グローオブマジック ー魔女の騎士ー
1.プロローグ
曇った空から凍てつく冷たい風が、今にも崩れ落ちそうな建物の中を吹き抜けた。
その半壊した建物の中で一人の騎士が醜悪な顔の老婆と対峙している。
十六、七歳位だろうか。歳に似合わぬ精悍な顔立ちで、真一文字に結ばれた唇と、幼さの残る大きな瞳には決死の覚悟がにじみ出ていた。
その若い見習い騎士は魔術によって金色に輝く剣を構え、油断なく老婆を睨みつけている。
対峙する老婆の容姿はというと、それは醜いものだった。長く垂れ下がった鼻、長く伸びた耳、白髪交じりの髪は泥と血にまみれていて、固く握られた木の杖にしがみついていた。その姿はまさに魔女そのものといった風貌だ。
地面に元は人であったものの成れの果てが無造作に転がっている。むせ返るほどの血の臭いで、ともすれば胃の中のものを全て吐き出してしまいそうだ。
そんな地獄のような光景の中、騎士は一人その凶悪な魔女と睨み合っていた。
しかし、騎士の体はもはや満身創痍に見えた。身につけた鎧の間から見える皮膚には無数の傷が刻まれていた。
かたや魔女は滴るほどの返り血を浴びているというのに、傷一つ負っていなかった。
明らかに優勢なのは魔女だった。しかし、
「これで終わりだ。魔女」
騎士は強気な姿勢で告げた。
「キヒヒ、私を殺すか? のう、若い騎士よ」
魔女は醜悪な顔を愉快そうにゆがめ、騎士の攻撃を待っているようにも思えた。
「止めて……、お願い……」
部屋の端で傷だらけの少女が悲痛な声を漏らした。
少女の髪は灰を被ったように薄汚れ、服はしわだらけになっていた。それでも、泣き濡れた瞳の奥には希望を秘めた光が宿っているように見えた。
騎士は彼女の声を聞いて、ぐっ、と唇を噛み締める。
しかし、もはやこうなってしまっては誰にも止められない。魔女と化した人には救いはない。現在の技術では救う術がないのだ。
少女の悲しみは痛いほどに理解できたが、今躊躇すれば全てが水の泡になる。今は目の前の魔女を倒すことだけに集中しなければならない。
「えぇ? どうなんだい、騎士様よ?」
挑発するような口調で魔女は続ける。
若い騎士見習いは重い唇を開いた。
「……お前のせいで村が滅んだ。多くの仲間も犠牲になった。俺はもう躊躇しない」
「奴らは滅ぼされて当然の行いをした。当然の報いだ」
「そうだったとしても、別のやり方はあったはずだ。お前はそれを選ばず大罪を犯した」
「だから殺すのか? キヒヒヒヒ! 国家騎士様は人を殺す権限さえ持つのか?」
本当に楽しそうに笑う。言っていることは間違っていなくとも、この魔女はもはや人としての尊厳を失ってしまっている。人間として社会に復帰するのはもはや不可能だろう。
「おしゃべりは終わりだ。お前を討つ!」
騎士は地を蹴って駆けた。
「凍えてしまえ!」
同時に魔女が氷結の魔術を杖から放ち、騎士に浴びせかける。
「っ!!」
騎士の全身が真っ白になって、全身が凍りついた。指先は痺れ、火傷のように体の端々が凍傷になった。しかしそれでも騎士は突進を続けた。
「馬鹿か貴様は!? 何を考えている!?」
「魔女相手に無傷で勝とうなんて考えていない!」
再度放たれる魔術。今度は炎が全身を包み込んだ。それでも騎士は突き進む。
「止めろ! 来るな!」
「……うおおおおおっ!!」
抵抗する魔女に騎士は渾身の一撃を繰り出した。
ズドン、と天にまで届きそうな爆音と共に騎士の剣が魔女の体を貫き、剣ごと壁に張り付けにした。
「がっ! ぐぎぎぎ……」
縫い付けられるように壁にめり込んだ魔女は口から血塊を吐き出した。
魔女は苦悶の表情を浮かべ、杖を手放す。もはや抵抗する力は残っていないようであった。
「お前の負けだ。魔女」
「ぐ、くく、のぉ、若い騎士。私にとどめを刺した騎士よ。お前の名は?」
「ルード。ルード・アドミラルだ」
