赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第70話 思いの行方は

 アンナ達が帰還してから、一日が経った。
 今は、体力を回復するために、休息している。

「ふー」

 アンナは、気分転換のため城内を歩いていた。
 せっかくなので、外の空気を吸いたかったため、ベランダに出る。

「あれ?」
「む?」

 すると、ガルスが既にそこにいた。
 ガルスは、柵に体を預け、何かを考えているようだ。

「ガルス、隣いい?」
「ああ、構わん」

 アンナは、ガルスの隣に移動する。

「何か、考えごと?」
「……ラミアナのことを考えていてな」
「ラミアナの?」

 どうやらガルスは、ラミアナのことを考えていたようだ。
 ラミアナの思いを、アンナは知っている。だが、それは言わない約束だ。これからガルスが、何を言おうと、アンナはラミアナの思いを口にする訳にはいかなかった。

「ああ、あいつとはそれなりに長い付き合いだったからな……」

 ガルスは、懐かしむように空を見上げる。

「……後悔しているの?」

 その様子に、アンナは思わず聞いてしまった。
 ガルスが、勇者側についたことを後悔しているのではないかと思ったからだ。

「ふっ! それはない。お前達についていくと決めた時から、こうなることはわかっていた。わかっていて選んだのだ。故に後悔はない」
「ガルス……」

 しかし、ガルスは後悔している訳ではないという。
 その目には、確かな意思が宿っており、言葉が嘘ではないことを表していた。

「ただ、亡くなった者を悼むことだけはしておきたかっただけだ」
「そうだったんだ……」

 敵であっても、故人を悼む気持ちは、アンナにもある。
 そのため、アンナは、ガルスの考えをなんとなく理解できた。

「戦ってわかったけど、ガルスの言った通りの人だったよ」
「ああ、奴程正々堂々な魔族は、他におらんだろう」

 アンナとガルスは、ラミアナのことについて話し合う。
 それは、彼女に対する追悼の気持ちでもあった。

「……奴は、もしかしたら、魔将の中でも俺に一番近い性格だったかもしれないな」
「それは……」

 ガルスの言葉に、アンナは目を丸くする。
 ラミアナはガルスに憧れ、彼のようになりたいと言っていた。それを、ガルス自身がそう思っていたという事実に驚いたのだ。

「そうかもしれないね……」
「うん? ああ……」

 それと同時に、ガルスがそう思っていたなら、ラミアナも浮かばれるのではないかとも思った。

「ラミアナは……どこに行っちゃたんだろう?」
「……さあな。ただ、見つけ出して、きちんと供養してやりたいものだ」

 二人は、連れ去られたラミアナに関して思いをはせる。





 ティリアは、兄であるツヴァイともに部屋にいた。

「……」
「……」

 ただ、お互いに一言も発することができないでいる。
 二人は、兄妹ではあるが、今まで時を共にしてきたわけではない。
 そのため、何を話したらいいか、わからないのだった。

「ティ、ティリア……」

 先に切り出したのは、ツヴァイの方だ。
 ツヴァイには、ティリアと過ごした記憶が少しあり、言葉を交わしたいという思いが強かったのである。

「兄さん……」

 それに合わせて、ティリアも口を開く。

「生きていてくれて……よかった」
「ティリア……」

 ティリアの口から放たれたのは、感謝の言葉であった。

「ティリア、ありがとう」
「兄さん……」

 その言葉を受けて、ツヴァイはティリアを抱きしめる。
 ティリアも、それを受け入れた。
 それは、兄と妹の初めての触れ合いであるといえる。

「兄さんが生きていてくれて、私とても嬉しいんです……」
「ああ、俺もこうしてティリアとまた会えて嬉しいさ」

 離れていた兄妹は、ここで再び出会えた。
 二人の心は、喜びに満たされているのだ。

「これからは、私達……勇者一行に力を貸してくれるんですか?」
「ああ、俺は、お前やお前を受け入れてくれた者のために戦う……故に、勇者達とともに戦おう」

 かつて、ツヴァイの目的は、居場所を得ることだった。
 だが、今の目的は違う。自らの大切なものと、そのものを大切にしてくれるものを守ることなのだ。
 それは、以前までとは違い、ツヴァイが心から望むものである。

