週末自炊酒

飯炊きおじさん

第十三話 梅酒と梅仕舞い

「…そろそろかな」

男は職場から帰る際に、外の曇り空を見て思った。
時期は梅雨に入りかけ、じめっとした季節になる。
男はここ3年間、この時期にやっていることがある。

「じゃ、梅酒やるか」

そう言って男は職場をあとにした。
やっていることとは梅酒作りである。
梅雨入りは前の年の梅酒が漬かりきる時期でもあり、スーパーに青梅が並ぶ時期でもある。

「去年のやつの出来はどんなものかな?流石に少し風味が変わってくると思うが…」

男は去年漬けた梅酒の味を楽しみにしている。
最初に梅酒を作った時は、ホワイトリカーとブランデーの2種類に氷砂糖で漬け込んだ。
翌年、ブランデーの方が旨いと感じた男はブランデー漬けだけ作った。
さらにその翌年に当たる去年は、氷砂糖に黒糖を混ぜて漬けた。
しかし…

「今年はどうやって漬込もうか?」

男は、今年の分をどうするかまだ決めていない。
考えているうちに、酒屋に着いた。ここでベースとなる酒を買う。

「いらっしゃい。お、ここのところよく来るね」
入店と同時に酒屋の店主がこちらに目を遣り、言う。

「もう梅雨入りですからね。梅酒を漬けようと」
と男が返す。

「なんだい…梅酒用のパック酒ならすぐそこのスーパーにも置いてるよ?」
と店主が話すと、店の奥から大柄な初老の男性がやってきた。

「おい!常連さんを邪険にするもんじゃねえぞ」
大柄な男性は店主に言い放つ。

「父ちゃん、いや、今のは軽い冗談で…それより腰悪くしてるんだから、店に出てきちゃダメでしょ」
と店主が慌てて取り繕い、話を逸らす。

大柄な男性はこの店の先代店主で、男とも顔見知りだ。
一昨年の始め頃、先代が腰を悪くして今の店主に代わった。

「こんばんは、先代。私も軽いやり取りと分かっているので大丈夫ですよ」
と男が取り持つ。

「本当ですかい?すいませんねぇ、うちの娘が…女だてらに酒屋の店主やってもらうのは嬉しいんですが、良い年してるのに捻くれてるんですよ…」
と先代が頭を下げる。その後ろで現店主の女性は小さくなっている。どうやら先代には頭が上がらないらしい。

「お詫びと言ってはなんですが、今日は私が良い酒を見繕いますよ。えーと、梅酒用の酒でしたね?普段何で漬けてます?」
と先代が聞く。

男は、
「普段はブランデーですね。そこに氷砂糖です。去年は黒糖も入れたりして、今年も何かアレンジしようかな、と」
と答える。

それに対して店主は、
「なら今年はベースの酒を変えてみたらどうですか?例えば、これとか」
と棚から酒を取り出す。

「ラム酒ですか…」
男が呟く。
熟成期間が中頃のゴールドラムという類の酒だ。

「ええ、ええ、ラム酒です。全部ラム酒ってよりもホワイトリカーと混ぜて使うのが良いですね。香りが喧嘩しちゃうでしょうし、何より高くつきますからねぇ。最近じゃあ大手の梅酒メーカーもラム酒を混ぜていたりするもんで」
と先代が答える。

なるほど、と男が言い、
「では、ホワイトリカーも」
と続けると、

「ホワイトリカーはそこのスーパーの方が安いですよ。梅と氷砂糖もこれから買うんでしょ?それで酒を買わないってなったら変な目で見られますよ」
と先代が返す。

男はなるほどと再び言い、ラム酒だけ買ってカバンに入れ、スーパーに移動した。

早速、青梅と氷砂糖とホワイトリカーをカゴに入れる。

そして合わせる料理だが、男は何も考えていない。いつもの事だが、間が抜けている。
どうせならば去年の梅酒の梅を使って料理したい、と男は思うが…

「一昨年は豚の角煮と一緒に梅の実ごと煮たんだよな…去年は確か唐揚げの漬けダレに混ぜたし…煮る、揚げるをやったから、次は…」

当然、"焼く"である。
その瞬間男は閃き、精肉コーナーに向かった。
「あったあった。これだ」
と言って、男は厚めの豚ロース肉を手に取った。

豚ロースをカゴに入れ、そのままレジに向かう。
レジ打ちの女性はカゴの中を見て、
「梅酒漬けるんですね。毎年漬けているんですか」
と訊ねる。
この女性がこの時間のシフトに入りだしたのは去年の秋頃からで、男が毎年梅酒を漬けていることは知らない。

