赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~

木山楽斗

第68話 毒魔将の思い

 ツヴァイから受け継いだ鎧を纏ったアンナと、メデュシアから力を受け継いだラミアナの戦いは、未だ続いていた。

「聖なる光よ、剣になれ……」

 アンナの言葉で、聖なる光は聖剣へと戻っていく。

「勇者……!」

 ラミアナは、アンナを睨みつけてくる。
 その厄介な目は、アンナを捉えて離さない。

「がはっ!」
「ラミアナ……!?」

 そこで、ラミアナは大きく口を開いた。
 さらに、そこから、紫色の液体が放たれる。

「これは!?」

 アンナは、その液体から逃れるように、体を動かす。
 その液体は、先程アンナを苦しめた毒である。

「な、何故……?」

 アンナは、それが放たれたことに驚いた。
 ラミアナは、その毒を使うことを、一番嫌っていたはずだ。それなのに、毒を使うとは思っていなかった。

「……何?」

 それに驚いているのは、ラミアナも同じである。
 その毒は、ラミアナの意識とは関係なく放たれたのだ。

「勇者アンナ! それは、禁術の影響だ!」
「禁術……そうか!」

 ツヴァイからの言葉で、アンナは思い出す。禁術の効力の一つを。
 禁術は、かけられたものの精神に作用するものである。その作用とは、使用者の精神に引きずられるということ。

「つまり、ラミアナの精神に反して、メデュシアという兵の精神が毒を吐かさせたのか……」
「私の精神が……メデュシアに? 馬鹿な……?」

 ツヴァイの発言は、ラミアナを大きく動揺させた。
 ラミアナにしてみれば、部下を信用して力を貸してもらったのだ。その部下に裏切られたような気持になり、それが信じられなかった。

