着ていることで、関係者だとかろうじてわかるが、それがなければ迷子か何かと勘違いしただろう。
「で、本来のリーダーが……」
「俺だ」
「きゃっ!」
 ぬっと筋肉隆々で長身の男が現れる。
「ボウトさん! 気配を消して現れないでくださいよ!」
「はっはっは、すまんすまん。だが、この程度の気配を察知できないとはリイルもまだまだだな」
 それだけ言うとボウトは笑いながら速度を上げて、走り去って行ってしまった。
「はいはい。……あの人が本来のリーダー、ボウト・バンガードさん。隊の副隊長を兼任しているから普段の訓練で仕切ったりすることはあまりないわね。前衛、猪突猛進型。自分の能力を強化する魔術を使うわ。だいたいわかった?」
「はぁ……」
「訓練も厳しいし、隊に慣れるのも大変かもしれないけど、最初は名前を覚えることから始めて。それくらい気楽な気持ちのほうが良いわ」
「はい。あの……」
 息を切らせながらスティアは尋ねる。
「ん? 何?」
「ルードさんは、なぜ、魔術が使えない身体になってしまったのですか?」
「……それは本人が話すまで黙っておくわ。あんまり知られたいことじゃないと思うから」
「そうですか……」
 リイルのきっぱりとした拒絶に意思にスティアは黙ってしまう。
「まぁ、仲良くなればそのうち話してくれるわよ」
 明るく言って、スティアの背中を叩く。
「きゃっ!」
「さぁ、あと一周ラストスパートよ! ちなみにビリになった奴は訓練の後で闘技場の整備だからね!」
 そう言うと、リイルは全速力で駆け出す。
 見ればルードを含む他の隊員たちも全力疾走していた。
「速く走らないと後ろのチームに抜かれるわよ!」
「そ、そういうことは、早く言ってくださいっ!」
 スティアも力の限り走り始めた。

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