「く、ハハハハハ! やはり若いな、魔女に名前を教えるなど!」
魔女は口から血飛沫を撒き散らしながら盛大に笑った。
「……」
「貴様に呪いをかけてやろう。私が死んでも解けぬ強力な呪いだ。貴様は一生それで苦しむことになる」
「お前を倒すと決めたときから、そんなことは覚悟している。やるならやれ」
騎士見習いルードの瞳には強い意志が込められていた。
「ククク、ハハハ! 面白い! 貴様になら我が生涯くれてやっても惜しくはない! 喰らえ! 我が最期の大魔術!!」
魔女の杖から凄まじい光が発せられ、この部屋全体を白く照らした。
その光にルードの体が包まれて、魔女の呪いをその身に受けた。
「ぐ、ああぁ……」
体を呪いが蝕んでいく。
激痛が体を駆け抜け、体中の細胞が何かに食われていくようだった。
「貴様に、た…く……、貴様がかわ……」
言い終わると魔女は、ガクリ、と意識を失った。
「ぐ、くっ、はぁ、はぁ……!」
ルードはその役目を終えた剣を引き抜き、地面に突き立てるとそれにもたれかかった。
「終わったか……」
ルードは苦難の末、ついに村一つと国家騎士の部隊を滅ぼした凶悪な魔女を葬ったのだ。
「あ、ああ、あああ、わぁああああああ!!」
泣き崩れる少女。魔女の娘だ。
その声はルードの胸をえぐる。
悲痛な声は止まらず、部屋の中をこだました。
ルードは魔女、いや、人を殺すことの重みを感じながら、赤い血の伝う剣を握り締めた。
魔女。近代になっても尽きない災害のような病。
魔術と慣れ親しんだ者が己に潜む負の感情を爆発させ、悪魔との契約によって生まれるこの病。
人がそれになるときを「魔女化」と呼ぶ。
魔女と化した人には救いはない。現在の発展した魔術、科学の粋を以ってしても救う術がないのだ。
魔術が発展した現在では誰もがそれになる可能性を秘めていた。
そして、その魔女を討伐すべく生まれたのが彼の属する国家騎士 魔女討伐部隊「イクサス」であった。
その半壊した建物の中で一人の騎士が醜悪な顔の老婆と対峙している。
十六、七歳位だろうか。歳に似合わぬ精悍な顔立ちで、真一文字に結ばれた唇と、幼さの残る大きな瞳には決死の覚悟がにじみ出ていた。
その若い見習い騎士は魔術によって金色に輝く剣を構え、油断なく老婆を睨みつけている。
対峙する老婆の容姿はというと、それは醜いものだった。長く垂れ下がった鼻、長く伸びた耳、白髪交じりの髪は泥と血にまみれていて、固く握られた木の杖にしがみついていた。その姿はまさに魔女そのものといった風貌だ。
地面に元は人であったものの成れの果てが無造作に転がっている。むせ返るほどの血の臭いで、ともすれば胃の中のものを全て吐き出してしまいそうだ。
そんな地獄のような光景の中、騎士は一人その凶悪な魔女と睨み合っていた。
しかし、騎士の体はもはや満身創痍に見えた。身につけた鎧の間から見える皮膚には無数の傷が刻まれていた。
かたや魔女は滴るほどの返り血を浴びているというのに、傷一つ負っていなかった。
明らかに優勢なのは魔女だった。しかし、
「これで終わりだ。魔女」
騎士は強気な姿勢で告げた。
「キヒヒ、私を殺すか? のう、若い騎士よ」
魔女は醜悪な顔を愉快そうにゆがめ、騎士の攻撃を待っているようにも思えた。
「止めて……、お願い……」
部屋の端で傷だらけの少女が悲痛な声を漏らした。
少女の髪は灰を被ったように薄汚れ、服はしわだらけになっていた。それでも、泣き濡れた瞳の奥には希望を秘めた光が宿っているように見えた。
騎士は彼女の声を聞いて、ぐっ、と唇を噛み締める。
しかし、もはやこうなってしまっては誰にも止められない。魔女と化した人には救いはない。現在の技術では救う術がないのだ。
少女の悲しみは痛いほどに理解できたが、今躊躇すれば全てが水の泡になる。今は目の前の魔女を倒すことだけに集中しなければならない。
「えぇ? どうなんだい、騎士様よ?」