「がはっ!」

 その瞬間、ラミアナに生えた二本の手が動く。
 それと同時に、ラミアナの体も起動した。

「勇者! 許さん!」

 ラミアナは、アンナに向かってきたのだ。
 それはまるで、操り人形のようであった。

停止の魔眼フリーズ・アイ!」
「くっ!」

 ラミアナの目が光輝き、アンナの体が停止する。
 先程の攻防で、それが数秒のものだとわかっているが、それでも危険であることは変わらない。

「次で終わらせてやる!」
「くっ!」

 ラミアナは、大きく飛び上がり、アンナの頭上をとる。
 そして、その四本の剣から突きが放たれた。

ネオ蛇の嵐スネーク・ストーム!」
「ぐわっ!?」

 アンナの体に、その突きが当たる。
 魔人の鎧槍アーマード・ランスがあるため、直接突き刺さることはなかったが、その衝撃に痛みが走った。

「……動く!」

 そこで、アンナの体が動く。ラミアナの魔眼が解けたのだ。
 アンナは、鎧に聖闘気を纏わせる。

聖なるセイント・鎧の障壁アーマー・バリア!」

 アンナの防御力が上がり、ラミアナの攻撃を防いでいく。
 ラミアナは、そこで一度動きを変える。

「それは、先程見た!」
「何!?」

 その四本の腕が、広げられ、ラミアナが体勢を横にした。

ネオ回転剣舞ブレード・ロール!」
「くっ!?」

 その回転が、鎧を纏ったアンナと衝突する。
 アンナは、防御することしかできず、その場を動けなかった。

「このまま削りきってやる!」
「おおおおおっ!」

 剣によって、アンナの纏う聖闘気が破られ、その下の鎧を傷つけていく。
 アンナは、その衝撃により、体勢を低くする。

「これで終わりだあああああ!」
「まだだ!」

 アンナは、聖闘気をラミアナの体に流し込んでいく。

「ぐわああああ!」

 その聖闘気により、ラミアナは叫びをあげる。
 だが、勢いは減ったが、その回転を止めることはない。
 このまま、アンナを切り裂くためだ。

「くっ!」

 そこでアンナは、覚悟を決める。
 一か八かでもやるしかない。方法は、先程ツヴァイが見せてくれた。

変化チェンジ・ランス!」

 アンナの鎧が、槍に変わっていく。
 その衝撃によって、ラミアナの体が少し浮き上がる。

聖なる槍セイント・ランス!」
「むううっ!?」

 聖なる光を纏った槍が、ラミアナに突き刺さった。
 その衝撃によって、ラミアナの回転が止まっていく。
 そして、そのまま天井に叩きつけられる。

「がはっ!」
「おおおおおおおっ!」

 アンナは、大地を蹴り上げ、空中に飛び立つ。

変化チェンジ・アーマード!」

 さらにその手に握る槍を、鎧へと変化させていく。

「聖なる光よ! 剣になれ!」

 アンナは、聖剣を再びその手に戻す。

聖なる十字斬りセイント・クロス!」
「ぐわあああっ!」

 聖剣による十字の斬撃が、ラミアナに当たり、その身を切り裂いた。
 その体から、赤い血が噴き出る。

「くっ!」
「がはっ!」

 その後、二人の体が地面に叩きつけられた。
 ダメージは、アンナよりもラミアナの方が、遥かに大きい。

「ぐぬぬぬ……」
「ラミアナ……」

 二人は同時に立ち上がり、お互いに睨み合う。
 両者とも、次が最後の攻防であることがわかっていた。

「かあああっ!」
「何!?」

 そこで、ラミアナは自らの目に指を突き刺す。その目から、鮮血が迸る。

「メデュシアよ……お前の心遣いは感謝する。だが、最期の戦いだけは、この私だけでやりたい。私の正々堂々で……戦いたい!」
「ラミアナ……そんな……」

 ラミアナに新たなに生えた手が、その向きを変えた。
 その腕は、ラミアナの体に絡みつき、抱きしめる形となったのだ。

「ありがとう……メデュシア。私も……すぐに……」
「……」

 アンナは驚いていた。それと同時に、理解する。メデュシアという部下は、ラミアナを邪魔していた訳ではないということを。
 ただ、ラミアナを守るために、どんな手でも使っていただけに過ぎずないのだ。どれだけラミアナが嫌がっても、最善と思う手を打っていた。それが、その抱きしめる形でわかったのだ。

「これで……」
「ああ……」

 ラミアナは、その手の剣を交差させる。
 それに合わせて、アンナも聖剣を構えた。

「目は見えないが……お前の位置が手にとるようにわかる。遠慮はいらんぞ……」
「……もちろんだ!」

 アンナは大きく大地を蹴って、ラミアナの元に駆け出す。
 ラミアナもアンナに向かっていく。

「はあああああああ!」
「しゃああああああ!」

 二人の剣がぶつかり合って、鮮血が飛び散る。
 勝者は、ただ一人。

「み、見事だ……」
「ラミアナ……」

 大きな音とともに、ラミアナの体が地面に倒れた。
 アンナは、ゆっくりとそちらに歩み寄る。それと同時に、鎧は槍に戻す。

「……できれば、お前とは毒などなく戦いたかった」
「それが……正々堂々だから?」
「そうだ」

 アンナは、ラミアナの元で腰を下ろした。
 その身をゆっくりと抱き上げ、その手を握る。

「最初から毒を使っていれば、あなたの勝ちだった」
「そんなものは勝利ではない。私にとっては……」

 ラミアナは、アンナの手を握り返した。
 戦いの中で、二人はある程度わかりあえたのかもしれない。

「最期に言い残すことは……?」
「……ない」
「本当に?」

 アンナは、ある一つのことが気になっていた。
 それは、ラミアナが抱いているであろう思い。

「ガルスにも……?」
「……」

 アンナは、ラミアナがガルスに特別な思いを抱いていたのではないかと、推測していた。
 その口ぶりから、なんとなくそう思ったのだ。

「憧れていたんだ……」
「え?」
「彼の生き方こそ、私の理想だった。彼のようになりたかった……だが、そうはできなかった」

 ラミアナの目から血が流れていた。
 それは恐らく、涙なのだろう。

「このことは、竜魔将……ガルスに言わなくていい。奴とは、一人の魔将として対等でありたい……」
「……わかった」

 それは、ラミアナの覚悟である。
 それを無下にすることは、アンナにはできない。

「最後の相手が、お前のような戦士でよかった」
「ありがとう……」
「さらばだ……アンナ……敵ではあるが、幸、運、を……」

 そこで、ラミアナの体から力が抜ける。彼女の命が、失われたのだ。
 アンナとラミアナの戦いが、ここに決着したのだった。

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