「兄さん、これからよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ……」

 そんな会話をしながら、兄と妹の会合は続いていくのだった。





 カルーナは、城の地下にある牢獄に足を運んでいた。
 ここには、カルーナのよく知る者がいる。

「……お前か」
「久し振り……という訳ではないね」

 それは、毒魔団の幹部唯一の生き残り、副団長ピュリシスだ。
 ラミアナが倒れた後、毒魔団の団員達は降伏していった。それを先導したのは、他ならぬ彼女である。

「……あなたのおかげで、あれ以上犠牲を出さずに済んだ。ありがとう……と言っていいのかどうかはわからないけど……」
「ふっ! 私など、あのお方とともに散れなかった臆病者に過ぎない……」

 カルーナの言葉に、ピュリシスは笑う。それは、自虐的な笑みであった。
 しかし、カルーナにはわかっている。ピュリシスが降伏したのは、部下を助けるためであるということを。
 あの状況で、一番位の高いピュリシスが降伏すれば、部下達もそれに従う。だから、ピュリシスは誰よりも早く降伏することを選んだのだ。

「……メデュシアは死んだのか?」
「……うん。ガルスさんと戦って、敗れたって聞いてる」

 そこでメデュシアは、同じく幹部であったメデュシアのことを聞いてきた。カルーナは、アンナとガルスから、それぞれその名前を聞いている。

「その後、毒魔将ラミアナに力を貸して、新たなる手を生えさせたみたい。その手は、最期に彼女を抱きしめるような形になったって……」
「……そうか。あいつはあのお方とともに眠れたのだな……羨ましい」

 カルーナからの言葉を受けて、ピュリシスはそんなことを言った。
 主君とともに逝くのが、戦士としての本望だったのかもしれない。
 だが、カルーナはピュリシスの態度に、別のものを感じていた。

「……もしかして、あなた……」
「慕っていたさ。私も、メデュシアも……」

 どうやら、ピュリシスはラミアナに特別な思いを抱いていたようだ。

「ただ、あのお方の思いはわかっていた……」
「思い?」
「竜魔将様さ……」
「え?」

 ピュリシスの言葉に、カルーナは目を丸くした。
 まさか、魔将間で、そのような関係があると思っていなかったのだ。

「最も、それがなくても伝えることはなかっただろうがな……それまで関係を、壊しかねない……」
「それは……」

 何故かわからないが、カルーナにもピュリシスの気持ちがなんとなく理解できた。
 そこで、ピュリシスは一筋の涙を流す。

「だが、こうなるのなら……思いを伝えておけばよかった。例え、どのような結果でも。こんな後悔だけはしなかったろうからな……」
「ピュリシス……」
「お前は、後悔だけはするなよ。私のようになりたくなければな……」

 ピュリシスの言葉は、カルーナの身に染みる。

「……ラミアナ様の遺体が盗まれたらしいな」
「……うん。何者かはわからないけど……」
「こんなことを頼むのは、おこがましいかもしれないが、あのお方を助けてくれないか?」
「……うん、きっと助けてみせるよ」

 そんな会話をして、カルーナとピュリシスの会話は終わっていった。





 部屋に帰りながら、カルーナはピュリシスの言葉を思い出す。

「後悔か……」

 カルーナは、今まで自身の思いから目を逸らしてきた。
 それを気づいてしまったら、駄目だと思っていたからだ。

「だけど……」

 だが、それはもしかしたら、後悔が残る選択なのかもしれない。
 ピュリシスとの対話を経て、カルーナはそう思っていた。

「でも……」

 しかし、前に進むには、それ相応の勇気が必要である。
 そのため、カルーナは悩み続けるのだった。

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