挑発するような口調で魔女は続ける。
若い騎士見習いは重い唇を開いた。
「……お前のせいで村が滅んだ。多くの仲間も犠牲になった。俺はもう躊躇しない」
「奴らは滅ぼされて当然の行いをした。当然の報いだ」
「そうだったとしても、別のやり方はあったはずだ。お前はそれを選ばず大罪を犯した」
「だから殺すのか? キヒヒヒヒ! 国家騎士様は人を殺す権限さえ持つのか?」
本当に楽しそうに笑う。言っていることは間違っていなくとも、この魔女はもはや人としての尊厳を失ってしまっている。人間として社会に復帰するのはもはや不可能だろう。
「おしゃべりは終わりだ。お前を討つ!」
騎士は地を蹴って駆けた。
「凍えてしまえ!」
同時に魔女が氷結の魔術を杖から放ち、騎士に浴びせかける。
「っ!!」
騎士の全身が真っ白になって、全身が凍りついた。指先は痺れ、火傷のように体の端々が凍傷になった。しかしそれでも騎士は突進を続けた。
「馬鹿か貴様は!? 何を考えている!?」
「魔女相手に無傷で勝とうなんて考えていない!」
再度放たれる魔術。今度は炎が全身を包み込んだ。それでも騎士は突き進む。
「止めろ! 来るな!」
「……うおおおおおっ!!」
抵抗する魔女に騎士は渾身の一撃を繰り出した。
ズドン、と天にまで届きそうな爆音と共に騎士の剣が魔女の体を貫き、剣ごと壁に張り付けにした。
「がっ! ぐぎぎぎ……」
縫い付けられるように壁にめり込んだ魔女は口から血塊を吐き出した。
魔女は苦悶の表情を浮かべ、杖を手放す。もはや抵抗する力は残っていないようであった。
「お前の負けだ。魔女」
「ぐ、くく、のぉ、若い騎士。私にとどめを刺した騎士よ。お前の名は?」
「ルード。ルード・アドミラルだ」
「く、ハハハハハ! やはり若いな、魔女に名前を教えるなど!」
魔女は口から血飛沫を撒き散らしながら盛大に笑った。
「……」
「貴様に呪いをかけてやろう。私が死んでも解けぬ強力な呪いだ。貴様は一生それで苦しむことになる」
「お前を倒すと決めたときから、そんなことは覚悟している。やるならやれ」
騎士見習いルードの瞳には強い意志が込められていた。
「ククク、ハハハ! 面白い! 貴様になら我が生涯くれてやっても惜しくはない! 喰らえ! 我が最期の大魔術!!」
魔女の杖から凄まじい光が発せられ、この部屋全体を白く照らした。
その光にルードの体が包まれて、魔女の呪いをその身に受けた。
「ぐ、ああぁ……」
体を呪いが蝕んでいく。
激痛が体を駆け抜け、体中の細胞が何かに食われていくようだった。
「貴様に、た…く……、貴様がかわ……」
言い終わると魔女は、ガクリ、と意識を失った。
「ぐ、くっ、はぁ、はぁ……!」
ルードはその役目を終えた剣を引き抜き、地面に突き立てるとそれにもたれかかった。
「終わったか……」
ルードは苦難の末、ついに村一つと国家騎士の部隊を滅ぼした凶悪な魔女を葬ったのだ。
「あ、ああ、あああ、わぁああああああ!!」
泣き崩れる少女。魔女の娘だ。
その声はルードの胸をえぐる。
悲痛な声は止まらず、部屋の中をこだました。
ルードは魔女、いや、人を殺すことの重みを感じながら、赤い血の伝う剣を握り締めた。
魔女。近代になっても尽きない災害のような病。
魔術と慣れ親しんだ者が己に潜む負の感情を爆発させ、悪魔との契約によって生まれるこの病。
人がそれになるときを「魔女化」と呼ぶ。
魔女と化した人には救いはない。現在の発展した魔術、科学の粋を以ってしても救う術がないのだ。
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そして、その魔女を討伐すべく生まれたのが彼の属する国家騎士 魔女討伐部隊「イクサス」であった。
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