男は、
「ええ、今年で4年目になりますね。案外簡単に美味しいものが作れるのでハマっちゃうんですよ」
と答える。

「そうですか、今年も美味しくできると良いですね」
女性はそう言いつつ、会計を済ませる。
男もありがとうございます、と返して家路につく。

家に着き、いつも通り男は台所に向かう。
シンクの下の収納から、大きめのザルとボウル、竹串、そして広口瓶を取り出し、続いて材料を並べる。
【梅酒】
・青梅
・氷砂糖
・ホワイトリカー
・ラム酒(ゴールドラム)
【豚ロースの梅ソテー】
・豚ロース厚切り肉
・梅酒の梅
・醤油
・みりん
・料理酒

梅酒は完成までに時間がかかるものの、そこまで難しくない。
青梅から苦みが出ないようにアクやヘタを除いたら、他の材料と共に広口瓶に入れるだけだ。

つまみの豚の梅ソテーも手間がかかるが、難しいものではない。
梅酒の梅をから種を除いて他の調味料と混ぜてタレを作り、豚ロースに焼き目を付けた後にかけるだけだ。

まず、青梅のアク抜きから始める。
重ねたボウルとザルに青梅を入れ、水を注いで1時間以上浸すだけ。
今回は青梅を1kg使った。

アク抜きの間に去年の梅酒から梅を取り出す。
梅酒は1年ほどで漬かりきる。それ以上は種から苦味が出てくるので好みでないなら注意が必要だ。
さておき、取り出した梅を鍋に入れ、ヒタヒタになるくらいの水を注ぎ、火にかける。
20~30分ほど火にかけたら実を潰すように種から実を落とし、種を取り出す。
削ぎ落とした実は更に鍋で火にかけ、水分を飛ばしてドロドロにし、粗熱を取って適当な容器に入れる。これで色々と使える梅の調味料ができた。

梅の実を処理しているうちに青梅のアク抜きも完了してくるので、実を拭いて水気を取る。
水気を拭き取った青梅は竹串でヘタを取る。
案外ぽろりと取れるが、たまに頑固なものに当たって力んでしまうと、ヘタが弾け飛んでしまう。
男はそうやって複数のヘタを台所に撒き散らしては拾ってゴミ箱に入れるのを繰り返した。

下手を取りきった青梅の実を氷砂糖と共に層になるように交互に敷いていく。
通常は1kgの青梅に対して氷砂糖を1kg敷いているが、今回はラム酒を使用しているため甘ったるい香りとなりそうだ。
そのため男は半分の500gで漬けてみた。
これが吉と出るか凶と出るか来年まで分からない。

そして、ラム酒を注ぐ。
いつもはブランデーを1.8L注いでいるが、今回ラム酒が750mLあるので、それをすべて注ぎ、残りの1L程をホワイトリカーで注いでみた。
良い具合にラム酒とホワイトリカーが混ざり合う。
あとは来年まで待つだけだ。
本来ならたまに混ぜると良いが、ズボラなこの男はやらない。

来年に向けた梅酒の準備ができたら、今宵の晩酌の準備だ。
まずは下準備。
先程ドロドロにした梅の実の調味料、それに醤油、みりん、料理酒を大さじ1ずつ混ぜてタレを作る。
豚ロースを白身側から包丁を入れ、筋を切る。

フライパンに油を敷き、豚ロースをまずは強火で焼き色を付けていく。片面が白くなったらもう片面、厚めの肉なので、側面も焼き目をつける。
全体にしっかりと焼き目を付かせたら、先程混ぜたタレをかけ、絡ませながら熱していく。
肉の表面に照りが出てきたら、火を消してフタを落とし、予熱で1分ほど蒸してから盛り付けて、完成だ。

グラスに氷を入れ、梅の実を除いたばかりの梅酒を注ぐ。
黒糖を使っているだけあってかなり濁っている。
そっと嗅ぐと、黒糖独特の癖のある香りが立ち上ってきた。
男は早速一杯、グイと飲み干した。

「んぐ…ん?これは…飲み味自体はそこまでくどくないんだな」

アッサリ、とまでは行かないものの、そこまでしつこくない。飲む前に嗅いだ感じとは別物だ。
それでいて梅の風味はしっかりと出ており、サラサラと飲める。
それらをブランデーが丸く包み込んでいる。
男は引き続き、豚ロースに手を伸ばした。

「ザクッむぐ…むぐ…あーいかにも肉々しい肉なのに、すごく食べやすい…」

厚い肉を使ったので、表面に付けた焼き目を噛み切ると中からジュワッと肉汁が溢れ出してくる。
それを醤油とみりんが受け止めていかにも肉料理らしい味わいとなり舌から喉へと流れていく。
そのままではクドい味付けだが、梅のサッパリとした風味も加わることで、箸が止まらない逸品となった。
そのまま男は梅酒を再び口にする。

「んぐ…ふぅ…旨い」

どちらも梅と梅である。合わないわけがない。
むしろ豚ロースのタレと黒糖の香りが上手く合っている。
そこに2つの梅の風味が乗るものだから箸もグラスも止まらない。

明日、男は二日酔いになるだろう。

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