赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第74話 海を渡って

 アンナ達は、とある村で一夜を明かし、その村の港に来ていた。
 そこから船で、オルフィーニ共和国へと向かうためである。

「それで、俺も乗っていいのか?」
「うん、構わないよ」

 ネーレは、家出から帰るため、アストリオン王国に向かっていた。
 アストリオン王国に向かうためには、オルフィーニ共和国を通らなければならない。よって、ネーレの行き先はアンナ達と同じだった。
 それなら、一緒に船に乗って行こうということになったのである。

「ありがとよ……ところで、お前らは何をしてるんだ?」
「え……?」
「いや、その手……」

 そこで、ネーレがアンナの手元を指さす。
 現在、アンナはカルーナと手を繋いでいた。それは、アンナから握ったものだ。
 最近、距離をとってくるカルーナに対して、アンナはそうやって距離を詰めているのである。

「これは、そうだなあ、はぐれないようにってことで」
「子供かよ……」

 アンナの言い訳に、ネーレは呆れたような顔をした。
 だが、それ以上追求してこなかったため、それでいいのだ。

「じゃあ、カルーナ、行こうか……」
「う、うん……」

 そして、その当事者であるカルーナはとても困惑していた。
 アンナから、急に手を握られてそれからずっと離さないため、内心激しく動揺しているのである。

「お、お姉ちゃん……」
「何?」

 カルーナとしては、アンナから求められることは嫌でなく、むしろ嬉しいことだ。
 しかし、これは普通に恥ずかしかった。以前のカルーナでも、ここまでは滅多にやらなかっただろう。

「あ! いや……なんでもないよ」
「そう? 変なカルーナ」

 カルーナは、それを言い出そうとしたが止めることにした。
 これから船に乗るため、この状態は限られた人にしか見られないのである。他人に見られなければ、カルーナも恥ずかしくない。つまり、この状態を止める必要はないのだった。

「さあ、私達も船に乗ろうか?」
「うん、お姉ちゃん!」

 ということで、カルーナはいい気分のまま乗船できそうなのだ。

「……というか、私、船に乗るの、初めてだ。カルーナは、乗ったことあったかな?」
「……そういえば、私も船は初めてだね」

 そこで、アンナの言葉で、二人は気づいた。自分達が、船に乗るのが初めてだということに。

「……お二人もそうでしたか」
「え?」
「あ……」

 二人の後ろから、そんな言葉が聞こえてきた。
 後ろを振り返ると、そこにはティリアがいる。

「ティリアも、初めてなんだね」
「はい、ちょっと緊張しますね」
「ティリア、辛くなったら、俺にすぐに言うといい」
「に、兄さん……」

 ティリアが心配していると、ツヴァイが会話に割り込んできた。
 最近ツヴァイは、こうやってティリアのことをすぐに心配しにくるのである。

「……お前達、さっさと乗ったらどうだ」
「あ、ごめん……」

 いち早く船に乗っていたガルスが、そう声をかけたため、全員すぐに入っていった。
 もうすぐ、船が出発する。





「うっ……」
「お姉ちゃん……うっ」
「カ、カルーナさん……うっ」

 船の上で、アンナ達三人は、そんなやりとりをしていた。
 アンナ、カリーナ、ティリアの船が初めてな三人は、ほぼ船酔い状態である。

「ティリア、二人とも、大丈夫か!?」

 そんな三人を、ツヴァイが心配するという奇妙な状態が、ここにできていた。
 ちなみに、ツヴァイは鎧姿である。

「三人とも、船が苦手なんだな」

 ネーレは、船酔いする三人を不思議そうに見ていた。
 どうやら、船には慣れているようだ。

「ネ、ネーレは、船によく乗っているの……?」
「うん? あ、まあ、そこそこな」

 アンナが聞いてみるが、返ってきたのは、少し歯切れの悪いものだった。
 あまり、理由を話したくないようだ。
 それなら、アンナもそこに触れる気はない。

「羨ましいな……」
「本当にね……」
「本当ですね……」
「おい、おい、三人とも……」

 アンナ達が続けてそう言ったので、ネーレは呆れたような声をあげた。

「まあ、慣れだよ、きっと……しばらくすれば、三人も良くなるさ」
「……だといいけど」

 アンナ達の船酔いは、しばらく続く。





「大分、慣れてきた……」
「え? お姉ちゃん?」

 船酔いが一番に治ったのは、アンナであった。
 今までの戦闘経験から、船の揺れに順応したのだ。

「流石、アンナさんですね……」
「二人も、頑張って……」
「うん……」
「はい……」

 アンナは、一度二人から離れる。
 先程から、様子がおかしい者がおり、話しかけるためだ。

「ガルス?」
「アンナか……」

 その人物とは、ガルスであった。
 ガルスは、船の行き先、オルフィーニ共和国の方を怖い顔で見ていたのだ。

「船酔いはいいのか?」
「うん、それより、向こうに何かあるの?」
「ああ……」

 どうやら、オルフィーニ共和国の方に何かあるらしい。

「大きな気配を感じる。何かしらの脅威があるように思えるのだ」
「気配? 脅威? それって一体……」
「長年の勘ともいえるか。オルフィーニ共和国に何かが起こっているように思えてならん」

 ガルスは、鋭い目つきで、そう言い放った。
 アンナ達の仲間で、戦場の経験がガルスは一番上だ。
 そのため、その勘も頼りになるものだと、アンナは思っている。
 故に、ガルスの言う通り、オルフィーニ共和国に何かが起こっていると考えるのが、妥当だろう。

「……もしかして、魔王軍の侵攻が?」
「ああ、その可能性が一番高いだろう……」
「くっ……」

 アンナは拳を握りしめる。
 どれだけ焦っても、オルフィーニ共和国への距離は変わらない。

「……すまんな、不安にさせるようなことを言って」
「いや、言ってくれて助かったよ。これで、心構えができた」

 船の上で、アンナは決意を新たにする。次の戦いに備えて。





 オルフィーニ共和国のとある場所に、数人の魔族がいた。

「フロウ様……」

 一人は、水魔将フロウ、水魔団の団長である。
 彼の種族は、メロウ。メロウの男は、魚類のような頭をしており、その手足などにひれがついている。

「トーレノ……何用だ?」

 一人は、トーレノ。
 彼女の種族も、またメロウ、ただし、女のメロウは、上半身が人間、下半身が魚である。
 しかし、トーレノは現在、ある方法で、人間と同じ姿になっていた。

「勇者が、こちらに来るようです……」
「勇者か……シャード!」
「はっ!」

 一人は、シャード。
 彼は、サメの獣人だ。顔はサメのようであり、体にはひれがある。

「スライミーを呼んでくれ、作戦会議がしたい……」
「はっ! 今すぐに……」

 スライミーとは、液体状の生物であるスライムだ。魔族としては、スライムマンと呼ばれている。

「勇者か……だが、一足遅かったようだな」
「ええ、そのようですね……」

 彼らがいる場所は、ブームルド。
 オルフィーニ共和国の中心都市である。

「さて、迎え撃つ準備を進めなければならん……」
「はい」

 水魔団と勇者一行、二つの集団の戦いが、始まろうとしていた。

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