赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第93話 新たなる王

 アンナ達は、アストリオン王国の宿屋に滞在していた。
 王との謁見から、数日が経ったが、戦況に動きはない。
 ガルスが調べたことによると、狼魔団は特に侵攻してきておらず、戦闘すら起っていないようだ。

「でも、なんだか違和感だな……」
「お姉ちゃん?」

 部屋の中でくっつきながら、アンナとカルーナは話していた。特に動くこともできず、部屋で過ごすことしか、アンナ達にはできないのだ。

「だって、ここ数日なんの動きもないって、何かおかしい気がするんだよね……」
「おかしい? でも、作戦を考えているのかもしれないよ」
「いや、それも違和感の理由なんだ。あの狼魔将ウォーレンスは、恐らく策略を巡らせるタイプではない。だから、誰かが裏で糸を引いていると思うんだよね……」

 アンナは、狼魔団の動きに違和感を覚えていた。
 一度剣を交えてわかったが、ウォーレンスはそういう知略に長けた将ではないと思っているのだ。ガルスからも話を聞いたことがあり、それは裏付けられていた。
 ガルス曰く、自身を罠に嵌めたのも、ウォーレンスが考えた事ではないという。つまり、ウォーレンスの裏側には、誰かがいると推測できるのだ。

「誰か……? それって、一体……?」
「わからない……でも、不安なんだ……アストリオン王国が、この戦いに勝てるのか」
「……うん、それは、そうだよね……」

 アンナとカルーナは、漠然とした不安を抱えていた。
 だが、それを解決する術を、今のアンナ達は持っていない。そのため、ただ部屋で待つことしかできないのである。

「……まあとにかく、何か動きがあった時に備えて休んでおこう? お姉ちゃん」
「うん……そうだね」

 アンナとカルーナは、そんな話をしながら休むのだった。





 アンナとカルーナが部屋で休んでいると、その戸が叩かれた。
 戸を開けてみると、仲間達が揃っている。真剣な表情であるため、何か問題があったようだ。

「皆、一体何が……?」
「それが、大変なことになったみたいなんです。その……詳しくは兵士さんが……」

 アンナの質問に、ティリアはそう答えた。
 よく見ると、後ろの方に兵士がいる。やはり、何かが起こったようだ。

「兵士さん、一体何があったんですか?」
「皆さんにすぐに王城に来て欲しいのです」
「王城に?」

 兵士は、アンナ達を呼びに来たらしい。
 あれだけ嫌がっていたアストリオン王が、アンナ達を呼びだすとは、確かに大変なことになったようだ。

「わかった……数秒待っていて、カルーナ!」
「うん!」

 アンナとカルーナは、すぐに準備を始める。

「よし、行こう!」

 数秒後、準備が完了し、アンナ達は王城へと向かうのだった。





 アンナ達は、玉座の間に通されていた。
 前回は、ここでアストリオン王に追い返されたが、今回は自ら招いたのだ。やはり、狼魔団が何かをしたのだろう。

「お待たせしました……皆さん」

 そう思いながら、アンナ達が待っていると、一人の少年が現れた。年齢は、カルーナと同じかそれ以下くらいに見える。
 少年はゆっくりと歩きながら、やがて玉座へと座った。
 アンナ達は、呆気にとられてしまい、動くことができない。
 だが、玉座に座ったことで、この少年が王族に属するのだということは理解できた。

「驚かれているようですね……無理もないでしょう。僕は、あなた方が先日会ったアストリオン王トラシドの弟、ヴィクティスと申します」
「弟……?」
「はい、昨日あった戦いによって、兄上は討ち取られました。正式に襲名した訳ではありませんが、今日からは僕が新たなアストリオン王となります」
「え……?」

 ヴィクティスの言葉に、一同は目を丸くする。
 理解が追い付かないようなことが、次々と告げられたからだ。

「故に、アストリオン王として、あなた方に頼みたいのです。兄の無礼は、本当に申し訳ありませんでした。どうか、僕達に力を貸してください」

 呆然としていたアンナは、ヴィクティスの言葉で、正気を取り戻す。衝撃的なことだったが、今は目の前に集中しなければならないのだ。
 そして、ヴィクティスの言葉は、アンナにとって断る理由などないことだった。

「わかりました、力を貸します」
「勇者さん……ありがとうございます」
「しかし、一体何があったんですか? 現状を教えて頂きたい」
「もちろんです。先の戦いに何があったのか、全てお話します」

 アンナの言葉に、ヴィクティスが頷く。

「先の戦いで、狼魔団に新たな将が現れたのです」
「新たな将……?」
「ええ、獣王と名乗っていたそうです」
「獣王だと!?」
「何……?」

 ヴィクティスの言葉に、ツヴァイとガルスが反応する。
 どうやら、その名前に聞き覚えがあるようだ。

「知っているようですね……」
「ああ、俺達魔族に属していた者なら、その名を知らぬものはいない……」
「獣人の王にして、魔族の中でもかなりの強者だ。今は、隠居していると聞いたが……」

 獣王は、魔族の中でも有名な男らしい。
 それを聞いて、ヴィクティスは納得したように頷いた。

「なるほど、鬼神のような強さだと聞いていましたが、そのような魔族だったのですね。兄上が、手も足も出ない訳です」
「え……?」
「兄上と獣王は、一騎打ちをしたそうです。結果は、知っての通りですが、そもそも勝負になっていなかったらしくて……」
「一騎打ち……」
「兵士達とも交戦したようですが、まったく敵わなかったようです」

 ヴィクティスの言葉に、一同は息をのむ。
 獣王が恐ろしい男だということが、今までの言葉から理解できたからだ。
 
「その獣王と戦うには、あなた方の力が必要です。どうか、よろしくお願いします」
「は、はい……」

 ヴィクティスの言葉に、アンナは頷く。
 アンナ達の新たなる戦いが、始まろうとしていた。

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